第134話 玉藻の考察
驚きで思わず固まってしまったが、竜郎の頭が再び回りはじめる。
「いやいや、ほかにも元ダンジョンだった場所は行ったこともあるが、ここまで滅茶苦茶ではなかったぞ。
それに精霊眼で観たときの色も、解魔法で調べたときの情報も、そういうのとは違う力だと示していた」
竜郎もダンジョンのように別世界だったこともあり、その可能性も頭によぎりはしていたし、玉藻の──現役ダンジョンの言葉を信じたい気持ちもある。
それでも竜郎がこれまで体験し調査してきた情報と照らし合わせてみた結果、理屈で違うだろうと思い至っていたのだ。
「確かにーあなたがたの感覚ではー、そう考えてしまうのも分かりますー。
私も本体じゃないこともあってー、私自身の感覚が鈍いせいもあったのでー、最初は違うかなーと思っていましたしー」
「けど今は違うと」
「はいー。ずっとこの場所にいることでー、さすがに今の私でも確信が持てるようになりましたー。
かなり特殊な状況だと思いますのでー、エネルギーも変質してしまっているようですー」
「たつろーが言ってた観たことのないエネルギーってのが、その変質した力ってことでいいの? 玉藻ちゃん」
「そうですねー。こればっかりは元が自分と同じ性質の力だったからこそー、気が付けたことでしょうからー。
タツロウさんがたでもー、自力で気が付くのは難しいと思ったのでー、口を出させてもらいましたー」
ダンジョンだからこそ気が付いた。これが玉藻だけが確信に至れた理由だとしても、不思議ではない。もとより人とは違う次元で生きる存在なのだから。
ここで彼女が嘘をつく理由もなし、竜郎たちはその線で考えを進めていくことに決めた。
「それじゃあ、ここは元ダンジョンが作り上げた世界ということにするとしてだ。
なぜ死んだはずの存在が、今もまだ普通にダンジョンごっこができているかというのは分かるか?」
「死んじゃったってことは、そのまま何もできなくなるはずだしね♪」
「そうですねー。本人に会うことができれば完全に分かるでしょうがー、今はまだ細かなことを語ることはできませーん。
けれどなぜこんなことになっているのかはー、おおよそ察しがつきますねー」
「ヒヒーーン」
早く教えてくれとジャンヌが急かす。すると玉藻は右手の人差し指を1本ピンと立て、空を指さした。
「ずばりー、ここを覆っている結界ですー。こんなものを張ってしまったからこそー、完全に死ぬことができずーこんな風に残ってしまったのでしょーねー」
本来死んだダンジョンは、世界に溢れる世界力の波の中で散り、攪拌されて世界力に戻っていく。
けれど玉藻が言うには、これ以上広がらないように妖精たちが張った結界がダンジョンの個の残滓を隔離してしまい、世界力の波に埋もれないようにしてしまったそうな。
「ただでさえー、私たちのエネルギー量は膨大ですからねー。全て散るにも時間がかかるはずですー」
人より神に近い存在というのはだてではなく、構成に必要なエネルギー量は人換算では数え切れないほど。
結界などなくても世界にこびりつくように残留してしまっている跡地ができるくらいなのだから、そこに保護するかのように結界を張ってしまえば、より強くその地に残ってしまうのは想像に難くない。
「でも、げっかい、はらながったら、ジャングル、ひろがっでだ。しかだがないこと」
「その考えがー、そもそも間違いなんですよねー。
確かに放っておけばー、一時的にこのダンジョンの残滓とも呼べるジャングルは広がりをみせていたでしょー。
けれどーそれはあくまでも一時的ー。放っておけば縮小していってー、今頃は少し残滓がこっちにこびりつく程度のー、普通のジャングルになっていたはずですー」
「それはまた……なんというか」
広がるのを抑えるためにと妖精たちが頑張って張った結界がなければ、とっくに『ラガビエンタ』と呼び恐れる場所は消えていただろうと玉藻は言う。
わざわざ心血を注いで、危険地帯を保護し続けていたというのも皮肉な話である。
竜郎は思わず苦い顔で片手を額に当て、空に見える結界を妖精眼で見つめた。
あれだけ複雑なものは普通の国では作ることも難しく、維持するのはさらに難しい。
結界を作り上げ維持するだけの技術と力がある妖精たちのような国でもなければ、自然のままに放置され、勝手に消え去ってくれていただろう。
高い能力が完全に裏目に出てしまった、稀有な一例ともいえる。
「う~ん、それでもやっぱり、フローラちゃんが普通の妖精さんで、当事者で、それを止める術を持っていたなら、やっちゃってたと思うな♪」
「訳も分からないジャングルが広がっていくってのは、さすがに恐いもんね。
私も昔の妖精さんたちが悪いとは言えないなぁ」
「それは俺もそうだよ。それに良い悪いという話でも、もはやないだろう」
「そうですねー。別に私もー原因になったと言っただけでー、悪いとは一言も言ってないですしー。
けどー、不思議なことが1つだけあるんですよねー」
広いジャングルの先を見つめるように遠くに視線を向け、玉藻は心底不思議そうに首を傾げた。
「タツロウさんも言っていましたがー、この場所には少々滅茶苦茶ではありますがー、はっきりとした意思を感じますー。
いくら残滓が濃く残ったとはいえー、死は死ですー。さすがに個という存在がー、形をとりすぎていますー」
「普通はそうはならないと?」
「前の私の元となった私はー、一度死んでしまっていますー」
前の私とは、砂漠の大陸──カルラルブに昔あったとされるダンジョンのこと。
そのダンジョンの個は、あまりにも人が来てくれないことで運営に飽きてしまい、自分で自分を殺してしまったという経緯を持っていたことを竜郎たちは思い出す。
「そのときのことをー、ハッキリとは覚えていませんがー、それでも同じように結界内に残されてもー、同じようにはなれなかったと思うんですよねー。
それなのにー、ここのダンジョンの個はー、どうやって個としての存在を保っていられているのでしょー。不思議ですー」
「なるほど……そこが、今回の騒動の鍵になってくるかもしれないな。覚えておくよ。
それじゃあ、ほかに何か思うところはないか? なんでもいいから、教えてくれ」
まだ情報量が少ない。今後の行動を決めるためにもできるだけ、小さなことでもいいからと玉藻に情報提供をせがんでみた。
玉藻も同じダンジョンだった存在が引き起こしているとあってか真相に興味があるようで、いつも以上にまじめに考えてくれる。
「そうですねー。ここからは憶測も入りますがー、おそらくこのジャングルの意思はー、ダンジョンごっこではなくー、未だにダンジョンを運営している気分なのではないでしょうかー。
案外、自分が死んでいることに気が付いていない可能性すらありますー」
「死んだことにも気が付かないって、そんなことありえるのかな? タマモちゃん」
それがどのような状態なのか想像できず、フローラが素直に疑問を口にした。
「普通は死んだら個としての意思などー、世界に散っていくのですからー、ありえませんよー。
けれどもしー、この事象が意図的ではなく偶然から起こった奇跡ならー、そういうこともあるのではないでしょうかー。
おそらくー生前の意思は完全に残っていないー、本能のようなものだけかもしれませんしねー。
よっぽどダンジョン運営が好きな個だったのかもしれませーん。好感が持てますー」
「失礼な言い方になるかもだけど、地縛霊みたいな元ダンジョンさんだねぇ」
この土地に縛られ、生前の思いのままにふるまい続ける存在。地縛霊とは言いえて妙だと、竜郎やジャンヌも愛衣の言葉に頷き返す。
竜郎とジャンヌが頷くものだから、静かに2人で向かい合って遊んでいた楓と菖蒲もマネして頷きあっていた。
「あとはそうですねー。タツロウさんたちはーあの石を見つけるたびにー、リセット──つまりー、やり直しをさせられているようなことを言っていますがー、これまで言ってきたことが真実とするのならー、あれはリセットではなくー、次の階層に進んでいるということではないでしょうかー。
ダンジョンを運営をしているつもりならー、次の階層へ飛ぶ機能がないといけないと思いますのでー」
「にしては少し雑じゃないか? 解魔法で探知しただけで飛ばされてるぞ」
「そここそがー、完全に個としての性質は残せていないという考えに至った理由の1つでもあるんですよー。
おっしゃる通りー、雑すぎますー。ところどころセンスを感じるのにー、無理やり形に収めようとしている気がしてならないんですよー」
センスがあるかどうかはさておき、もし未だに不安定な意識のままにダンジョン運営をしている気分でいるのなら、そういうこともあり得るのかもしれないと、竜郎はこれまでのことも少し腑に落ちた気がした。
「それにー、階層が進んでいくにつれてー難易度が高くなっていますしねー。これもダンジョンのセオリー通りですー」
「上がり幅がえげつなさすぎるけどね♪」
それも前述したとおりの状態であったのなら、調整がうまくできていないのも頷ける。
「そうしなければいけない決まりもないですがー、型に嵌めたほうが構成に消費するエネルギーも割り引かれますからねー。いかにもダンジョンぽいですー。
そしてですねー、あのハジムラドさんという方が出てこられたのもー、その型に嵌めた部分が影響しているのではないかなーと考えていたりもしますー」
「型か……。普通に考えて、ここをダンジョンとして運営している気分でいるのなら、脱出するには攻略するのが一番手っ取り早いんだろうが──」
「──ハジムラドさんが今、私たちがいる5回目のジャングルで生き残れるとは思えないよね」
「ああ、そうだ。であるのなら、攻略以外にも脱出できる方法を用意しているということか」
「その通りですー」
ダンジョンの難易度を高く構成すればするほど、それに必要になってくるエネルギーは増していく。
けれど使える量は決まっているので、いかにしてうまくやりくりするかがダンジョン運営では重要になってくる。
そのやりくりのためによく行われるのが、一定の法則に従って作り、攻略者の対策の幅を狭めてあげること。
例えばダンジョン内に出てくる魔物の属性を統一したり、環境から想像しやすい性質を持つ魔物を用意したり、または先ほど言ったように順々に敵が強くなっていき、道中で攻略者自身の成長を促したり──など、よくあるダンジョンの形をとるのが一般的だ。
そして今回玉藻が言いたい型とは、その難易度調整のことなのだろう。
例えば攻略するのに難しいものを作ったとしても、別の難易度の低い攻略手段──裏道のようなものを用意するだけでも消費の割引が適用される。
それがどれほど確率が低かろうとも、その低確率を引けば攻略できるという破格の条件を付けてしまえば確実に。
「ハジムラドざんは、うらみぢをつかっだから、でてごれだ?」
「もしそうなら本人も意図しない状態で、裏道を通るための条件を達成していたんだろうねー♪ 運がいいっ♪」
「そしてそんな豪運の持ち主だけしか生き残れなかったから、生存者はいるが、ほとんどがラガビエンタに飲まれて死んでいったとすれば脱出者がいることも納得できるか」
比較的籤運の悪い自分は死ぬ側だろうなと、ひそかに心の底で竜郎は思いながらそう口にした。
「そこなんですよー」
「どこなんですよ?」
愛衣がオウム返しのように疑問を返す。
「おそらくーここに挑んだ存在で攻略できた──というかー、生き残れた人たちはー、皆さん裏道からのゴールだったと思うんですよー」
「まあ、状況からしてそうとしか考えられないよね」
「ええー。ですがそれはー、作り手側からすればー、割引のために仕方なく作った道でしかないわけですよー」
「そんなこと言われてもなぁ」
「ねぇ」
ここに挑んだものからすれば、そんなことは知ったことではない。
生きて帰ってこられるのなら、どんな方法だっていいじゃないかと竜郎と愛衣は互いに視線だけで同意しあう。
おおむね、他のメンバーもそりゃそうだよと納得している。
けれど長年ダンジョン運営をしながら生きてきた玉藻からすれば、それはそうだが、そうじゃない! という気分なのだそう。
「こっちはまじめにー、アレコレ考えて作ってるんですよー。
それをちゃんとー、こなしてほしいじゃないですかー」
せっかく頑張って作ったのに、誰もそこには目もくれず横道にそれていく。そう考えれば、なんとなく竜郎たちにも理解はできた。
竜郎も愛衣もジャンヌも、作り手側でもあるので余計に。
「そうでしょー? だからこそー、今、最高に喜んでいただけてるはずなんですー。
なんといっても、はじめてまともに攻略をしてくれて、はじめてまともに生き残っていられるメンバーが集まってくれているわけなんですからー」
「あー♪ それで最初に"最高に楽しんでいるように思えてならない"って言ったんだねー♪」
「このままいけばー、満足して成仏してくれるかもしれませんよー?」
「成仏て……」
それでは本当に地縛霊みたいじゃないか──とは思いつつも、案外それが神たちが望む未来なのかもしれないなと、ここで竜郎は思うのであった。
次話は日曜更新です。