とりあえず、お昼ご飯に他人丼をどうぞ。
しぐれ煮からの他人丼美味しいよねー。
あの甘辛い味付けを卵が包み込むのが良いです。
唐突にアジトの庭に現れた小鳥遊姉妹に対して、悠利はお茶でもどうですかと暢気に誘った。
洗濯物を干し終えた悠利は、まだ困惑している姉妹を伴って台所にある裏口からアジトの中に入る。広い食堂に目を丸くしている彼女達を適当な椅子に案内し、飲み物のオーダーを受ける。姉の茜はハーブ水に興味を示し、妹のひよりはジュースを希望した。本日のジュースはリンゴが主体のあっさり甘めであった。お口に合ったのか、ひよりは会話の合間に何度もテーブルに置かれたピッチャーからお代わりをしていた。
で、この姉妹の正体だ。
彼女達は悠利と同じく現代日本から異世界に召喚された身の上らしい。こことは別の世界に、聖女召喚というテンプレお約束で召喚された聖女がひよりで、姉の茜は彼女と共に召喚されたのだとか。更に驚くべきことに、彼女達は家ごと召喚されたそうで、今もお城の隣には彼女達のザ・日本家屋なお家があるのだという。
何それめちゃくちゃ見たい、と悠利は思った。西洋風のお城と日本家屋の取り合わせとか、どう考えてもSNSに投稿するぐらいに面白そうな案件だ。
お互いの状況を説明しあった段階で、悠利は異世界転移した日本人という同胞である二人に、一つのお願いをしておいた。それは、自分が異世界からの転移者であることを黙っていて貰うこと、だ。茜達は聖女召喚というしかるべき手段で召喚された身の上で有り、そういう意味ではそちらの世界では異世界人の存在は当たり前とも言えるだろう。だがしかし、こちらの世界では、少なくとも悠利が知る限り、召喚だの異世界転移だのと言った事象については情報が無い。無駄な騒ぎは起こしたくないという悠利の気持ちを二人は汲んでくれた。
……まぁ、異世界人ですという事実を黙っているぐらいで、悠利のやらかしが減ることは無いのだけれど。幸いなことに、彼女達はまだ、このほわほわした少年の規格外っぷりを知らなかった。……知らないなら知らないままが一番だろう。世の中には知らぬが仏という言葉もあるのです。
「悠利くんも色々大変なのね……」
「別に大変じゃないですよ?」
「「……え?」」
たった一人で異世界に放り出され、しかもダンジョンの中とか大変だっただろうにとしみじみと呟いた茜に対して、悠利はへろろんと答えた。姉妹が揃ってきょとんとしてしまうが、悠利は通常運転だった。彼は別に自分が大変だと思っていなかった。そりゃ、見知らぬ世界にすっ飛ばされたのは困ったなぁと思っているが、危ないダンジョンも戦闘能力を持ったアリー達とすぐに知り合えたことにより、危ない目にはちっとも合わなかったのだ。異世界転移の恩恵で手に入れたらしい最強の鑑定系チート技能であるところの【神の瞳】さんも良い仕事をしているし。……そこ、使い方がいつも間違ってるとか言わない。禁句です。
総勢20人になるクランメンバーの食事をメインに、掃除洗濯とおさんどんに勤しんでいる生活を、悠利は楽しんでいた。大変楽しんでいた。元々乙男という家事大好き人間だったことが幸いしたのだ。ここで彼は、誰にはばかることなく、大好きな家事をしているだけで許される生活をしているのだ。天職だ。幸せだった。……茜達の考える、「ひとりぼっちで異世界転移して大変だろう」という心配は、悠利に関しては杞憂に終わるのだ。天然怖い。
「ところで、茜さんとひよりちゃん、お昼ご飯食べて行きます?」
「「え?」」
衝撃再び。
何でそういう話になるのか、彼女達には解らなかった。だがしかし、悠利の中では話が繋がっている。何だかんだで話し込んでいたので、もうすぐお昼なのだ。今日はアジトに居るのは悠利とアリーだけなので、そこまで大急ぎでお昼ご飯を作らなければいけないわけではない。だから、せっかくなので一緒に食べて行きませんか、というお誘いだった。……悠利の中では繋がっているが、その辺の事情を伝えていないので、小鳥遊姉妹には意味が解らなかったのだろう。
だがしかし、困惑している姉と違って、妹は行動力に溢れていた。というか、普通にお腹が空いていたのだろう。顔を輝かせて、悠利の手を取る。
「悠利くんの手料理食べてみたい!日本人でも気にしないで食べ続けられる異世界ご飯とか超気になるから!」
「ひより!」
「あはは。そんな手の込んだものじゃないよ?夕飯のしぐれ煮が残ってるから、それで他人丼作ろうと思っただけだし」
「おぉおお、他人丼!美味しいよねぇ。トロトロ卵と甘辛いお肉が最高のマッチング!お姉ちゃん、これは食べて行くべきだよ!」
「えぇえええ……」
茜をそっちのけで、悠利とひよりが勝手に盛り上がっていた。いつでもにこにこしている悠利は、妙に他人の警戒心を刺激しない。そこに加えて、ひよりのコミュ力の高さが発揮されていた。従って、世間一般的に考えてまともで常識的な考え方をしている筈の茜が一人、取り残される。……お姉ちゃん、頑張ってください。きっと、アジトの何人かは貴方に同意してくれます。
困惑する茜を残して、悠利はそれじゃあと台所へと立ち去っていく。ひよりも面白がってついていった。妹が何かをしでかすのが心配で、茜もついていく。そして、先ほどは食堂に向かうだけでスルーした台所を見て、色々とあり得ない現実に直面した。
悠利が、当たり前みたいに、どう考えても冷蔵庫としか思えない箱形の物体から食材を取り出しているし、大きさだけは普通とは違っているが、どう見ても炊飯器と思しき物体の中を覗いて白米の有無を確認していた!
「ま、待って、悠利くん!それ冷蔵庫?そっちは炊飯器なの!?」
「え?はい。この世界、魔道具っていう魔石を動力源にした便利道具がいっぱいあるんですよー。おかげで僕、家事がしやすくて助かってます」
「そ、そんな……!異世界で、冷蔵庫……。炊飯器……。……あ、そっちのそれ、ガスコンロみたい……。っていうか、普通に水道からお水出てるし、お湯も出てる……」
がっくりと衝撃で項垂れている茜の肩を、ひよりがぽんぽんと叩いていた。
茜は普段、家ごと転移した自宅で料理をしている。電気やガスは元の世界と繋がっているのか使用可能であるが、その自宅を離れた場所の台所がどういうものかは聞いていた。薪を使ったかまどなのだ。冷蔵庫なんて存在しない。炊飯器ももってのほか。文明レベルの差をひしひしと感じながら異世界に自宅がある喜びを噛みしめていた彼女としては、普通に家電っぽいアイテムに囲まれて生活している悠利の状況は衝撃だったに違いない。
なお、ひよりは姉の衝撃を理解しつつも、「異世界の魔道具!凄い!」みたいな感動を味わっていた。流石、サブカルに親しむ現役女子高生。順応するのは早かった。……まぁ、召喚されてすぐに自分が聖女だと理解して「私の時代が来たよ、お姉ちゃん!」とか言っちゃう系なので、仕方ない。妹とは逞しい生き物なのだ。
鍋に残っていたバイソン肉のしぐれ煮は、深めのフライパンへと移されて、コンロの上でくつくつと温められていた。この世界は魔物肉が大変美味しく、おかげで「食べる為に獣を育てる」という考えが存在しない。なので、お店で売っているのも魔物のお肉だ。バイソンは牛系の魔物で、お味も牛肉だった。庶民のちょっとした贅沢のお供だ。
ちなみに、このしぐれ煮は、他の料理に使った残りの細切れ肉をメインに使われていた。タマネギや生姜と一緒に煮込むしぐれ煮は、砂糖と醤油で甘辛く仕上げるのだが、肉を一枚一枚食べるのではないので、細切れでも問題無いのだ。……なお、フライパンから漂ってくる食欲をそそる匂いに、ひよりのお腹がくぅと鳴った。
「悠利くーん、このお肉何?めちゃくちゃ良い匂いなんだけど、牛肉で良いの?」
「あ、それ、バイソンって言う牛っぽい魔物のお肉だよ。魔物肉美味しいんだよねー」
「へー。こっちでも魔物肉食べるんだー」
「っていうか、魔物肉が美味しいから、家畜は育てないんだってー。卵のために鶏は育てるらしいけど」
「色々あるねー」
のほほんと笑い合っている悠利とひより。茜はむしろ、魔物肉と聞いて、どんな肉なのかフライパンの中を覗き込んでいた。ちなみに、彼女達も向こうの世界で魔物肉を食べている。豚肉の代わりにオーク肉はお約束だった。オークさんは美味しいらしい。こっちでも美味しいが。
そんな風に会話をしつつも、悠利は他人丼の作成に取りかかっていた。といっても、今回は既に下準備は完了しているに等しい。やることは、温まったしぐれ煮のフライパンに溶き卵を入れて、玉子とじにするだけだ。あぁ、素晴らしきかな、残り物リメイク手抜きご飯。美味しければ良いのです。美味しければ。
とろーりと流し込まれた卵がくつくつと煮えていく。煮えすぎないように途中で火を止めて、フライパンに蓋をする。余熱でふっくら卵が出来上がるまでの間に、器に白米をよそって準備を整える。蓋を開ければ、ふわんと湯気と一緒に美味しそうな匂いが広がった。いそいそと四つの器に玉子とじを載せていく悠利。四つ?と茜が首を少し傾げたけれど、ひよりはそんなことは気にしていなかった。美味しそうなご飯に大注目だ。
「はい、他人丼の完成でーす。ひよりちゃん、運んで貰って良い?」
「オッケー、オッケー!任せて!」
「茜さんは、味噌汁よそってもらって良いですか?」
「え、えぇ。……って、味噌汁?」
「はい、お味噌汁です」
悠利が作業していた隣では、別の鍋が温められていた。今の今までそれに気づいていなかった茜だが、しれっと悠利が告げた味噌汁という単語に、衝撃を受けていた。どう見ても西洋風異世界なのに、味噌汁。そもそも、よく考えたら、しぐれ煮が作れると言うことは、醤油があるということだ。え?と首を捻っている彼女であるが、今はまだ、問いかけることはしなかった。もとい、質問できるだけの気力が無かったらしい。そろそろ茜のキャパシティが心配になる。真面目人間には衝撃が強すぎるようだ。頑張って欲しい。
とりあえず、バイソンのしぐれ煮をリメイクした他人丼と、具沢山の味噌汁でお昼ご飯である。いただきますとひよりが元気よく挨拶をして、すぐさま食べ始める。茜が待てをする隙もなかった。よほど空腹だったのか、未知のお肉にお腹が敗北したのか、どちらだろうか。両方かも知れない。
「ふぉおお!お肉超美味しい!柔らかくて旨味もあって、甘辛い味付けで、玉子がトロトロすっごい!」
「……ひより……」
「あはは、気に入って貰って何よりです。茜さんも先に食べててくださいね」
「悠利くん?」
「僕、アリーさんを呼んで来、……あ、アリーさーん!お昼ご飯出来ましたよー」
最後の一名を呼びに行こうとしていた悠利が、途中で誰かに気づいたように声を上げた。釣られるように茜も視線を向ける。そこには、訝しげに眉を寄せる、眼帯にスキンヘッドの強面、この《真紅の山猫》のリーダー、アリーの姿があった。その出で立ちに、彼が放つ威圧に、茜は小さく息を飲んで硬直した。非戦闘員の日本人には、結構インパクトのある出で立ちである。が、悠利は気にした風もなく、アリーを呼んでいる。
アリーもとりあえずテーブルに近づいて、そして。
「……で、この客人は何だ」
「お客さんです」
「そういう話を聞いてんじゃねぇんだよ、お前は!」
「痛い痛い痛い!」
低い声で問いかけたアリーに、悠利はのほほんと答えた。次の瞬間、お説教代わりのアイアンクローが炸裂した。勿論手加減はされているが、それでも痛いので悠利は涙目になりながらじたばた暴れている。勿論、アリーの手から抜け出せるわけもないので、騒ぐだけ無駄なのだが。
そんな二人のやりとりを、茜は凍り付いたまま見ていて、ひよりは全然気にしないで黙々と他人丼を食べていた。……妹よ、美味しいのは解るから、もうちょっと周囲にも気を配っておくれ、と茜は心の中で妹の図太さを嘆いた。
その後、悠利の説明で二人が異邦人と知ったアリーが、昼食後に詳しく話を聞くことを条件に滞在を許可し、四人での食事となるのでありました。なお、ひよりは普通に他人丼をお代わりしていた。よほど気に入ったらしい。
ひよりちゃんが色々暴走してますけど、まぁ、ひよりちゃんなので←ヲイ
茜ちゃんが大変なことになってますけど、茜ちゃんなので←
アリーさんと悠利は通常運転です。
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