レベル3 女冒険者
ツツー……ぽたっ、ぽたっ
女の美しい目元から血が流れていた。
なぜだかわからないけれど急に爆発して壊れた片メガネみたいなアイテムの破片が顔に刺さってしまったのだ。
「ちょっ、血出てますよ!?」
俺はすぐさま女の顔から破片を取りのぞき、回復魔法をかけた。
ポわぁああ……
「なっ!キサマいつのまに間合いを……」
「よかった。キズあとは残らなかったみたいですね」
「っ!!……♡」
繰り返すが……
俺はスライムなので、この人間のメスがどんなに人間視点でムチムチ美人でも、発情したりはしない。
ので、別に交尾目的でやさしくしているわけじゃないんだからね!
勘違いしないでよね!
「じゃ。俺はこれで」
俺はただ、敵意のないことを示して、この女の前から戦わずして去りたかっただけなのである。
こんな上級冒険者とケンカしてたまるかってんだ。
そぉー……
「待て!」
「ひっ、まだなにか?」
「もう正体を明かせとは言わない。これほどの使い手がスライムの姿なんかに身をやつしているのは、なにかよほどのワケがおありなのだろう。ただ……どうかお名前だけでも教えてはいただけないだろうか?私はレア・アッカーソンという」
スライムの姿なんか、という言い方がおおいに癪にさわったが、それで解放してくれるというなら安いものだ。
「俺の名はスラ。さすらいのスライムです」
「スラ……スラ様か♡ さすが立派なお名前だ」
立派かなぁ?
スライムだからスラだなんて、犬だからポチみたいなネーミングよりもテキトーな気がするけど。
でも、レアとかいう女冒険者はなんだか知らんけどそれでポー♡♡っとしていたので、俺はその隙をついてビヨーンっと逃げていった。
◇
ふー、危ない危ない。
それにしても世の中、ちょうどいいケンカの相手というのにはなかなか出会えないものだなあ。
そんなふうに思いながら、またズリズリ道を這っていると、
「きゃー!」
どこからか悲鳴があがった。
「ヒャハー!このスライム、イイ尻してやがんぜ」
「や、やめてください!」
なんと。
一匹のメスのスライムが三匹のゴブリンに囲まれているではないか!
「ひひっ、いいじゃねーか」
「嫌っ!」
「ちょっとだけだよ。ふひひひ」
たしかに、弾力のありそうなイイお尻をしたスライムだ。
何百年もメスの姿を見ていない童貞の俺にはちょっと目に毒なほどである……
それをヤツら!
さわろうというのか?
もみしだこうというのか?
うらやましい!
……じゃなくて、
ゴブリン! 許さん!!
ギリ……ギリギリ……
と、思うが。
冷静になれ、俺。
ゴブリンとは言え、相手は3匹だぞ?
いくらなんでも1対3じゃあ分が悪すぎないだろうか。
ここは勇気ある撤退という手も……
「ヤダ!!だれか助けて!」
「……コラー!やめろ!!」
と思ったのだが、
女の悲鳴に、自然と身体がビヨーンと前へ出てしまった。
「ぁあ? なんだぁお前」
3匹のゴブリンたちが虫ケラを見るような目で俺を睨む。
ヤバイ。
やっぱゴブリン怖え。
ふるさとにいたとき、何度もイジメられた記憶がよみがえる。
「そ……その女性から離れろ!」
震える声でそう叫ぶと、ゴブリンたちは互いにキョトンとした顔を見合わせて、しばらくするとドっ!と笑いだした。
「ぎゃははは!このスライム!おもしれえぞ」
「ちょっとかわいがってやろうぜ」
と言いながら威圧しつつ囲んでくる3匹のゴブリン。
「はははっ、コイツ震えてやがる」
「スライムのくせにイイ格好しようとするからだよ」
「それ!やっちまえ!!」
いよいよ襲いかかってくるゴブリンたち。
しかし、
「おらーぁ」
……スローだ。
こっちがスライムだからって遊んでるのだろうか?
そう思って俺はゆっくりとゴブリンたちの攻撃をかわして、のんびりと包囲網の外へ身体を這わせていった。
「なっ!消えた!?」
ゴブリンたちはそんなふうにキョロキョロする。
「おい!こっちだ」
仕方がないので居場所を教えてやった。
「あっ、てめえそんなところに!なにしやがった?」
「逃げてんじゃねーぞ!」
相手がそう言うので、俺はためしにグニュっと身体を変形させて、様子見のジャブを一発はなった。
ヒュン……
「へ?」
それは外れたけど、ヤツらの背後の木をかすめる。
めき!めきめきめき……ずどーん!!
木は折れ、ゴブリンたちの間に倒れた。
「え、あ、おお」
「かっ……こ、きくく」
ゴブリンたちは悪い目つきをいっぱいに開いて言葉もないという様子であった。
「な、なんなんだお前……」
と、ようやく尋ねるので、
「ただのとおりすがりのスライムだよ」
と返してカッコだけはつけておいた。