第99話 防衛の魔物2
サソリ竜には眷属化の了承を得てから、《侵食の理》で竜郎の眷属となってもらった。
それから残り2体は同僚になる予定だから見ていくかと問いかけてみれば、顔くらいは見ておきたいといった感情が返ってきたので、体も大きいので一番後ろで見学してもらうことに。
「ってことで、お次はこれだ」
「う、う~ん、個性的なカラーリングだね?」
大きさは2メートル半ほどで、下地がやや濃いめの茶色に、真緑のドット模様が不規則に散りばめられた不透明の水晶球。
そのドットの散りばめられ方が絶妙に不気味で、病気にかかったようにも見える。
愛衣のオブラートに包んだ感想に苦笑しながら、竜郎はその魔物を孵化へと促していく。
こちらも先の竜と同じく神力をこめてだが、魔卵の等級が高いので先ほどよりも高度な魔力、竜力、神力を結合させた神竜魔力を。
破裂するように水晶球が膨れ上がり、光に包まれたそれは天に向かって縦長にグングン伸びていく。
どこまでいくのかと一同見守っていると、30メートルほどの高さでストップし、光も収まり姿があらわになった。
神格者に半分だけ到達した、半神格種の魔物として──。
「大きな木ねぇ。でもこっちは、穏やかそうで安心したわ」
「そっかあ、対空戦力は木の魔物なんだね。これだけでっかいなら、それもでき──」
「──って、思うじゃん? ちょっと根元の方に不思議な物体がついてないか?」
「「え?」」
それは1本の白いリンゴのような実を実らせ、生い茂る若々しい葉っぱに覆われた、30メートルはあろう巨木──にしかみえない。
が、竜郎の指差す根元には、確かに木にしては妙なものが付いていた。
今現在この巨木?は、その大きさに見合うだけの太い根っこ8本を8方向に伸ばし、つま先立ちするようにして立っていた。
そしてその8本の根っこに守られるようにして、根の中央にはプラチナ色のツルンとした丸くて大きな、お団子のようなものがくっ付いていた。
「これなに? つんつん。ブニブニしてて、ちょっと生暖かい……」
「ちょっと、愛衣。それ触っても大丈夫な奴なの?」
「え? ダメだった? たつろー?」
「いや、別に触ってもいいんだが、そこに脳みそとか入ってるから乱暴にはしないでくれるとありがたい」
「木って脳みそあったっけ? アヤト」
「普通ないよね? アヤカ」
側にいた彩花と彩人が己の分身に対して自問自答している中、竜郎はその疑問の答えの一端を口にした。
「実はそれ、ウゲーの親戚みたいなもんなんだよ。愛衣」
「うげー? うげー……ウゲー!? ってことはつまり!?」
愛衣はツンツンと触っていた指を服で拭いながら、ズザザッと一瞬で距離を取った。
その動きに皆が目を丸くする中、ニーナが竜郎と愛衣に話しかけてきた。
「パパ、ママ。ウゲーってなあに?」
愛衣だけが他の人たちに反して大きなリアクションをとっているが、それもそのはず。
そのウゲーというのは、まだ竜郎たちがこの世界に来たばかりの頃にさまよっていた森で遭遇した魔物。
その頃はまだ2人しかいなかったので、それを知っているのは竜郎と愛衣しかいない。
「ウゲーっていうのはなだな、ニーナ。背中に思わず『うげぇ』と言ってしまうほど、センスの悪い大きな花にみえる器官を持っている"クモ"の魔物のことだよ」
「「「「え?」」」」「ヒヒン?」「「──?」」「「ぅう?」」
楓と菖蒲は理解できていないようだが、その他の面々はこれが木の魔物ではないことを悟った。
そうこの木……に見えるソレは、植物系ではなく節足動物に属するクモ系の魔物。
愛衣が先ほどつついていた部分がメインボディであり、その上に乗っかている巨木は、クモでいう足にあたるもの。
この魔物はその擬態した木の部分から、根や枝に見える足をどこからでも好きな長さで好きな数、生やすことができる。
そしてその枝に扮した足に、いくらでも生やすことのできる真緑の葉っぱ。これには特殊な効果があったりもする。
その葉を乾燥させ煎じ、お茶のようにお湯をいれて飲めば、人間でも効果のある自己治癒能力を大幅に高める飲み物が。
乾燥させた葉を、煙草のように燃やして出た煙を吸い込めば、体力の回復を大幅に高める煙草が。
乾燥させたものを水に混ぜてペースト状にし患部に塗布すれば、強力な傷薬になる。
ペーストにしたものを食べれば、それなりに強力な毒消しにもなる。
お茶にすれば苦い抹茶のような味。煙草にすれば抹茶のような香りの煙と、摂取できないほど不味いわけでもない。
値段にもよるだろうが副作用も一切ないので、ダンジョンの町で売りに出せば飛ぶように売れるに違いない。
「でもそれクモの足になってるってことはさぁ、ぶっちゃけ葉っぱじゃなくて、毛みたいなもんじゃ……?」
「知らなければ、それは葉っぱだよ、愛衣。
それに本来は、本体となるその丸いお団子は完全に地面に埋まっていて、木にしか見えないしな!
レベルを上げてしまえば魔法抵抗も高くなるから、そこいらの解魔法使いじゃ調べようもないし完璧だ!!」
すごくいい笑顔で、竜郎はサムズアップして言い切った。
一様に「えー……」という顔をされてしまうが、竜郎は気にしない。これが友の助言を得た竜郎の、精一杯の努力の証なのだ。
それに葉っぱだけの状態なら本当に植物と同じなので、リアのような目でも持っていない限り、竜郎でも本体がクモだとまではいきつけないのだから。
ただ注意が必要なのは、この葉っぱ。一度乾燥させれば大丈夫なのだが、生のまま食べると人間の場合1週間はトイレから出られなくなるほど腹を下し、下手をすれば脱水症状を起こして死に至ることも。
しかし魔物の場合は、そうはならない。
生で食した場合、酔っぱらったように興奮状態になる。ネコでいう、マタタビのようなものだろうか。
そんな色々な効果のあるクモの葉っぱなのだが、別にこれは親切心で生やしてくれているわけではない。
実はこれ、効果など知らない初めて見た魔物でも吸い寄せるような、独特のフェロモンが分泌されており、知恵の低い魔物ほど近づけば誘蛾灯のように惹きつけられる。
そうして近寄ってきたところを、足枝の先からだせるクモの糸で捕獲し非常食にしたり、そのまま刺し殺し新鮮なまま殺した魔物の体液を吸血鬼のように枝ですすり養分とする。
つまりこれは、このクモにとっては狩りの道具でしかないのだ。
ただテイムされていれば契約の力で抗えるようなので、テイマーがダンジョンの町に来て、この木に近づいてもそうそう問題にはならないだろう。
「だからまあ葉っぱはいいんだが……、あの白い木の実はなんだ?
神力を与えず孵化させた場合はあんなの無かったはずだし、半神種化したのが原因なんだろうが……」
「ニーナが採ってきてあげる!」
竜郎が木グモに頼めばくれそうなものだが、ニーナはその木に実っている白いリンゴのような果実を採りに高い所まで飛んでいく。
ただ木グモはニーナに攻撃するほど命知らずではなかったが、むしろビビりまくって実に手をかける前にササッと巨体を移動させて逃げてしまう。
「もう、意地悪しないで! 大人しくしててっ!!」
「────っ!?」
そのせいでニーナに怒られ威圧され、無理やり動きを止めさせられるという理不尽な目に遭っている木グモを少し哀れに思いつつ、ニーナの好意を無駄にしないように竜郎は黙って待つ。
やがて白い実を手に持ったニーナが帰還し、竜郎に手渡してくれる。
すると甘ったるい、カブトムシに与えるエサのような香りが漂ってきた。少なくとも、普通の人間が食欲をそそられるものではない。
さっそく解魔法で調べてみれば、それは食べれば頭から小さな木が生えて、この木グモの手足となって働く奴隷になる悪魔の実であることが判明。
もちろん格上には効かないが、格下ならほぼ間違いなく奴隷行き。好んで食べるような物ではないし、商品にもできそうになかった。
葉も実も任意で落とさない限り足枝から落ちることもないので、この実は野生の魔物以外には食べさせないよう、落とさないでくれと言い含めておくことにした。
それからこの木グモも眷属化に成功したので、次に対地中戦力となる魔物のお披露目だ。
取り出したるは、薄い茶褐色の2メートル近くある水晶球。
木グモと同じように孵化をさせれば、魔卵は光り輝きながら形を変え──縮んでいく。
そうして現れたのは、10センチほどの小さな茶色で半透明なスライム。
「随分ちっちゃいのね。3体の中じゃ、一番可愛らしいわ」
「ほんとだね、お母さん。……でも待って、これまでの流れからして、この子も絶対普通じゃないよね?」
「もちろん、愛玩魔物を生みだしたわけじゃないからな」
竜郎が従魔のパスを通して指示を出すと、それは今触れている地面を体内に吸い込んだ。透明な体なので、吸い込んだ土が見える。それがどんどん溶けていく様子もありありと……。
完全に土を溶解して取り込むと、急激に体積が増して1メートル近いスライムに。竜郎の魔力を消費して修復された地面を、また吸い込む──また大きくなる。
それらを繰り返していくと、あっという間に10メートルを超える巨大スライムに早変わり。
そこで竜郎がまた指示を出す。すると今度はボボボボボッ──と、沸騰した水のような音を立てながら分裂。
体は元の小さな体に戻ったが、増えた体積分その数は大量だ。
そのスライムの群れの中へ、竜郎は複製済みの巨大な魔物の死骸をぽいっと放り投げた。
すると一斉に群がり音もなく肉を抉るように吸い込んでいき、僅かな時間でスライムたちに全て消化されてしまった。
その旺盛な肉食っぷりに、愛衣たちはドン引きしていた。
「これは土を食らうことで体積を増やすことのできるスライムで、分裂、同化が可能。
普段は地中で土に溶けるように潜伏し、獲物が近付けば飲み込み捕食する。そんな地中に潜む肉食モンスターなんだ」
しかも小さな分体が1匹でも残っていれば、また土を食べて元の大きさに戻ることすらできる。
「こいつを町の地下に何体も分裂させて隙間なく配置しておけば、町を地下から侵略しようとする魔物を勝手に捕食してくれるって寸法だ。
これなら深夜に地中から魔物が町へと攻めてきても、町の住人は何か来たということすら気がつくこともなく朝を迎えられる」
「それはまあ……そうね」
さきほど巨大な魔物の死骸を食べていたときの光景を、美鈴は思い出す。
本当に咀嚼する音すらなく、体内に肉どころか皮や骨までも納め全て消化していく光景を。
そんな魔物が人々の暮らしている町の下にウジャウジャ潜んでいるかと思うと、背筋がぞっとする。
ただ襲ってこないと断言できるならば、これほど堅牢なセキュリティもない。
美鈴はこれが異世界の常識なんだと、異世界でも全然常識ではないと心のどこかで分かっていたが、そうなんだと無理やり納得させ考えるのを放棄した。
美鈴がそうやって心の整理をつけている間に、眷属化の交渉はすでに終わっており、全て同化した状態の巨大肉食土スライムを眷属にすることに成功した。
あとは名前をとなり、ここは任せてと愛衣が次々と命名していった。
半竜半蠍には『ドラス子』(「ドラ」ゴン「スコ」ーピオンだからね! by愛衣)。
木グモには『ギャー子』(ウゲーさんの親戚だったら、ギャーさんかなって…… by愛衣)。
肉食土スライムには、『スラ太』(そのまんまだね! by愛衣)。
──と。
それから仁や美波、正和が帰宅するまでの間、そのまま牧場内で新たに加わった3体のレベリングをこなしたり、愛衣と美鈴が弓によるクレー射撃対決をしたり、豆太が爆走したりと濃い日常をすごした。
その晩。土曜日はたいてい竜郎の両親たちや正和も遅くならずに帰ってこられるので、せっかくだからとレーラたちも集まって、全員で一緒に《強化改造牧場》内の草原で夜食をとることに。
作ってくれたのは美鈴がメインだったのだが、彼女の場合、大雑把なところがあるので同じ料理でも味がコロコロ変わったりもする。けれど不味くはならないので皆、満足して食べていた。
その逆に竜郎の母──美波は、元から調味料など目分量ながら気を使っていた上に、最近は《念動》を使うことによって精密に重さを計れるようになったこともあって、常に同じ母の味が波佐見家では提供されていたりする。
リアもこちらのタイプであり、2人で台所に並ぶと相性がいい。
ちなみに竜郎たちの仲間内では最も料理が上手いフローラの場合。
彼女は同じ食材でも、そのときの状態やどこの部位なのか、そういったところまで見抜き、毎回その時にあった最適な調理をする。
自然とどうすれば美味しくなるのか分かるんだとか。スキルにもよらない特技なので、誰も真似できない。
大味な美鈴の料理を楽しんだ一行は、夜なのに昼の草原にいるという非現実にさらされながらも、のんびりと草の上に座ってお腹を休め、くつろいでいた。
竜郎や愛衣も、ニーナと一緒に楓と菖蒲をあやしながら遊んでいると、仁と正和がやってきた。
「なあ、竜郎。今日、アーケードゲームの筐体とか買ってきたんだよな?」
「ん? そうだけど、それがどうかしたのか? 父さん」
「いや実は僕ら、さっき向こうで軽く飲んでたんだけどね。
竜郎くんがアーケードゲームをって話から、懐かしいなって話になったんだよ。
それでよかったら、見せてもらえないかなと思ってね」
「あれ? お父さんも昔はゲーセンとか行ってたんだ。いが~い」
愛衣は正和がテレビゲームをしているところを、ほぼ見たことがないため、軽く目を丸くした。
竜郎はそこまで正和のことを知らないので、そうなんだくらいに受け取り、本日手に入れた筐体を一気に草原の上に並べていった。
そのついでにと《復元魔法》も使っていったので、外装がボロボロになっていた酷い見た目の物も、新品同然の輝きを取り戻していく。
「「おおー!!」」
男2人がそれぞれ違う方向を見ながらも同時に叫び、思い出の筐体に駆け寄っていく。
「これはっ、あの──」
「ああ、これ、なつかしいなぁ!!」
電源もついていないのに昔を思い出しながら筐体を撫でたり、席に座ってボタンを押したりと、酒の勢いもあってかはしゃぎはじめる。
「すっごいハイテンションだね。2人とも」
「昔懐かしの──ってやつかね。俺たちにもプロステ4を見て、ああなる時が来るのかもな。
こんなに喜んでもらえるなら、改造する前に見せられてよかっ──」
「「改造する!? なんで!?」」
「パパとママのパパたち、仲良いねー」
「「あーうー!」」
ニーナはのんびりそんなことを言いながら、楓と菖蒲を背中に乗せてハイハイしているが、仁と正和はそれどころではなく、すごい剣幕で竜郎に迫ってきた。
「いや、なんでって言われても、異世界で使えるようにしなきゃ買ってきた意味が……」
「それはもったいないぞ! 竜郎!」
「そうだよ、竜郎くん! どうにか中身のデータなりなんなりを取り出して、異世界用に適した筐体でできるようにした方がいいって!」
「それだ! そうしよう。なっ? 竜郎。だいたいこれらを1から全部改造するより、データだけ流用して、筐体は一定の同じ規格で量産した方がリアも手間が省けると思うぞ?」
「それにもし向こうで大人気の筐体が出てしまった場合も、簡単に同じゲームを増やせれば、取り合いにならなくて済むんじゃないかな?」
「言われてみればそうですね……。リアも学校生活に研究に忙しそうだし、省けるところは省いたほうがいいか」
「私がどうかしましたか? 兄さん」
自分の名前が聞こえたからか、そこへリアが奈々と一緒にやってきた。
2人ともこちらの世界の一般的な女子小学生の格好で、ジュースの入ったコップを手に持っている。
「いや、実はな──」
そこで竜郎が事情を説明すると、なるほどと頷き、リアは筐体を開けて中を《万象解識眼》で確かめていく。
仁と正和は、祈るような気持ちでその背中を見守る。
「ええ、これなら大丈夫そうですね。これ自体を使わなくても、問題なく再現できると思います」
「「おおっ!」」
仁などはさすが我が娘よ!と脇に手を入れ持ち上げると、そのままグルグルとまわりだす。
それを見た正和も喜びを体全体で表したいと愛衣を見るが、実の娘は「え? 私にはやらないでよ?」と視線が物語っている。年頃の娘は、気難しいのだ。
がっくりしているとそこへ、小さな手が正和の服の裾を引っ張った。
「なら、わたくしにするといいですの! リアだけずるいですの!」
「いいのかい? 奈々ちゃん」
「もちろんですの。おかーさまのおとーさまなら、わたくしのおじーさまですの!」
「おおっ、我が孫娘よー!」
「ぐるぐるですのー!」
そうして仁と正和の行動により、実は市場に流せばプレミア価格で引き取ってもらえる筐体も改造されずに済んだのであった。
次話は日曜更新です。
前回、後書きでさらっと終わらせ話を進め──などと書いていましたが、ぜんぜんそうなりませんでしたね……すいません。




