表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/13

レベル1 山ごもり


「おとなしく経験値と化せ!スライムども!」


 と叫びながら、初級冒険者らしい人間たちがこん棒を振り回しておそいかかってくる。



(くそ……)



 俺は身体からだを『く』の字によじらせてなんとか攻撃をかわした。


 ヒュン……


 間一髪である。



「うぎゃっ!」



 しかし、となりのゴン吉は直撃を喰らったようで、地面にポヨン♪ポヨン♪とニ、三跳ねてからその場へ突っ伏してしまった。


「ゴン吉!」


「う、うう……スラ、俺にかまわず逃げろ!」


「で、でも!!」


 その時、後方の冒険者がつえをふるい、炎の魔法が俺の足元へ飛んでくる。



 ボッ!



「ぐっ……」


 くらった。


 炎は小さく、アルコールランプ程度の火であるが、スライムの俺にとっては大ダメージである。


 このままじゃヤられる。


「はやく行け!!」


「くそ……すまない」


 目をきって走りだす俺。


「あ!一匹逃げたぞ!!追え!追え!」


 初級冒険者たちはわずかな経験値欲しさに武器を振りかざして追いかけてくる。


 メタルなボディも持たないごく平凡なスライムである俺は、逃げ足だって別に速くない。


 けれど、しげみをかき分けて脇目もふらず逃げて行ったのがよかったのだろう。



 はぁはぁはぁはぁ……



 俺は命からがら、なんとか家へ逃げ帰ってきたのである。



「あら。ただいま。スラちゃん」


「か、母さん……」


「まあ!どうしたの?ヤケドしてるじゃない!」


 俺のヤケドを見た母さんはあわてて手当をしてくれた。


「さ。これでよし」


「母さん」


「ん?」


「今日、ゴン吉がヤられたよ」


「そう……」


 母さんは丸い目を悲しそうに伏せた。


「母さん!なんで俺たちスライムはこんなにヤられてばっかりなんだ?どーにかならないのかよ!!」


「スラちゃん。私たちスライムはいつかは初級冒険者たちの経験値と化す運命なの。これはしかたのないことなのよ。だからそれまでせいいっぱい生きるの。天国のスラ父さんのように……」


「……母さん」


「さっ。もうご飯ができたわ。スラ子を呼んで来てちょうだい」


 湿っぽくなったのを切り替えるように、母さんは気強くそう言う。


 俺は言う通りに、妹のスラ子を呼びにいった。




 ――その夜。


 母と妹の寝息の横で、俺はムクリと起き出した。


 スー、スー……


「母さん、スラ子……」



 俺はもうこれで最後だと思って、寝息をたてる母と妹の顔をジっと見つめた。


 月がやけに明るくって、彼女たちのほほはスカイブルーの光沢をもって輝いている。


 今はまだ幼いけど、スラ子もいつか嫁にもらわれてゆくのだろうな。



 ……スー、スー


「くっ」


 決心がにぶりそうだったので、俺はすぐにキっと目をきった。



 そして、


『さがさないでください』


 と書置きだけを残して、二人の元を去ったのだった。





 ◇





 その日から。


 俺はひとり山ごもりを始める。



 おむすび山。


 この山は、邪も聖もよりつかない中性の区域であるから、モンスターも精霊も近寄らない。


 にもかかわらず隆起りゅうきが激しく、キビシイたきが多かった。


 だからほとんど人間も住みつかない。


 わずかな小動物がひっそり暮らすのみである。



 そんなところで何をするのかって?


 決まっている。


 修行しかない!


 初級冒険者たちの経験値になるだなんて、俺はゴメンだ!


 強くなって、いつかあの初級冒険者たちを返り討ちにしてやるのだ!




 俺はまず攻撃力と防御力を高めるため、体当たりの練習から始めることにした。



 プニ!……ぽよん♪ プニ!……ぽよよん♪



 木の幹へぶつかっては跳ね返される俺。


「はぁはぁはぁ……くそ!」



 俺、なんでスライムなんかに生まれたんだろ……


 自分のヤワな肉体を思い知ると、あらめてくじけそうになる。



 が、俺は強くなるって決めたんだ!


 まずはこの青くプニプニした身体からだはがねのごとく鍛えあげなければ。


 一日千回。


 それがまず自分に課した『体当たり』の数である。



 最初の一日は朝から深夜までかかった。


 これはもう身も心もボロボロになるほどに感じたものであるが、1年続け、2年続け、10年、20年……と続けてゆくと、だいたい午前までで千回の体当たりが済むようになってくる。


 あまった時間は、軟体なんたい性や物質操作能力をきたえるのにあてた。


 たきにも打たれたし、たきの水をできうるかぎり飲み続けるというハードなトレーニングも行った。


 まあ。このトレーニングは身体からだ膨張ぼうちょうして、俺のスマートな体型がくずれちゃいそうでイヤなのだけど……。



 もちろん、毎日の体当たりも手を抜かずに続けた。


 ぶつかる対象も、小木から大木、岩からそびえる岩壁へと変わってゆく。



 プニ!……ドゴーン!! プニ!……ドゴーン!!



 こうして50年がたち、100年がたつと、ぶつかるたびにどんな岩壁も壊れてしまって、この修行は物理的に不可能になってしまう。



 修行のやり方を変える必要があるな……



 ゴゴゴゴゴゴゴ……



 崩れてゆく岩壁を見ながら、俺はそんなふうに思った。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ