第129話 いってきます
聞きようによっては物騒な竜郎の言葉に、ハジムラドとハッサンは手荒なことはしないだろうと分かっていても身構えてしまう。
もちろん力に任せてごり押しするつもりはなく、竜郎は自身の《無限アイテムフィールド》から1枚の紋章の入った綺麗な緑色のカードをスッと机の上に差し出した。
「それは…………──まさかっ」
「プリヘーリヤ女王陛下から頂いたものです。必要があるようなら僕らの判断で使ってもいいと、ご本人から許可もいただいています」
竜郎がそのカードに手をそっと乗せ魔力を通せば、さらに美しく光り輝く。
「……触って確かめてみてもよろしいでしょうか?」
「ええ、もちろんです。ハジムラドさん」
これが本物ならば、竜郎の魔力でなければこのように光らせることはできない。
そして偽物ならば、妖精大陸および妖精郷内において誰であろうと重罪に処される代物でもある。
慎重にハジムラドがそのカードを手に取ると、軽く自分の魔力を通したり天井の明かりに透かしてみたりと、いろいろ確かめていく。
それはどこか間違いであってくれと思っている様子でもあったが、すぐに諦め竜郎へとそのカードを返却した。
「本物で間違いないようですね……」
「ご本人から直接頂いたものですので、さすがにそれはないでしょうからね」
冗談交じりにそう口にしながら竜郎はカードをもう一度、自分の《無限アイテムフィールド》に収納しなおした。
「女王陛下から直接……ということは、妖精郷にも行ったことが?」
「ハジムラドさんは、妖精郷で僕らのことをお聞きになったりはしていませんか?」
妖精郷も広大なので全員が知っているわけではないだろうが、プリヘーリヤの城に近い地域に住んでいる妖精たちならば、竜郎たちのことを聞いたことくらいはあるはずだ。
「もう100年以上は戻っていないですからね。
それに引きこもって仕事の毎日でしたので、外の情報にも疎くなってしまって。しかしそのようなことをお聞きになるということは──」
「──ええ、そこだけではありませんが、現在妖精郷にも我々の拠点が妖精樹の近くに存在しています。」
「「妖精樹の近くに拠点!?」」
驚きつつも口を挟まず黙ってみていたハッサンも、ハジムラドと一緒に叫んでしまう。
「お2人とも一度お帰りなってみれば、それが本当だったとすぐに分かると思います。
ちょうどシュルヤニエミ一族の土地のすぐ真横なうえに、特殊な形の建造物が建っていますから」
「シュルヤニエミ一族の横といったら、近くどころかほとんど真横と言っていいではありませんか……」
妖精樹は妖精郷を維持するうえで本当に大切な存在。信仰の対象ですらある。
そんな場所の近くに他所者が居を構えているなんて、ハジムラドもハッサンも生まれてこのかた見たことも聞いたこともない。
同じ妖精種であったとしても、あの周辺は昔ながらの名家でなければ住むことなどできないはずだ。
「しかしそれが本当だというのなら、もはや私に止められる術はなさそうですね……」
今のハジムラドは妖精大陸全体でみても、身分はそれなりに高い。
そのうえでラガビエンタに関してのことであるのなら、口出しできる存在は"ほとんど"いないと言っていい。
けれどその"ほとんど"に位置する存在たちと深い繋がりを持ち、女王陛下の紋章が入ったカードを見せられてしまっては、これ以上の反対は罪に問われる可能性すら出てきてしまう。
「分かりました。それほどに行きたいというのなら、もはや止めは致しません。好きにしてください。
ただし入るときは結界のこともありますので、入り口まで同行させていただきます。それくらいは、かまいませんよね?」
「はい。こちらもやたらなことを無自覚にやらかしては大変ですし、お願いします」
かくして竜郎たちは、かなり強引な手を使ったが正式に許可を得ることに成功した。
竜郎たちは、ハッサンの案内のもとラガビエンタに一番近い柵の入り口までやってきた。
ハジムラドは結界に影響なく開く準備をしてくるとのことなので、こちらはもう少しここで待つ必要がある。
ただ待っているのも暇だからと、ハッサンから少し離れたところで今回のことについて話しあう。
「話だけ聞いてると、かなり不思議なとこだよね。何がどうなったら、そんな意味不明な土地になっちゃうんだろ?」
「それにシステムのマップ機能が狂うなんて、普通じゃありえないよねー。
でもご主人さまの完全探索マップなら大丈夫かも?」
「そればっかりは行ってみないと分からないな。今のところはちゃんと表示されてるみたいだが、それは普通のマップ機能でもそうみたいだし。
けどまあ、いざとなれば転移魔法があるから帰ることだけならできるだろうさ」
「ヒヒーーン」
ジャンヌも「だよねー」と竜郎の言葉に頷き返す。
たとえどんな場所であろうとも、竜郎ならば転移魔法で脱出できるので迷子になって出られないという心配はない。
今の竜郎の時空への干渉力なら、それらを阻害するような何かがあろうとも押しのけるだけの力があるのだから。
それにだ──。
「あなたたちにはー《強化改造牧場・改》っていうー、どこでも避難所までありますからねー。
正直ーダンジョンの中でそれを使われてしまうとー私は萎え萎えなのでー、使わないでほしいですー」
「その言葉、心にはとどめておくよ」
使う必要があるなら遠慮なく使う気満々で、竜郎は悪びれもなくそう答えた。
そうこうしているとハッサンと数人の職員を連れたハジムラドも合流し、こちらにやってきた。そちらも準備が整ったようだ。
「くどいようですが、ほんとうに今すぐでよろしいのですか? 別に数日後でもいいのですよ?」
あれだけの話を聞いたのだから、竜郎たちも準備が必要だと思っていたのに即日出立と聞かされたときには、ハジムラドも馬鹿なのかと驚いたものだ。
それでも世界最高ランクの冒険者なのだから大丈夫なのかもしれないと思い直すものの、やはり心配になってここに来る前に再三してきた確認をまたしてくる。
自分と同じ目に遭う人間が1人でもいなくなるようにという思いからくる、心からの心配だと分かっているので竜郎も苦笑しながら何度も言っている言葉で返答する。
「もう準備はしてきましたからね。これ以上、なにも用意するものはありませんよ」
竜郎の《無限アイテムフィールド》には常に大量の食糧があり、《強化改造牧場》内にも食材となる魔物たちが住んでいる。もはや竜郎は、歩く食糧庫と言ってもいい。
他の装備品とてリアの暇つぶしシリーズや自前の装備品があるので、武器などには困らない。
また着替えや石鹸などなど──いつでも困らないようにと生活必需品まで大量に放り込んでいるので、着の身着のまま何もない場所に放り込まれても豊かな生活がおくれることだろう。
「分かりました。では扉と結界を開けますので、少し離れていてください」
内側に開くようになっている柵の門の前に立つと、ハジムラドの手がカタカタと震えだす。過去のトラウマが蘇ったようだ。
大丈夫かと職員の1人が声をかけようとすると、視線だけで大丈夫だと伝え震えがとまった。
震えの止まった手にもった鍵で、ハジムラドはまず普通の物理鍵を解除。
それから職員たちとハッサンと共に杖を持ち、魔法錠を解除。
その杖すべてがそろってはじめて、ここの魔法錠が解けるようになっているのだと、竜郎はなんとなくの魔力の流れだけを観て察した。
ギィィイイイ──という錆びた扉が開くような音と共に、柵に備え付けられていた扉が開く。
開いたらまた別の杖を職員たち、ハッサン、ハジムラドが取り出し、空いた扉の中へと杖だけを差し入れて、それぞれ違うが、綺麗なハモリになっている歌のような呪文を唱えはじめる。
すると魔力を観る目がなければ見えないが、竜郎の精霊眼にはハッキリと大きな穴が開いたのが見えた。
「完了です。開いている間に中へとお進みください」
穴をあけている間はずっとハジムラドたちは魔力を流し続けなければならない仕組みになっているようだったので、竜郎たちは急いで結界の中へと入りこんでいく。
竜郎たち全員が漏れなく入り終わると、ハジムラドらは扉から内側へと差し込んでいた杖を一斉に引き抜いた。
連動するように結界も、もとに戻っていく。
「我々が案内できるのは、ここまでです」
「ありがとうございます。無理を言ってすいませんでした」
魔法錠も掛けなおし、扉も勝手にしまっていく。柵を挟んで会話が続いていく。
「いえ、開けるだけならば、それほど手間ではありませんから……。
──では、戻って来られることを祈っております」
ハジムラドは口ではそう言うものの、戻ってきてほしいと願っているものの、もう会えないだろうと心の底では思っていた。
悲し気なその瞳が、なによりの証拠である。
彼の中ではこのラガビエンタというジャングルは、入ったもの全てを飲み込む死の権化としか映っていないのだ。
このまま送り出されては竜郎たちが帰ってくるまで毎日、行かせてしまった後悔の念を抱え続けそうな気がしたため、竜郎は少しだけ希望を見せていくことにした。
「ええ、必ず戻ってきますよ。なあ、ジャンヌ?」
「ヒヒーーン!!」
「「「「「────っ!?」」」」」
竜郎が声をかけると、ジャンヌは念話でその意味を知るや否や一気に《幼体化》から《成体化》《真体化》まですっ飛ばし、最上級の力を発揮できる《神体化》まで変化する。
さきほどまで小さなサイだったジャンヌは、今や全長15メートル級の竜。
黄金の角を鼻先に2本。上と下の2対の翼は純白の竜翼、真ん中の2対は天使の白翼の計8翼をはやした、まごうことなき聖なる竜に。
その力は竜の国──イフィゲニア帝国であろうとも、まともにやりあえる存在は、ほとんどいないほどの強力無比。
その覇気をまき散らすように周囲に放ち、ハジムラドたちを圧倒した。
けれどその身からくるのは、ただの重圧だけではない。神に守られているかのような、心地よい安心感すら感じる力の波動。
ハジムラドたちが思わず、膝をついて頭を垂れそうになったところで、ジャンヌは元の小サイ状態に戻った。
「ってことで、行ってきます」
「ヒヒ~ン♪」
「「う~ぁ~♪」」
ジャンヌが鼻先を振ってハジムラドたちにバイバイとジェスチャーするのをマネして、楓と菖蒲も同じように可愛らしく首をプルプル振ってバイバイする。
先ほどの崇めたくなるほどの力を見せつけられた後にこれだ。
思わずあっけにとられて、ハッサンや職員たちは固まったまま反応に遅れてしまう。
──しかし、ハジムラドだけは「もしかしたら竜郎たちならば」と無意識に柵を掴み、去り行く背中に向かって叫び声をあげる。
「余裕があったらでかまいません! もしもっ、もしも黒い少女と話すことができたのなら、彼女にお礼を言ってくださいませんかっ!!」
自分の命の恩人にお礼の言葉すら、感謝の気持ちすら届けられなかったことを気にしていたハジムラドは、自然とそんなことを口にしていた。
その言葉を耳にした竜郎たちは、少しだけ振り返るとニッと笑い返した。
「もしも会うことがあったら、ちゃんと伝えておきますよ。
けどその前に美味しい魔物が手に入ったら、帰ってきてしまうかもしれませんがね」
「ははっ、そのときは少しでもいいので買い取りさせてもらえませんか?」
帰ってくるのは当たり前だとばかりに笑う竜郎に対し、ハジムラドも思わず笑いながら冗談を言ってしまう。
「余裕があるなら今回のお礼と、お土産としてプレゼントするよ! 楽しみに待っててね! ハジムラドさん」
「ええ、そう言ってくださるのなら、期待して待つことにいたします」
あの地獄へ行く人々を見送っているのに、こんな安らかな気持ちになるなんてと、ハジムラドは不思議な気持ちで竜郎たちの姿が消えるまで、柵の前で立ち尽くすのであった。
「どうか、彼らが帰ってきますように──」
次話は水曜更新です。