第105話 仁の4体目の魔物
カルディナ城地下にある、厳重に守られた部屋に戻ってきた竜郎たち。
最初のころはびっくりしていた仁たちも、すでにこの状況も当たり前のものとして受け入れ平然としていた。
日時を確認してみれば、転移した日より2日ほど時間が過ぎた朝だった。
元の世界で日常を過ごし気が緩んでいたということもあったのかもしれないが、慣れ親しんだ地球から異世界に来るほうがイメージ的には難しいようだ。
いつまでもここにいてもしょうがないと、揃って昇降機に乗って一階に上がり、異世界に残った面々たちと合流した。
その昼のこと。竜郎たちはカルディナ城に集まり、地球であったこと、こちらの世界であったことをすり合わせるべく、食事をしながら話し合いをはじめた。
とはいえたった2日で何があったというわけもなく、異世界のほうは特に問題もなく時が流れていたらしい。
ただその中で特筆すべきことを挙げるとするのなら──。
「カサピスティのほうで話がついたようなので、防衛のための戦力を見せてほしいと、ララネストの出荷の際にレスさんから報告がありました。
ウリエルさんがいなかったので、残念そうにしていましたよ」
「あら、そうなの? ジーヤさん。私に何か用でもあったのかしら?」
そういうことではないと、まだこの世界での生活も日が浅い仁たちですら気が付いているのだが、ウリエルは相変わらずカサピスティの王の近衛隊長──レス・オロークの気持ちには気が付かない。
積極的な応援をする気はないが、恋愛自体は本人たちの自由なので放任している竜郎としても、少しだけ気の毒になるほどに。
報告をしていた老紳士風の天使の翼が生えたケンタウロス──『爺や』も、苦笑している。
「ま、まあ、レスさんはいいとして、防衛の戦力のほうは用意できてるから問題ないよね。
そんで、いつ見せてほしいとか指定はあったのかな? 爺やさん」
「いえ、できるだけ早いほうがありがたいとは言っていましたが、基本的にはこちらの都合のいいときに呼びに来てほしいということです」
「了解した。野菜の魔物を捕まえに行く前に、見せることにするよ。報告ありがとう、爺や」
最近はカルディナ城ではなく、妖精郷にあるジャンヌ城に入り浸って仕事をしていた爺やであったが、カルディナ城で率先してまとめ役を担っていたウリエルがいない間は、彼が頑張ってくれていたようだ。
そのことにも礼を言いつつ、竜郎たちのほうは地球であったことを報告していった。
「──ってことで、むこうの世界でも何かしら商売することになると思う。
それにあたって、こちらで宝飾品なんかの加工ができる職人と繋がりを持っておきたい」
「こっちでいろいろやってる間に、地球で売れる商品ができてるのが理想だし、早めにやっておいたほうがいいかもね。
でもそうなると、やっぱあそこかなぁ。どー思う? リアちゃん」
「そこだけに限定する必要はないとは思いますが、あそこなら苦労することなく一定の技量を持った様々な職人が見つかると思いますよ」
愛衣の指示代名詞だけの質問にたいして、すぐに何を言っているのか察したリアは肯定する。
あそこというのはリアが生まれた場所であり、生みの親がいた場所でもある鍛冶師の町で、芸術の町とも呼ばれる大都市ホルムズのこと。
少し前まではヘルダムドという国にあるリューシテン領に属していた大きな町だったが、竜郎たちとのいざこざが原因でリューシテンの領主は死に、リューシテンは領都から格下げ。
その結果、現在はホルムズを領都としたホルムズ領の中心都市となっている場所でもある。
レーラもホルムズをすぐに思い浮かべ、大きく首を縦に振った。
「確かにあそこは装備品を手掛ける鍛冶師が特に有名だけれど、それ以外にも画家や彫刻家、陶芸、家具職人、宝飾、服飾の職人なんかも大勢いるから、資金力さえあればいくらでも作ってもらえるはずよ」
「そんな都市があるのね。私も見に行ってみたいわ」
「なんか面白そうだし、私も行きたいかも」
「なら母さんも美鈴さんも、一緒についてきますか?
あそこは職人や作品を守る意味もあって治安もいいですし、いろんな作品が町中に飾ってあって、ただ歩いて回るだけでも面白いと思いますよ」
リアにそう言われ母親たちは乗り気になったので、連鎖してその旦那たちもホルムズ行きが決まった。
「じゃあ母さんたちは観光でも楽しんでもらっている間に、俺たちは職人探しをしていこう。俺たちは、もう町は見たことあるしな。それにルドルフさんにも挨拶に行かないといけないし」
「ですね。私も師匠に会いたいです」
「リアには、お師匠さんがいるのか?」
「はい。私に素材を扱うための基礎を伝授してくれた人なんですよ、父さん」
万象全てを解き識るスキル──《万象解識眼》を持つリアだが、それはあくまで答えを提示するものであり、過程は理解できない。
なので、こうすればこうなるという答えは分かっていたが、なぜそうなるのかが理解できていなかったリアは、竜郎たちと出会ったばかりのころは基礎がおぼつかなかった。
そこで師匠を探してみようとなったときに出会ったのが、『ルドルフ・ タイレ』という名の純ドワーフ種の男性。
「なら俺も美波も、娘がお世話になったんだから観光前に、挨拶くらいしておかないといけないな」
「それもそうね」
「そこまでしなくても別にいいですよ、父さん母さん」
少し恥ずかしそうにするリアだが、ちゃんと娘扱いしてもらえることに嬉しそうにもしていた。
それから細かい打ち合わせをしていき、おおよその行動予定が決まった。
「まず明日は、ホルムズでルドルフさんに会ってから職人探し。
めどがついたらハウル王のところにいって、防衛の魔物のお披露目。
で、そのあとに野菜の魔物──レティコル探しに出発って感じだな。
うーん……しかし、父さんもホルムズに行くのか」
「なんだ? 竜郎。俺は、そこに行ったらまずいのか?」
「いや、まったく問題ないよ。けどどうせ行くのなら、そろそろ飛行系の魔物も孵化させて、自分でも行けるようにしてみないか?
今いる3体とは、そこそこ仲良くもなれてるんだろ?」
「地球でもちょくちょく出して、コミュニケーションは取っていたしな」
仁のはじめての飛行移動には、竜郎も安全性もかねて念のため同行したいと思っていた。
ホルムズなら転移で行けるが、距離的にもそこそこ遠いが同じ大陸なので試乗にはもってこいだ。
ということで昼食が終わった後は、仁の4体目の魔物を孵化させることに決まった。
広い場所を求めて竜郎、愛衣、ニーナ、楓、菖蒲に加えて、仁と美波、正和と美鈴を連れてカルディナ城近くの砂浜までやってきた。
それから竜郎が用意していた飛行系魔物の候補から、仁はこれだというものを選び、スキル《卵収最懐玉》で現れた小さな玉の中に収める。
それが済むと魔力を注ぎ込んでいき玉の中で孵化させると、その中で生まれた魔物に出てくるようにお願いした。
すると仁が手に持っていた小さな玉から光が射出され、地面に大きな魔法陣が描かれた。
そしてその魔法陣から、せり出すように現れた魔物は──。
「でっかいわねー。でもちょっと、かわいいわ」
「ほんとだねー美波さん。ふふっ、沖縄の水族館で泳いでるやつそっくり」
一言で言ってしまえば、8メートルほどの大きさをしたジンベエザメ。
違う点を挙げるとするのなら、体中が真っ白で、ややモコモコとした毛皮に覆われているというところか。
「でもこの子、本当に空を飛べるのかい? 竜郎くん。翼も何もないみたいだけど」
「ちゃんと飛べますよ、正和さん。それじゃあ父さん、ちょっと乗ってみてくれ。もし落っこちても俺が何とかするから」
「落ちたくはないんだがなぁ。大丈夫か?」
「…………?」
ジンベエザメにテイム契約のパスを使って問いかけてみるが、「さあ?」といったように、かわいらしく大きな顔を横にひねるばかり。
本能的には飛べることは分かっているが、実際に飛んだ経験がないので自信がないようだ。
それを見たニーナがよかれと思い、本来の6メートルサイズに戻って話しかけにいく。
楓と菖蒲もニーナが行くものだから、触ってもいいのだとその後に続いてたったか走り寄っていく。
「飛ぶのなんて簡単だよ。ニーナが一緒に飛んであげる!」
「「うっうー!」」
「…………」
「なんで逃げるの!?」「「うー?」」
しかしニーナの圧倒的強者の風格に恐れを抱き、もそもそと大きな体を動かして海のほうに逃げていこうとするジンベエザメ。
ニーナのほうが強烈な印象を与えていたので、楓と菖蒲に対してはそこまでではないようではあったが。
ニーナはショックを受け、また小さくなると、「おいでー」と両手を広げてくれる愛衣の胸に飛び込んだ。
「もう知らないもん!」と少し拗ねながら。
ちびっ子2人は、なんだ触ったらダメなやつなのかと、動物園のことを思い出しながらおとなしく竜郎のもとへと戻った。
それを見た仁がニーナに軽く謝ると、再びジンベエザメを呼び寄せ、その背……というよりも平たい頭部に飛び乗ってみる。
「おっ、なんか思っていた以上にフカフカだし尻も痛くないな。飛ぶときはこの毛に掴まっても大丈夫か?」
「…………」
かわいらしい見た目であっても、そこは魔王種に至れる魔物。
無理やりむしり取ろうとでもされない限り、飛行中に毛を掴まれるくらいなんの問題もないという感情を仁に伝えてきた。
「なら空で多少乱暴に動かれても、落っこちることはなさそうだな」
「騎乗用の器具を作ってみるのも、いいかもしれないぞ父さん」
「移動だけのために乗る時用なら、そういうのがあってもよさそうだな、たしかに」
フワフワの毛を撫でつけながら、仁は飛ぶようにお願いしてみた。
すると大きく平たい2枚の胸鰭を、パタパタと動かしはじめる。
「なんだか可愛い動きね。動画とっとこっと」
「あっ、いいな。お母さん、私にもあとでデータちょうだいね」
そのコミカルな動きに美鈴と愛衣が相好を緩めていると、次第にその巨体が仁を乗せたまま上下に揺れながら上昇していく。
まだ慣れていないはじめての飛翔ゆえに揺れは激しかったが、それでも仁は「いいぞ」「がんばれ」と応援しながら毛皮を掴んでバランスをとっていた。
やがて大空まで舞い上がると揺れがぴたりと収まり、ゆるやかに穏やかにジンベエザメは空を泳ぎはじめた。
「こりゃいいや!」
視界に広がる水平線を、目を細めながら眺め喜ぶ仁。
自分の大好きなご主人様が喜んでいることに、期待に応えてちゃんと飛べたことに、ジンベエザメもご機嫌になって空を泳いだ。
「ほんとにあの巨体で飛んでるよ……。さすが異世界のモンスターだね」
「あの子には空を泳ぐスキル──《空泳》というものが備わっていますからね。
普通に飛ぶよりも魔力は消費するみたいですが、もともと魔法系の魔物なのでそのあたりも大した消費にもならないはずです。
魔力回復系のスキルも覚えていけるみたいですし」
「スキルってのは、羽もない生物でも空を飛べちゃうのね」
「そーだよ、美波さん。実際に蒼太くんとかも飛んでたでしょ?」
「そういえばそうね、愛衣ちゃん。蒼太くんは龍だから、そのへんの違和感が全くなかったわ」
感心しながら空を泳ぐ巨大なジンベエザメを見守っていると、仁の指示を受けて砂浜の上に戻ってきた。
「ありがとう。お前はすごいな!」
「…………!」
鳴き声はないようだが、口をパクパクさせて喜びを表に出していた。
「それじゃあ、名前を付けてあげたら? 仁さん」
「それもそうですね、美鈴さん」
「なんなら私がつけてもいーよ!」
「お、おう。それはどうしても思い浮かばないときにでも頼むよ、愛衣ちゃん」
愛衣に任せたらサメ太郎みたいな名前になるに違いないと、仁はやんわり断りつつジンベエザメの名前を考えていく。
そして──。
「よし決めた。お前は今日から『飛天』だ」
「金剛、羅刹、弁天ときて飛天ねぇ。仁くんは漢字2文字縛りでいくの?」
「まあ、そのほうが候補も考えやすいからな。それでどうだ? 飛天って名前は」
「…………!!」
「そうか! 気に入ってくれたか! これからよろしくな、飛天」
無事に名付けも終わったところで、ほかの3体と顔合わせしつつ明日に備えて竜郎の《強化改造牧場》内で仲良くレベリング開始。
魔王種候補のポテンシャルもあってメキメキとスキルの種類もレベルも増えていき、数時間後には魔王種化の条件であるレベル300も突破した。
魔王種化した体は10メートルまで成長。そして一角獣のような角が、おでこのあたりから伸びていた。
調べたところによれば、人間でいう魔法使いの杖のような役割をするようだ。
それ以外は変わらず、ちょっと間の抜けた顔の、かわいらしいジンベエザメフォルムを保っている。
また魔王種に至ったことで覚えたスキル──《多属彩雲》。
本来は飛行関連のものと氷魔法しか使えない飛天だが、このスキルで作られた属性によって違う色の雲を生成することで、そこから氷系スキルを多属性に変換したものを撃ちだすことができるようになる。
周囲に色の違う雲をいくつも浮かべ、そこから遠隔操作で雨あられと様々な方角から様々な属性の魔法攻撃スキルを撃ち込めるので、氷魔法に強い相手でも圧殺できるポテンシャルを秘めているとのこと。
空を飛ぶだけではなく、本格的な魔法アタッカーもこなせるとあって、仁の陣営はますます強化されることになるのであった。
次話は金曜更新です。