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【挿話】 竜殺姫レア・アッカーソン



※挿話は三人称で視点が変わります




 ーーリンダの酒場。


 それはこの地域で『冒険』にたずさわる者であれば誰でも知る酒場である。


 冒険者そのものはもちろん、冒険の案件をあっせんするブローカー、情報屋、武器商人……などなど『デキるヤツ』はみんなこの店につどってくる。


 で、このあたりの冒険に関わる重要なことの多くは、この店で酒を飲みつつ決められてゆくのだ。



 冒険の依頼。


 パーティ結成。


 情報交換。


 冒険資金の融通ゆうずう……



 なんでも、だ。



 そして、そんな店を切り盛りしているのが女主人リンダなのであった。


 だから、みんなこの店のことも『リンダの酒場』と呼ぶのである。




 ◇




「ひっく……リンダさん。もう一杯……」


 リンダがアイスピックで氷をかち割っていると、そう客から声がかかった。


 それでカウンター席を見やると、魔法剣士のジョン・スミスがくだを巻いているのが目に入る。


「……ジョン君。あんたそろそろヤメておかないと明日の冒険にさしさわりがでるよ」


「もういいんです。冒険なんて……。お願い、リンダさん。もう一杯だけおくれよ」


「やれやれ、れてるねえ。さしずめ冒険ブローカーにでもだまされたんだろ」


「うっ」


 どうやら図星である。


「あんた実力はあるのにオツムのほうはからっきしだからねぇ。また契約書ちゃんと読まなかったんじゃないかい?」


「ふん。契約書なんか、読みやしませんよ。冒険ってのは夢と心意気でやってくもんでしょう?」


「気持ちはわかるけどさぁ。あんた、今日びそんなんじゃあカモにされるばかりだよ?」


 と言いながら、けっきょくはグラスに氷を入れ、酒をそそいでやるリンダ。



 こぽこぽこぽ……カラン!



「……僕、冒険に向いてないのかなあ」


 それでもジョン・スミスは、グラスの中で酒色にキラめく氷を見つめながら、まだウジウジしていやがる。


 このままじゃあ湿しめっぽくてかなわない。


 なにかあかるい話題でも提供してやらないと……



「あ、そうだ。レアがさ……」


「レア?レアってゆーと、もしかして……竜殺姫りゅうさつきのレア?」


「そう。その竜殺姫りゅうさつきレア・アッカーソンが、近いうちに帰ってくるってさ。このあいだ手紙が届いたんだ」


「レアが……」


 ジョン・スミスはそう聞くと『ぱぁっ』と笑顔になりかけたが、すぐにハッとしたように尋ねる。


「でも、なんでそれを僕に?」


「だって、あんたあの子にホレてんだろ」


「なっ!っか……こ、き、か、僕は別に……そんなんじゃ……」


 と、ジョン・スミスが席を立って酒で赤い顔をさらに赤くしたときだった。



 カラン!カラン!……



 店のドアの鐘がなったかと思えば、入り口に、長く美しい銀髪がひらりと舞い踊るのが見られた。


 ウワサをすればなんとやら。


 竜殺姫レア・アッカーソンである。



 ざわ……ざわざわ……


 店内がにわかにざわめく。



 鋭い目つき、生意気そうな鼻、キュッとした唇。


 健康的な肢体に水着のようなビキニアーマーを装備し、股間の姿はい目にそって溌剌はつらつとして、弾力ある乳房は勇ましげにゆれている。



 カチャ、カチャ、カチャ……



 彼女が歩くと、急所周辺の無防備さに反して過剰にプロテクトされた膝下ひざしたの具足が金属質な音をたてた。



「ひゅー♪」


「イイ女だなあ」


「ねえちゃん。オレたちと一緒にスライム狩りにでも……うっ!」


 ギロ……


 そこで安易に声をかけていったチャラ男3人組を、レア・アッカーソンの鋭い眼光がにらんだ。


 彼女のみどりの瞳には、男たちをまるで生ゴミでもみるかのような、容赦ようしゃのない光が宿っている。


「す、すいません……」


 と、3人組はすごすごと引き下がった。



「プーっ(笑)アイツら、竜殺姫のおそろしさを知らねーのか?」


「モグリだな」


「まあ、このへんのヤツらじゃねーんだろ」


「いやいや、あの闘気を感じ取れない時点で冒険者としてやっていけねえって」


「なにせここらでドラゴンを倒せるのはあの女だけだもんな」



 ……などと店内でささやかれるのが聞こえてくる。



 カチャ、カチャ、カチャ……



 レア・アッカーソンは、そんな店内の視線をすべて無視して、そのまままっすぐカウンター席のほうへやってきた。


 ぷに♪ガシャン!


 ちっとも防護されていないお尻を丸イスへ乗っける。


「レ、レア。あのさ……」


「……」


 と、今日は知り合いであるはずのジョン・スミスに対してもガン無視である。


 これは別に彼のことが嫌いとかじゃなくて、単に眼中に入らないという感じだ。


 可哀想に、ジョン・スミスはまたグラスの氷を見つめだし、酒の世界へ入っていってしまった。


 やれやれ。この男はまたあとでなだめてやらなきゃいけないな。



 ……さて、それはそうと。


 竜殺姫レア・アッカーソンは、銀髪をサッとひとつ払い、こう注文した。


「いつもの……」


「いつもの、じゃわかんないよ。ひさしぶりに来ておいてさ」


「ちっ……オレンジジュースだ」


 そうだ。この子は酒が飲めなかったんだ。


 グラスに氷とオレンジジュースをそそぎ、さしだす。


 カラン……


「そう言えば、あんたまた新しいビキニアーマーを装備しているんだねえ」


「それがどうした。こっちはそれだけの稼ぎはしているんだ。キサマに文句を言われる筋合いはない」


 リンダに対してすらこの反応である。


 なにやら虫の居所いどころが悪いようだ。


「そりゃかまわないけどさ。どうしていつもビキニアーマーなんだい?そんな防護されている部位が局所的な装備を……」


「き、キサマ……ビキニアーマーをバカにしているのか?」


「バカにしてるってわけじゃないけどさ。若い女の子があんまり露出の激しい格好で出歩くのもアレだし……。どうしてそんなにビキニアーマーにこだわるのさ」


「筋肉を見せたいからに決まってるだろ!いいかげんにしろ!」


 お前がいいかげんにしろ……と言いたいところをリンダはぐっとこらえた。


 これは単に虫の居所が悪いというだけではなさそうだ。


「やれやれ。やけにツンケンするじゃないか。なにかあったのかい?」


「べ、別に……なにも」


 鋭い目つきでオレンジジュースをちゅーっと吸う竜殺姫レア・アッカーソン。


 やっぱりなにかあったな。


「ねえ。親友のアタシにも言えないのかい?」


 と聞くと、レア・アッカーソンも本当は言いたかったらしく、


「実は……ここへ来る途中の道で、あるお方とすれちがってな」


 と語り始めた。


「その瞬間、私はすぐわかった。このお方はただものではないと」


「ただものではないって、どーゆーふうに?」


「うむ。けっきょく正体をあかしてはもらえなかったのだが……あれは相当キケンなお方であろう。冒険者としての私のカンが全力で危険信号をっしていた。今思い出しても胸がキュっと締めつけられるようで息切れがしてくる。っ……はぁはぁはぁ♡」


「!?……ほー」


 リンダは、紅潮こうちょうするレア・アッカーソンのほおを見てピーンときた。


「その証拠に、私のレベル・カウンターが上限を振り切って壊れてしまったのだぞ」


 レベル・カウンターというと、上限は9999あるはずだから振り切るなんてありえるはずがない。


 きっとそれは『私の(心の)レベル・カウンターが振り切れた』みたいな、レアなりの比喩表現だろう……とリンダは思った。


「私がそのひょうしで顔を切ってしまうと、目にも止まらぬ速さで間合いをつめ、いつのまにか回復魔法をかけていたし」


「ほー。やさしい人じゃないか」


「そのときから、あのお方のことが頭から離れないのだ……」


「うんうん。そうだろうねえ」


「うむ。きっともう一度お会いして、今度こそ戦って決着をつけねばな」


「うんうん……って、え?」


「もう一度あのお方とお会いして斬り合うことを考えると胸がドキドキして……♡♡」


「ちょ、ちょいとまちなよ!そいつはおかしいよ」


「むっ、リンダ。キサマまた私をバカにしているのか?」


「ああ、バカにしてるさ。あんたは竜殺姫なんていわれてるけど、女としちゃあまだまだ尻の青い小娘だってね!」


「なんだと!キサマに私のなにがわかる」


「ふっ。アタシくらいの女になるとあんたみたいな小娘の心なんて簡単にわかっちまうんだよ」


 リンダは腰に手をあて、30がらみの生活感あふれる乳房をぷるんとゆらして言った。


「あんたはねえ。そのお方に恋をしてるのさ」


「……へっ?」


 竜殺姫レア・アッカーソンは、思いもよらない単語を聞いたというふうに鋭い目を見開いた。


 しかし、しばらくそのまま微動びどうだにしなかったかと思うと、


「そ、そうか。これが恋……スラ様♡」


 とつぶやいて、また白いほほを赤らめるのだった。


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