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食の革命児  作者: 亜掛千夜
第七章 おつかい編
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第109話 ヤメイトの消息探し

 マリオン・ディカードと別れると、そのままゼンドーの家に再度向かいはじめる。

 もう以前の知り合いに会うという突発的なできごとも起きることなく、彼の家のドアの前までやってくることができた。


 朴訥な感じの普通の一軒家といった風情の白い家だが、30年以上経っても以前と変わらない姿でそこにある。

 月日を感じさせないことから、定期的にメンテナンスされているのだろう。ちゃんと人が住んでいる雰囲気に、改めてほっとする竜郎と愛衣。



「ディビーさんの話だと、そのままここに住んでるってことでいいんだよね?」

「ええ、そうね。けれど他の若い塩職人たちに指導をしてるってことらしいから、もしかしたらまだ塩湖のほうにいるかもしれないわね」

「ああ、そうか。そういうこともあったのか。嬉しさのあまり──」



 忘れていた、そう竜郎が言い切る前に、件の家の扉がガチャリと開く音とともに、かなり高齢ながらもしっかりと背筋が伸びたおばあさんが顔を出した。


 家の前で誰かが集団でごそごそしていたら、それは気になるというものだろう。

 不用心に扉を開けてしまうあたりは、田舎ならではなのかもしれないが。


 おばあさんは、竜郎たちの姿を見てきょとんと不思議そうな表情をする。



「あらあら、若い子たちがうちになにか御用かしら?

 ここには老いぼれのばあさんと、じいさんしかいませんよ」



 ほほほっ──と冗談交じりに笑う、おばあさん。

 竜郎と愛衣とは一度だけ顔を合わせたことがあるのだが、さすがに37年も前に少し会った程度の少年と少女の顔は覚えていないようだ。


 けれどその中で1人だけ、おばあさんも知っている人物がいることに気が付いた。



「あらぁ? あなたもしかして、レーラさん? 懐かしいわね~」

「ええ、ご無沙汰しています、バウリン夫人」



 おばあさんが今よりも若いころから、ずっと冒険者ギルドにいたレーラ。

 こちらは昔顔を突き合わせていた上に、見た目も一切変わっていないので思い出せたらしい。


 レーラも親しげに微笑むおばあさんに、にこやかに挨拶を交わし、唯一の知人ということで代表して彼女が話しを進めていくことになった。



「突然、お尋ねしてすみません。ゼンドーさんに会いに来たのですが、今は御在宅ですか?」

「あら、うちの人に御用なの? でも、ごめんなさいねぇ。あの人ったら、年甲斐もなく未だにあっちこっち、せわしなく働きに出ちゃってるのよ。

 もう家でのんびり暮らしてるほうがいいんじゃないかって、ほかの塩職人さんたちにも言われてるくらいだっていうのにねぇ」



 話し相手が欲しかったのか、聞いてもいないことまでぺらぺらと聞かせてくれる、おばあさん。

 この人もおそらく110歳近い年齢であるにもかかわらず、ろれつがしっかり回っているあたり、この世界の魔法の力の凄さを改めて感じさせられる。



「ああ、でもレーラさんの用ってことは、冒険者ギルドでの急用なのかしら?」

「いいえ、バウリン夫人。私はもう、冒険者ギルドの職員はとうの昔に辞めています。

 なので今回は完全に私用ですよ。それにゼンドーさんに会いたいって言っているのは、こっちの子たちなんです」

「こっちの子? …………あら? 以前、どこかでお会いしたかしら?」

「うん、おばあちゃんとは一回だけだけど、会ったことあるよ?」

「ですがそれも37年近く前のことなので、覚えていないのは無理もないと思いますが」

「37年前…………? あなたたち、見た目のわりにけっこう大人だったのねぇ」



 どう返答していいかわからず、竜郎と愛衣は苦笑だけを返した。

 結局おばあさんには思いだしてもらうことは叶わなかったが、ゼンドーのおおよその帰宅時間を知ることができたので、またそのころにお邪魔する旨を伝えて一時撤退。

 あのままいたら、おばあさんのマシンガントークを延々と聞く羽目になりそうだと察したからだ。


 ほかにすることがないのなら付き合ってもよかったのだが、まだやっておきたいことがあるので今回は遠慮して、今度は平日はだいたい町長がいるといわれているオブスルの役所に向かった。


 巨大な豆腐のような形をした真っ白いお役所前にやってくると、高ランク冒険者の威光をぴっかぴかに使ってアポもなしにいきなり町長と面会できることに。


 全体的に質素な建物だが、掃除は隅から隅までしっかりと行き届いて気持ちがいい。

 建物と同じく清貧な印象を受ける応接室で待っていると、やがて初老の男性が入ってきた。


 冒険者で現在最高位に位置する存在と聞いていたので、どれだけ強面の人たちなのだろうと心して入ってきたところで、いたのは町長も若いころに心ときめかせた経験があるレーラ以外、みな子供ばかり。

 拍子抜けした様子で、けれど笑みを携えたまま竜郎たちと挨拶と自己紹介を交わしていった。



「──ということで、ヤメイト・ゴレースムさんが住んでいた家の中を調べさせてもらうことはできないかなと」



 大雑把にヤメイトに手伝ってほしいことがあるので、彼を探していること。

 そのために一度帰ってきたという、彼の家の中を見せてほしいということ。

 その2点を町長に説明すると、あごに手を当て少しだけ考えるようなそぶりを見せる。



「なるほど……。今その物件がどういう状況になっているのか、調べてきてもよろしいですか?

 所有権が今どうなっているのか分かりませんので、もしかしたら商会ギルドに売りに出されている可能性もありますからね」



 商会ギルドの所有物になっていた場合、町長といえど勝手に他人を入れることを許可することはできない。

 現在の建物の所有権が町にあるのか、商会ギルドにあるのか、はたまた未だにヤメイトか別の誰かのものになっているのか。そういった情報を調べる必要があるようだ。

 そういうことなら是非もなしと、町長が他の職員に調べに行かせている間、待つことに。

 町内の建造物すべての権利関係がまとめられた帳簿があるようなので、それほど時間はかからないようだが。


 10数分後、職員の人が調べてきた話によると、もともとあの家や土地はヤメイトの父親が税を数十年分一括で納めていたので、十数年前までは放っておいてもその息子であるヤメイトのものだった。

 けれどそれが切れそうになったあたりで一度ヤメイトが帰ってきて、追加で5年分の税を納めていった。


 けれどそれから5年以上過ぎてもヤメイトは帰ってくることがなかったので、今はもう町のものという扱いなのだそう。



「税金を納めていったということは、帰ってくる気はあったと取れますね、兄さん」

「だが帰ってきていない……ちょっと心配だな」

「でも適当なとこあったし、案外どっかでのんきに暮らしてるかもよ」



 ゼンドーが無事だと分かったというのに、今度は寿命的にまだ生きていてもおかしくないヤメイトが死んでいるかもしれないとあって、竜郎たちはまた少し気が重くなった。


 とはいえ家にはもう誰も住んでおらず、所有権も町のもの。あっさりと町長が許可をくれ、入り口も自分たちで直しておいてくれるのなら、破壊して侵入しても構わないとまで言ってくれた。

 レーラが言うには、まず普通のランク持ち冒険者では、そこまで簡単に入る許可も、破壊する許可も得られなかったらしい。


 まだゼンドーの帰宅時間まで時間があるので、町長にお礼を言って役所から出ると、今度はヤメイトのいた家兼、工房を目指した。




 小さな町なので、それほど時間をかけることなく到着。

 周囲の建物から明らかに浮いている、明らかにメンテナンスが施されていない蔦まみれの廃墟がそこにあった。

 以前竜郎たちが来た時も多少その気はあったが、ここまでひどくはなかったはずだ。

 これだけ見ても、人が住んでいないのは歴然だ。


 呆けた顔で竜郎や愛衣がその家を眺めていると、知らないおばさんが話しかけてきた。



「あら旅人さんかしら? そこ凄いでしょ? もう何年も人が住んでいないから酷いもんよ」

「このあたりに住んでいる方ですか?」

「ええ、すぐそこの家よ」

「なら少し聞きたいことがあるのですが、僕たちはここに暮らしていた人物を探しているんです。何か知りませんか?」

「さあ、知らないねぇ。私が嫁いできたときには、もう空き家だったみたいだし」

「十数年くらい前に一度帰ってきたみたいなんですが、誰か近所で話した人がいるとか聞いたことはありませんか?」

「ああ、ああ、一度変な人がうろうろしてたことがあったわね。近所でも噂になったことがあったわ。

 でも誰かと話したなんて話は聞かなかったねぇ。すぐにその人もどこかへ行っちゃったみたいだし」

「そうですか。お話ありがとうございます」

「いいのよ。気にしないで。おばちゃんこそ、役に立てなくてごめんなさいねぇ」



 竜郎は心の中で『近所のおばさん』から『優しい近所のおばさん』にランクアップした彼女に、お礼にと自家栽培していると言って極上蜜が入った小さな普通のビンをあげた。


 竜郎たちの身なりがしっかりしていることと、礼儀正しく接していたおかげか、田舎独特の警戒心のなさからか、特に警戒されることなく蜜を受け取りおばさんは去っていった。

 その晩、その蜜のおいしさに家族総出でどこに売ってるんだ!? と一騒ぎが起きるとも知らずに……。



「あのおばちゃんから聞いた感じだと、近所の人に聞き込みしても、あんま成果はなさそうだね」

「じゃあ、もうはいっちゃおうよー」

「ニーナさんの言う通りですね。行ってみましょう」



 リアが廃墟と化している扉の前に立つと、《万象解識眼》で鍵穴をちらりと観察。

 それから鉄のインゴットを《アイテムボックス》から取り出すと、鍛冶術でパパっとカギを作り出した。


 そして鍵穴にそれを差し込み、ぐりっと回せば簡単に扉の鍵が開いてしまった。



「見事な手並みだわ。魔法錠ではない、ただの物理錠だとリアちゃん相手には何の意味もないわね」



 呆れていいやら驚けばいいのやら分からないといった様子で呟くレーラに、竜郎も大きく頷いた。



「防犯意識の薄い田舎町なら、どこでも侵入し放題だな」

「人を泥棒みたいに言わないでください、兄さん」



 リアの抗議の視線を受け流し、竜郎は扉にも張り付いてた蔦だけを魔法で燃やして除去すると、ぞろぞろと工房へと入っていく。

 居住区画は工房の奥にあるので、玄関から入ってすぐは工房なのだ。



「「ぷしゅんっ……」」

「さすがにホコリっぽいな」



 中は作業机と椅子、空の棚がいくつか置かれているだけの広い空間。

 何年も掃除がされていないせいで、ホコリがこんもり積みあがっている。

 楓と菖蒲の鼻孔にもホコリが入ってしまったらしく、かわいらしいクシャミを同時にしていた。


 そこで竜郎は解魔法で間取りを探りながら、風魔法で工房の奥も含めた家中のホコリを集め、外に出すとそこで高火力でチリも残さず一瞬で焼き尽くし部屋を綺麗にした。

 息を吸い込んでみても、ホコリっぽさは完全に感じなくなっている。


 環境を整えたところでさっそく捜索開始。なにかヤメイトの行き先に繋がる手掛かりはないか探していくも、きれいさっぱり家の中には何もなかった。

 けれど唯一気になる場所が──。



「ここだけなぜか、厳重に鍵がかけられていますね」

「家に入るための鍵よりも厳重にしておくなんて、よっぽど大事な何かがしまってある部屋なんだろうね」



 それは工房内にある一番大きな棚の下にあった。

 竜郎やカルディナの解魔法で調べなければ分からないほど、巧妙に表面も加工されていて、見ただけではそこに鍵がかかった収納スペースがあることすら分からない。

 さらに鍵も物理的な錠しかなかったが、見たこともないほど複雑で、リアでもパパっとお手軽に作れるような鍵ではなかった。

 

 仕込んだ人間の技量の高さがうかがえることからも、ヤメイトの父親が自ら作ったものなのだろう。


 そして明らかに棚を引きずった跡があり、解魔法で調べてみればヤメイトが訪れたという年月とおおよそ一致する。

 おそらく忘れ物というのは、ここにあった何かを取りに来たということなのだろう。


 リアが《万象解識眼》でまずは床の仕掛けを解いていき、鍵穴を出す。

 それから鍵の仕組みを完全に理解し、複雑なパズルのような鍵をコンマの誤差もなく精密に作り上げ、それでもって開けてみる。



「まあ、当然そうなるわな」

「ピュィー……」

「なーんにも入ってないね、パパー」



 大きさ的には、1メートル四方の箱が入る程度の床下収納。当然ながら、そこには何も入っていなかった。

 さらに隠し収納がないかとカルディナにも手伝ってもらいながら、くまなく探すも空振り。

 結局、ここでもヤメイトの足取りはつかめずじまいに終わった。



「ねえ、たつろー。もうこれ、おっちゃん探しは無理じゃない?」

「気長に少しずつ情報を集めていったほうが、いいのかもしれませんね……。

 すみません、私がせがんだばかりに無駄な時間を取らせてしまいました」

「それくらい別にいいさ。むしろリアはもっと、俺たちにわがままを言ってもいいくらいなんだから」

「そーだよ、リアちゃん」



 竜郎と愛衣は、そう言いながらリアの頭をなでる。



「それに俺たちも、もう一度おっさんに会ってみたかったからな。

 今回は残念だったが、またいつか消息がつかめるときも──」



 ──来るだろう。そう竜郎が言おうとした瞬間、竜郎の頭にだけ聞き知った声が響いてきたのであった。



『タツロウよ。そのヤメイトという男が今どこにいるのか、儂が教えてもよいぞ。

 もちろん、少し頼み事を聞いてくれるのなら──の話だが』

(……その声は、等級神?)

次話は日曜更新です。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 等級神に頼らんくてもマップで探せんの?あったことあるしさがせるやろ。等級神のお願いを入れいにしてもちょっと不自然すぎる気がする。
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