不思議な扉は、期間限定移動手段でした。
茜とひよりはどうやってこっちの世界に来たの?というお話。
悠利とひよりちゃんはレッツゴー仲良し。
アリーさんと茜ちゃんは苦労性同盟結成で良いんじゃない?
「なるほどなぁ、こいつを通って来た、と」
「……はい」
アリーの言葉に、茜はこくりと頷いた。庭の外れ、悠利が洗濯物を干していた辺りの近くに、不思議な扉が存在していた。もうそれは、不思議な扉としか表現できない物体だった。木製の扉で、金細工で縁取られていたりドアノブが無駄に豪華だったりと、それはもう金持ちのお屋敷にありそうな扉だった。何で扉だけあるんだと聞きたくなるぐらいに。そして、それだけではなく、うっすらと光っていた。ぼやーっとした光を纏った謎の扉。
それを見て、アリーは一言呟いた。
「……何で護衛も無しに通ってきたんだ」
「……ひよりが、」
「解った。俺が悪かった。もう良い」
茜がすすすっと視線を逸らしたので、アリーはそれで全てを察した。異世界を満喫して、ここ凄いね!みたいな感じで大はしゃぎをしている妹ひよりの姿を、アリーは見ている。初めて食べるバイソンの肉に感動して、他人丼をお代わりする姿も見ている。好奇心が旺盛で、割と図太そうな妹が、「大丈夫だよ!」みたいなノリでくぐってきたのだろうと理解したのだ。そして間違ってない。辛い。
そのひよりは、満腹になったのか、ぽかぽか陽気に「お昼寝日和だよねぇ」と呟いている。その視線が、庭の片隅にあるハンモックをロックオンしている気がするのだが、誰もツッコミは入れなかった。この状態で見知らぬ土地で、ハンモックでお昼寝を決め込まれても困る。
「ユーリ」
「はい」
「念のため、お前も鑑定してみろ」
「了解です」
アリーに言われて、悠利はすちゃっとお遊びっぽい敬礼をしてから、その謎の扉を注視した。悠利がこの世界に来てから手に入れたチート能力、【神の瞳】。鑑定系の最上位技能と呼ばれるこの能力は、ありとあらゆるものの真実を見抜けるという大変頭のオカシイ性能を持っていた。アリーが持つ【魔眼】と呼ばれる技能の遥か上、ぶっちゃけ、この世界では現在悠利しか所持していない、伝説級の技能である。
……この天然ぼけぼけを人目にさらすとまずいと考えたアリーによってその事実は秘匿され、二人だけの秘密になっていた。……あと、普段は食材の目利きとか身内の体調管理とかにしか使っていないので、悠利にチートの自覚が無かった。技能の使い方が色々間違っている。
それはさておき、謎の扉の鑑定結果だ。それによって、この後の行動が変わる。危険では無いことは解っている。【神の瞳】さんには常時発動の危険察知能力があるので、危ない何かの場合は、赤くなって教えてくれるのだ。便利過ぎる。
――異界の扉
この世界と異世界を繋ぐ扉。害意を持たぬ者のみ通行可能。
世界と世界の接点に稀に出没する。発動条件は個々によって異なる。
接続先は《真紅の山猫》アジトの庭と小鳥遊家の庭。
毎月満月から三日間開きます。その間は行き来自由ですが、取り残されないように気をつけましょう。
なお、こちらの魔道具、魔法道具はあちらでは使えず、あちらの魔法はこちらでは使えません。
それ以外の食材などは持ち運び自由ですが、騒動にならないように気をつけてください。
……持ち主に合わせてアップデートしていく【神の瞳】さんは、今日も愉快に見事なまでのサポート精神を発揮してくれていた。確かに、悠利が知りたい情報はきっちり与えてくれている。しかも物凄く解りやすい説明だし、こちらに注意まで促している。出来る技能は今日も違った。だがしかし、何か色々間違っている。
……ただし、悠利はこういうものだと思っているので、何も違和感を感じなかった。つくづく、他人の鑑定結果が見えないのは良いことだ。主にアリーの精神衛生上。
「行き来自由みたいですねー」
「何か他に追加情報あったか」
「満月の日から三日間限定で、害意の無い人だけ通れるみたいですけど」
「三日間か」
「じゃあ、明日も遊びに来れるってことだね!」
「そうだねー」
「「……」」
わーい!と喜んでいるお子様二人に、アリーと茜はため息をついた。そうじゃない、と大人二人は思った。問題はそういうところではなくて、何でこんな謎の扉が開いているのかということだ。だがしかし、細かいことは彼らにも解らない。そもそも、目の前にあるのだ。あるし、茜とひよりはこの扉をくぐって異世界からやってきているのだ。否定しても仕方ない。
また、害意が無い者だけが通れるという事実に、二人がほっと胸をなで下ろしたのも事実だった。自分達の家の庭にこんな変な扉があるのだ。悪意のある存在やらが通ってきて、寝込みを襲われてはたまらない。
……勿論、《真紅の山猫》の面々がそんなことで敗北したりはしないだろうが。アリーが心配したのはむしろ、どこからどう見ても普通の女性である茜と、元気は有り余っているが戦闘員とは思えないひよりの二人のことだ。普段は家に二人きりだと聞いては、心配にもなる。
……アリーは見た目が強面で誤解されやすいが、口もちょっと悪いが、基本的に面倒見が良いのだ。
「……まぁ、特にお互いの世界に悪影響も無さそうだって言うなら、好きに過ごしてくれ」
「え、良いんですか?」
「良いも何も、アンタの妹は、市場見物して、夕飯食ってから戻るつもりみたいだぞ」
「ひよりぃいいい!」
茜の絶叫が響いた。アリーが指さした先では、悠利に晩ご飯をリクエストしているひよりの姿があった。何でそうなった!と叫んでしまうお姉ちゃんであった。彼女の妹は大抵のことは気にしない。異世界で聖女様をやっていられるぐらいの神経の図太さは持っていた。なので、色々美味しいものが食べられそうで、良い人ばっかりっぽい場所に出られたのだからと、わくわく探索気分だったらしい。なんてこったい。
そして、悠利も気にしていなかった。他の皆にも紹介するねーとか暢気に笑っているのである。無駄に行動力のある元気娘と、何があっても動じないのほほんマイペース少年。実は組ませたら事態が斜めの方向にすっ飛んでいくのだと気づくのが、ちょっと遅すぎた茜だった。
……悠利は無害そうに見えて、実際無害なのだけれど、大概のことを「そっかー」で流してしまうので、ブレーキの役目を果たしてくれないのだ。……誰だ、アクセルにしかなってないとか言ったの。違います。気にしてないだけです。
「茜さんも一緒にお買い物行きますか?何か食べたいものがあったらリクエストしてくださいね」
「いやあの、悠利くん、違う、それ違う……」
「はい?」
「っていうかひより、勝手にこっちに来たんだから、皆さんに状況を伝えないと……!今頃捜してるかもしれないじゃない……!」
「あ、じゃあ、説明してくるから、お姉ちゃんは悠利くんと一緒に買い物しといて!夕飯、美味しいの期待してるから!」
「ひより、ちょっと待ちなさい、ひよ……!」
行ってきまーすと元気な声で立ち去っていったひより。三人の目の前で、不思議極まる謎の扉をためらいなく開けて、その向こう側に飛び込んでいく。扉の向こうに見える我が家の庭に、茜はがっくりとその場に膝から崩れ落ちた。開け放たれたままの扉と、既に背中が遠くなっている妹。何でうちの妹はあんなに元気なの、と姉は思った。が、ひよりはひよりなので仕方ない。そんな元気なところも可愛いと普段思っている茜でもあるのだし。
そして、そんな茜をそっちのけで、悠利はそぉっと扉の向こう側を覗いた。そこから見える小鳥遊家、つまりは日本家屋に目を輝かせた。見慣れた、馴染んだ、日本のお家だった。更に、その向こうにお城が見えた。ちょっと感動した。それでも、この場で「うわぁ、日本のお家だー」とか口走らない程度には、自分が異世界人であることを秘密にしようということは覚えている悠利だった。やれば出来る子なのだ。やれば。……やれば。
「元気な妹さんだな」
「……すみません」
アリーのしみじみとした呟きに、茜はしゅんとした。だがしかし、アリーは気にするなとぽんぽんと彼女の肩を叩いた。最初は強面にびびっていたが、話してみれば親身になってくれる優しい男だと判明したので、今の茜はアリーにそこまで怯えていない。
なお、アリーは走っていったひよりを見て、レレイに似てるな、と思っていた。訓練生の一人である格闘家のレレイは、とにかく元気で天真爛漫な女子なのである。会わせたらきっと意気投合するだろうなと思ったが、同時に、何か騒動も起こしそうだなぁと思った。多分間違ってない。
「それじゃ、茜さん一緒に買い物行きますか?」
「……そうね。ひより、どう考えてもこっちで食べるつもりだものね……」
「アリーさん、買い物行ってきます」
「おう。……幸い今日は人数が少ない。負担も少ないだろう」
「はい」
アリーの言葉は事実だった。訓練の関係で、今日は外泊の面々や、夕飯を食べてから帰還する面々が多いのだ。夕飯をアジトで食べるのは、悠利とアリー、そして見習い組の少年達四人だけだった。それを考えれば、そこに茜達姉妹が加わっても、8人だ。いつもの大所帯に比べればラクチンである。今は訓練に出かけている見習い組が戻ってくれば、料理をする人間も増えるのだから、何も問題はなかった。
そんな二人のやりとりの意味が解っていない茜が首を傾げていたが、悠利はにこにこ笑って、彼女を伴って市場へと向かうのであった。
なお、あの不思議な扉が、今から三日間だけ開くのではなく、毎月三日間開くのだと知った茜が、色々頭を抱えたのだが、悠利はけろっとしているのであった。
相変わらず違和感が仕事しておりません。
違和感どこ行った。
でも楽しいです。
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