第114話 彼のその後
出会って話したのは数え切れるほどしかなかったが、竜郎たちとのやりとりはヤメイトにとっても印象的なイベントだったと思っていた。
けれど、そうではなかったのかもしれない。当の本人は竜郎と愛衣の顔を見ても、さっぱり思い出さない。
「え~……おっちゃん、私とたつろーのこと覚えてないの?」
「お前らみたいな子供に知り合いなんて──いや、タツロー? どっかで聞いたことがある名前のような……」
「じゃあ、これは?」
ならばと、愛衣が宝石剣を取り出してヤメイトに見せつけた。作った本人ではないが、もとは彼の父親が作った名品だ。
「なんだそりゃ」
「もうボケちまってんのか……」
「失礼な奴だな! 俺はそんな凄そうなの見たことねぇぞ」
「まあ、言われてみれば最初のころよりだいぶ見た目が変わってるけどさぁ」
それでも原形をとどめていないわけではない。鍛冶師であるのなら、これくらい改造されていても、気が付くだろうという程度だ。
例えばリアとヤメイトの師──ルドルフの作品を、同じレベルで改造されたものがあったとする。
もしもこれがリアであったのなら、《万象解識眼》を使わずとも気が付くことができただろう。
この時点でも鍛冶師としてのセンスの低さが、浮き彫りにされてしまう。
これではらちが明かないと、竜郎はより詳しいエピソードを聞かせていくことにする。
「俺たちは37年前、オブスルでおっさんのところから父親の遺産だっていう宝石剣と鞭を買って、1億3千3百万シス払ったんだが、そのことも覚えていないのか?」
「──は? って、え? もしかして、あんのときの2人なのか?」
「む~。お金のことは覚えてんだね」
愛衣がふくれっ面で抗議の視線を送るが、レーラからしたらそれもそうだろうと言いたくなる。
妖精やドワーフの女性のように長い間、幼い雰囲気を残す種族ならば頷けるが、竜郎と愛衣はどう見ても純人種。
長命種ではない彼らが数十年後に出会っても、同じ姿だとは一般人であるヤメイトでは想像もつかないだろう。
「いや、でも年は? あんときと、まるで変わってないんじゃないか? 正直、あんま顔は覚えてないんだが」
「まあ、今のところはそういう種族だったとでも思っておいてくれ。気が向いたら、そのへんのことを話すから。
んで、俺たちはそのときの子供と同一人物なんだが、おっさんは思い出してくれたってことでいいのか?」
「あ、ああ……。あのときのことは覚えてる。俺にとっても人生の転機ではあったからな……」
大金を手にしてオブスルを出て行ったのだから、それなりに明るい転機だったのだろうと思いきや、ヤメイトの顔には影が差している。
どうみても、いい方向に転んだとは思えない。
「えっと……、どったの? おっちゃん。私たちからお金貰ったときは、めっちゃはしゃいでたじゃん。ギャンブルで全部、摩っちゃったとか?」
「ある意味ギャンブルだったのかもなぁ……。過去の自分に会いに行けるのなら、素直に大金持って遊んで暮らせって言ってやりたいよ……」
「……う、う~ん?」
「気になるけど、これって掘り下げたらまずい感じ?」と、愛衣が竜郎たちにさりげなく視線で問いかけてくる。
しかしそんな視線に返す言葉を竜郎たちは持ち合わせておらず、「さあ?」と肩をすくめるしかなかった。
けれどそんな雰囲気を自ら察してくれたのか、空笑いを浮かべながらドカリと竜郎たちの前に座り込んで話す姿勢をとった。
それに倣って竜郎たちも座り聞く姿勢をとると、いままで側にいた長は空気を読んで部屋から出て行った。
「もう今となってはどうでもいい話だ。聞かせてやるよ。あのあと、俺が何をしていたのかを──」
当時、竜郎たちから大金が入ると分かったヤメイトは、とある計画を立てていた。
それは竜郎たちが彼の作業場で見つけた隠し収納を開けるための鍵を、腕利きの職人に作ってもらうこと。
「え? おっちゃん、あそこの鍵持ってなかったの?」
「ああ? なんで、あの隠し収納のことを知ってんだ?」
「いや、悪い。実は──」
ヤメイトを探すために町長に許可を取り家探ししたことを正直に伝えると、なんで自分を探しているのかは気になったようだが、家探し自体にはなんの感情も抱いていない様子。
もう自分の家じゃないと思っているのだろう。「気にすんな」とだけ言って話を続けだす。
あの隠し収納を開けるための鍵は、その設計図だけを父親に渡され、あとは自分で作れと言われていた。
しかし設計図があっても、鍛冶師としての才能がなかったヤメイトでは作り出すことはできなかった。
「中には一体なにがあったのかしら?」
「親父が残した、一子相伝とも呼べる鍛冶師の秘伝書みたいなもんだな。
これが開けられるようになったら読んでいいとか言って、まだガキだった俺に鍵の設計図だけを渡してきたんだよ。
まあ結局、大人になっても鍵を作れず、放置するしかなかったんだけどな」
設計図はあるのだから外注することも不可能ではないが、それでも作成の難易度が高く、腕利きの鍛冶師に頼むしかない。
けれど、そのためにはかなり値が張る。父親が残してくれた作品をそのために売るというのは流石に気が引けて、当てにできる資金を稼ぐこともできない。
ヤメイトにとって、その秘伝書を見ればきっと父親のような鍛冶師になれるという希望がそこにあるのに、開けられないもどかしさを感じつつ歳は経ち、半ばあきらめかけていた頃に竜郎たちが現れた。
純粋に父親の作った武器が欲しいと言ってくれて、それに見合う額を値切ることもなく買ってくれたおかげで、心おきなく鍵を作るための資金を調達できた。
あとはどこかで作ってくれる職人を見繕い、鍵を作ってもらえれば、自分も遅咲きながら一人前の職人としてやっていけるんだと、希望に胸躍らせてオブスルを後にした。
「父親が残してくれた作品をそのために~とか言っておきながら、結局はお父さんのお金みたいなもんで作ろうとしてんだから、その違いがよく分かんないよ、おっちゃん」
「うるせーよ。少なくとも、俺にとってはそこには大きな違いがあったんだよ」
けれどその職人探しが随分と難航した。
技術の高さを求めておきながら、ただ技術が高い職人というだけでも作れなかったのだ。
その鍵は実に奇怪で、設計図があってもパズルのような図面を理解するところからはじめなくてはいけない。
技術が高い職人はお金さえあれば見つけられるが、図面を理解できる職人がいないことで、ヤメイトは大金を少しずつ食いつぶしながら方々を探し回った。
そうして何年もかけてようやく作れる職人を見つけることはできたが、そこからさらにまた制作だけで何年もかかってしまう。
『ねえ、パパ。それってさ、リアちゃんがその場で作ったやつだよね? そんなに凄そうな鍵だったっけ?』
『それは…………黙っておこうな、ニーナ』
『はーい』
まさかこちらのドワーフの女の子が、設計図もなしにチートな目を使ったとはいえ5分もかけずに作ってしまった──なんてことは、その苦労を少しでも感じ取ってしまった竜郎たちには口が裂けても言えなかった。
鍵を作れる職人は、それにかかりきりなってしまうので、完成までの生活に必要なお金もヤメイトが出す契約になっていた。
なので竜郎から受け取ったお金も日に日に目減りしていく中、長い時間をかけてようやく完成。
報酬を支払い、急いでヤメイトはオブスルにある家に帰還した。
オブスルの門兵や町の人たちが見ていたのは、そのときのことだったようだ。
「それで鍵を手に入れて、秘伝書も手に入れたはずのおっちゃんは、なんでこんなとこにいるの?
それさえ手に入れられれば、すっごい鍛冶師に大成できるんじゃないの?」
「うっ……」
「姉さん、はっきり言いすぎですよ」
どうみても大成しているようには見えない。鍛冶師として成功するためにと、大金を鍵の制作に投資し失敗した男の末路──と言われたほうが納得できる。
そしてそれは、その通りだった。
「鍵を開けられなかった──って、わけじゃないんだよな?」
「ああ、鍵はちゃんと開いたさ。もし開かなかったら、出るとこ出て全額返してもらってるよ。そのために契約書も、ちゃんと作ったんだからな」
「じゃあ、もしかして秘伝書なんて入ってなかったとか?」
「いえ、姉さん……おそらく──」
「その先は自分で言うよ、お嬢ちゃん。秘伝書はな、ちゃんとあったんだよ。
それは俺に読めない字だったとかでもなく、ちゃんと親父が生きている間に身に付けた技術の粋がそこには書かれていたんだろうよ。
けどな、俺じゃあ、そこに書かれていた技術の一部ですら理解できなかったんだよ……。書いてある字は分かる、けど中身が分からねぇんだ。
ははっ、笑っちまうよな。そもそもあれは、鍵を自力で作れることが前提で残されてたものだったんだ。
何もかも諦めて楽なほうに逃げて、最後は金で解決しようとしたらこのざまさ。結局、俺にはなんにも残らなかった」
自嘲気味に笑うヤメイトに、なんと声をかけていいのかも分からず竜郎たちは黙り込んだ。
けどそんな空気に耐え切れなかったのか、ヤメイト自身が膝をバシバシと叩いて、雰囲気を無理にでも明るく塗り替えていく。
「やめやめっ、湿っぽいのはなしにしようぜ。そんでまあ、いろいろあって俺は今、ここで遊牧民たちにくっついて細々と暮らしてるってわけだ。
意外と、こういうとこのほうが仕事があってびっくりだぜ」
「いやいや、なにがどうなったら隣の大陸の山で、遊牧民と仲良く暮らすってことになるんだよ」
「あー……そこ気になるか。まあ、そんな大したことじゃねーんだわ。ただ親父が、ここの雷山で死んでんだ。
だから今度は親父のずっと使っていた槌が、どっかに落ちてるんじゃなねーかなぁと探しに来たんだが──」
秘伝書が無理だと悟ったヤメイトは、今度は道具に頼ろうとした。無理とは分かっていながらも、本人ももう自棄になっていたのだ。
父親が使っていたものがあれば、何かが変わるはずだと自己催眠でもかけるかのように行動を開始した。
そこで最後に父親がちょっと行ってくると言って向かい、帰らぬ人となった場所──セルパイク大陸の雷山の探索に打って出た! ……かに思われたが、予想以上にやばいところだと現地人の情報で知りやめたのだった。
「えぇ……」
「しょーがねーだろうが! 俺なんかがあそこに行ったら、10秒も持たずに感電死してるぞ」
父親はそのあたりの対策をしていたらしいが、どう対策していたのかまでは分からない。
まさに八方ふさがりといったところで、食うために遊牧民たちの仕事を手伝っている間に、鍛冶師として生活用品の修復や新調ができるからと歓迎され、ずるずる何年も遊牧生活することになった。
「けど、まあ、ここにいれば飢えることもなければ、なんかの拍子に親父の遺品くらいは見つかるんじゃねーかって思いもあって、なかなか出ていけないだけなんだがな。
こんな爺さんになっても我ながら諦めてぇんだか、諦めたくねぇんだか、もう分かんねーよ」
ヤメイトなりの葛藤はあったのだろうが、現状を見るにもう遊牧民の鍛冶師としての生活を受け入れてしまっているように竜郎たちには思えた。
「遺品か……。ちなみに答えたくないなら答えなくてもいいんだが、お父さんはなぜ危険な雷山へ?」
「なんか昔、それこそ俺がまだ生まれる前に、親父はここの雷山へ冒険者を護衛に連れて素材を取りに来たことがあったんだ。
だがその護衛に連れていた冒険者の内の1人がミスって、親父は1回死にかけたことがあったらしいんだわ。
けどそんときに、ちっこい妖精に助けられたとかでな。命からがら山から下りられたんだ。
んで、その数十年後になっていきなり、あんときのお礼をするんだとか言って、またその妖精に会いに雷山に行った……はず?」
「曖昧ね。もう少し、はっきり覚えてはいないの?」
「つってもなぁ。俺はレーラみたいに物覚えもよくねぇし、爺さんだぞ? ガキの頃の記憶なんてまともに覚えてねぇって。
ああ、けど妖精の話なら1つ印象的なのは覚えてるぜ」
「お? なになに?」
「俺の名前は、その妖精がまだ子供だった頃に助けてくれた鳥人?だったかが、住んでる場所からつけたらしい。
親父がヤメイトって場所を知らないかって聞かれて印象に残っていたから、恩人の恩人が暮らす場所なら縁起がいいっつってな」
「鳥人……? やめいと……?」
思わず竜郎は愛衣とカルディナのほうへと視線を投げかける。
2人は竜郎が妖精の子供と話していたとき、すぐそばにいた。当然、そのときの会話も覚えているはずだ。
『ねえ、もしかしてさ、そのおっちゃんのお父さんを助けたっていう妖精ちゃんって……』
『ピュィーー!?』
まずあの子は竜郎がカルディナの父親だと知り、こちらを鳥だと勘違いしていた。
一応否定はしたが、数百年経ってもその軽い一言を覚えているかは微妙なところ。
そして『ヤメイト』という、小妖精の恩人が住んでいるという場所。
子供のころに聞いた『ヤマト』という国の名が、時間とともに薄れゆく記憶の中で変化した、もしくはあのときの発音の『やみゃと』を曖昧なままに記憶していた、はたまた伝言ゲームのようにヤメイトの父親が微妙に聞き間違えたとしたら──『ヤマト』が『ヤメイト』に変化してしまっていてもおかしくはない。
ただあの子が成長し、ほかの子たちに伝えたということも考えられる。
あのときの子がヤメイトの父を助けたとは断定できないし、その恩人とやらが本当に竜郎たちかどうかも確定ではない。
真実を知ることはできないのだから、この話は胸の中にしまっておくことにして、竜郎は話を先に進めることにした。
「ちなみにこれも答えたくないなら答えなくていいんだが、お父さんは遭難して帰ってこないから死んだとされている──とかなのか?
それとも死ぬところは誰かが目撃していたのか?」
「うーん……それがな、首だけになって、この辺の山のふもとに転がってたらしいんだわ。首だけ埋葬したのは覚えてるから、死んだのは間違いない」
「別の大陸で死んだ人の首が、戻ってくるってすごいですね」
「まあ、親父は有名人だったから、どこの誰かはすぐに分かったらしいぞ。冒険者ギルドが直々に首を届けてくれたんだ」
「へぇ、やっぱ凄い人だったんだね」
「まあな。けどな……そのときの冒険者ギルドの職員いわく、首を発見したってやつが妙なことを言っていたらしい」
「妙なこと? 気になるわね。そこまで言ってくれたのなら、教えてくれないかしら?」
「わーってるよ。せかすんじゃねぇよ。
あー……その第一発見者が言うには、その首を置いていったのは小さな妖精だ。妖精が殺したんだって言ってたんだよ」
「え──」と竜郎たちは予想外のその言葉に、思わず息を飲むのであった。
次話は金曜更新です。