第123話 魔物お披露目1
ヤメイトをオブスルに送り届けた数日後。
ハウルたちの都合もいいということなので、彼らには町の建設予定地にまで来てもらうことになった。
それまでにお披露目しやすいよう、竜郎は町の裏側──竜郎たちの領地に向いた側にまで既にやってきて作業を終えた。
まずやったのは町の地面を覆っていた竜水晶をはがし、肉食土スライム──スラ太の放流。それから普通の石で地面を綺麗に覆っていった。
魔物が侵入できないように頑丈な竜水晶で覆っていたが、竜水晶の床は常人には硬すぎて建物を建てられない。
侵入対策をした今、その必要はないので他の人でもどうとでもできる石にしたというわけである。
また領地外に面した中央に表門。その逆側に裏門も設置した。そして──。
「こんなもんでいいか」
「これならドラス子ちゃんも、生活しやすいね」
町の裏側に面した方向の壁に沿うように、大きく巨大なトンネルを作った。
これから外で町の守護者として活動してくれる半竜半蠍──ドラス子が、ここで過ごすことになっている。
裏側中央には竜郎たちの領地に通じる2重になっている裏門があり、そこから外に出ると両サイドにトンネルの入り口がぽっかりと開いている姿を想像してもらえば分かりやすいか。
トンネルの色は竜水晶製ながら闇魔法で変えて漆黒。
入り口から少し奥に入ってしまうと、暗視系のスキルなどがないと真っ暗で何も見えないほどに光は透過しない。
野ざらしでもどうなるわけでもないが、せっかくなのでとドラス子に聞いた結果こうなった。
ちなみにトンネルの途中にはいくつか扉が備え付けられているので、トンネル内のどこにいてもすぐさま外に出られるようにもなっている。
高さ7メートルはあるドラス子がさっそくトンネルに入っては様々な入り口から顔を出し、自分の暮らす場所を確かめていた。
「フシューー♪」
「気に入ったみたいだよ、パパ」
「そうか。ならよろしく頼むな」
「フシュュゥーーー」
竜郎の言葉に大きく頷き返すと、早速とばかりに竜郎の《強化改造牧場》内でいつの間にか生んでいた眷属たちをトンネル内に招き入れはじめた。
50センチサイズのサソリがぞろぞろと入っていく光景に、愛衣はそっと目をそらす。
するとトンネル内に入らずに、ドラス子の前でピシッと佇んでいる他よりも大きい1メートルサイズのサソリたち6体が目に映る。
「あの子たちが噂の隊長サソリちゃん?」
「ああ。ドラス子の眷属たちへの命令権を持った個体だな」
そんな話をしている間に、隊長サソリたちはドラス子から何をすべきか指示を受け、数十体のサソリを率いて6方向に散っていった。
これより周囲の索敵は隊長サソリが率いる、サソリ部隊が広範囲にわたって担うことになる。
ドラス子は町の周辺を基本的な活動域とし、最終防衛ラインとしても機能してもらうことになっている。
「ん? 来たかな」
竜郎の探査魔法に誰かの探査魔法が引っかかる。
魔力の質から、ハウルのお付きでもある解魔法使い──ジネディーヌで間違いない。
出迎えの意味もかねて竜郎たちも、表側の入り口を目指して飛んで行った。
上空を見つめしばし待っていると、やがてハウルたちを乗せた大きな籠を持つ巨鳥の魔物が降り立った。
「立派な入り口ができているな」
「ほんとだね……父上」
以前までただの壁だった場所には、リアがデザインした竜水晶の美しい表門が備え付けられていた。
まっさきに降りてそれを見たカサピスティ王──ハウルや、その息子──リオンが口を開けて見入っていると、他の面々も見るや否や目を丸くした。
「こんにちは、皆さん」
「あ、ああ。数日ぶりだな、タツロウ」
しばらく見入っていそうだったので、竜郎から挨拶の言葉を投げかけようやく話が進みはじめる。
「リオンくんやルイーズちゃんも、久しぶりー」
「ああ」「久しぶりーアイちゃん」
和やかな雰囲気のまま互いに軽く挨拶を済ませると、そのままハウル、リオン、ルイーズに加えファードルハ、ジネディーヌ、魚人にしてカサピスティの騎士団長──ヨーギ、レスというハウルの身近な人物たちも連れて中へと早速入っていく。
移動のために、巨鳥とそのテイマーにもついてきてもらいながら。
門をくぐって最初に見えるのは、まだなにもない町中ではひときわ目立つ中央にそびえる巨木だろう。
解魔法使いでもあるジネディーヌは、ただの木ではないことだけは既に見抜いたようだ。
「空からも見えていましたが、あれは何なのでしょうか?」
「あれは空からやってくる魔物対策として、町の中央にいてもらう予定の僕の魔物です」
「タツロウくんの魔物だったのか!?」
空からでは完全に木にしか見えず、町のオブジェ的な感じなのだろうと勝手に思っていたリオンが驚きの声を上げた。
ただハウルやファードルハは竜郎たちが用意したのに、普通であるはずがないとそれほど驚いてはいなかった。
「ああ、その説明もあるから近くに行ってみようか」
「とっても凄い魔物さんなんだよ、ルイーズちゃん」
「へぇ、それは楽しみね」
愛衣とルイーズは親し気に会話をしているが、竜郎たちサイドの感性で凄いとはどの程度のことを指しているのかと大人たちは冷や汗を流す。
しかし町の運営にも関わることなので、知らないわけにもいかない。
おっかなびっくり再び巨鳥の持つ籠に乗り込み、竜郎たち先導のもと中央にそびえる巨木の前まで移動した。
巨木の前までやってくると、根本付近に緑の葉っぱが沢山落ちていた。事前に竜郎が、お願いしておいたのだ。
「立派な木の魔物ですな……。近くで見ると余計にその力強さを感じられるようです」
「私じゃあ、どう頑張っても傷一つ付けられそうにないですね。ヨーギさんはどうですか?」
「分かっていて聞いているだろう、レス。私にだって無理だ」
武官でもあるレスやヨーギは戦って倒せるかどうかをすぐに考えたようだが、内在している力にそれほど敏感でない種であっても、経験から間違っても手を出すべき相手ではないと悟ったようだ。
「皆を守れるくらい強いってのはそーだけど、ほかにも凄いとこが沢山あるんだよ」
「そうなの? ニーナちゃん」
「うん。まずねー──」
最近覚えた知識を誰かに教えてみたかったのか、ニーナが饒舌にルイーズへ地面に落ちている葉っぱについて説明していく。
最初はなんとなく耳を傾けていた大人たちも、その効能に目の色が変わっていく。
加工方法で自己治癒能力増強、体力回復、強力な傷薬、効果的な毒消し──と多種多様に有用な効果をもたらすそれは、まさに秘薬の原料と言っても過言ではない。
それが足元に無造作にばらまかれているのだから、王であるハウルですら思わず踏んでいた足をどけ後ろに下がってしまう。
様子からして十分その葉っぱの有用性について理解してくれたようなので、それをこの町で売ったらどうか。葉っぱ集めのアルバイトなどあったらどうかと、提案してみた。
「ほんとうにいいのか? タツロウ。かなり貴重なものだと思うのだが?」
「僕にとっては、それほど貴重というわけではないので。ほら──」
竜郎が巨木に擬態した蜘蛛魔物──ギャー子に眷属のパスでお願いを伝えながら、右手のひらを上に掲げてみせと、ドバーーッと大量に葉っぱが落ちてきた。
そんなに落として大丈夫なのかとハウルたちが上に視線を向けるが、すでに葉は生え変わり、立派に生い茂る巨木の姿を保っていた。
「──この通り、頼めばいくらでもくれるので」
「み、みたいだな」
そうであったとしても竜郎たちだけで独占すれば荒稼ぎできるだろうに──などなど色々な考えが頭をよぎるが、そんなことはとうに承知の上であり、稼ぐ手立てなどに他にいくらでもあるかとハウルたちは黙って半分開いた口を閉じた。
「「うー」」
「ん? ああ、あれか。よく気付いたな」
空気を読んで静かにしてくれていた楓と菖蒲が、いきなり空を指さす。
するとハウルたちが移動中に飛んでいた巨鳥を見つけ捕食しに来た魔物が数匹、ギャー子の枝に貫かれミイラのように干からびていた。
竜郎は探査魔法を最小限まで狭めていたが、ギャー子経由で気が付いていた。
だが上空で起こっていた静かな殺戮に、楓と菖蒲はその鋭い感覚だけで気が付いたようだ。
感心しながら何のことだろうと首をかしげている人たちにも見せるように、ギャー子に頼んだ。
すると上のほうから骨と皮だけになった無残な飛行系魔物の死骸を、ぼとぼとと竜郎の前に落としてくれた。
「ありがとう」
「──」
無言で竜郎のお礼を受け取ると、獲物を落として身軽になった枝はまた上空へと上がっていく。
ハウルたちは、それなりに強者であるはずの自分たちでも気が付けないほど鮮やかに捕食していたというのにも驚いたが、それ以上に明らかに幼児な楓と菖蒲の底知れなさのほうが衝撃的だったようだ。
竜郎たちと共にいる時点で只者ではないと思っていたようだが、それでも低く見ていたと認識を改める。
「そういえばニーナちゃん。葉っぱのことは分かったけど、あの木の実はどんな効果があるの? あれにも凄い効果があるのかな?」
「え? あれは………………食べたり触ったりしないほうが身のためだよ? ルイーズちゃん」
「え゛っ──それってどういう……?」
話題を変えようと何気なくルイーズがふったものが、とんでもない地雷だったことに今更ながら気が付くハウルたち。
竜郎もやばいかなと、ニーナたちの会話に割って入った。
「ま、まあ、あれは毒みたいなものだから、ニーナの言うように触らないほうがいいと住民に周知してもらえると助かる」
「わ、分かった。そうすることにするよ。けど町を管理するものとしては、さすがに効果を知らないのは困る気がするんだが……?」
それもそうだよなと、竜郎はリオンたちに効果を聞かせた。
あれは食べればギャー子の支配下に入ってしまう木の実。ある意味では毒よりも危険だが、誰にも渡さなければいいだけ。
たとえ何かの拍子に食べてしまったとしても、従属させようとギャー子がしなければ頭のてっぺんから木が生えてくるだけで自我は残る。そのときは小粋な髪形だと思って諦めてもらおう。
そんな話を聞かされたリオンたちは、聞かなければよかったとぐったりすることになるのであった。
次話は水曜更新です。