第133話 手を焼くジャングル
しらみつぶしに探していけば終わる簡単な探索だと思いきや、黄緑色の石を見つけたことでまったく別のジャングルに変化してしまった。
けれどなってしまったものを、いつまでもグダグダと言っていてもはじまらない。
気を取り直し、次からはその石に気を付けて触らないようにしようとレティコル探しを再開した。
「──そこまでは、まだ良かったんだけどねー!」
「愛衣、そっちからも来るぞ!」
「はいよっ──と!」
一見バスケットボールのようにも見えなくない球体に向かって、愛衣がフォークのような天装の槍──ユスティーナを突き出した。
するとその球体は、過剰ともいえる愛衣の気力が籠った一撃により跡形もなく消滅した。
「もえでる! フローラ」
「分かってるよー♪ そっちも頑張ってね♪ キータくん」
周囲の植物には火の手が回っており、フローラが慌てず、けれど的確に水魔法で消火していく。
「わがっでる。ますたー! あれば、キータがやるがら、そのあどおねがい」
「ああ、任せとけ。しっかし、面倒なことになったな……」
空からは1メートルほどの赤い金魚に、飛行機の羽をはやしたかのような奇魚が群れを成して飛んでいて、上空からゴルフボール大の黒い物体を降らしてくる。
それが着弾する前にキー太は《八嵐龍操》というスキルによって、竜巻をそのまま龍の形にしたかのような8体の龍を魔法で生み出す。
キー太は嵐龍たちを手足のように操り、黒いボールがジャングルに落ちないように龍で巻き上げながら空飛ぶ奇魚の群れを殲滅していく。
しかし奇魚は死を悟ると散り際に盛大に自爆して、その身から細かな火の着いた小石程度の破片を広いジャングルの方々にまき散らしていく。
「させるか──ふっ!」
しかしその全てを竜郎が解魔法でとらえ、1つとしてジャングルに落とさないように全方位に細いレーザーを放って器用に撃ち落としていった。
「ムゥゥゥウウッ!?」
「キィィイイイィィィイイイ──」
その一方で四方八方に潜んでいる2メートル近いカタツムリのような魔物に対して、《雷撃収束砲》という雷属性の太いレーザーのような攻撃を撃ち放っていく清子さん。
見事着弾して巨大カタツムリたちは3分の1以下の体積に抉られていくのだが、そこからでもこの魔物は元の状態に戻ることができる。
なのですぐに再生がはじまりはしたのだが──。
「ムゥゥウウ……?」
再生した個所は元の状態ではなく、殻と体がぐちゃぐちゃに混ざり合ったかのような奇形した体になってしまっていた。
死にはしない。けれど何もできない。そんな状態で、ただ心臓を動かすことしかできない生物と化して地面に転がった。
そのカタツムリに対して、消火活動していたフローラが他の魔物に殺されないよう樹魔法の檻を作って厳重に保護。
あとは全員が無視を決め込み、止めを刺さずに放置して進んでいく。
「ヒヒーーン」
「うー!」
「あー!」
「がんばってくださーい」
ジャンヌは手にのせた楓、菖蒲、玉藻を胸の前に大事そうに抱え守りながら、尻尾だけを動かし厄介ではないただの魔物を虫けらのように弾き飛ばし殺していく。
楓と菖蒲はゆらゆらと揺れる手の上で、器用にバランスを取りながら短弓を手に持ち照準を合わせ、倒していいと言われている魔物だけを狙って射抜いていく。
まだ言葉も話せない幼児ながら弓矢には竜力が宿っており、1体を射抜いただけではとどまらず、貫通して後ろの魔物までついでに始末してしまう。
そんな光景を見つめながら、玉藻は観客気分で今の状況を楽しんでいた。
ヒポ子とウル太も同様に、何も考えずとも倒していい魔物だけを倒していき、ウサ子は怪我人がいつ出てもいいよう目を光らせている。
──さて、なぜ竜郎たちはここまでまじめに戦闘をするはめになっているのか。
本来ならば問答無用でジャングルごと吹き飛ばしてしまうことだってできるのに、だ。
その1番の答えは『レティコル』の存在。そして2番の答えは、例の『黄緑色の石』の存在。
まずレティコルについて。この魔物は高度な擬態によってその身を隠し、ジャングルのどこかに潜んでいる。
けれどこのジャングル、今の竜郎たちがいる『ラガビエンタ』では、その命を保つのも難しい。
なぜなら、まず愛衣が過剰なほどに力を加えて消滅させたボール型のダンゴムシに似た昆虫魔物。
これらはあちこちから気配もなく飛び跳ねながら特攻して来ると、そのまま相手の近くで自爆をかます。自分の移動以外で少しでも衝撃が加わっても自爆をかます。
また自爆せずとも、体が死ねば自動的に爆発する厄介な魔物。
自爆すると広範囲にわたって炎をまき散らし、周囲の植物を燃やしていく。
竜郎の《魔物大事典》にもレティコルは火に弱いと記載されていただけに、もし隠れ潜んでいてそのまま焼け死なれては困る。
だからこそ、自爆する前に完全に存在ごと消し去る必要があった。
愛衣ならば近中遠どこからでもピンポイントで消滅させられるので、竜郎から居場所を称号効果で受け取れることもあって、この役をメインに行っている。
次に空飛ぶ奇魚たち。こちらは空を高速で飛び回りながら、焼夷弾のようにジャングルを焼き払う爆弾を雨霰と次々降らしてくる。
そこも厄介なのだが、死に際にこちらも自爆し、超広範囲にわたって火種を飛ばしてもくる。
『レティコル』の生け捕りを目標にしている竜郎たちにとっては、放っておけない敵その2だ。
そして最後に一番、竜郎が嫌っているのが清子さんが相手にしている巨大カタツムリ。
これの対処は想像以上に難しい。
まずこのカタツムリは、周囲に可燃性の粘液をまき散らしながら這いまわる。
死ぬと体と殻が溶けて水をかけても土をかけても燃え続けるほど、強力な可燃性液になって地面に浸透していく。
このカタツムリはジャングル中のあちこちで可燃性の粘液をばらまき、他の魔物に殺されたりもするので超可燃液ともいえるものもそこら中に浸透させている。
それにより多湿なこの場所であっても、ちょっとした火種で大火事になり、放っておけばあっという間に火の海になって、どこかにレティコルが潜んでいるのなら焼け死んでしまう可能性が高い。
ならば見つけ次第、愛衣のように消滅させてしまえば──とも考えたが、そうするよりも生きるも死ぬもできない状態にしたほうが効率的なのが分かった。
いろいろと竜郎がスキルも使って調べたところによれば、周囲にいるのは分体であり本体ではない。
本体を倒しても分体が1匹でも生き残っていれば、それが弱体化はするが本体となって活動を再開する。
分体が同時に活動できる数には上限があって、生かしておけば一定数以上再び追加で生まれることはない。
以上のことがあり、殺してまたどこぞで可燃性物質をばらまかれるよりは、清子さんの持つ《異常遺伝子接触》を込めた《雷撃収束砲》で、体の構成情報を崩して無力化し、他の魔物に殺されないように保護をして放置。
これが最善の一手だという結論に至った。けれど一番、面倒なのは変わらない。
「ふぅ、とりあえず波は去ったか」
波のように押し寄せていた魔物たちの襲撃も、一時的に終息をとげる。
体力や内在しているエネルギーに余裕はあるが、ちまちまとやらなくてはいけない現状に精神的疲労を少しだけ感じていた。
「皆、おつかれさまー♪」
「おつかれー。にしても、もうハジムラドさんに聞いてた話とは、まったく違う状況になっちゃってる気がするねぇ」
そして2番目の答えとして挙げられた、『黄緑色の石』の存在。
実は現在、竜郎たちはすでに5回のジャングルリセットを経験していた。
というのも、気を付けようと思っていても竜郎の探査能力が高すぎて勝手に見つけてしまうのだ。
この石。触らなければ問題ないだろうと思いきや、認識した瞬間に弾けてリセットが発動する。
当然、解魔法による探査魔法でも適用されてしまい、レティコル探しのために使っていたらそちらを見つけてしまい──という事故が多発した結果である。
あの手この手で逃れる術を探していたせい──というのも、あるのだが……。
またこのリセット。ただ新しい場になるだけかと思いきや、リセットされるほどに魔物が強く好戦的に、そして厄介になっていく。
それでも3度目のリセットから火系の攻撃が追加されはしたものの、どうとでもできるレベル。4度目も、今ほど厄介ではなかったので甘く見ていた。
だが5度目からは全力でジャングル中を火の海にしようとしてくるので、そちらの対処もするほかなくなった。
けれどこれは愛衣が言っていたように、ハジムラドの話には一切なかったもの。
あちらは日増しに環境が劣悪になっていくとは言っていたが、これはもう劣悪どころの騒ぎじゃない。
「ハジムラドさんも、一般的な目線に立ったら相当な強者ではあるんだろうが、いくら他にも仲間がいたからといっても限度がある。
こんなのの中にいて生還できるほどでも、なかったはずだしな。
まるで別のジャングルに入り込んだみたいだ」
「ヒヒヒーーン」
「石の話も聞いてなーい」とジャンヌが竜郎の言葉に頷いた。
「フローラちゃんたちが、あんまりにものほほ~んってしてるから、ジャングルさんも怒っちゃったのかも?」
「もしそれがほんとなら、そんなことで怒られてもねって感じだねぇ」
フローラも愛衣も冗談半分ではあったが、他の者たちもそれを否定することはできなかった。
竜郎がジャングルに意思があると言っていたし、この不思議な環境ならありえるかもと。
ただ、一人を除いては──。
「うーん。怒っているですかー。私はー違う気がしますねー」
「どうしてだ? 玉藻」
今まで他人事のように観戦していた──といっても戦闘に加われなかったからだが、そんな玉藻が否定の言葉を口にする。
もとより人とは違う存在。何か竜郎たちとは違う視点があるのかもしれないと、誰もが興味を持って耳を傾けた。
「ここの意思はー、最高に楽しんでいるように思えてーならないんですよねー」
「楽しむ? 怒ってるんじゃなくて?」
「ええ、そうですよーアイさん。こういう世界の作り手側だからー、挑む人間たちを見ている側だからー、その裏に込められた気持ちがー、伝わってくるのかもしれませんねー」
「それじゃあ、タマモちゃんがなんとなくそう感じただけってこと? ほんとかなぁ」
そう感じたからという、あまりにも感情に頼った意見にフローラが半信半疑な様子を示す。
けれど玉藻は相当にその意見に自信があるようだ。間違いないと不敵に笑った。
「だってここー。ちょっとー変わった死に方ー?をしたー、私の元同僚の仕業だと思うんですよねー。
元同じ存在として、楽しんでいるのは間違ってはいないとー断言しますー」
「「「「──は?」」」」「ヒヒン?」
「「うー?」」
あまりにも突然の衝撃発言に、竜郎たちは思わず目を丸くして口を開いてしまうのであった。
次話は金曜更新です。