第101話 将来について考えるお年頃
動物園に行った翌日の月曜日。朝のホームルームで、地震問題でうやむやになっていた中間テストの予定が発表された。
とはいえ、やるぞやるぞと先週の授業中にも教師たちが出題範囲などを事前に告知したりもしていたので、別段驚きも文句もなく正確な日程をおのおの記憶していった。
先週の頭は急遽入った連休明けだったこともあり、どこかフワフワしていた空気もあったが、今週に入ってクラス全体がもう通常の状態に戻っていた。
地震の前と同じように授業がはじまり、1~4限まで真面目にすごした。
そんなお昼休みのこと。
竜郎や友人たちに見えないが、今日一緒に来ているウリエル、ニーナ、楓と菖蒲は、美波が作ってくれたお弁当を。善樹も同じく、母親が作ったお弁当を。
一方、洋平とダニエル宗助は売店で適当にパンを買ってきて、竜郎と洋平の席に集まって昼食を食べていた。
そんな中で真っ先に出てきた話題は、やはり今期の中間テストについて。
洋平がテンパの髪をぐしぐしと触り、ぼやくように口を開いた。
「今回の中間は、けっこう面倒そうだなぁ」
「変なところで急遽休みが入ったせいで、いつも4日かけてやってるのを2日で終わらせるらしいしな」
善樹がそう言ったように4分割されていた科目数が、今回は特例として2日に圧縮される形となっていた。
しかし竜郎の場合、異世界に行ってしまえば勉強時間はいくらでもとれることもあって、皆よりもずっと余裕があった。
焦る様子が一切なく竜郎は自分のお弁当をモグモグ食べていると、それをダニエル宗助が目ざとく見つけた。
「竜郎は余裕そうだな。今回は、そんなに自信あるのか?」
「ん~まあ、成績は落とさない程度にはな。けどお前らだって授業はちゃんと聞いてるし、課題だって毎回出してるんだから赤点ってことはないだろ?」
「このクラスで赤点取るやつなんていないだろーが」
学年の中でもより高いレベルの大学を目指しているものが希望するクラスなので、基本的に著しく点数が低いものはいない。
そのことを挙げてから、洋平はさらに言葉を続ける。
「俺は一般入試を視野に入れてるが、推薦が取れるなら取りたいし、内申点はできるだけ上げときたいんだよ。チャンスは多いに、こしたことはないからな」
「そういや洋平は、あの国立大目指してるんだっけか」
竜郎が異世界に行っていたせいで薄くなっていた洋平の情報を、今更ながら思い出す。
洋平は一番ちゃらんぽらんそうに見えて、このクラスの中でも常に上位に入るほど成績がいい。
放課後も夜まで塾に通ったりと、1年の頃からかなり本気で大学受験に向けて動き出しているのだ。
それもこれも、いい大学に入って女の子にもてたいがためなのだが、親としてはやる気があるなら動機なんてどうでもいいようで、全力で応援してくれているらしい。
その動機は彼自身がはばかることなく友人たちの間で発言していることなので、当然ダニエル宗助も知っていた。
けれど彼はちょうどいい流れだと、洋平にもう少し突っ込んだ話をしてみることにした。
「もてたいのはいいけどさ、洋平はそっからどうすんの?」
「どうすんのって、そりゃ、その……可愛い子とエッチなことをだな」
「んなこと聞いてねーよ! 俺が聞いてんのは、大学でた先──将来、何になりたいかって話。
そういうこと、聞いたことなかっただろ? 竜郎のも善樹のもさ」
「「「はあ」」」
そこまで具体的な夢もない3人は、ぼんやりとそう口にするだけだった。
だがダニエル宗助には、具体的な未来への展望があったようで、皆はどうなのかと参考までに聞いてみたくなったのだ。
「俺は大学で機械工学を学んで、航空エンジニアになりたいんだ」
「あー、宗助の部屋、飛行機関連の本とか模型とか、かなり置いてあったしな」
同じバスケ部の善樹が、ダニエル宗助の部屋を思い浮かべそう口にする。
それを聞きながら具体的な将来を少し考えていた洋平は、すぐに諦め白旗を上げた。
「ん~……俺はなんもねーや。とにかくいい大学に入って彼女作って、適当によさげな企業に就職って感じじゃね?」
「んな、適当な」
「ああ? じゃあ、竜郎はなんか具体的な未来の展望があるってのか?」
「そりゃあるさ。愛衣と結婚──」
「──の前にあるだろ。まさか無職のプー太郎で、プロポーズするわけじゃねーんだろ?」
「そんなつもりはないが……」
しかし現実問題。こちらの世界で無職になったところで、生活という面においては痛くもかゆくもない。
今すぐ高校を中退し親に家を追い出されても、衣食住に困ることはないだろう。
異世界に行く前までの竜郎のプランでは、それなりの大学に愛衣と一緒に入り、愛衣とその後にできるであろう家族たちを充分に養っていけるだけの会社に勤め、どこにでもある、それこそ自分の両親たちのような平凡で安定した生活を望んでいた。
愛衣と共に生きることこそが竜郎の夢であり、それ以外に自分が何になりたいという願望は特になかった。
けれどその未来は異世界に行ったことで変化した。
今更、こちらの世界だけに縮こまって生きていく人生を送るなど考えられない。
愛衣や将来の家族たちを養っていけるだけの力を手に入れた今、給料の額に囚われることも、失敗を恐れることも、生活を理由に仕事を辞められないということもないのだから、気負わず自由な選択ができる。
改めて友人に聞かれたことで自身を見つめ返し、いかに恵まれた状況にいるのか再確認する。
ただそれも異世界で何の準備もなく森を数日さまよったり、人を殺す羽目になったり、命がけで化物と何体も戦った末に、ようやく手に入れることができた、ご褒美のようなものなのかもしれないが。
(何になりたいか……か。普通にサラリーマンというのもよさそうだが、メリットを考えるなら、お役所とかもいいか?
今後増えるかもしれない仲間たちの戸籍やら何やらも、もっと融通が利かせやすくなるかもしれないし)
別に今のままでも魔法があるのでいいといえばいいが、公務員というお堅いイメージは世間からのウケがよさそうでもある。
(あるいは農業という手も。魔法を使えば難しいことはなにもないし、自営業なら時間の融通は利かせやすい)
さらに地球産の作物を、こちらで堂々と作れるのも魅力的かもしれない。
(魔物と関わることも多いし、獣医とかトリマーみたいな動物関係の仕事はどうだろうか。
動物の知識でも何かしら役に立つこともあるかもしれないし……う~ん)
他にもあらゆる言語をスキルの恩恵で使いこなせることから、通訳や翻訳の仕事もやりやすそう──などなど、いろいろと将来の展望について考えてみるが、どれもこれも決めがたい。
しかし専門の知識や資格が必要な職種の場合、大学からしっかりと選ぶ必要性も出てくるので、あまり悠長にしているのもよくないのかもしれない。
(とはいえ今の俺は寿命がないわけだし、いくらでもやり直しがきくから、変に肩ひじ張って予定を立てるよりも、成り行きに任せたほうが楽しいかもしれないなぁ)
竜郎が結局、振り出しに戻るような考えに行きついている間に、善樹のほうの考えがまとまったようだ。
今度は彼が自分の将来について語っているのが、耳に入ってきた。
「俺は教師とか興味あるかもしれない。めっちゃ大変そうだけど、バスケ部の顧問とかもやってみたいし。
いちおう卒業と同時に、教員免許も取得できる大学を希望するつもりだしな」
「あー、善樹っぽいな。なにげに面倒見もいいし。
ちなみに俺は考えてみたけど、今のところ洋平と一緒で未定。大学いってから考えてもいいやって感じかな」
「だよな! とりあえず大学に入ることが先決なんだよ。そうすりゃ、よっぽどへましない限り、どっかしらが拾ってくれるだろ」
「そうして洋平はブラック企業に入って社畜になりましたとさ──っと」
「宗助! 縁起でもねーこと言うなよ!? それをいうなら竜郎だって一緒だろーが!」
「いや、なんか竜郎はひょうひょうとホワイト企業で働いてそうなイメージが……」
「分かるわぁ。なんかしれっとな」
「……どんなイメージだよ」
などと竜郎は不服そうな顔をしている洋平以外の2人にツッコミをいれたが、内心ではもし普通の企業に勤めようとするなら、そのあたりは魔法を使ってでもしっかりと内部調査してからにしようと、密かに心に誓うのであった。
あらゆる状況に耐える自信はあるが、わざわざ耐えたいわけではないのだから。
そんな少しだけ未来について考える一幕があったこの日の学校も、終わりを告げる。
いつものように愛衣や他の皆をつれて、転移を使わずのんびり歩いて帰っていると、その道中で奈々とリアの反応を捕捉した。
事故ったら面倒だから──くらいの気持ちで解魔法を使っていたからこそ、気が付けたことである。
そこは竜郎と愛衣が一緒に異世界に落ちる寸前までいた、近所の公園。どうやら友人たちと遊んでいるようだ。
「今どきの子も外で遊ぶんだね」
「この世界の子供たちは外では遊ばないのですか?」
「もっぱらスマホとかのゲームで遊んでるらしいよ、ウリエルちゃん」
竜郎や愛衣とて今どきの子なのはさておき、時刻は既に16時を過ぎており日も徐々に沈みかけてきている。
奈々たちは深夜だろうが心配はいらないが、他の子たちはもう帰ったほうがいいだろうと覗きにいってみれば、そこでは公園の地面に線を引いて、柔らかいゴムボールを使ってドッジボールをしていた。
「ガチで遊んでんねぇ。ドッジなんて久しぶりに見たよ」
「けどリアちゃん、たのしそー」
ニーナの視線の先には、無邪気に同級生たちと笑いあい、きゃーきゃー言いながら自陣のコート内を走り回るリアの姿が。
奈々とリアは人間離れしない程度に手加減していたが、それでも2人とも、それなりに体格のいい男子にも負けず、かなり活躍していた。
出会って間もない頃からしたらありえない光景に、思わず竜郎や愛衣も笑みを浮かべる。
これこそがリアが望んでいた、当たり前の日常の一部なのだろう。
ならばこの試合の決着がつくまではと、竜郎たちは少し離れたところで見守ることにした。
やがてリアの方ではなく、奈々のいるチームが勝ったことで試合は終わる。
そこで竜郎が声をかけると、奈々とリアが兄さんと呼びながら寄ってきたことで男子から、「あれがボスと裏ボスの兄貴……」「普通の兄ちゃんに見えるけど、中身は凄いんだぜきっと」などなど妙な小声が耳に入ってくる。
しかし竜郎は本当にそのあだ名で呼ばれているのかと、そちらのほうに吹き出しそうになるも、リアがジトっとした目を向けてきたのでなんとか堪えた。
「じゃあねー! 奈々ちゃん! 理亜ちゃん!」
「バイバイですのー」「サキちゃん、また明日です」
「ボスー! 裏ボスー! またなー」
「またなーですのー」「裏ボスって呼ばないでくださいってばっ!?」
竜郎が言わずとも終わり次第帰る気だったらしく、みんな帰り支度をはじめ帰宅していく。
どうやら男子にはボス、裏ボス呼びされているのは間違いないようだが、女子たちには普通に名前で呼ばれているようだ。
「今日は外で遊んでたんだな」
「わたくしたちが、お昼休みにドッジボールをやっていた男子を見て、やってみたいと言ったらこうなったんですの」
「いつのまにか男女問わず、メンバーが集まってましたね。ふふっ、ちょっと楽しかったです」
さっきまでのことを思いだし、リアはおかしそうに口元をほころばせた。
そんなリアに慈愛の視線を投げかけながら、竜郎と愛衣はその頭を撫でたのだった。
それをみて奈々やニーナ、楓、菖蒲も頭を出してきたのは言うまでもない。
その夜のこと。竜郎はいつものように魔法を使って課題をこなしつつ、アメリカに住んでいるとある人物と接触するための準備も並行してこなす。
自分のPCやスマホを片手づつで器用に操作し、情報を集めていく。
ニーナは竜郎が作業中だからと、率先して楓と菖蒲をかまってくれている。
最初のころは楓と菖蒲が竜郎にべったりだったせいで、完全に幼児退行のようになってしまっていたが、最近では他の幼竜たちにみせていたお姉さんらしさが戻ってきたように感じる。
それはまた、楓と菖蒲の成長も示しているのかもしれない。
──コンコンコン。ドアをノックする音が聞こえる。
「兄さん。今いいですか?」
「ああ、いいぞ」
鍵など掛かっていないので、そのままリアが入室してきた。その手にはUSBメモリーと大量の紙束が。
「私の方でも映像や資料を集めてみました。参考にどうぞ」
「ありがとう、リア。助かるよ」
「ナナも手伝ってくれましたから、あとでお礼を言ってあげてくださいね、兄さん」
「ああ、分かった」
リアは手に持っていたものを全て渡していき、竜郎は受けとるとそのまま机に置いて何枚かその資料に目を通していく。
「ちょっと大変そうだが、1回作ってしまえばいいだけだしな。今後のためにも頑張るかぁ」
「チェック作業くらいは手伝えますので、その時は呼んでください」
「ああ、そのときはお願いするよ。レーラさんも勉強して手伝ってくれるって言ってたから、2人でおかしなところがあったらバンバン指摘してくれ」
はい──という返事をすると、あくびをしながらリアは部屋から出て行った。
それから睡眠時間を削りつつ火曜、水曜と時間が過ぎていき、木曜にはリアやレーラの手伝いもあって竜郎の作りたかったものは完成した。
そのお披露目にと愛衣や家族たちに見せていけば、皆が感嘆の声を漏らしてくれる。
愛衣も「これはもう本物だよー!」と、大興奮で喜んでくれていた。
「それじゃあ、これができたってことは、そろそろ会いに行くの?」
「ああ、あっちの行動と時差を考えると、今日の夜──午前2時に出発かな」
「おっけー。寝ないように注意しとくね」
この日のために、竜郎はその人物の周辺もアメリカに行って直接調べてきたので、そちらの準備も万端だ。
そうしてその日の夜、竜郎、愛衣、ニーナ。眠ったままニーナの背中にしょわれた籠で寝ている楓、菖蒲のメンバーで、アメリカ──カリフォルニア州の某所へと転移していくのであった。
次話は金曜更新です。