第117話 数百年後の小妖精たち
小妖精たちについていった先は、以前竜郎たちが来たときに彼らが住んでいた場所から随分と離れた場所だった。
『それになんか、鬱蒼としたとこだね』
『住み心地はそれほど良くはなさそうですが、隠れるにはうってつけの場所な気がしますね』
以前は適度に雷木や雷草などが生えていて見通しもいい場所だったが、ここはそれが大量にあってまるで隠れるようにして住んでいるとしか思えない。
『それもあの妖魔たちの影響なのかもしれないわね』
『けどあいつら数が多いだけで、そんなに強くなかったよね? パパ』
『数もそろえば脅威だし、アレよりも強い個体がいる可能性が高そうだからな。小妖精たちも手を焼いているのかもしれない』
グネグネと雷の草木が生い茂る道を分け入ってみれば、ようやく小妖精たちが集まっている、少し開けた場所にたどり着いた。
そこにはかなり使い込んだ形跡はあるが、それでもその性能を落とすことなく維持しているリアの作った装備品を手にした大人の小妖精たちが中心に。
その周りに装備品を持っていない大人たち、子供たちというように寄り集まっている。
先に帰っていた小妖精たちから話を聞いていたので、いきなり見慣れぬ人間がやってきても珍し気な顔をされるだけで驚かれはせず、そのまま中心にいるリーダー格らしき小妖精たちの前までやってきた。
「あなた方が小妖精の噂とやらを聞いて、わざわざ調査にいらしたという人間ですか。
今回は少々おせっかいをしてしまったようで、申し訳ない」
そう言ったのは竜郎の《精霊眼》でちらりと見た限り、最も実力が高いことが推測できる青年小妖精。
他のリーダー格の小妖精たちよりも若そうではあるが、顔や体に刻まれた傷跡から、かなり無茶な戦いを繰り広げてレベルを上げてきたことがうかがえる。
「いえいえ、この雷山に住まう小妖精たちが、本当に噂のような危険な存在なのか判断が付いていませんでしたので、ああいう登場は助かりました。
少なくともあなたがたが、噂されているような危険な小妖精ではないと分かっただけでも大きな収穫です」
「そう言ってもらえるなら、こちらも気が楽です。しかしそう思わせるための、罠かもしれませんよ?」
「その時はその時ですから、問題ありません」
姿はいまだ偽ったままだが、それでも絶対的強者の余裕ともいえる笑みを浮かべる竜郎たちに、数百年以上生きている大人の小妖精たちは、どこか既視感のようなものを感じた。
けれど姿を偽る魔道具には、そういった思考から気をそらす効果もあるので、すぐに気にする者はいなくなる。
「──ははっ、そうですか。さすがこのような山に、自分たちの利益以外の理由で来るだけのことはありますね」
青年小妖精も腕にはそれなりに自信があった。この中でも最強の戦士と自負している。
けれど目の前の人間たち相手には、誰一人として勝てそうと思える存在がいないことに世界の広さを改めて感じた。
あのときの『お兄さん』のような存在は、まだまだこの世界に沢山いるのだと。
「まあ、知的好奇心というものもあったのと、知り合いの父がここで小妖精に殺された──なんて言う話も聞いたからっていうのが大きな理由なんですけどね」
「なに? 我々がですか?」
「ええ、血まみれになって、男性の生首の前に立っていたところを見たという人がいたようなんですよ。
ほかにも現地の住民からは、雷山の奥に誘い込んで人を食っているなんて噂まである始末です」
「そのほとんどはあの妖魔たちの仕業でしょう。……だが、生首の前に血まみれの状態で立っていた小妖精というのには心当たりがありますね」
「そうなんですか?」
「ええ、おそらくそれは私のことでしょうね」
「それはどういう……? その噂に関しては本当だということですか?」
「……そのことも含めて、今現在の我々の状況について話しますが、聞いてゆかれますか?」
「もちろん。話してもらえるというのなら最後まで」
片方だけの主張だけを聞くというのは信憑性に欠けるかもしれないが、あの妖魔たちとまともに会話できるとは思えない。
こちらに聞くのが一番手っ取り早いだろうと、竜郎たちも積極的に小妖精たちの話に耳を傾けていった。
竜郎たちがこの地にきて調整したことで、新たに生まれてくる魔物の強さも弱まっていた。
そのため今より数十年前までは、この雷山で今の小妖精たちに脅威となる存在は少なく、いたとしても逃げるくらいはできていた。
けれど今現在はそのバランスは崩れ、小妖精と新勢力である妖魔の間で争いが起きているのだという。
「なぜ妖魔と争いを? 逃げるという選択肢はないのでしょうか?」
ただ巨大骨鎧フクロウのときのように、圧倒的戦力差があるというわけではない。
少なくとも逃げることもできるし、ある程度自衛することだってできる。
わざわざ戦わなくとも、相手から離れた場所で暮らすということもできるのではないか。そんな意味も込めて、リアが質問する。
しかしその問に対し、小妖精は大きく首を横に振った。
「逃げるわけにはいかないんですよ、我々は」
「そこにも何か事情があると」
「ええ、実はあの小妖魔たちの首魁とも呼べる妖魔に、同胞たちが今もいいように扱われているのです」
小妖魔よりも体の大きい妖魔が、あの群れを統制しているらしい。
そしてそのボス妖魔は人や魔物などを結晶化させ、電池のように消費して自身の強化エネルギーとして使うことができるのだという。
妖精というのは、妖魔と非常に近しい存在。
それゆえにエネルギー効率が一番いいらしく、自身の強化にうってつけだと本能で理解し、執拗に小妖精たちは狙っている。大人子供見境なく。
そのせいで最初の襲撃時に小妖精たちの何割かが既に結晶化されており、リアの装備品もいくつか奪われてしまった。
またもともと小妖精たちが暮らしていた場所に妖魔は居座り、妖精や魔物の結晶を用いて強固な防衛網を張ってしまった。
小妖精たちはやつらのホームに近寄ることができず、しかたなしにそこから餌や結晶化する存在を求めて出てきた小妖魔たちにゲリラ戦を仕掛け、少しでも戦力を削りつつ突撃の機会をうかがっているのだ。
「……気に障ったら申し訳ないんですが、1つ質問を。結晶化されたものたちは、生きているのですか?」
「酷使され続ければ粉状に崩れ消えてしまいます。そうなってしまえば手遅れです。
同様に普通の魔物であったのなら、一度結晶化されてしまえば自我も消えてなくなってしまうでしょう。
けれど精神体に近い我々小妖精なら、時間さえあれば元の姿に戻ることは可能だと考えています」
「なるほど……」
小妖精たちにとっては結晶化=死でないのなら、《復元魔法》や《浸食の理》でそのあたりも何とかなりそうではある。
それどころかスキルの性質によっては、解魔法など通常の属性魔法の組み合わせでの結晶化の解除もできるかもしれない。
「ですので、せめてその同胞たちを解放するまで我々は引き下がるつもりはありません。
それにここで逃げてしまえば、恩人との約束を違えてしまうことになる」
「約束……ですか?」
「ええ、数百年前のことです。私もまだ大人になりきれていない、未熟な小妖精でした。
そのときに巨大な鳥型の魔物が現れ、我々は全滅の危機に瀕していました。
けれどそれを突然やってきてくれた人たちが討伐し、我々を救ってくれたことがあったのです」
「へ、へぇ……。それはよかったですね」
『それってもしかしなくても、私たちのことだよね?』
『恐らくそうだと思いますよ、姉さん』
『タツロウくんたちが調整した後に、また全滅させられるような魔物が発生する可能性はかなり低いはずよ。なら答えは1つしかないでしょうね』
念話で話している間にも、小妖精は昔を懐かしむように少しだけ柔らかい表情をしながら続けていく。
「その人に私は……いえ、我々は大きくなったら小さい子たちを守ってあげてくれ。それが助けたお礼になるといってくれたのです。
だからこそ、大人の我々はこの身朽ちようとも子供たちを救って見せるつもりです」
「それはっ……」
「どうしました?」
「いえ……」
同胞を救うため。その思いは間違いなく小妖精たちの胸にある。
けれど竜郎が良かれと思い何気なく言った言葉が、その思いをより強固にし、たとえ死しても仲間を救い出して見せるという自己犠牲精神まで植え付けてしまったように思えてしまう。
竜郎は慌てて否定しようとするが、姿を偽っていることを思い出しその言葉を飲み込んだ。
それにだ。妖魔などという魔物が何体いようと、意図的かどうかはさておき結晶化による人質がいようとも、自分たちならどうとでもできるという自負がある。
このとき竜郎は本格的に、たとえ1人であってもこの件に首を突っ込むことに決めた。
『そんな1人でもやるぞ~みたいな顔したって、私はコバンザメのようにくっついてくかんね?』
『私も兄さんについていきますよ。どうやら私の作った装備品も、いくつか妖魔に持ち去られてしまったようですし。作り手として放っておけません』
『ピュィー!』
『パパが行くならニーナも行くよ』
『私も、もちろん付き合うわよ。その結晶化とかいうスキルも気になるしね』
愛衣、リア、カルディナ、ニーナ、レーラと、念話で話せるメンバーたちは、竜郎の心の内を話さずとも察して付いてきてくれるという。
「「うー」」
楓と菖蒲も念話は聞こえていないが、それでも雰囲気から戦いの香りを感じ取って気合を入れていた。
だがそれを察することのできない小妖精たちは、急に様子が変わった竜郎たちにどうしたのだろうかと首を傾げた。
「提案なんですが、その救出。僕らが請け負ってもいいですか?」
「あの……それは協力してくれる、ということでしょうか?」
「いえ、こう言っては何ですが、僕らだけで行ったほうが早いですし、結晶化されているご同胞の力を使われる前に終わらせるのもやりやすいはずです」
「我々には何もするなと?」
「決して馬鹿にしているわけではないのですが、ありていに言ってしまえばそういうことですね」
小妖精たちの反応から、賛成反対がおよそ半々程度といった様子がうかがえる。
竜郎たちと相対した時点で、自分たちよりも確実に強いことは理解していた。
そのうえで任せてしまえば、自分たちよりも華麗に救い出してくれそうでもある。
けれど納得できないのは自分たちの力のなさへの無力感。
いざとなったら他人に頼ることしかできないのかという、自分たちへの嫌悪感。
これまで救出するために、身を粉にして動いていたことの意味への虚無感。
そんな様々な感情がないまぜになって、すぐに頷けない者たちもいるのだ。
同胞のため、いち早い救出を望むのなら結論は1つしかないというのに。
だがそんなことは皆分かっていた。なので竜郎たちに任せようとなるのに、そう時間はかからなかった──のだが。
「待ってほしい! 私だけは連れて行ってもらえないでしょうか!
邪魔になるようだったら、好きに切り捨ててもらって構わないっ」
1人だけ、自分だけでもいいから連れて行けと言ってきた。
この中で唯一食いついてきた彼は、代表として話していた青年の小妖精。
竜郎と直接約束を交わした、あの小さき小妖精だったもの。
だが彼にとっては竜郎との約束も大事だったが、もう1つ妖魔に対して返さなければならない借りがあった。
「奴の討伐に私が行かなくては、あの男に申し訳が立たないんだ!」
「あの男……ですか?」
「ケイネス・ゴレースム。私のせいで死んでしまった男の名です」
『ゴレースムって、おっちゃんと同じ家名だけど……?』
『名前もそうね。ヤメイトの父親のことで間違いないと思うわ』
いきなり出てきたヤメイトの父親の名に驚いている間にも、話は進んでいく。
「最初の時に言っていたでしょう? 噂の発端となったであろう、血まみれの小妖精は私だろうと」
「確かにそうでしたね。けれど、私のせいで死んでしまったというのは?」
「それは──」
そうして青年小妖精は、ヤメイトの父──ケイネスとの間に起きたことを、ぽつりぽつりと語りはじめるのであった。
次話は金曜更新です。