第136話 ボス戦1
薄く光っている線を、ほぼ同時に全員で踏み越えていく。
それぞれがそれぞれの相手の方へと歩み寄っていくと、向こう側もよそ見もせずに自分に向かってくる相手にだけ注視してくる。
それだけ本能が危険だと、6体の魔物たちに囁きかけているのだろう。
そんな中の1グループ──清子さん、ウル太、ヒポ子。
この子たちの担当は、巨大ネズミとアンモナイト──のような外見の魔物たち。
個々で2体同時に相手取っても勝てる相手に3体がかりとは可哀そうな気もするが、他のメンバーに選んでもらえなかった不幸を呪ってもらうほかない。
さてこちらは他と違い2体いるので、アンモナイトの方へと引っ張っていくべく、ウル太が巨大ネズミへと走り寄っていく。
「ジュュッ」
「ヴォフ」
身構えることなく飄々と迫ってくるウル太に、舐めるなとばかりにモヒカンのように頭に生えた半円形の刃から、光り輝く高速の斬撃を放ってくる。
常人なら放たれたことすら気が付く前に、縦に割られているであろう攻撃に対して、ウル太は触ることなく体を軽くひねって躱してみせる。
そしてそのまま巨大ネズミにまで一気に近づこうと足に力を込めると、それを察してか性懲りもなく巨大ネズミは頭をぶんぶんと振り、斬撃の3連撃をお見舞いしてくる。
「ヲフ──」
芸がない──とは思いつつも、先ほどのように身をひねるだけで躱すのは物理的に不可能。
どうせ当たったところで傷がつくとも思えないが、当てられるのは矜持に傷つく。仕方なくスピードを少し緩め横にジャンプした。
けれど後ろから躱し終わったはずの斬撃が、巨大ネズミに引き寄せられるように戻ってくる。それもウル太がさけた先に、ぴったりと嵌まるようにして。
「ヲォッ────ン……」
「ジュジュジュッ」
超反応をみせ後ろからの斬撃は右手の爪で迎撃したのはいいのだが、今のはあまりにも無様な行動。
遥か格下の相手に、一瞬とはいえ虚を突かれたのだ。ウル太は、いくらなんでも警戒心を欠きすぎていたと反省する。
そしてそんな悔しそうな顔をするウル太に、巨大ネズミは愉快そうに口の端をニヤリと上げた。
「「────」」
空気が変わる。互いに表情を消し、向かい合う。
一時の静寂を破り、ウル太はロケットがごとく突進していく。
あまりの速さに巨大ネズミは反応できないが、その前に何か来ると予想はしていた。
光り輝く体毛をペタンと寝かせ、外から見ると甲冑を着込んでいるように変化する。
実際にこの状態の体毛は非常に硬く、並みの攻撃は物理であろうが魔法であろうが弾き飛ばす。
頭の刃は飾りではないが、この魔物の本領は高い防御性能と機動力を生かした戦法。
まずは受けてみせると、ぐっと身を丸くして正面からの衝撃に備えた。
「ガゥッ!」
「ュッ!?」
しかし衝撃はお尻側に来る。
ちゃんと手加減したので殺していないが、それでも強烈な蹴りをお見舞いされ、清子さんとヒポ子がのらりくらりと相手をしている、アンモナイト型の魔物の殻に向かってすっ飛んでいく。
ゴォオオーーンッ──という、金属に金属を思い切りぶつけたような音とともに、敵2体は衝突。
巨大ネズミもアンモナイトも、土煙を上げながら地面に転がり落ちた。
その間にウル太は味方2体と合流する。
「キィィイイ」「ズモモーモー」
「ワフゥ……」
遅ーいと少しばかり抗議の視線を清子さんとヒポ子に向けられ、申し訳なさそうにウル太が鳴いた。
それと同時に倒れこんだままのアンモナイトが、糸のように細い触手を使い地面から突き出し絡みつこうと迫ってきた。
それに対し清子さんは《雷放射》で、敵味方構わず雷撃を全方位に向けてお見舞いしていく。
それによって触手は消し炭となったが、当然ながらウル太にもヒポ子にも雷撃はやってくる。
「ガゥ……」「ズーモー」
ウル太は「おいおい」と呆れた表情をしながらも、バックステップで距離を取って範囲外に撤退。
ヒポ子は本能のままに口をパカっと開けて雷撃を食べ、それぞれ清子さんの攻撃を回避した。
「ジ────」
「────」
一方、機動力を生かして後ろに回り込み、触手の相手をしているところに出て漁夫の利を狙っていた巨大ネズミは、まさか味方もろともとは思わず雷撃が直撃。重傷を負って倒れこむ。
けれどアンモナイトが、焼き消された触手をすぐに再生させ、それで巨大ネズミを包み込む。
すると癒しのスキルで、巨大ネズミに治療を施し戦線に復帰させた。
自分だけでは無理だと悟ったからこそ、清子さんたちへの攻撃よりもそちらを優先したのだろう。
2体は連携などとったことはないが、ここは共闘しなければならない。無言で通じ合い、並び立つ。
アンモナイトは殻にこもり、穴を再び合流した清子さんたち3体に向ける。
この魔物は殻に籠ることで一時的に動きを止めて力をため、その入り口から強力な無属性の砲撃をお見舞いできる。着弾すると大爆発するオマケつきだ。
ただし待機時間が長いので、本来は自切しても動く触手で相手を捕らえてやるのだが、今回は耐久が得意な巨大ネズミに足止めを任せることに。
巨大ネズミもアンモナイトの攻撃手段は分かっているし、自分の最大火力よりも高い攻撃手段を有していることも理解している。
なので文句も抱かず、清子さんたちの隙を作るべく1体で果敢に攻めていく。
けれど隙など作れるわけもなく、巨大ネズミのほうが翻弄されたままアンモナイトの砲撃準備が整ってしまう。
そこでアンモナイトは決断した。
巨大ネズミは全力を出し切ってなお隙の1つも作れてはいないが、敵を攻撃範囲内にとどめてはくれている。
ここは清子さんと同じように、味方もろとも吹き飛ばしたほうが勝算は高いと。
「────!!」
「ッ!? ──ジュッ」
特大の無属性の魔力が凝縮された砲弾が放たれる。
そのことに巨大ネズミは驚きはするものの、自分でもそうしていたと、今回の生は諦め全力で清子さんたちを足止めしようとする。
だが──。
「ズモ」
バクンとその砲弾はヒポ子が食べてしまい、何も起きなかった。
思わずアンモナイトも巨大ネズミも、敵前だというのに何が起こったのだと動きを止めてしまう。
その態度から、もうやれることは全部やったのだろうと清子さんは判断する。
竜郎からの指令通りことを済ませたなら、お遊びはおしまいだ。
大きな翼をはためかせ低空飛行でアンモナイトに飛びつくと、その殻の中にゴムのように伸びる手を突っ込み身を引きずり出す。
そのままクモのように生えている8本の鳥と竜の腕で脇を掴み、思い切り左右に引っ張りアンモナイトを生きたまま引き裂き絶命させた。
その光景に目が釘付けになっていた巨大ネズミであったが、目の前に手刀を振り上げたウル太が立っていることに気が付き正気を取り戻す。
このままでは不味いと、エネルギー消費度外視で体毛に魔力を送りより強く硬化させた体毛を輝かせる。
こうすることで光で敵の視覚を潰しつつ、最硬度の守りを得ることができる。
あとはこの場から一時撤退し、他の4体の魔物と共闘すればいいと足を後ろに動かそうとしたのだが──何故が体が動かない。
それどころか、倒れこんだかのように勝手に頬が地面にベタンとついたかと思えば、ゴロンと視界が反転する。
どういうことだと唯一動く目だけを動かすと、無情な瞳でこちらを見つめる手を赤く染めた人狼──ウル太と目が合ったと感じたのを最後に、明かりを消すようにフッと意識が途切れた。
「ヲォッフ」
なんということはない。光に目をやられないように瞼を閉じたウル太が、相手の防御も関係なく手刀で巨大ネズミを斬首したのだ。
あまりにも見事な切れ味に、巨大ネズミは意味も分からず絶命したというわけである。
巨大な雷光を放つ青いナマズを前に、フローラは考える。さて、どうやって調理するのが美味しいのだろうかと。
フローラを前に、電気ナマズは考える。あれほど上質な魔力を持つ妖精は、どれほど美味しいのだろうかと。
期せずして互いの意思がマッチしているとも知らず、電気ナマズが小手調べにと電撃の込められた15センチほどの球体を、鼻先の髭で弾き飛ばすようにいくつもお見舞いしてきた。
「きーめた♪ やっぱり、まずはお刺身♪ 素材本来の味を、しっかり確かめなくっちゃ♪」
けれどそんなことは意にも介さず、水のような質感の長い髪を鞭のように動かして、電気の球を文字通り打ち消しながら沼地に寝そべる巨大なナマズに歩み寄っていく。
「ヂュヂヂ!」
あまりにも平然としているものだから、さすがに焦ったナマズは電気の籠った大きな波を放って距離を離そうとする。
「あーでも、泥抜きとかしないで大丈夫かなぁ? うん♪ まずは中から水洗いしよっと♪」
高い魔法への抵抗力を持つフローラに効くわけもなく、常人なら感電死してもおかしくない量の電気が流れる水の波に足をつけ、サーフィンのように水の上を滑りながら構わず近寄ってくる。
どうしよう、どうしようとナマズがはじめてのことに動揺している間に、下あごのあたりに自分から見れば小さな小さなフローラがトンと立つ。
電撃の波もいつのまにかフローラの水魔法によって鎮められ、ただの電気の籠った水場になっていることに今更ながら気づかされる。
だが気がついたと同時に、フローラはナマズの口の中に大量の水を流し込む。細胞ごと綺麗にしてやると言わんばかりに。
「ゴボボボッボオッボボッ──」
「ちょーっと、我慢してねー♪ ────────────────はい! 綺麗、綺麗♪」
苦しみもがくこと数秒。体内の洗浄が終わったことを解魔法でも確認したフローラは、上機嫌になりながらトントンッと雷撃の水の上をスキップしながらリズミカルに跳ね距離を取っていく。
なんだったんだとナマズは距離が開いたことにひとまずの安堵を覚えるが、彼女の手に新鮮な魚肉のブロックがあることに気が付いた。
「ヂヂ……? ──ッ!?」
恐る恐る身をよじって体を調べてみると、いつのまにやられたのか、脇腹のあたりの肉が綺麗に四角く切り取られていた。
「んー? 割と淡白? もっと脂がのってそうな、ポッチャリさんなのにー。
でもちゃんと味わえば甘みもあって、上品な味はするね。意外と癖もないし、いろいろと使い道はありそう。
うん♪ 食材としては合格だよ♪ よかったね! 素材を手に入れたら、ご主人さまに養殖してもらおっと♪」
「──────」
自分の肉を、自分の前で食べられていく様を見て、ナマズは一瞬意識が飛びそうになるほど気が遠くなる。
しかし身震いしながらも、なんとか気を取り戻す。
ヒゲをこすり合わせ、バチバチと火花を散らしながら電気をため込むこと数秒。準備が整ったとフローラの様子をうかがうと、彼女は呑気に少し離れた地面に座り込み、何やら作業をしていた。
「お味噌汁なんかも興味あるけど、やっぱりオーソドックスにかば焼きにしてみるね♪ 楽しみにしてて♪」
「ヂヂヂヂッヂヂヂヂヂヂイヂ──!!!」
フローラがしていたのは、かば焼きのためのタレづくり。
美味しくいただく準備をこれ見よがしにされた巨大ナマズは、恐怖や怒り、そんな感情がごちゃ混ぜになったまま、小さな静電気のような火花をいくつもフローラに向けて飛ばしていく。
ズガガガガガガッ──。
その小さな1つ1つが見た目からは想像もできないほどの威力で弾けながら、周囲に雷を連続で落としたかのような衝撃と雷撃が広がっていく。
フローラのいるあたりは雷撃による光で何も見えないほどに光り輝き、周囲を焼き、それぞれが繋がりあって威力は最高まで高まっていく。
ここで中途半端に止めれば死ぬという思いから、ナマズは自身の全エネルギーを注ぎ、実に数分間もこの大魔法を維持しつつづけた。
しかし──。
「もう終わったかな? 終わったよね♪ じゃあ、もういいよね♪」
「ヂ……」
ナマズは意味が分からなかった。
あれだけのスキルをたった1人に向けて全力で放ったというのに、その当人の周辺だけはまったく無傷。
それ以外は焦土と化しているのにだ。
だが事実として、満面の笑みで無邪気に立つ少女は健在。
手にはタレの入ったボウル。髪をナイフのような形にして解体する気、満々。
先ほど全力を注いだばかりなので、体はもう疲れ切ってナマズは動けない。
「いざ! 調理かっいしー♪ 美味しくしてあげるからねー♪」
「──────」
心が折れた巨大ナマズは静かに目を閉じ、死を迎えるその時まで、まな板の上の鯉と化したのであった。
次話は金曜更新です。