第126話 いざ妖精大陸へ
一緒に行くメンバーも決まったので、さっそく準備をして翌日には出発することになった。
朝早く起きた竜郎たちは、カルディナ城の前に集まった。
「ニーナもパパたちが行って、少ししたら出発するね」
「ああ、気をつけて行っておいで」「頑張ってきてね」
「うん!」
今回一緒にいかないニーナも、お見送りを兼ねて集まっていた。
そしてその横にはもう1人──。
「アーサーも急に付き添いを頼んで悪かったな」
「特に何か予定があったわけでもないので、気にしないでくださいマスター」
ニーナは小さくはなれるが、人間形態にはなれない。
町へ行くにしても人型の誰かがいたほうが面倒もないだろうと、アーサーに付き添いを頼んでおいたのだ。
彼ならば(竜郎や身内に害がないかぎり)人当たりもいいので何かあっても、うまくやってくれることだろう。
「ヒヒーーン」
久しぶりに竜郎たちとのお出かけとあって、ジャンヌはテンションが高い。空籠を背負って、準備ができたことを教えてくれる。
フローラ、玉藻、キー太と順番に乗り込んでいき、最後に竜郎、愛衣、楓、菖蒲も空籠の中の席に着いた。
「いってらっしゃーい!」
「ああ、いってきます」「いってくるねー」「「うぅー」」
手を振るニーナに窓から手を振り返す。楓と菖蒲はいつも一緒にいたニーナがついてこないことを理解したのか、心なしか寂しそうに手を振っているように見えた。
竜郎のマップの指示に従いジャンヌは南西に向かって飛んでいく。
ニーナの背中よりもゆったりとした空間の中で、外の景色を楽しみながら妖精大陸付近までやってこれた。
目的に一番近い港まで行ってもらい、途中でこっそり降りてジャンヌが子サイ状態に戻ったところで大陸への入国審査の列に並んだ。
「これも一応持っておくかな」
並んでいる途中で竜郎は自分の杖を取り出した。
別に戦いがはじまるような状況でもなかったからか、玉藻が不思議そうな顔をする。
「それにー、なにか意味があるんですかー?」
「この杖には妖精輝結晶が使われているから、持っているだけで妖精たちに好印象を持ってもらえるんだよ」
「へぇーそーなんですねー。フローラさんもー、何か感じますかー?」
「もっちろん。感じ方は人それぞれだと思うけど、フローラちゃんの場合はあったかいスープを飲んだときみたいに、ポカポカした気持ちになるかな♪」
「そうだったんだ。それは私も知らなかったよ。キー太やランスロットくんも、そうなのかな」
「キータも、わがる。ますたーのツエみでるど、やさじいきもじになる」
キー太も竜郎の杖を見て毎回そう感じていたらしい。
「ランちゃんも何かしら感じてると思うよ♪ ただそれそのものを持っているわけじゃないから、鈍い妖精さんだと気が付かないかもしれないね♪」
「ならこの前、雷山で小妖精さんたちに貰ったやつを持っておこうかな」
愛衣が自分の雷の力を宿した妖精輝結晶を取り出して見せた。
「うん♪ それならポッケの中に入れてても、妖精さんなら気が付くと思うな♪」
「じゃあ、楓と菖蒲にも持っておいてもらうか。もし迷子になっても妖精たちが手を貸してくれるかもしれないし」
「「あーぅ?」」
小さな袋に楓と菖蒲、それぞれの複製した妖精輝結晶の欠片をいれて紐を通し、首から下げてあげた。
「なにこれー?」と不思議そうに触っていたが、すぐに飽きて小さなジャンヌの背中に代わりばんこに乗ってはしゃぎはじめた。
「う~ん……」
「どったの? 玉藻ちゃん」
竜郎や愛衣が可愛いちびっ子たちに癒されている中、なにやら難しい顔をしながら考え込む玉藻。
普段あまりしない表情に、思わず愛衣が声をかける。
「実はですねー。特定の種族が反応を示すものがあるのならー、そういうのを利用した罠とかー、しかけられないかなーと思いましてー。
特定の種族に特化した凶悪な罠とかー、ロマンを感じますー」
「ロマン? 罠にそんなのあるの?」
「ありますよー。限定することで規約の範囲内に収めつつー、より素晴らしいものが作れるかもしれないんですからー」
「へ、へぇ……。ソウナンダネー」
愛衣はそれしか言えず、玉藻の思考の邪魔をするのをやめた。
「そうなんですー」
ダンジョンには迷宮神が定めた決まりがあり、罠などの回避難度や被害度合いもダンジョンのレベルあった範囲内に収めなければならない。
けれど特定の種族に限定してしまえば、回避難度は大幅に下がるので被害度合いを大幅に上げることができる。
なにせ他の種族なら簡単に回避できるのだから。
嵌まる種族にはとことんまで嵌まる、凶悪で悪辣な罠の構想にふける玉藻を前に、竜郎はまた余計な知識を与えてしまったと少し後悔するのだった。
やがて自分たちの番がやってくる。
大陸へ入るための関所に詰めていたのは妖精だったので、既に竜郎たちが妖精輝結晶を持っていることに気が付いているようだ。
今まで前に並んでいた妖精種以外への対応は差別的ではないが、硬い雰囲気だったが、竜郎たちに対しては若干柔らく感じる。
関所の妖精兵と、竜郎たちは笑顔を浮かべながら挨拶を交わす。
「こんにちは。素敵なご縁をお持ちの方たちのようですね。本日は観光ですか?」
「こんにちは。観光もそうですが、珍しい魔物などが狩れたらいいなと思っています」
軽く会話をしながら自分と楓、菖蒲の身分証を提示していく。
するとやはり目を丸くされ、予想以上の肩書だったせいか息をのまれた。
「これは……。冒険者ランクに加えて他国の勲章もお持ちのようですし、小妖精たちと深い縁を持っていることからも、身分には何の問題もございません。
そちらのお子様たちともども、どうぞごゆるりとご滞在くださいませ」
「はい、ありがとうございます」
愛衣やジャンヌも竜郎と同じ肩書をもっているので、こちらも問題なく関所を通過。
フローラとキー太は冒険者ランクはないが、妖精という種族であるうえに竜郎と愛衣と同じパーティ扱いなのでこちらもスルー。
そして最後の玉藻なのだが、こちらはシステムがないのでハウルに発行してもらったカード型のカサピスティ王国民としての身分証。
ノワールのようにペットとして連れ歩くには無理があるので、シュワちゃんと一緒に作ってもらっていたのだ。
これはかなり偽造が難しい身分証らしいので、信頼性は高いものと聞き及んでいる。
だが竜郎たちのような、システム経由の身分証ほどの信頼性はない。
普通の国ならこれでも全く問題ないが、他種族の入国には慎重になっている妖精大陸では少し不安が残るところだ。
「獣人……? で間違いないのでしょうか?」
「はいー。どこからどうみてもー、獣人さんですよー」
「「うーぅうー」」
愛想よく笑いながら、玉藻は頭のキツネ耳をぴこぴこと、複数あるフワフワのキツネの尻尾をゆらゆらと動かしはじめた。
楓と菖蒲が猫じゃらしを前にした猫のように、その尻尾を追いかけぴょんぴょんと玉藻の後ろを飛び回る。
そんな微笑ましさに加えて、外見は獣人系統の人間で間違いなさそうな玉藻。
けれど相手は妖精。他者の力に敏感な種族なだけに獣人や妖精、その他の種族とも違う不思議な存在の在り方に、無意識的に引っかかりを感じてしまったようだ。
本来なら同胞たちの信頼を得ている世界最高ランクの冒険者たちの連れなのだから、すんなり通してあげたいところ。
身分証も確かなものだと確認できるし、怪しいところはないと言っていい……のだが、まじめな彼にはその奇妙な感覚が気になり、通っていいの一言を言い出すことができなかった。
その逡巡に気が付いた竜郎は玉藻を援護すべく、妖精兵に声をかけなおす。
「あの? 玉藻になにか問題がありましたか?」
「え? いえ、その………………いいえ、なんでもございません。お通りください」
具体的に言葉に言い表すことのできない感覚を理由に、世界最高ランクの冒険者の足を止めさせるのが得策なのかどうか思考を巡らし、彼らの連れというのを信じて最後は折れてくれた。
「ありがとうございますー」
「「うーう」」
「はは、どういたしまして。よい、旅を──」
尻尾に楓と菖蒲をつけたままの玉藻に、なんとも言えない笑顔を浮かべて妖精兵は詰め所を後にする竜郎たちを見送るのだった。
少し見学もしていこうと、一番他種族が多くいるとされる港に面した町に寄ってみることにした竜郎たち。
今回の目的地はもっと先にあるのだが、キー太の社会見学やフローラの休みも兼ねているので本当に観光していくのもいいだろう。
大陸に入るための関所よりも緩くなった身分確認を通過して、皆で妖精大陸の町の1つに、はじめて足を踏み入れるべく入り口を通過していく。
『妖精郷には何度も入ったことがあるのに、妖精大陸に入ったことがないなんて、きっとフローラちゃんたちくらいだねー♪』
『そりゃそうだよ、フローラちゃん。普通なら妖精郷に行くには、この大陸のどっかにある入り口を通らなきゃいけないんだからさ』
気軽に聞かれていい会話ではないので、念話でフローラと愛衣がそんなことを言い合っているのを耳にしつつ、竜郎は門を抜けて町の中へと入っていった。
「うーん。なんか思ってたよりも普通だな」
「ごれ、ふづうなの? じらないニンゲンど、ようせい、たくさんいっじょにいるよ?」
「たしかに、そこは普通じゃないかもねー♪」
妖精郷での妖精たちの住居は大きな木の中をくりぬいて住居にしたような、幻想的で可愛らしいものばかりだった。
なのでこちらもそういったものを想像していたのだが、種族比が妖精に偏っているだけでカサピスティやヘルダムドといった、竜郎たちがよく知る国と大差がない普通の石や木造、金属の建築物が立ち並んでいた。
逆にそれは外をあまり知らないキー太には新鮮に映ったようだが、竜郎や愛衣にはそれほどの衝撃はなかった。
「ここは他種族もより多く存在する港付近の町ですしー、ある程度そちらに合わせた形になったんじゃないですかねー」
「玉藻は普通のリアクションだな。珍しいとか感じないのか?」
「特にダンジョン作りへの閃きが湧きませんし、あまり興味がないだけですー」
「ああ、そういうことか……。ほんとに玉藻は、ダンジョン運営が好きなんだな」
「好きというよりー、それが私のあるべき姿という気がするんですよねー」
他にも妖精大陸ならではのものがないか探し回った竜郎たちだったのだが、見つかったものと言えば──。
「妖精饅頭だって、たつろー。1つどおかな?」
小さな妖精の形をしたひ〇こ饅頭のパクリのようなお饅頭を、頬張りながら竜郎に差し出してくる愛衣。
「妖精キーホルダーなんてあるよ♪ ウリ姉さまたちに、お土産として買っていこっかなー♪」
いろんな表情や色の妖精の小さな人形が付いた鍵に着けられる飾り小物を手に持ち、物色しはじめるフローラ。
「ようぜい、ぜんべい……おいじそう。ますたー、かっでいい?」
醤油らしきものを塗って焼いている煎餅のにおいに、よだれを流すキー太。
「ヒヒーーン、ヒヒン、ヒヒーーーン(妖精プリンだって、ダディ。私も食べたいなー)」
どこに妖精要素があるのか分からないプリンを右の前足でさして、ちらちらと竜郎を見つめるジャンヌ。
「せっかくですしー、あの妖精ソフトクリームをー、いただきましょうかー」
持ち手のコーンの部分に妖精の顔の絵柄がついた、緑とピンクと黄色が交互に並んで渦巻き状になっているソフトクリームが売っているほうへと、勝手に歩いていく玉藻。
「「うーうー!」」
可愛らしいイラスト調の妖精の焼き印がされた小さなカステラを、物欲しそうに指さす楓と菖蒲。
「いや、ただのお土産コーナーしかないのかよっ」
商魂たくましいと言えばいいのか、妖精の名が付いたグッズやお菓子などがそこら中で売られており、外から来た人間たちがそれらを珍しがって買っていく姿が多々うかがえる。
そんな地球でもある観光地のような光景に、竜郎は妖精大陸へ抱いていた勝手な想像が崩れ去っていくような感覚を覚えたのであった。
次話は水曜更新です。