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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第七章 おつかい編
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第115話 才能を知る

「それは本当なの? おじちゃ──あれ? おじーちゃん?」

「おじちゃんのほうが個人的には嬉しい──って、喋った!?」



 竜郎や愛衣が純真そうだった小妖精たちがまさかと口をつぐんでいる中、ニーナが素直に疑問を口にしただけなのだが、今まで空気を読んで静かにしていたせいか、言葉の内容以前に喋ったことに驚かれてしまう。



「ニーナはもう大人のれでぃだから、ちゃんと話すことだってできるんだよ」

「そ、そうなのか……。相変わらず、お前らはわけがわからんな」



 出会ったときから強力な魔物の毛皮を持ち込んできたことにはじまり、億という単位のお金をポンと一括で払ったりとなにかと印象的な2人だった。

 それでいてきちんと言葉を話せる竜まで仲間にいるのだから、どんな存在なのか想像が全くできないと呆れた顔をされる。



「まあ、それはいいか。話自体は本当かもなってくらいの認識だが、その発見者によると血まみれの小さな妖精が、じっとその首の前に立っていたんだとよ。

 思わず悲鳴をあげた発見者に気が付くと、すぐに背を向けて逃げるように山の奥に去っていったらしい。

 これで無関係だと言うほうが無理じゃないか?」

「それはまあ、確かにそうね……」



 しかしあの小妖精たちが、悪戯に人を傷つけるとは思えない。たとえ竜郎たちと別れて、数百年もの月日が流れていようとだ。

 であるのなら、あの小妖精たちが攻撃するという状況を起こした被害者側に、何らかの問題があったのではないかと思いたくなる。


 けれどヤメイトの父親はレーラも知っていて、頑固なところはあったが人格的にもかなり優れた人物であり、今回雷山に行ったのも、恩義に報いるためで戦いに行ったわけではない。


 それらを鑑みると、どう考えても双方が出くわして殺し合いになるなど考えにくい。



『ちょっと気になるね。いや、かなりかも』

『ですね。兄さん、一度調べてみたほうがよくないですか?

 またあの山で問題が起きているのかもしれませんし、今この時代は私たちが生きる時代です。

 未来が変わるかもだとか、そういった細かなことを気にする必要もなく好きに動けますから』

『ピィュー』

『私も行ってみたいわ』

『ニーナもー!』



 皆、今回のことが気になる様子。そして安全にあの地で探索し、細かく真相を探ることができる存在などそうはいない。

 竜郎たちが自発的に動いたほうが早いはず。


 そうやって竜郎たちがすっかり雷山へと気持ちが向きはじめた頃、質問に答える側だったヤメイトが、今度は俺の番だと逆に問いを投げかけてきた。



「──で、話せるのはこれくらいなんだが、俺からも聞きたいことがある。

 お前らは一体、何の用があってこんな山奥でひっそり暮らしてる、うだつの上がらない老人を探しに来たんだ?

 鍛冶師が必要だっていうんなら、師匠への紹介状を出してやっただろ?」

「え? ああ、そうだったね。おっちゃんに用があって、ここまで来たの忘れてたよ」

「おいおい……。わざわざオブスルの俺んの中を調べてまで、行方を探してたんだろ? というか、よく見つけられたな」

「まあ、いろいろと巡りもよくてな。意外と早く見つけられたよ。

 それで探していた理由なんだが、実はルドルフさんから話を聞いてな。おっさんに頼みたいことができたから、探していたんだ」

「師匠から……? しかも俺に頼みたいことだぁ?

 羽振りのよさそうなお前たちが、わざわざこんなとこまで来て俺に頼み事とか、なんか恐いぞ……」

「別に犯罪行為に手を貸せとか、そんな話じゃないから安心してくれ。普通に仕事の話だ」



 そう聞いても、ヤメイトはまだ胡散臭そうな視線を竜郎に向けたまま。



「じゃあ、その具体的な内容を教えてくれよ。それを聞かねぇと、うんともすんとも言えねぇよ」

「まったくだな。じゃあ単刀直入に言わせてもらうと、鍛冶師としてというよりも、芸術家として宝飾品なんかの作品を作って俺たちに売ってほしい。

 できれば素材なんかはこっちで持込みさせてもらえると、ありがたいが。もちろん、やりたくないってんならすぐにこの話は止めるが……どうだろうか」



 鍛冶師ではなく、芸術家になったほうがいいと言われてルドルフとは喧嘩し疎遠になっていると聞いていたので、やんわりと竜郎は提案してみた。

 けれど当人のほうはと言えば、なんのこっちゃ? 何言ってんだ? とばかりに呆れた顔をしていた。



「芸術家だぁ? 俺がそんな、こじゃれた奴に見えんのかよ。冗談はよしてくれ」

「まったく、ぜんぜん、これっぽっちも、ひとかけらも、みじんも見えないけど、ルドルフさんの話じゃ、そっちのセンスは凄かったって言ってたよ?」

「なんか言い方が酷いなっ! ……けど師匠が、センスが凄かったって言ってたのか?」

「ああ、ルドルフさんもそう言ってたんだが……自覚はないのか?

 おっさんがルドルフさんから師事を仰いでいた頃にも、そっちの方面に進んだらどうかって言われてたんだろ?」

「確かにそんなことは言っていたが、あれは覚えの悪い俺に早く出ていってほしいから、そう言ってただけだろ?」

「「「──え゛」」」



 この『え゛』は竜郎、愛衣、リアの口から洩れた言葉である。

 冗談で言っているのかとも思ったが、本人は心底そんなわけはないと疑ってすらいない。



「えっと、ヤメイト? とてもではないけれど、第三者の私が聞いていても、本当にあなたにはその才能があったとおっしゃっていたと感じたのだけれど……」

「ほんとかよ。だって俺だぞ?」



 この言葉に竜郎たちは、なんとも言えない脱力感を覚えた。なんて堂々と、情けないことを言う男なのだろうかと。



「ほんとだよ。それに気が付いたときは、やっぱりあいつの息子だったかって思ったって言ってたし」

「お、俺にそんな才能が……?」

「いや、俺たちに聞かれてもだな……」



 正直ルドルフが言っていたから竜郎たちも信じただけであり、ヤメイト自身がここまで自覚がないとなるとそれすらも怪しくなってきた。

 もしかしたら何かの拍子に上手くいったのを、ルドルフがたまたま勘違いしただけではないだろうか。


 そんな雰囲気が流れはじめたのを敏感にリアが察し、師匠の目が曇っているわけはないと証明すべく、1枚の紙と下敷き代わりの薄い木板。色の違う数本のペン、大粒の赤いルビーを取り出した。



「ヤメイトさん。この宝石をメインとした宝飾品のデザイン画を、この紙に描いていただけませんか。

 もちろん、自分が作れる範囲でです。そうすれば白黒はっきり付くと思いますので」

「お、おう。別にいいが……そんなに期待すんなよ。品目は何でもいいのか?」

「ええ、指輪でもネックレスでも、お好きなもので大丈夫です」



 ヤメイト自身も半信半疑のままリアから紙や複数のペン、そして大粒のルビーを受け取り、胡坐をかいたままじっとそれを眺める。

 ろくに整えられていないだらしない顎髭あごひげを引っ張ったり、目を閉じ眉間にシワを寄せて唸ってみたりしていたかと思えば、突然何かにとりつかれたかのように少しゴツゴツした床を机にして、木板を敷いた紙の上にペンを走らせはじめた。


 そして竜郎たちが見守る中、1枚のデザイン画が完成した。



「うっそ、これほんとにおっちゃんが描いたの……?」

「嘘も何も目の前で描いてたじゃないか。何言ってんだ」

「それはそうなんだが……、このおっさんの頭の中から、こんな絵が出てくるなんて直接見ていても信じられないぞ」

「どーいう意味だよ!?」



 けちょんけちょんにけなされているようだが、その実、竜郎たちは驚きに口と目を丸くしたまま絵に見入っていた。


 それを何かに例えるのなら、仏教画の背景に描かれているような曼荼羅まんだらか。

 何色も用いられ色彩豊かであるがゴチャゴチャしておらず、ちゃんと1つの作品の中に全てを納め、豪華ながらも静謐さも兼ね備えているような味のある作風。


 そんな曼荼羅模様の中央に座するようにして、大粒のルビーがはめ込まれている──首を覆い隠すほど大きなネックレスの絵。


 実際に身に着けるとなるとデザイン的に服装や人を選びそうではあるが、これが美術館に飾ってあったのなら、どこぞの王侯貴族が身に着けていた、さぞ由緒正しいネックレスなのだろうと思ってしまうことだろう。


 これには美術的センスをこの中で一番持ち合わせているリアも、お見事の一言。

 さらに鍛冶師としての観点から見ても、かなり複雑な構造にはなっているが、スキルに頼らない手先の器用さがあれば、鍛冶術が低くても制作は可能な範囲。

 ヤメイト1人で、この作品を生み出すことは十分可能だと言えよう。


 だがこれだけの絵が描けるのなら、デザインだけでも食べていけそうではあるが。



「ってか、意地もあったんだろうけどさ。鍵を作るお金だって、こっちを副業でもいいからやってれば、すぐに稼げてたんじゃない?」

「んな、大げさな。これくらい、誰にだって描けるだろ?」

「う~ん……、ニーナにはちょっと描けないかなぁ」

「俺や愛衣にだって無理だ」

「そうね。長く生きてきた私から見ても、この域のデザイン画を即興で描ける人はそうはいないはずよ」

「「あぅー!」」

「ほら、ちびっ子にだって良さが分かってるみたいだぞ」

「ま、まじかよ……」



 楓と菖蒲もそのデザイン画が気に入ったのか、2人で仲良く笑いながらペタペタと触って欲しがっている。

 その光景や竜郎たちの反応から、ようやく自分の中で眠っていた才能に、今更ながら本人も気が付きはじめたようだ。


 彼は偉大な父の影響で、常に劣等感を抱いていた。

 だからこそ、子供のころから自分の評価は低かった。それで卑屈になって、あらゆることに面倒くさがったり、逃げたりしてきたせいで、ルドルフの言葉もちゃんと彼の心には届いていなかった。


 それゆえに彼はルドルフから芸術家への道を諭されたとき、自分にそんな凄い才能が眠っているわけがないという異常なほどの自己評価の低さから、できの悪い自分を追い出すための方便だと決めつけ怒り、師のもとから去ったのだ。



「じゃあ、師匠も俺のためを思って言ってくれてたってことかよ……」



 年老いて鍛冶師になるという夢への諦観の念も強い今だからこそ、竜郎たちの言葉も素直に届いた。


 父亡き後に身寄りのないヤメイトの世話を真っ先に買って出て、貴重な技術まで教えてくれたルドルフ。

 そんな彼に対して実力もないのにムキになって、後ろ足で砂をかけるように黙って出て行った自分は、なんて恩知らずなことをしたのだろうかと後悔に手が震えだす。

 若かった、子供だったからといって許されるものではないだろう。



「師匠は……、師匠は俺のことを何て言ってた……?」

「馬鹿弟子だって言ってましたよ」

「ははっ、そりゃ、そうだよな……。俺なんて、もうあの人にとっちゃ──」

「──何を言っているんですか? 馬鹿とは言っていましたが、今でも"弟子"だと言ってくれてるんですよ? そしてヤメイトさんのことを、心から心配していました。

 それは今でもルドルフ・タイレという偉大な職人が、あなたを弟子だと思ってくれているということじゃないんですか?」

「──っ!? ……………………今更、謝りに行っても遅いと思うかい? ドワーフの嬢ちゃん」

「いいえ。私の師匠──ルドルフ・タイレはそんな狭量なお人ではありません。

 馬鹿弟子が帰ってきたと、不機嫌そうな顔をしても、温かく迎えてくれるはずです。

 ヤメイトさんの中の師匠も、そうではありませんでしたか?」

「……ああ、ああ、そうだな。あの人ならきっと──────って、え? 私の師匠?」



 感動に涙しそうになっていたのだが、彼にとって気になる言葉をようやくヤメイトの脳みそが把握した。

 こぼしかけた涙も、砂漠に落とした水滴のように消えてなくなる。


 そんな彼の反応を見て、リアは少し悪戯っ子の表情をしてニコリと微笑んだ。



「はい。あらためて、自己紹介します。私はリア・シュライエルマッハー。ルドルフ・タイレの弟子であり、あなたの妹弟子です」

「うぇぇええええっ!? あの人が俺以外に弟子なんてとったのかよ!?」

「ちなみにうちのリアちゃんは、おっちゃんと違ってちゃ~んと卒業して、ルドルフさんから、かっちょいいナイフを贈られてるんだよ」

「──ぐはっ」



 愛衣の言葉のナイフによって、ヤメイトはその場にうなだれるのだった。




 それからドワーフとしても年若く見えるリアが、中途半端なことはしないあのルドルフが認め既に卒業しているという時点で、自分よりもはるか高みにいるであろうと悟り、これ以上掘り下げては心の体力ゲージがマイナスになってしまうと詳しい話は後回しにされた。


 けれど改めて竜郎が彼に芸術作品の制作を依頼すると、本当に俺でいいならと快諾してくれた。

 その顔はもう、鍛冶師という父親の背中にいつまでも縋っていた男ではなく、しっかりと自分で地に足をつけ歩き出そうとしている人のものであった。



「それじゃあ、これからよろしくな、おっさん」

「おうよっ! まあ、大船に乗ったつもりでいてくれよ」

「す~ぐ調子に乗るんだから、このおっちゃんはも~」

次話は日曜更新です。

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