レベル2 下山
「おむすび山をおりよう」
そう決心したのは、あれからどれくらいたったときであったろうか。
体当たりの修行が物理的に不可能になった『修行100年め』あたりから、俺は年月を数えるのをやめていたのだ。
でも、かるく数百年はたったろうな。
数百年も生きるスライムというのはあんまりいないけれど、それはすぐ初級冒険者たちの経験値になってしまうからだ。
で、倒されない以上はこうしてほぼ半永久的に存在だけはし続けるのがスライムであった。
これまで何度『もう山をおりよう』と思ったか知れないが、こちらがスライムである以上あわてることもないので念には念を押して修行を続けよう……と思っているうちにこんなにも長い年月がたってしまったというワケだ。
ザッザッザ……
さ。見てろよ初級冒険者たちめ!
俺はやっとそんなふうに思いながら山をおりはじめたワケだが、やはりなんといっても俺はスライムである。
山ごもりしたくらいで、そんなに簡単に強くなっているものだろうか?
という不安は当然ある。
あの苛烈な修行も、じっさいは焼け石に水くらいの微々たる効果しかでてないかもしれない。
いや、それでも!
……いくらなんでも、もうゴブリンくらいなら倒せるんじゃないかな。
そんな期待と不安の入り混じった気持ちのまま麓へ至ったのだけれど、
「ねえ、お母さん。スライムだよー」
「あらほんと。カワイイね」
と、朗らかに指さしてくる人間の母娘。
俺のルックスがカワイイのは間違いのないことだけど、ちょっと複雑な気持ちでもある。
とどのつまり、こちらがスライムだから人間たちもあまり危険視せず、『冒険者』と遭遇しない以上、戦いにならないワケだ。
いや、『冒険者』と言ってもひとくくりにできない。
中級以上の実力を持った冒険者たちには、
「けッ、スライムかよ」
「ノミみたいな経験値だもんな。倒しても意味ねーわ」
「シッシ、あっち行けよ。アハハハっ」
と言ってまったく相手にされないのだ。
さすがにコイツらには『ムカっ』としたが、まあ、中級以上の冒険者と闘う勇気はないのでちょっとホッとする俺。
やはりスライムの敵は『初級冒険者』なのだ。
ポヨン♪ポヨン♪ポヨン♪
はやく初級冒険者とエンカウントしないかなぁ……
と思い道を行くが、『実戦したい』と思うときにはなかなかしないのがエンカウントである。
こうなれば別に人間じゃなくても、モンスターが相手でもイイや。
とにかくケンカがやってみたい。
でも、相手は弱いのがイイな。
まずはスライムで経験値稼ぎから……って、イカン!
スライムの俺がそんな発想でどーする!
……とか考えていたときだ。
ザッザッザ……
前方より、ものすごいビキニアーマーを装備した女冒険者が歩いてくるのが目に入る。
まるでスライムが二匹並んだような乳房だ。
ぷるん♡ぷるん♡
その乳房型に沿ってテカテカの装甲が胸をプロテクトしてはいるが、全体的に露出が激しすぎて『フザケてんの?』って感じである。
太ももは丸出しで、パンツみたいなのを穿いてるだけ。
それなのに籠手や脛あてはけっこうゴツイのをしているのは、ちょっと意味わからない。
ただ、肉体そのものはけっこう鍛えられていて、腹筋とかは割れていた。
そして、長い銀髪にクールな目元。
人間のオスであれば『たまらん!』という感じのメスなのだろうな。
まあ、もっとも。
スライムである俺は、どんなに美人でも人間のメスに発情したりはしない。
いや、これはマジで。
「……ごくり」
だから、そんなふうに生唾を飲みこんだのは、そーいう意味ではないのだ。
そーではなく、この女はデキる。
メチャクチャ強い。
俺のスライムとしての危機察知能力が、全力でヤバイといっている。
さっきの中級冒険者なんてメじゃない。
上級のなかでもさらに上級の冒険者にちがいない。
そぉ……
俺はなるべく彼女の気を引かないように、ドブのわきをつつましく過ぎてゆこうと努めた。
上級冒険者ならばめったなことではスライムなんて相手にしないだろう。
ただ、目を合わせてはいけない。
ガンつけたとか、思われてはいけない。
「……」
「……おい!キサマ!!」
びくぅ!!
ヤバっ、目合った。
うわっ、めっちゃ睨んでるよ。
「な、なんでしょうか……」
「キサマ、何者だ!?」
「何者って……ただのとおりすがりのスライムですけど」
「そんなわけあるか!はやく正体をあらわせ!!」
「正体、と言われましても(汗)」
と戸惑う俺をガン無視して、女はメガネの片方だけみたいなアイテムを装着した。
「レベル9900、9901……まだ上がるだと!?」
なに言ってんだ?
「9998、9999……」
ボン!……
そこで女のアイテムは音をたてて壊れた。