第102話 ピーター・ライトとの邂逅
カリフォルニア州の某所にある、とある教会。まだ朝方と言っていい時間。
そこには4人の男女が悲壮感に苛まれながらも、必死に神に祈りをささげていた。
1人は齢71歳。白髪交じりの灰色の髪と髭をもつ、痩せた上品な男性。名前はピーター・ライト。
ピーターの横にはその妻、齢60と歳老いてなお美しさを残している女性。名前はキャサリン・ライト。
2人の息子にあたる齢37歳、ブラウンの髪が似合う細身の男性。名前はヘンリー・ライト。
ヘンリーの妻。ピーターとキャサリンの義理の娘。齢31歳の金髪の美しい女性、スーザン・ライト。
さらにその4人を見守るように、スーツを着たガタイのいい男性──エドムンドが1人。彼は祈る振りをしながらも、周囲にさりげなく目を配らせている。
なぜなら彼はこの4人のボディーガードとして働いているからだ。
やがてライト一家が祈りを終え、それでも陰鬱とした表情のまま教会を出ていこうとする。
エドムンドが一家の前につくと、扉を開けて先に外へと出る。すぐに近くに待機していた車の運転手に、指示を送った。
ライト一家もそれに続くようにして、教会の扉を潜った──そのときだ。
視界が一瞬暗くなったかと思えば、先ほどとはまったく違う場所に立っていることに気がついた。
「な、なんだっ!?」
「なにが起こってる!?」
女性陣は不安そうにしながら夫の腕に捕まり、男性陣は意味も分からず周囲を見渡す。
そしてあることに気がついた。目の前には実際に見たことはないが、よく知っている巨大なものが見えているということに──。
それを見た全員が、まったく同じ言葉を口にする。
「「「「………………地球?」」」」
真っ暗な背景に、点々と光を放つ数えきれないほどの星々。そして一番目立つ、青く美しい惑星の姿。
それはテレビや映画で見たことのある、宇宙から見た地球の光景に他ならない。
よく目を凝らせば、どこかの国の人工衛星らしきものも飛んでいるのがうかがえる。
「ピーター。あれっ、月……かしら?」
「…………分からない。だがあそこにあるのが地球だとするなら、あれは月以外には考えられないだろう……どうなってる?」
地球とは逆サイドに視線を向けたキャサリンが指差す先には、触ればザラザラしていそうな質感の丸くて大きなボコボコした地球の衛星──月、らしきものが見える。
「私たち、ついに頭がどうかしてしまったのかしら……? それともこれは夢?
ねえ、ヘンリー。黙ってないで何か言ってちょうだい」
「何かって言われてもだな……というか、もしここが宇宙だとしたら、私たちは呼吸もできないはずだし、こうして並んで立っていることだってできないはずだ」
それもそうだと足元を確認してみれば、そこには何も見えず、ぞっとするほど遠くまで伸びる暗い宇宙しか見えない。
けれど足踏みをして見れば、なにかガラス板のような硬い質感の物の上に立っているのだけは理解できた。
だが理解できたのはそれだけで、この状況は全く理解できない。
先ほどまでは教会にいたはずで、その出入り口から外に出たと思えば、いきなりここにいた。混乱するなという方が無理であろう。
「誰かいないのか!」
返事が来ることなど期待していなかったが、ピーターは腹の底から大きな声をあげた。
すると──突如、自分たちの目の前に人型の……けれど明らかに自分たちとは違う人類たちが目の前に現れたことに、ライト一家は驚き後ずさる。
「「………………ワレワレハ、ウチュージン ダ」」
「「「「…………………………」」」」
『…………あれっ、私たち外しちゃってない!? 寒いやつらだと思われてる!?』
『いや、突然わけ分からん存在が現れて、宇宙人だ~なんて言われても、すぐに反応できる人の方が少ないって』
ライト一家が唖然とする中、竜郎と愛衣は念話で話し合う。
当たり前の話であるが、これは全て竜郎が仕組んだ茶番である。
けれどその茶番も、竜郎たちが本気でやれば真実と大差なくなる。
まず今、ライト一家に姿を表しているのは竜郎と愛衣だけ。
近くで楓と菖蒲を防音の魔道具で音や声を遮断した状態で、ニーナが寝かせたままにしてくれている。
さてそんな竜郎たちがどう見えているのかといえば、肌は薄い緑色で身長は2メートル近い。
頭の骨格は地球人類より少し大きい程度とほとんど同じだが、目は4倍ほど大きく、黒曜石のようなツルンとした黒いものが収まっていて視線が読み取れない。
髪だって、まつ毛だって地球人類と同じようにあるが、それらは植物のような質感で肌よりも濃い緑色。
また体。地球人類よりも随分と細身ではあるが、それ以外は大体同じ。頭の位置も手足、体の位置もだ。
竜郎と愛衣、男女で胸の大きさに違いがある点も同じ。
けれど手足は長く、とくに腕は特徴的。立ったときに地面に引きずるほど長く、指も人間の3倍くらいの長さで関節がその分多い。
竜郎は光の加減で濃淡が変わる不思議な布でできた、薄い黄色ベースのだぼっとしたスーツのような服装。
愛衣は首元から足元まで覆う、光の加減で濃淡が変わる布でできた、オレンジ色ベースのタイトワンピースのような服装。
──にみえるよう呪魔法でしてある。
明らかに違う存在にするよりは、違う存在だけれど似た部分もある存在のほうがいいだろうと思い、髪形や顔立ち体つきで男女がなんとなく分かるくらいには地球人類に近い姿にしてある。
両者黙ったままでは話が進まないので、竜郎がキャラづくりの一環として気さくな宇宙人になって口火を切った。
もちろん音魔法で声を変えた状態で。
「言葉は君たちに合わせているはずだけど、うまく翻訳されていない?
聞き取れてないかな? 君たちには英語という言語で間違いないと思っていたけど」
「……………………い、いや、ちゃんと意味は理解できる」
「ああ、よかった。せっかくお招きしたのに、会話もできないんじゃ困ってしまうからね。他の3人も同じかな?」
年の功とでもいうべきか、最年長のピーターが真っ先に話しに応じ、竜郎の問いかけに対しては黙っていた3人も小さく頷き返してくれた。
「はじめまして地球人。我々は先ほども言った通り、他惑星の人類。あなたがたのほうからいえば、いわゆる宇宙人というやつだね。
私の惑星の名前も私たちの名前も、君たちでは聞き取れないし発音できないだろうから、気さくにエーイリ。そしてこっちの彼女のことは──」
「──アンって呼んで」
「エーイリとアン……エーイリアン…………エイリアン? そんな安直な……」
「分かりやすいでしょ?」
呆れたようなヘンリーの言葉に、エイリアン顔でも分かる愛衣のドヤ顔。そのおかげか、ライト一家の緊張が少しだけ解れたような気がした。
ようやく気持ち落ち着いてきたところで、ヘンリーの妻スーザンがおずおずと手を挙げて発言してきた。
「あの……ここは宇宙ということでいいのかしら?」
「そう宇宙。君たちの星の直ぐ近くだけどね。そしてここは、我々の宇宙船の中」
「宇宙船?」
「ああ、そうさ」
ヘンリーの疑問に答えるように、竜郎は足で床をコンッ──と軽く叩く。
するとそこから光がバッ──と流れて幾何学模様が一斉に広がり、ここが半球状の、とても広いドーム型の物体の中なのだと教えてくれる。
数秒ほどたつと、光は消えてまた完全な透明な状態となり広い宇宙が周囲に広がる。
「私たちは地球に帰してもらえるの?」
「もちろんだよ、キャサリンさん。用件が済めば教会を出た時間とほぼ同時刻のあの場所に、なんの危害も加えることなく送り届けると誓うよ」
「宇宙人……いえ、エーイリさんたちは時間まで操れるの?」
「我々の文明は、時間の概念などとうの昔に超越してしまったからね」
ピーターの妻キャサリンがまさかと言ったふうな問いかけに、事もなげに竜郎が答える。
すると4人にはまた、恐れのような色が目の奥に浮かび上がったように思えた。
とはいえ、実際に過去に転移することもできるが、今回はその必要はなかったりもする。
何故ならここは宇宙でも何でもない創られた異空間。竜郎が《強化改造牧場》内に、新しい区画として1から創造した"宇宙空間モドキ"。
さらにこの区画は竜郎の意志で時間の流れを外界よりも早めることもできるので、ここで1時間過ごしても向こうでは1秒も経っていないという事象も可能。
ただこの《強化改造牧場》という竜郎が好きに構成できる空間だが、その中でも時間や重力に干渉するには常時エネルギーを大量に消費してしまうので、今の竜郎をもってしても、なんの対処もしなければ半日と持たないだろう。
ただ1日数時間程度なら、余裕で持たせられることも事実であるが。
(ここをそれっぽく創るのに苦労したんだよなぁ)
ひな形を作るのを簡単だった。けれどそれは、本当にただの宇宙っぽい空間というだけ。
例えば無数に散らばる星の位置。地球と月の位置。人工衛星の位置。太陽や他惑星の位置。またはそれらの宇宙から見た動き方──などなど、できるだけ矛盾が出ないよう気を付けるのが大変だった。
妥協しないで宇宙の知識がある人物が見ても、偽物だと思われないレベルを求めたのだ。
そのためにリアやレーラ、カルディナにもいろいろと調べてもらった。
おかげでかなり精密な宇宙空間を作り上げることに成功したが、ここまでくるのに微調整に微調整を重ねるはめになり、とにかく苦労した。
しかし一度作ってしまえば竜郎がこの空間を壊さない限り、何度でも使うことができる。
スケールの大きいプラネタリウムとしても、楽しめるだろう。流れ星機能もあるので、意外とみているだけでも楽しいのだ。
「とりあえず話を聞いてほしいな。君たちにも、とてもメリットのある話だと思うからね。立ち話もなんだ、座って話そうか」
座る場所なんてどこに──などと言われる前に、目に見えない透明な床から4人掛けのソファがせりだしてきた。
竜郎たちの分も、その少し離れた対面に出現させる。ここは竜郎の思うがままの空間。これくらい造作もない。
今立っている透明なエセ宇宙船だって、何個でも生み出せるのだから。
おっかなびっくり腰を掛けたライト一家が、お尻に絶妙にフィットする程よい硬さのソファに目を丸くしている中、竜郎たちもゆっくりと歩み寄って対面に腰かける。
するとこちらが口を開く前に、ピーターが話の主導権を掴もうと先手を打って質問を投げかけられた。
「まず聞きたい。なぜ我々を、いきなりここへ連れてきた? その目的を教えてくれ」
「う~ん。何故と問われれば、正直に言ってしまうとピーターさん。あなたが"お金持ち"だからだよ」
このピーター・ライトという人物。彼は世界でも屈指の資産家である。
投資家として頭角を現し、企業家としても有名。その息子もピーターが会長を務める会社の社長という、お金持ち一家。
「私の金が目当てなのか? 誘拐のようなものだと思えばいいのだろうか?」
「結果的には誘拐になっているけど、帰してほしければ金をよこせなんて野蛮なことは絶対に言わないから安心してよ。
そもそも君たち地球人類は、我々の保護対象でもあるんだからね」
「保護対象……というと?」
「そのままの意味だよ、キャサリンさん。君たちも稀少な動物を保護して、種を残そうとしているだろ?
それと同じことを、我々は君たちにしているというだけのこと。
君たちは気づいていないけど、ほんの少し前にも滅びかけていたんだよ? 覚えてない? あの世界規模の地震のことを」
「「「「────っ!?」」」」
「覚えがあるようだね。あれは本来なら君たちの惑星、それどころか君たちのいう、ここ天の川銀河さえも滅ぼしかねない事象だった。
それを我々は察知して、保護対象である文明を持った知的生命体──地球人類保護のため、影響がないレベルにまで揺れを抑え込んだ。
あれ、けっこう大変だったんだよ? なのに地球には宇宙人が何かしたっていう人もいるみたいだし失礼しちゃうよ。守ってあげたのにね」
「あれはそれほど危険な物だったということなの? エーイリさん」
半信半疑ながらも、冷や汗を流しスーザンが竜郎に向かって聞いてきた。
「うん、そうなんだよ、スーザンさん。君たちの現在の文明レベルに合せていうのなら、"宇宙地震"といったところかな?
宇宙が膨張する際にできる、そうだなぁ……服なんかのシワのようなものがあるんだけど、そのシワの量が一定量を超えると、それを伸ばそうと宇宙が自然と動く。
そのときに発生する莫大なエネルギーが、ここに大きな被害を与えようとして、結果地震が起きた──といえば、なんとなく理解してもらえるかな?
実際にはそんなもので例えられるような、ちゃちな現象ではないんだけどね」
宇宙地震などというのは当然、作り話。シワが云々というのも、竜郎たちが適当に作った設定にすぎない。
けれどそれを地球人に突っ込まれたところで、「君たちの科学技術が追いついていないから、分からないだけ」と言ってしまえば反論は封殺できるだろう。
そしてその現象を成した側ではなく、守った側にすり替えることで印象を良い方向に操作しようという腹積もりもある。
「まあ、そういうわけで、君たち地球に住まう人類は我々の保護対象だ。
勝手に自分たちで滅ぶなら止めはしないけど、"宇宙地震"のような、どうにもならないことが起きたときに手を貸す存在だと思ってくれていい。
だから危害を加える気もなければ、脅すつもりもない。理由がないからね。
ただお金が欲しいだけなら、君たち地球人類から盗むのなんて服を着るより簡単なんだから」
「…………なるほど。たしかにこれだけの技術を持っているとしたら、それも可能なのだろうな」
「御理解いただけて何よりだよ、ピーターさん」
そこで話題を変えるように一拍挟むと、竜郎は改めて本題について踏み込んでいくことにした。
「我々が望むのは、一方的な搾取ではない。あなたの、ピーターさんの莫大な資金と世界でもトップレベルの人脈。それをこちらは期待したい」
もともと異世界にいって、また帰ってきてから、この計画はゆっくりと準備を整えて行うつもりだった。
実際にシンガポールおじさんから、とある問題を抱えるピーター・ライトという凄い資産家がいるという話を聞いた時も、まだ準備が整っていないからと見送ろうと思っていた。
準備が整ったときにまだ問題が残っていれば、そのときは──とも。
しかしその後、ピーター・ライトという人物を改めて調べてみると、竜郎が知らなかっただけで世界的にも有名な超がつくほどの資産家だった。
その情報元にあった総資産額、そしてあらゆる方面への人脈に驚かされた。
アメリカの政財界、あらゆる業種にも顔が利く。それは日本も含む他国にも広く伸びており、この人物に恩を売り仲良くなるだけで、地球での活動のしやすさは格段に違ってくるだろう。
またその家族たち。ピーターには娘も2人いるのだが、特に彼の妻と息子夫婦。こちらもそれぞれ独自の伝手を持っているので、この4人全員に一気に恩を売れるチャンスでもあった。
そんな理由もあって、一度は見送ろうとしたのに現金なものだと自嘲しながらも、急遽ピーターとその家族たちとの交渉の場を設けるべく攫ってきたのだ。
そしてそれがなぜ、今すぐでなければいけなかったかといえば──。
「その代わりに、我々は君たちが魅力的に感じるものを提供しよう。
例えば小児がん、それも脳腫瘍で余命幾ばくもないお孫さん、ミカエルくんの命を救う──なんていうのをね」
「「「「──っ!?」」」」
4人がこれまでにないほど驚愕に目を見開く。
ピーターとキャサリンの孫にして、ヘンリーとスーザンの息子ミカエル・ライト。
彼は現代医学をもってしても匙を投げられてしまうほど、重篤な病魔に侵されていた。
ピーターは孫を溺愛しており、あらゆる伝手をたどり、金に糸目をつけることもなく治療法を模索した。
けれどどれだけの資産を持っていようと、どれだけの人脈があろうと、どれだけ優秀な医者を集められようと、ミカエルを救う手だてはなかった。
最終的には怪しげなオカルト──呪術師なんてものにまで手を伸ばす始末。けれど、どれもこれも効果などなかった。
もう無理なんだ。ミカエルは8歳という若さで、天に召されるのだと理解したとき、この4人は絶望した。
それからは神にすがるように教会に毎日通い、祈りを捧げ、ただミカエルの最後の時を待つだけだった。
しかし今、宇宙人という謎の存在が事もなげに治せると断言した。
母親であるスーザンがソファから立ち上がり、潤ませた目をこちらに向けてきた。
「そんなっ、そんなことが、できるんですか!?」
「ああ、簡単に。そもそも我々は既に寿命という概念を克服し、あらゆる病気も克服した。
君たちホモサピエンスの体の構造も、まだネアンデルタールや他の人類がいた頃から研究済みだ。
それに我々も君たちの言葉で表すのなら同じ炭素生物。他の違う特性を持つ星の生命体よりも、ずっと楽に治療できるよ。もちろん、それに見合った報酬は頂くけどね」
瞬き一つせず、鬼気迫る視線を竜郎に向ける4人。
けれど竜郎は、そこで穏やかに笑みを浮かべる。まるで救いの天使かのように。
「さあ、どうする? ここで宇宙人の手を取ってみる気はないかい?
そうすればミカエルくんは、将来オリンピック選手にだってなれるくらい健康な体を取り戻すことができるよ。
まだ幼いんだ。治れば、いくらだって人生を謳歌できるだろうね」
人によっては悪魔のような取引だと思うかもしれない。
けれどもう誰でもいい、たとえ自分たちが地獄に堕ちようとも、ミカエルが助かってくれるのならそれでいいと、ありえない奇跡を渇望していた4人にとって、それはあまりにも魅力的な提案だった。
そして──。
「た、頼む……。あの子を、ミカエルを救ってほしい。私にできることなら、なんだってする!」
「私もだ! 息子を助けてくれ!」
「ああ、ミカエルをお救い下さいっ」
「お願い、お願いしますっ!」
4人は考えることも、相談することもなく、竜郎の手を取るのであった。
「──交渉成立だね」
次話は日曜更新です。




