第127話 ジャングルへ行くその前に
妖精大陸という名前から勝手に想像していた幻想的な雰囲気ではなく、どこにでもありそうな普通の様相に少しがっかりしながらも、なんだかんだお土産を買い漁って楽しんだ竜郎は、皆とともに町の外へと出た。
「それじゃあ、ジャンヌ。また、お願いできるか?」
「ヒヒーーン」
町から少し離れた場所で認識阻害をかけてから、ジャンヌの背負った空籠に乗り込み目的のジャングルを目指し飛んで行く。
最寄りの港からだったので、それほど時間もかからず来ることができたのだが……。
「立派な柵で覆われてるねぇ」
「しかも妙な結界? みたいなものも張られているな」
10メートル以上はあろう金属の柵で覆ったうえで、それを起点にして結界のようななにかがジャングル全体を覆うように張られていた。
「みたいなものっでこどは、げっかいじゃ、ない?」
「ばれない程度に軽く外から解魔法で観察したってくらいだから詳細は不明だが、出入りを制限するような類のものではないような気がするんだよ、キー太」
竜郎ならば結界に干渉したことを他者にばれずに調べる自信はあるが、こちらが把握していない特殊なスキルや技術がないとも限らない。
それで良好な関係を築いている妖精たちとの関係に、小さいかもしれないがヒビが入るのは避けたいところ。
まだ強行するような状況でもなしと、そこまでにとどめておいた。
「それじゃーどうするんですかー? なにかいい案があるとかー?」
「案というよりアテならあるよね♪ ご主人さま」
「まあ、な。あんまり頼りすぎるのもどうかと思うが、もし迷惑が掛かったら今回の成果で許してもらおう」
「美味しいお野菜の魔物だね!」
竜郎たちは妖精郷で妖精たちの女王──プリヘーリヤや、妖精郷の名門であるシュルヤニエミ一族とも繋がりある。
妖精大陸に存在する全ての町は妖精郷に属しているので、ここでも女王や彼の一族の影響力は大きい。
困ったときは名前を出していいとまで言ってもらっているので、いざとなったらそのアテを使ってしまえば、ここではどうにかなるだろう。
「それに冒険者のランクもあるから、そっちだけでなんとかなる可能性も高いしな。
とりあえず近くの町で正式な手順で入れないか調べてみよう」
どうみてもあの柵や結界らしきものは、ちゃんと管理されているもの。
ならばその管理をしている人物や組織と直接話ができれば、無理に入らなくてもいいはずだ。
急遽方向転換し、近場にある町へと取って返した。
やってきた町での入町審査のとき、こちらの素性を知った町の妖精兵に柵のことを聞いてみた。
「あそこは行方不明者が多発したため、封鎖されたと聞いています」
「行方不明ですか。魔物に襲われて──などでしょうか?」
「それもあるのでしょうが、数少ない生存者いわくジャングル自体から出られなくなるらしいです」
「ジャングル自体から……というのは?」
「それ以上詳しいことは、私からは何とも……。
なにぶん私は近寄ったこともありませんし、管轄外のことですので危険地帯だけれど入らなければ害はないという情報くらいしか存じません。
もっとよく知りたいのならば、あそこを管理している機関の本部がこの町にもありまして、そことなら繋ぎを取ることもできます。
確かそこの長をしている人物は数少ないジャングルからの生還者らしいですし、誰よりも詳しいはずです。いかがいたしましょう?」
「生き残りがいるんですか? それは是非、お会いしたいです」
「分かりました。では、少々お待ちください」
やはり冒険者ランクの威光はここでもかなりの効力を持ち、ことはとんとん拍子に進んでいく。
竜郎と話をしていた親切な妖精兵はピューッと小さな翅を羽ばたかせ、詰め所のほうへと飛んで行った。
竜郎たちは邪魔にならないように、入町の列から外れた場所でしばし待つ。
「生き残った人がいるなら、私たちは普通に行って帰ってこれるっぽい?」
「転移もあるから、最悪迷ったらそれで脱出できるしな。
けどできるだけ迷わないように、各自気を付けたほうがいいかもしれない」
「キータも、がんばる」
「ああ、頼りにしてるからな、キー太」
キー太は竜郎たちとはじめての遠出ということもあってか、主にいいところをみせようとかなり張り切っている様子。
「けど情報が集まっていないから、油断は禁物だね♪」
「ヒヒーーン」
幼体化状態のジャンヌも、うんうんとフローラの言葉に大きく頷く。
「きゃっ♪ きゃっ♪」
そのときのジャンヌの頭の上に乗っていた菖蒲が、がくがくと揺れたことに対し楽しそうに笑った。
「ダンジョン作成にー、いい閃きを与えてくれるところだとー、ありがたいんですけどねー」
「あぁぅーぅ」
楓はジャンヌよりもフワフワの尻尾が気に入ったのか、玉藻の尻尾に触って気持ちよさそうにしていた。
「おっ、来たみたいだね」
数分ほど話していると、町の中にあるジャングル全体を管理しているという機関と連絡が付いたのか、さきほどの妖精兵が戻ってきた。
「こちらへ、どうぞ。私がご案内いたしましょう」
「ありがとうございます。ご迷惑をおかけします」
「これも仕事なので、気にしないでください」
彼が生来そういう性格なのか、それとも竜郎たちが妖精輝結晶を所持しているからか、人当たりのいい笑顔を浮かべてくれた。
町の中へ入ると通常の建築物6割、大木をくりぬいたかのような妖精建築の家が4割と港町よりも妖精大陸の勝手なイメージに、最初よりは近づいているように感じた。
「ここは昔から住んでいる人も多いですからね。けれど今はもっぱら、普通の家が主流になっています」
「素敵な家だと思うんだけどなぁ」
「外の人はそっちのほうが妖精らしいと思うらしいですね。
けれど通常建築のほうが安いですし、若者の間では古臭い印象を持っているものも多いそうです」
妖精郷では通常の建築物などなかったので、妖精郷から出た先の妖精大陸の若者たちがそんな考えを持っていたのかと少し意外に感じた。
「けどこちらのほうが、港の町より妖精建築の家が多いような気がしますね」
「特に港町に近くなると、外の大陸の人たちとも触れ合う機会が多くなるのでそういった考えが根付いていくのかもしれません」
「ちなみに、あなたの家はどっちなのかな♪」
「私も通常の建築ですね」
それから妖精兵のガイドトークを聞きながら、この大陸についていろいろと知っていく。
それらを総括すると、こちらでは外との交流が多い分、他国の文化も多く流れ込んで考え方もいろいろと多様化しているようだ。
キー太も妖精郷以外の妖精たちの暮らしぶりに、感心したように聞き入っていた。
やがて町の外周を壁に沿って左奥へと進んだ先で、年季の入った大木でできた妖精建築の建物に行きついた。
入り口の前には、別の男性妖精が待ってくれている。
「ここが『ラガビエンタ』の、管理機関本部です。これより先の案内は、こちらの──」
「ハッサンです。よろしくお願いします」
「竜郎です。今日は、よろしくお願いします」
『ラガビエンタ』とは、ここにあるジャングル地帯の名称。
そしてここは、この辺りのラガビエンタ全ての対処を妖精女王の名のもとに行っている国家機関のことらしい。
『国家公務員みたいなものかな?』
『お役人なのは間違いないだろうな』
愛衣と竜郎が念話で話しながら、ここまで案内してくれた妖精兵に礼を言ってから、ハッサンに案内されるがままに入っていく。
螺旋階段を上った一番上、一番の奥の部屋までやってくる。
ハッサンが少し小さな扉を開けてくれたので、竜郎たちは軽く身をかがめて中へと入っていく。
すると見た目では年若いままなので妖精の年齢は区別がつかないが、それでも老練な気配を持った男性妖精がソファに座って待っていた。
彼の名前はハジムラド・グルチコフ。数少ないジャングルからの生還者にして、この機関の長でもある人物。
竜郎たちと軽く挨拶を交わし、さっそく本題に移っていく。
「タツロウさんたちは、ラガビエンタの話を聞きたいとか」
「はい、その通りです」
「そうですか。それは別に構わないですのですが、その理由をお聞かせいただいてよろしいですか?」
「はい。実は僕らは、珍しい魔物を集めているのです。
ここならそれに見合ったものがいるのではと考えまして、その前に情報を集められるだけ集めておきたいなと。
そしてあの地へ行くことを、正式に許可していただきたいです」
「珍しい魔物……? もしやそれは、レティコルという魔物ではありませんか?」
まさに探している魔物を言い当てられて、竜郎は思わず表情に出してしまう。
ばれても悪いことをしているわけではないと、竜郎は開き直ってみることにした。
「その通りです。非常に珍しいらしいじゃないですか。冒険者として、そういった未知のものにはあこがれを持ってもおかしくはないでしょう?」
「はぁ……、やはりそうですか。今の時代で、どこから情報を得たのやら……」
ハジムラドは、分かりやすいほどに大きなため息をついてそうぼやくと、まっすぐ竜郎と視線を合わせてきた。
「はっきり申し上げて、許可はできません。たしかにレティコルとは非常に希少で、その体は美味だと聞いています。
ですが、あなたがたはあそこの恐さを理解していない。どんなに優れた冒険者であっても、あの地ではすぐに迷ってしまうでしょう」
「ですがあなたは、その地から生還したんですよね? なら──」
「あれはっ! あれは……運がよかった……というのが正しいのかは分かりませんが、自分でもなぜ助かったのか分かっていないのです」
「分かっていない……?」
「ええ、分からないのです。気が付いたらラガビエンタの外で倒れていて、そこを救助されたというだけ。
数少ない生還者たち全員が、そのように証言しています」
「倒れるまでの記憶とかはないの? ハジムラドさん」
奇妙な話だと愛衣が問いを投げかけると、ハジムラドは深くしていた眉間のシワをさらに深くしてうなった。
「うぅむ……。それが……さまよっていたはいいのですが、最後はもう意識が朦朧としてハッキリとした記憶がないんです。ただ……」
「ただ?」
「黒い少女を見た……ような気がします」
「くろいしょうじょ……黒い少女? 肌が黒いってこと?」
「肌が黒かったような気もしますし、服装が黒かっただけだった気もします。
顔も覚えていませんが、なぜか少女だと思ったのです……が、それが本当だったのか、幻だったのかは判断が付きません」
幻覚を見るほどに追い詰められていたというのならそれまでだが、それならジャングルの中で野垂れ死んでなければおかしい。
少女云々はともかくとして、何かがいたのは確かなのかもしれない。
そう考えた竜郎は、さらに問いを追加した。
「お聞きしたいのですが、その少女を見たのはハジムラドさん。あなただけですか?」
この人物に対し、竜郎は非常に理知的な印象を抱いていた。
そんな人物が、確証もないのにジャングルの中で少女を見たなどと突拍子もないことを言うだろうか。
もしかしたら真実味を帯びさせるなにか……。例えば他の生存者とやらも目撃していたのではないか──、そんな考えに至ったのだ。
そしてどうやら、それは当りだったらしい。
「……いいえ、私を含め生存者全員が、似たような少女を目撃したと証言しています」
「つまり、その少女に出会った人間だけが生きて帰ってこられたとも考えられますね」
「そう……なのかもしれませんね。私も他の人物がそう言っていたという情報を得ていなければ、妄想だったと思うほどに朧気な記憶でしかありませんが」
出会えば助けてくれる謎の黒い少女。
レティコル探し以外に、なかなかに面白い話が聞けそうだと、竜郎たちは改めて詳しい話をハジムラドから聞いていくことにしたのであった。
次話は金曜更新です。