第106話 ルドルフとの再会
翌朝。竜郎たちは、さっそくヘルダムド国に向けて出発することに。
仁は飛天を呼び出し、さっそく頭部に乗り込んでいく。楓を抱っこした美波、正和、菖蒲を抱っこした美鈴も、ステータスで強化されているので、人間離れしたジャンプで簡単に飛び乗った。
一方、竜郎、愛衣、リアたちは、ニーナの背中の上でスタンバイ中。
あの子の背中より、ニーナのほうがいいよと猛アピールされては、こちらに乗るしかあるまい。
楓と菖蒲に関しては、新生物に興味津々だったのでお母さんズに預ける形となった。
竜郎がちゃんと見えてはいるので、問題もないようで一安心である。
「それじゃあ、いくよー」
「…………」
まだ若干ニーナを恐がっているものの、多少なれたのか飛天は少しだけ距離を保ちつつも後ろに付き従い上昇していく。
巨体からは想像もできないスムーズな飛行に、初めて搭乗していた正和や美鈴が目を丸くしている中、竜郎の指示のもとニーナが先頭になってホルムズに向けて出発した。
「さすがにニーナの全速力にはついてこれなさそうだが、見た目に反して身のこなしが軽いな、飛天は」
「顔も、のんびりしてそーなのにね」
飛行テストのためにとニーナにジグザグに飛んでもらったり、上下に波打つように飛んでもらったりと、不意打ち気味に機動力を確かめてみているのだが、速度を落とすことなくついてきている。
まるで質量がないかのような軽やかな動きに、竜郎も感心してしまう。
ちなみに現在はかなり高高度を飛んでいるのだが、飛天が《多属彩雲》で環境をうまく整えているおかげで寒くもない様子。
もし落っこちても美波が《念動》の魔法で、空を飛べるのでそちらの保険もばっちりだったりもする。
ややアクロバットながらも優雅な空の旅を楽しんだ竜郎たちは、一度陸に降りてヘルダムドの国境を正規のルートで通過して、そのままホルムズの町の入り口を目指した。
しばらく行くと、ホルムズの町を取り囲む壁が見えてきた。
「「「「おぉ……」」」」
飛天の背に乗っている両親たちが、その壁を見て感嘆の声を上げる。
というのもこの町の壁には、毎年選ばれる優れた職人たちが好きに彫刻を掘っていいことになっているため、壁そのものが見事なアート作品になっているのだ。
魔物がぶつかった跡すら利用している箇所まであり、そのセンスの高さは世界でも屈指だろう。
現に町に入らず、遠巻きに壁を眺めている人たちも大勢いた。
少し離れたところに降りると、竜郎たちは町へと入るために列の最後尾に並んでいく。
今回は小さくなったニーナが多少好奇の目で見られる程度で、ほかに派手な種族もいないこともあって竜郎たちへの周りの関心は薄かった。
いつもより気楽に列が消化されていくのを待ち、自分たちの番が来たときにやたらと驚かれはしたものの、穏便に町の中へと入るための壁のトンネルのような通路を通っていく。
そのトンネルには、時間ごとに記憶させた絵に変化するという特殊な金属が使われており、以前竜郎たちが見たものとはまた違う、見事な抽象画が目いっぱい描かれており、仁たちは口をぽかんとあけながらゆっくりと町の中へと入っていった。
「それじゃあ、さっそく師匠のところに行きましょう。いきなり訪ねて、迷惑でなければいいんですが」
「ちょっと挨拶するだけだし大丈夫だよ、きっと」
心配そうにしていたリアも愛衣の言葉に少しだけ気を楽にし、さっそくルドルフのいる店兼工房へと向かっていく。
その道中にもさまざまな芸術家による作品が飾られており、仁たちはもちろん、初見ではない竜郎たちでさえ何度も目を奪われながらも、やっと目的地にたどり着いた。
「かっこいい店構えですね、仁さん」
「ですね。なんだかワクワクしますよ、正和さん」
その店の外観は豪快で力強く、けれど粗雑ではない見事な彫刻が彫られており、扉の両脇には大剣を持った男と、杖を構えた女性の石像が立体絵のように建物から飛び出し、今にも歩き出しそうなほどの躍動感を宿していた。
まさにこれから冒険へ出かけよう! といった外観に、少年心が動かされたのか仁と正和が目を輝かせていた。
そんな父親たちは放置したまま、リアが先頭に立って店の中へと入っていく。
店内には下級素材ながらも、その素材の良さを最大限にまで引き出したといえるほどの武器や防具が置かれている。
値段も下級素材で作られたものにしては、少々お高くもなっているが、ひよっこ冒険者でも頑張れば購入できる程度。
彼はわけあって下級素材しか取り扱えないが、その中での極地にまでたどり着いたことで、新人冒険者たちがこぞって尋ねるようになった鍛冶師なのだ。
「すいませーん。ルドルフさんはいますかー?」
店内には誰もいないので、愛衣が奥のほうに向かって声をかける。
随分と不用心に感じられるかもしれないが、この町において作品の窃盗は重罪。
わざわざそんなリスクを犯してまで盗むような素材が使われているわけでもないとあって、ルドルフは店番すら雇っていない。
両親たちも店の中に入ってきたころになって、のっしのっしと見た目50歳ほどで白髪交じりの男性ドワーフが、ボサボサの銀髪を揺らしながらやってきた。
「だれだー……──って、お前たちか! また来るとは言っていたが、けっこう早かったな。それとも、なんかあったか?」
「いえ、こちらに来る用件ができたので、師匠に挨拶にと寄らせてもらいました」
「そうなのか? あいつと違って律儀なやつだな、お前は」
ルドルフはたった一週間で自分の技量を根こそぎ持っていかれ、あっという間に追い抜かれた存在を師匠と仰いでくれるリアに恥ずかしそうに笑いながら、もう1人いる弟子の顔をふと思い浮かべた。
「んで、そこにいる新顔は誰だ?」
「はじめまして。竜郎とリアの父親で、仁 波佐見と申します。
随分とリアがお世話になったようなので、せめて挨拶はと同伴させてもらいました」
「私は母の美波 波佐見です」
正和と美鈴も、愛衣の両親として自己紹介していった。
竜郎の親も愛衣の親もそれぞれ面影があり、なるほど血縁者なのだろうとすぐに納得したが、やはりリアの父母というところにルドルフは疑問を感じたようだ。
なにせリアは純然たるドワーフの家系に生まれた純ドワーフ種。
同族から見れば、それはすぐに分かることであり、竜郎や愛衣と同じ人種が生みの親などありえないからだ。
けれど竜郎や愛衣からしても、見た目に反してあり得ない実力を持っていることは知っている。
なにか訳があるのだろうと、詮索するのはやめて仁たちにニッと笑いかけた。
「……まあ、そういうこともあるか。世話したって感覚はあんまりねーが、こっちもいい刺激をもらったぜ。いい娘を持ってんな」
「「はい、自慢の娘です」」
「も、もうっ、何言ってるんですかっ」
「ふふ、恥ずかしがってるリアちゃん、かわいーねぇ」
「ほんとだね、ママー」
「そのちっこい竜はしゃべれんのか!?」
「ニーナのこと? あったりまえじゃん。こう見えても、ちゃんと大人のれでぃなんだから」
「……そ、そうなのか」
見た目もそうだが、その言動はどう見ても大人のレディにはみえない──というのを喉の奥に押し込んで、ルドルフは大人の対応をしてくれた。
それから近況報告ついでに冒険者ランクのことを話し、実際に身分証を提示して見せたときにはかなり驚かれたりもしたものの、比較的穏やかに互いの状況を理解しあった。
それによれば、ずっと独身だったルドルフにもつい最近になって春がきそうとのこと。
それもこれも、とある事情で常に疑心暗鬼に囚われていた心が、竜郎たちと出会ったことで解消されたからだと笑顔で感謝までされてしまった。
そんな明るい話もしつつ、その過程で竜郎たちが来た理由についても話すことに。
彼はこの町の鍛冶師たちとの繋がりも深く、顔も広い。もしかしたら、いい人を紹介してもらえるんじゃないかと期待も込めて。
しかしそう、うまい話はないようだ。
「鍛冶師じゃなくて、芸術系の職人たちか。まったく接点がないわけじゃねーが、そっちに関してはそこまで顔は広くねーなぁ。
組合のお偉方に話をつけてやることはできっけど、お前たちにはその必要もねーだろうしなぁ。
世界最高ランクの冒険者と繋がりが持てるってんなら、喜んで組合も手を貸してくれるだろうさ」
「そうですか……。ルドルフさんなら、特殊な技能を持った宝飾職人も知ってるかと思っていました」
「さすがに俺もそこまでじゃねーって」
大げさなやつだと苦笑していたルドルフだが、そこで何かを思い出したかのように表情が切り替わる。
「ん? まてよ………………。特殊ってわけじゃねーが、センスのいい職人に心当たりがあるな」
「ほんとですか? ぜひ教えてください」
「けどなぁ……」
「なにか問題のある人なの? すっごい頑固オヤジとか?」
「いや、もうおっさん……って年齢でもねーのか、今のあいつは。人種はすぐに年をとっから、つい忘れちまう」
純血のドワーフはだいたい300年ほど生きられるので、生魔法を駆使して長生きしても120年そこそこの人種の年齢の取り方は感覚として分かりづらいのだろう。
「そいつはな、むしろ面倒くさがり屋で、さぼることばっか考えてるようなやつだった。
……ちなみに、お前たちも会ったことがあるやつだぞ」
「「人種で面倒くさがりで、さぼることばっかり考えてて──ルドルフさんも俺(私)たちも知ってる人っていったら……」」
竜郎と愛衣の頭の中に、とある人物の顔が思い浮かんだ。
それはまだ2人が異世界に来たばかりのころ、はじめて寄った町にいた、うだつの上がらないオッサン鍛冶師──ヤメイト・ゴレースムという男。
そもそも竜郎たちがルドルフに最初に会いに行くきっかけとなったのも、彼からの紹介状があったからだった。
思わず本当に? という思いが表情に出てしまったのか、ルドルフがこちらを見て気持ちは分かると神妙な顔で頷いた。
「そいつであってる。俺の弟子でもあったヤメイトだ」
「私の兄弟子ですよね」
「お前さんと比べるのはかわいそうだから、やめてやってくれ。技量は最低限、鍛冶師を名乗れる程度なんだからな。
だが、宝飾なんかのデザインセンスは光るもんがあった。ついついそっちの道を勧めたくなる程度にな。
正直、鍛冶師としてのセンスは、あいつの親父の足元にも及ばなかったというのもあるが……」
「私はそのヤメイトさんにお会いしたことはないですが、今使ってる姉さんの大剣は、そのお父さんが作ったものでしたよね」
「うん、そうだよ、リアちゃん」
「となると確かに技量は純血のドワーフにすら負けていなかったでしょうし、普通の人種ではかなりの才能だったんでしょうね」
愛衣の使っている極彩色に輝く宝石の大剣は、今となっては愛衣のエネルギーを受けて変質しリアが魔改造しと、初期よりも大幅にグレードアップしているが、その大元はヤメイトの父親が作ったもの。
まだ今ほどではなかったとはいえ、当時の愛衣が本気で使っても壊れないものを作れている時点で、ドワーフのような種族的恩恵なしに、一定以上の技量が認められた上級鍛冶師と呼べる腕前だったことは想像に難くない。
「ああ、それほどスキルに恵まれていたってわけでもなかったが、スキルとはまた違う生まれ持った才能とでもいうんだろうな。直感で素材の扱い方を、学んでいけるような鍛冶センスがあった。
ヤメイトのやつも、そんな親父に憧れて鍛冶師を目指していたみてーだが、そこまでのセンスはなかった──というよりも、むしろ才能がなかったといってもいい。
種族的優位性を持たない人種でそれでは、鍛冶師としての将来は絶望的としか言いようがなかった」
人の悪口を言うような人物でもないルドルフが、才能がないとまで言い切るというのだから、ほんとうにその通りだったのだろう。
「けどな。その代わりに芸術的なセンスがあったのが分かったときには、やっぱりあいつの息子だったんだと思ったもんだがね」
「けど俺たちが会ったときには、普通に鍛冶業しかしてませんでしたよ?
ルドルフさんが才能があるというくらいなんですから、そっちのほうが大成したんでしょうに。それに勧めたりもしたんですよね?」
竜郎のその言葉に、ルドルフは少し後悔が混じった顔で頭をガリガリと掻いた。
「まあな。けどあいつは、あくまで子供のころに憧れた鍛冶師を目指したかったらしいんだわ。
んでも何を目指したほうがいいかは一目瞭然だったもんだから、俺もおせっかいにいろいろ口を出しちまってな。
何度か喧嘩にもなって、ある日突然、最低限の技術だけを覚えたら出て行っちまったってわけだ」
「あの、おっちゃんがルドルフさんと喧嘩ねぇ。想像もつかないや」
誰かと喧嘩なんて面倒くさいと、直ぐに逃げるか負けを認めるような性格だと思っていたのだが、鍛冶師という職業に対しては熱いものもあったのかもしれない。
「けど、あのおっさんにそんな才能があったのか。知らない仲でもないし、一度会いに行って話くらい聞いてもらうってのもいいかもしれないな。
俺たちが最後に見た限りじゃあ、そこまで鍛冶師に執着しているようにも感じなかったし」
「あー……だねぇ」
愛衣が今も使っている宝石剣や投擲鞭の元となった装備品を購入したさいに、おっさんことヤメイトには一億以上の資金が流れた。
それを使って人生を楽しむ気満々にしか見えなかった、欲の張った顔を竜郎や愛衣は今でも忘れていない。
「あいつも大人になって、鍛冶師以外の道ってのも見えているかもしれねぇからな。
才能が埋もれたまま潰れるってのも、もったいねぇ話だ。一回、あいつに仕事を依頼してくれねえか?」
昔ルドルフは鍛冶師ではなく芸術家への転向を無理に勧めてしまったことで、結果的に弟子を中途半端なまま外に出してしまったことを悔いていた。
あのとき鍛冶師としての道も提示しながら、芸術家への道も勧められていたのなら、反発心から頑なに拒まれることもなく、彼の人生の幅をもっと広げられていたのではないかと。
リアとしてもルドルフから一子相伝としても扱われるような貴重な技術を受け取った恩と、兄弟子という存在がゆえに気になるようだ。
竜郎や愛衣のほうへと、頼んでみませんかと視線でうったえかけてくる。
竜郎たちとて会いたくない相手でもない。いつも自分たちのために色々と開発もしてくれているリアに報いるためにも、おっさんに仕事を依頼しに行くのはやぶさかではない。
けれど一つ。大きな問題があった。
それはすなわち──彼の、ヤメイト・ゴレースムの所在である。
「あのおっちゃん、私の装備品を買ったお金を持ってオブスルの町を出て行っちゃったんだけど、今どこにいるんだろーね、たつろー」
「さ、さあ? でも、あのおっさん金遣い荒そうだったし、案外もう資金が尽きてオブスルに戻ってるかもしれない」
「ってことは、久しぶりに行っちゃう?」
オブスルという町は、竜郎たちがこの世界にきてはじめて寄った田舎町。
そしてそこにはとても世話になった、おじいさんもいる。
けれどその人は出会ったときには既に老人だったために、もう亡くなっているのではと頭によぎってしまい、なかなか訪ねようという気持ちにはならなかった。
だが今生きていたとしても、そんな風にグジグジしていたら本当に死んでしまうかもしれない。
これはちょうどいい機会なのかもしれないと、竜郎と愛衣は無言で見つめあい結論を出すのであった。
「──行こうか、オブスルへ」
次話は日曜更新です。