第121話 雷山騒動終結
「おー、リアルなフィギュアみたいだねぇ」
「傷は手の穴だけですし、切っても血が流れません。素材としても、かなり利用しやすくなっているはずです」
「最初のころは皮、肉、骨って感じで段階を踏んでいたのに、今はこんなことまでできるようになってたんだな」
「新しい鍛冶炎材のおかげですよ」
一般的な鍛冶師が物質に干渉するための工程としては、まず対象物に触れて鍛冶炎を塗って、それから同じ鍛冶炎をまとった槌で叩いてイメージを伝え形を変化させる──というもの。
この鍛冶炎を塗るという作業。これは本来ペンキを塗るように、ペタペタと部位ごとに触れていく必要がある。
けれどリアは世界中で誰もなしえていない、鍛冶炎を引火性の液体に火を放つように一気に対象物にまとわすことのできる鍛冶炎材という新物質を開発していた。
これにより大きなものにも一瞬で鍛冶炎を、まとわすことができるようになっていた。
だがこれまでのものは鍛冶炎材をかけた場合、浸透するのは精々表層部分のみ。
肉体内部にまでは届かず、鍛冶炎は皮膚の下にある筋肉や骨などにまで一気に火の手が回ることはなかった。
けれど今回使った新しい鍛冶炎材は魔物をいくつかの種類に大別し、それらに特化させて生成することで、よりその魔物の内部にまで染み渡ることができるようになっていた。
今やリアは一度鍛冶炎を体に触れさせることができれば、あとは体のどこでも好きに変形させられるようになったのだ。
とはいえ、これはリアが《万象解識眼》でその都度相手の体の情報を正確に読み取ることができるからこそである。
普通の鍛冶師に鍛冶炎材を渡しても、ここまでうまく使いこなすことはできないだろう。
「それじゃあ、しまって──と言いたいところだが……このまま入れたくはないなぁ」
「臭いし汚いもんねー」
ニーナが鼻先に右手を当てて、左手をいやいやとパタパタ動かした。
《アイテムボックス》などは収納したものを同じ空間に放り込むというわけではないので、別に食品と一緒に入れたところで臭いや汚れが移ることはない。
けれど衛生面に敏感だと言われる日本人の竜郎からすると、これを自分の《無限アイテムフィールド》にしまいたくはなかった。
小妖魔数匹と、それらが持っていた装備品も回収したものの、土魔法で梱包して一時的に収納してある状態だ。
ちなみに残りの小妖魔は塵も残さず竜郎たちの手で消滅している。
「もういっそのこと、この辺一帯丸洗いしたらどうかしら?」
「ピュイィー」
この周辺に小妖魔1匹たりとも生き残っていないことを確認し終わったカルディナやレーラたちも、すでに合流していた。氷の壁も地中の土壁も撤去済み。
「それもそうだな。この山で疫病が流行ってもあれだし、ちょうどいいか」
「え? 丸洗い? それはどういう……?」
竜郎たちの非常識さは小妖魔の群れをあっという間に駆逐したことや、リアの奇妙な戦闘方法からも十分理解していたつもりだったチムールだが、それでも言っていることの意味が呑み込めず動揺の声が漏れる。
けれど見ていれば分かると受け流され、そのまま竜郎たちとともに妖魔の根城と化していた一帯が見渡せるくらい上空に移動してきた。
「それじゃあ、いくぞ」
「──っ!?」
竜郎から湧き上がる底知れない莫大な魔力に、チムールの体中の毛が逆立つのを感じた。
それと同時に竜郎が下にかざした手の平から、大量の熱湯が落ちていく。
熱湯はせき止める壁もないのに、竜郎のイメージに従ってすっぽりと丸いプールのように一帯に溜まっていく。
目に映る光景に息をのんでいたチムールだったが、その熱湯から感じる不思議な心地よさに気が付いた。
「熱湯だから触らないほうがいいぞ」
「──あ」
思わず手を伸ばしたチムールに注意する竜郎。チムールは伸ばした手を引っ込めた。
実はこの水。煮沸の意味もかねて熱湯にしているが、そこにさらに《適解水調整》で、この土地に染み込んだ汚物や臭いを消し去るよう調整していた。
そのため非常に清浄な水となり、純なる存在である小妖精を引き寄せてしまったようだ。
正気を取り戻してくれたようなので、竜郎はここから眼下の水を操作し渦を巻いていく。
ゴリゴリと山肌に浸透させるように水洗いしていき、おデブりんの死骸も水流に揉まれてぐるぐる回りはじめる。
そこへ土魔法で梱包した小妖魔や装備品も取り出し、水の中に入れて綺麗に洗っていく。
「これほど大規模な魔法が、ただの洗濯に使われるなんて……」
「魔法って便利だよねぇ」
「そういうことではないのだが……」
そもそも自分とは常識が違うのだろうと、チムールは認識の一致を求めるのをやめた。
やがて洗浄殺菌が終わると水魔法で水、必要なもの、ゴミと不純物の3種に分けて分別。
水は蒸発させて風魔法で広範囲に拡散。ゴミと不純物は火魔法で滅却。必要なものは、まとめて回収した。
「「うっうー!」」
「綺麗になったから、もう臭くないね」
地上に降り立つや否や、臭いに敏感に反応していた楓と菖蒲が元気に叫び、ニーナがお姉さん然と2人の頭をなでた。
それにつられるようにチムールも、綺麗な大地に両足で立ち深呼吸する。
先ほどまでとは真逆の清浄な空気が、肺へと入ってくるのを感じた。
「心なしか俺たちが暮らしていたときよりも、清浄になった気がする」
「今は浄化のときに使った水が、空気中に混ざっているからでしょうね。しばらくすると、元に戻ると思います。
もちろん妖魔たちが住みつく前の──です」
「それはそれで、少しもったいない気がするな」
チムールもようやく冗談が言えるくらいに、状況を飲み込めてきたようだ。
それからここに移住するかどうか聞いてみれば、これだけ綺麗になっているのならすぐにでも戻りたいと言ってきた。
そこで竜郎はカルディナとニーナに護衛を頼み、ここまで小妖精たちを連れてきてもらうことにした。
チムールも、その2人について仲間たちを迎えにいった。
──となると、残されたのは身内だけである。
「悪いが実験台になってもらうぞ」
結晶体の状態を竜郎、カルディナ、リアで事前に解析したところ、おデブりんの結晶化スキルは毒、土、無属性の複数の要素が合わさったもの。
イメージ的には体の細胞を変化させ、硬化してしまうウイルスを対象者に流し込むことで結晶化するスキルだと思っていい。
これを魔法的に解除するには、上記の3つの属性を解除できる属性が必要になってくる。
毒は解毒魔法。土は氷魔法。無は解魔法。
竜郎はその全ての条件を高レベルで満たしているので、元に戻せるのか試してみるため雷ネズミの結晶体を取り出した。
解魔法による解析は済んでいるので、あとは正確に解除に必要な魔力の位相を調整して流していく。
すると手を当てた背中のあたりから徐々に元の色を取り戻し、今にも動き出しそうなほど新鮮な状態に復元することに成功した。
「……ですが、生物的にはすでに死んでいますね」
「見た目には傷1つついていないけれど、もう生命としては終わっているのでしょうね」
「チムールさんは大丈夫だって言ってたけど、小妖精ちゃんたちはほんとに再生できるのかなぁ」
「そこは彼の言葉を信じるしかないだろう。それじゃあ、お次は──」
次に取り出したのは結界の核として使われていた、馬型の魔物の結晶体。
結晶体状態でも何かに使えるかもしれないので、こちらは複製したもの。
「こいつの生の素材が手に入れば、プニ太のお嫁さん候補の魔物を生み出せるかもしれない」
「プニ太さんのほうが魔物としての等級は上ですが、他と合成すれば十分に母体としての条件を満たしてくれるでしょうね」
プニ太とはスレイプニルのような8本脚の馬魔物で、竜郎の従魔としてカルディナ城のある領地内に住んでいる。
かねてよりそのプニ太の魔卵を手に入れるべく、嫁候補となる魔物を探していたところだった。
さっそく復元を試みれば、こちらも完全に肉体を保ったままの新鮮な死体に戻すことができた。
思わぬ形でいい素材が手に入ったと、竜郎は嬉しそうに笑った。
そして最後に、小妖精たちの結晶体を取り出した。
チムールたちが帰ってくる前に彼ら彼女らを治しておけば、喜んでくれるに違いない。
自力で元に戻れるといっても、それは何年も先のことになってしまうのだから。
リアに念のため確認してもらい、先ほどのサンプル2体の情報も併せて推察した結果、竜郎の豊富な魔力にものをいわせて一気に治してしまうと生存率が4割ほど下がってしまうが、ゆっくりと10分ほど時間をかけて内側から溶かすように回復させていけば間違いなく息を吹き返すだろうとお墨付きをもらった。
「他のものたちも、ゆっくりやっていれば生き返ったのかしら?」
「それはないでしょうね。スライムや精神体、もしくはそれに近い種族ならそれもあり得たでしょうが、普通の魔物ではどんなに手を尽くしても死体は死体のまま変わらないはずです。もちろん……人間も」
「そうなのね……」
結晶化された中には、冒険者や現地人らしき人間の結晶体も含まれていた。
もし同じ要領で蘇生できるのなら──とレーラは思ったようだが、そううまくはいかない。
暗くなった空気を入れ替えるように、竜郎は小妖精たちの蘇生を試みる。
リアに言われた通りゆっくりと、一定のペースを保ったまま全員を結晶化から解いていく。
「これで……いいんだよな?」
解いてみたはいいものの、これまでの魔物と同様にピクリとも動かず地面に横たわったまま。
さすがに心配になって、竜郎はリアのほうを振り返る。けれど返ってきたのは、柔らかい笑顔だった。
「成功ですよ、兄さん。無事、仮死状態にまで戻っています。
あとは生魔法で起こすことも可能でしょう」
「じゃあ、さっそくやってみよう」
竜郎が生魔法を全員に使ってみれば、とくんとくんと小妖精たち全員の心臓が鼓動しはじめる。
これならば自力で目を覚ますのも時間の問題だろう。
残った時間で竜郎や愛衣たちは小妖精たちを見守り、リアはさきほど洗浄した小妖精たちでも使えるような装備品をメンテナンスしていった。
やがてカルディナとニーナに護衛されたチムールが、仲間たち全員を連れて戻ってきた。
そして戻ってくるなり、結晶化されていたはずの同胞たちが静かに寝息を立てているのをみて仰天した。
「こ、ここ、これは──!?」
「チムールたちが帰ってくるまでの間に、時間が余ったから治しておいたんだ」
見知った同胞の生還に喜び涙するチムールたちは、口々に竜郎たちにお礼を言いながら眠る小妖精のもとへと駆けていく。
すると安らかに眠っていた小妖精たちも、その喧騒に目を覚ます。
なにが起こったのだろうと、抱きしめてくる同胞たちに彼らは目を丸くしてた。
そしてそんな光景を見つめながら、竜郎たちは無事に小妖精たち全員が目を覚ましたのを確認し終わった。
それからこちらへの意識が切れた瞬間を見計らって気配を絶ち、雷山から最寄りの冒険者ギルドのある町付近へと飛び去った。
そのことに一早く気が付いたのは、一番長く共にしていたチムールだ。
「あ、あれ!? あの人たちはどこにいった!? おい、誰か見てないかっ」
小妖精たちは、一斉に首を横に振った。
忽然と姿を消した竜郎たちが近くにいないかと、皆で視線をきょろきょろと移動させてみれば、一か所にきちんと整備された小妖精たちでも使える装備品が綺麗に並べて置いてあった。
「これは……」
近寄ってみれば、そこには1枚の手紙があった。
内容は「好きに使ってくれ」──という、ただ一言。
その時になって、何故か名前すら聞いていなかったことにチムールたちは気が付いた。
「名前くらい聞かせてほしかった……。お礼くらい、言わせてほしかったぞ……」
チムールの呟いた言葉に、小妖精全員が大きく頷いた。
しかしこのような形でいなくなるということは、お礼など望んでいないという意思表示でもあるのだろう。
小妖精たちはその意図をくみ取り、日々その感謝を忘れないように胸に刻み付け、生まれる子へ、そのまた子へと、その英雄譚を語り継いでいくのであった。
「何も言わないで帰っちゃったけど、よかったの? たつろー」
「いいんだよ。また俺の言ったお礼で、変な風になっても困るしな」
次話は日曜更新です。おそらく次で今章が終わると思います。