醤油と味噌の存在と、タルタルソースの作り方。
あちらとこちらの違い。
それは、醤油と味噌があることだ!←ヲイ
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「理不尽だわ……」
市場での買い物から戻ってきた茜は、割と本気で呻いていた。何も、市場の買い物が気にくわなかったわけではない。逆だ。賑やかな下町商店街を思わせる市場の風情は、茜も大変楽しく堪能出来たのだ。だがしかし、彼女にはどうしても納得がいかないことがいっぱいあったのだ。
それは、店頭に並ぶ食材が、見慣れた食材ばっかりだった、という事実だ。
悠利はけろっとしているが、茜は異世界で、まったく知らない食材を、少ない魔力を他人に借りることで鑑定魔法を使って調べて、美味しいご飯を作る為に頑張っていたのだ。妹が、「お姉ちゃんのご飯があれば頑張れるの!」と可愛いことを言ってくれたから、それが自分の役目だと決意して、だ。そんな彼女にとって、同じように異世界なのに、普通に見慣れた食材がごろごろ転がっているこの地は、衝撃以外の何物でも無かった。たまに、見慣れない食材もあったが、魔物肉の衝撃に比べれば、そんなもの可愛い。
そして、彼女が感じた最大の理不尽。それが、調味料の存在である。
「……ねぇ、悠利くん、何でこの世界、醤油と味噌が普通にあるの……」
「何ででしょう?醤油は最初からありましたし、味噌は知り合いの行商人さんが仕入れてくれてますけど」
「……ひどい……」
茜はさめざめと泣いた。
彼女は、自宅ごと異世界転移したことで、使い慣れた調味料で料理が出来ている。だがしかし、在庫が切れてしまえば終わりなのだ。そうなったときに、異世界の調味料でどうやって自分は料理を作れば良いのだろうと考えたこともある。今はまだある。だが、いつかなくなるかも知れない。そんな彼女にとって、普通に醤油と味噌が売っているこの王都ドラヘルンは、色々とあり得なかった。何で西洋風世界で醤油と味噌があるんだと叫びたいらしい。……そんなこと言われても、あるんだから仕方ない。
なんだかひどく落ち込んでいるので、悠利は茜の肩をぽんぽんと叩いてあげた。何が理由でここまで落ち込んでいるのかは解らないが、大変っぽいというのは理解したのだ。お姉さん大変なんですね、と他人事みたいなコメントしか出来なかったけれど、労る気持ちはちゃんとある。
「晩ご飯の準備は料理当番が戻ってくるまでしちゃいけないんですよねー」
「……そう」
「あと、醤油と味噌、何なら明日にでも買って帰ります?今日味を確かめて」
「……え?」
瞬きを繰り返した茜に、悠利は不思議そうに首を傾げた。持って帰れますよ?と悠利が告げるまで、茜は、こちらの世界の品物を運べると思っていなかった。運べるの?と不思議そうに問いかけた彼女に、魔道具とかは無理ですけどね、と悠利は笑った。悠利にしてみれば、【神の瞳】さんが教えてくれたので普通の情報だった。だがしかし、茜には知らない情報だ。もっと早くに教えて欲しかった、と茜は思う。
「あ、でも、こっちの世界のお金が無いんだけど……」
「じゃあ、物々交換で?」
「いやでも……」
「とりあえず、今回は僕からのお土産ってことでどうでしょうか」
「そんな、悪いわ!」
茜は思わず声を荒げた。どう考えても妹より年下の男の子に、お土産として調味料を買わせるなんて、という遠慮が出た。……ちなみに、悠利は17歳でひよりは16歳なので、年下どころか妹より年上なのだが、茜もひよりも、悠利を中学生ぐらいだと認識していた。童顔は相変わらず童顔認定のままだった。
しかし、茜は知らないが、悠利にはいわゆる特許収入みたいなものが存在するのだ。この世界には生産ギルドという、物の作り方などをレシピとして登録する場所がある。悠利はそこに、色んな物を登録していた。……そう、色々なものを。大半は調味料だったりするが。とりあえず、それで収入があるので、ぶっちゃけた話、何かに金を使って経済を回す方が建設的なのである。……自分のためにはお金を使う気になれないタイプなので、貯蓄額がどんどこ増えているのだ。
「まぁ、その話は後でするとして……」
「いや、後でしても結論は同じだからね、悠利くん?」
「とりあえず、夕飯に使うタルタルソース作っちゃいますね」
ツッコミを入れる茜をスルーして、悠利はにこにこと笑っている。確かにそれは必要なことなので茜も納得したが、後できっちり言い聞かせなければ、と彼女は思った。年下の、まだ子供である少年に奢って貰うなんて、社会人である茜の自意識が許さない。お土産に貰うとしても、悠利の雰囲気からして、味噌も醤油もしばらく困らないぐらいの量を渡してきそうだと思ったのだ。間違ってない。茜は聡かった。
とはいえ、今必要なのはタルタルソースだ。タルタルソースを作るのは、何気に手間がかかる。マヨネーズがあればまだ早いが、それでもタマネギやピクルスのみじん切りなどが必要になるので、そこそこ大変だ。しかも、本日の夕飯は茜達姉妹が加わったこともあり、総勢8人となっている。その人数分のタルタルソースともなれば作るのも一苦労だろうと、茜も借りたエプロンを身につけ、腕まくりをした。
だがしかし、悠利の行動は茜の予想の斜め上を突っ走った。
よいしょ、と悠利が台所の作業台の上に置いたのは、彼が両腕で抱えられる程度の大きさの釜だ。その名を、錬金釜。この世界において、錬金の技能を持った者のみが使用出来るという、ハイスペック魔法道具さんだった。どれだけハイスペックかと言えば、必要な材料を入れてスイッチを入れれば、完成品が出来上がるぐらいに。これを利用して作成の難しいインゴットや、各種魔法道具、回復薬などが作られている。
しかし、悠利はそんなことには使わない。今、このタイミングで彼が愛用の錬金釜を取り出したのには、ちゃんと理由がある。明後日の方向にぶっ飛んでいる理由だが。
「悠利くん、それ、何?」
「あ、錬金釜って言います。魔法道具で、材料を入れたら完成品を作ってくれるんですよ」
「……え?」
「今日は人数も多いので、タルタルソースはこれでさくっと作っちゃいますね!」
「は……?」
茜が呆気に取られている間に、悠利はぽいぽいとタルタルソースの材料を錬金釜に入れる。卵、キュウリ、タマネギ、各種ハーブ、油、酢、塩胡椒、砂糖を入れ終えると、そのまま蓋をして、スイッチを入れる。がたがたと音をさせながら錬金釜が動いている。茜はまだ固まっていた。何が何だか解っていないのだろう。彼女の許容量を軽く突破していく悠利であった。悠利のマイペースは今日も愉快に絶好調だった。
しばらくして、ぱこっという間抜けな音を立てて蓋が開く。そして、その中から悠利は次々と、チューブ型に作ったタルタルソースを取り出し始める。……メーカーのロゴが入っていないだけで、どう見ても市販品と同じような形で現れるタルタルソース。茜の衝撃は頂点に達した。そもそも、材料を入れてから完成まで、十分もかかっていないのだ。色々あり得ない。
だがしかし、そのあり得ないを実現してくれるから、この世界最強のハイスペック魔法道具、錬金釜さんとも言えるのだが。
「よーし、完成ー。あとは、ヤックが戻ってきたら準備開始かなー」
「ゆ、ゆゆゆゆゆ、悠利くんんんん!?」
「はい?どうかしましたか、茜さん?」
「どうかしましたかじゃないよね!?それ何?!何でタルタルソース出来上がってるの!?」
「え?錬金釜なので、材料入れたら作れますよ?」
「何なの、その色々とあり得ない道具……」
今度こそ茜はその場に頽れた。
可哀想に。彼女の常識に照らし合わせて、色々ぶっ飛ばしすぎたのだ。そもそも、味噌や醤油があるだけでも衝撃だったというのに、それを軽くぶっ飛ばしてくれる、ハイスペック魔法道具錬金釜さんの、悠利流の大変間違った使い方であった。……そう、間違っている。本来なら錬金釜というのは、調味料を作るような道具では無い。だがしかし、悠利はどう考えてもお手軽調味料作成機として活用していた。というか、それ以外の活用があんまりない。なんてこったい。
「えー、あり得ないと言われましてもー……」
悠利としては、普通に使っているつもりだった。なお、誰に聞いても「使い方が間違っている!」と力説してくれるのだが、当人は気にしていなかった。流石マイペース。
なお、悠利は、異世界転移の時に手に入れた技能【神の瞳】を保持していることで、探求者という職業を身につけている。この職業は、この世界の鑑定系で最高位と言われる職業だった。神の代行者とか言われちゃうぐらいのあり得ないハイスペック職業なのだ。そして、この職業の特性の一つに、「ありとあらゆるものの構造を見抜けるからこそ、ものづくりに特化している」とか言うチートがくっついていた。
……ここまでくればお解りだろう。悠利は、錬金釜というハイスペック魔法道具を使えるだけでなく、あり得ないレベルで使いこなせてしまうのだ。正確には、使いこなせるというか、作り出す品々が様々な補正を受けると言うことだろうか。まぁ、今回作ったのはタルタルソースなので、物凄く美味しい、みたいなレベルですむのが救いだ。他のモノを作った場合の状況は、色々と察して欲しい。
さて、錬金釜さんの衝撃から茜が立ち直れないでいると、パタパタと足音が聞こえた。視線をそちらに向ければ、不思議そうな顔で茜を見ているそばかすの少年が一人。見習い組の最年少、ヤックだ。
「ユーリ、ただいま!その人が、お客さん?」
「お客さん片割れかな?お姉さんの方だよ。妹さんは、今、向こうの世界で事情を説明してるみたい」
「へー。あ、またタルタルソース作ったんだ?」
「うん。今日はフライにしようと思ったからねー」
「美味しいもんな、タルタルソース!」
「ねー」
のほほんとした会話が続いている。茜はどうして良いのか解らずに、新しく現れた少年を見ていた。悠利と二人で楽しそうにしている姿は実に微笑ましい。背格好から同い年ぐらいなのだろうと見当を付けて、子供二人を見守る大人の心境になる茜。
……繰り返すが、彼女は悠利の年齢を誤認していた。17歳の悠利と13歳のヤックなので、地味に年齢差はあるのだが、背格好が殆ど変わらない+悠利が童顔という罠のせいで、誰が見ても二人は同年代に見えた。
そんな茜の視線に気づいたのか、ヤックが悠利との会話を打ち切って、ぺこりと頭を下げた。
「え?」
「初めまして。オイラ、ヤックって言います。お客さんがご飯食べに来るなんて滅多に無いから、オイラ、頑張ります!」
「あ、丁寧にありがとう。私は茜です。あの、頑張るって?」
「アカネさんですね。オイラ、今日の食事当番だから!オイラはそんなに料理得意じゃないけど、ユーリが上手だから、ちゃんと美味しいご飯作りますね!」
「……っ」
キラキラとした顔で告げられた言葉に、茜は両手で口を押さえてふらふらとその場に頽れた。途端にヤックと悠利が心配そうに彼女を呼ぶが、茜は聞いていなかった。彼女は今、ヤックの直向きな良い子モードに感動していた。まだ小さい子なのに、何てしっかりしているんだろう、と。
ちなみに、この世界は18歳で成人なので、一般的に考えて、現代日本よりは皆、精神の成熟度は多少なりとも高い。そもそも、魔物がいる世界の子供達で、ここはトレジャーハンター育成クランなのである。冒険者を目指す子供達が、普通の子供よりもしっかりしているのは当たり前だった。
だがしかし、茜はそんな事情は知らない。知らないからこそ、純粋に感動していた。まぁ、ヤックが良い子であるのは間違いでは無いので、別に良いだろう。茜が体調不良を起こしたわけではないと察した悠利は、ヤックを呼び戻してさっさと夕飯の支度に取りかかっていた。……しばらく感動から戻ってこない茜を放置して、少年二人は夕飯の準備を着実に進めていくのであった。
数分後、我に返った茜は慌てて悠利達に手伝いを申し出て、仲良く三人で夕飯を作ることになるのであった。
違和感ってなんだっけ?と思いつつ。
あと、茜さんは延々とツッコミ大変だろうけど、頑張って欲しい。
次は、皆で仲良く晩ご飯の準備ですよー!
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