レベル1 山ごもり
「おとなしく経験値と化せ!スライムども!」
と叫びながら、初級冒険者らしい人間たちがこん棒を振り回しておそいかかってくる。
(くそ……)
俺は身体を『く』の字によじらせてなんとか攻撃をかわした。
ヒュン……
間一髪である。
「うぎゃっ!」
しかし、となりのゴン吉は直撃を喰らったようで、地面にポヨン♪ポヨン♪とニ、三跳ねてからその場へ突っ伏してしまった。
「ゴン吉!」
「う、うう……スラ、俺にかまわず逃げろ!」
「で、でも!!」
その時、後方の冒険者が杖をふるい、炎の魔法が俺の足元へ飛んでくる。
ボッ!
「ぐっ……」
くらった。
炎は小さく、アルコールランプ程度の火であるが、スライムの俺にとっては大ダメージである。
このままじゃヤられる。
「はやく行け!!」
「くそ……すまない」
目をきって走りだす俺。
「あ!一匹逃げたぞ!!追え!追え!」
初級冒険者たちはわずかな経験値欲しさに武器を振りかざして追いかけてくる。
メタルなボディも持たないごく平凡なスライムである俺は、逃げ足だって別に速くない。
けれど、茂みをかき分けて脇目もふらず逃げて行ったのがよかったのだろう。
はぁはぁはぁはぁ……
俺は命からがら、なんとか家へ逃げ帰ってきたのである。
「あら。ただいま。スラちゃん」
「か、母さん……」
「まあ!どうしたの?ヤケドしてるじゃない!」
俺のヤケドを見た母さんはあわてて手当をしてくれた。
「さ。これでよし」
「母さん」
「ん?」
「今日、ゴン吉がヤられたよ」
「そう……」
母さんは丸い目を悲しそうに伏せた。
「母さん!なんで俺たちスライムはこんなにヤられてばっかりなんだ?どーにかならないのかよ!!」
「スラちゃん。私たちスライムはいつかは初級冒険者たちの経験値と化す運命なの。これはしかたのないことなのよ。だからそれまでせいいっぱい生きるの。天国のスラ父さんのように……」
「……母さん」
「さっ。もうご飯ができたわ。スラ子を呼んで来てちょうだい」
湿っぽくなったのを切り替えるように、母さんは気強くそう言う。
俺は言う通りに、妹のスラ子を呼びにいった。
――その夜。
母と妹の寝息の横で、俺はムクリと起き出した。
スー、スー……
「母さん、スラ子……」
俺はもうこれで最後だと思って、寝息をたてる母と妹の顔をジっと見つめた。
月がやけに明るくって、彼女たちの頬はスカイブルーの光沢をもって輝いている。
今はまだ幼いけど、スラ子もいつか嫁にもらわれてゆくのだろうな。
……スー、スー
「くっ」
決心がにぶりそうだったので、俺はすぐにキっと目をきった。
そして、
『さがさないでください』
と書置きだけを残して、二人の元を去ったのだった。
◇
その日から。
俺はひとり山ごもりを始める。
おむすび山。
この山は、邪も聖もよりつかない中性の区域であるから、モンスターも精霊も近寄らない。
にもかかわらず隆起が激しく、キビシイ滝が多かった。
だからほとんど人間も住みつかない。
わずかな小動物がひっそり暮らすのみである。
そんなところで何をするのかって?
決まっている。
修行しかない!
初級冒険者たちの経験値になるだなんて、俺はゴメンだ!
強くなって、いつかあの初級冒険者たちを返り討ちにしてやるのだ!
俺はまず攻撃力と防御力を高めるため、体当たりの練習から始めることにした。
プニ!……ぽよん♪ プニ!……ぽよよん♪
木の幹へぶつかっては跳ね返される俺。
「はぁはぁはぁ……くそ!」
俺、なんでスライムなんかに生まれたんだろ……
自分のヤワな肉体を思い知ると、あらめてくじけそうになる。
が、俺は強くなるって決めたんだ!
まずはこの青くプニプニした身体を鋼のごとく鍛えあげなければ。
一日千回。
それがまず自分に課した『体当たり』の数である。
最初の一日は朝から深夜までかかった。
これはもう身も心もボロボロになるほどに感じたものであるが、1年続け、2年続け、10年、20年……と続けてゆくと、だいたい午前までで千回の体当たりが済むようになってくる。
あまった時間は、軟体性や物質操作能力を鍛えるのにあてた。
滝にも打たれたし、滝の水をできうるかぎり飲み続けるというハードなトレーニングも行った。
まあ。このトレーニングは身体が膨張して、俺のスマートな体型が崩れちゃいそうでイヤなのだけど……。
もちろん、毎日の体当たりも手を抜かずに続けた。
ぶつかる対象も、小木から大木、岩からそびえる岩壁へと変わってゆく。
プニ!……ドゴーン!! プニ!……ドゴーン!!
こうして50年がたち、100年がたつと、ぶつかるたびにどんな岩壁も壊れてしまって、この修行は物理的に不可能になってしまう。
修行のやり方を変える必要があるな……
ゴゴゴゴゴゴゴ……
崩れてゆく岩壁を見ながら、俺はそんなふうに思った。