第1話 深夜、森の中の出会い
初連載していた際に、載せていた部分を消しました。その代わり、前回の文に加筆致しました。
今更ではありますが、出来る限り、週一で一話ずつ掲載していこうと思います。
私は、星の煌めきが良く見える、森の開けた中心に一人で立っていた。
「ここは……どこ?」
どうして、そんな場所にいるのか。だなんて私自身もわかっていない。
気付いたら、ここに居たというか、立っていたというか……。
「……イッタッ……」
記憶はあまり、はっきりとしていなかった。思い出そうとしても、頭を殴るかのような重い痛みを感じるだけで、何も思い浮かばなかった。
今いる場所から、私一人の世界にいる様に感じながら、星と月の光だけが私の味方をするかのように私の周りを照らし、それ以外は真っ暗で木々の先頭しか見えなかった。
きょろきょろとあたりを見渡すけれど、どうやって帰ろうか、なんて思ったとしても、ここがどこなのかさえ分からないでいる。
分かっている事は、森の中であるという事と、帰り道が分からないという事だけだった。
じっと、木々の隙間を見つめ、月と星の光で私の周りはよく見えるとしても辺りは暗く、全く森の奥は見えなかった。
夜だからか、一人でいる寂しさと不安に駆られている時、森の中からどこからともなく動物の遠吠えみたいな声が辺りに響いた。いきなりのことだったからか、私はびっくりして身構える。
遠吠えからすぐに、森の奥からグルル……と獣のうなる声も聞こえ始め、私の身体は肌寒いというわけではなかったけれど、身構えたことによって恐怖に震えていた。
そんな震えた身体を守るために、私は両腕を包むように肩を抱き、声の方向に視線をやると、木々の間から、幾ばくかの三白眼に揺らめく光を発している動物が、私を遠くから睨んでいるのが見えた。
私は、動物――今は獣というべきなのか――の睨みから、オオカミに狙われる羊のような気持ちになりながら、チクチクと身体全体を指して、品定めされているような視線を受けていた。
森の中で住んでいる獣たちが、私を食べる為に集まったのだと視線から察した時、私は今の状況を打破してくれる人を求める為に、助けを呼ぼうとして喉が痛くなりそうなほど強く叫んだ。
「誰か――助けて――――――ッ!!」
私が大声で叫んだことによって、少し後ずさった獣たちだったけれど、数分しても何も起きない事に、獣たちは気を取り直し、先ほど以上の唸り声を私に向けてきた。
獣の唸り声に、震えながら
(私は何もわからないまま、死んでいくの?)
と、絶望しそうになりながら瞼をギュッと硬く閉じる。
すると、閉じた瞼の代わりに情報を得ようとしたのか、鮮明にどこか遠くから馬の鳴く声が聞こえてきた。
「こ……今度は、何……?」
獣たちの唸り声は馬の鳴き声に、一度怯んだように止み、数匹は鳴き声をきっかけに怯えるように逃げていった。
「少し、は……助かったの……かな?」
獣たちの数が少し減ったことに対して、ちょっとした安堵に胸を撫で下ろしたけれど、残っている獣たちはもう一度、唸り声をあげた。
今度は私に向けてでなはく、恐らく先ほど聞こえた馬の方に向けて唸っているようだった。
獣たちの意識が他の方へ向いている隙に、この場から離れようとしたけれど、安堵した心とは裏腹に、足が竦んで動かそうとしても動くことが出来なかった。
竦んだ足を叱咤するように、太ももを叩いている間にもう一度、馬の鳴き声が聞こえる。
今度は少し近くの方角から鳴き声が聞こえてきた。
「もしかして、馬がこっちに近づいて来ているの……?」
確信とした確証はないけれど、遠くから聞こえていた声が近づいてきているのではと思った私は、助かるという期待に胸を高鳴らせる。
誰かがこっちの方に向かってくるという期待から、暗かった森の向こう側から、木々の隙間からまばらに光を発しているような光景が見かけた。
「あれ……? 見間違い、かな……? 本当に光が――……」
けれど私は馬の鳴き声が聞こえきてからの期待が強すぎたからこそ、幻覚が見えはじめたのかと思って、目元を軽くこすってから、瞼を細めて光が見えた隙間を見ようとした。
すると幻覚ではないと証明するように目線の先に仄かに煌めくオレンジ色の光が、森の奥からだんだんと、私の方にゆっくりと近付いて来ているようで、これは幻覚ではない事だと確認できた。
だけど、もし先ほどの馬の鳴き声が聞こえたのだとすると、ゆっくりと近付くのではなく、もう少し光の移動は早いんじゃないかな? と頭に浮かび、とある考えが思いついた。
「誰かが馬の鳴き声とは別に歩いてこっちに来ているの……?」
(じゃあ、馬の鳴き声のは……?)
なんて疑問に思っていると、ゆっくりと近づく光とは逆の方向から、四足歩行の何かがだんだんと不均等に草木を踏み締めて近付いてくる音が聞こえてきた。
その音は急ぐかのように早い間隔で来ている事が分かった。
いつの間にか獣たちの気配が無くなっていることに気付いて、不安と恐怖は消えたけど、その代わり近づいてくる音に、緊張からか私の耳に心臓がドクドクと届くかのようにうるさく鳴っていた。
「そこに誰かいるのか! 助けに来たぞ!!」
勇ましい男性の声が聞こえたかと思えば、私の目の前の森の奥から土を踏む音と草木を掻きわける音と共に、月の光で装飾がキラキラと光り、絹あたりのいい服を着て人物が森の中から颯爽と、馬と共に現れた。
その光景が、童話の中の挿絵に出てくるように思えて、とてもきれいな光景として焼き付けるかのごとく魅入っていた。
「君だな。高い声を出して、助けを呼んでいたのは」
颯爽と現れた男性は開けた森の地形を利用して、一周二周とグルグルとまわりながら、だんだんと馬の歩調を下げていき、男性の乗った馬は私からちょっと離れた場所で止まった。
「君、大丈夫か?」
「……ぇ、あ、はい。だい……じょぶ、です。……っ」
男性に声をかけられるまで魅入っていた私は、男性の気を遣うような声で我に返って、答えながら馬に乗った男性の方に歩を進めようとしたけれど、その場所へ向かうことが出来ずに、その場に立ちつくすしか出来なかった。
立ち竦んでいる私の姿を見て、男性はゆっくりと馬を移動させて、私のすぐ目の前に止めてくれた。
そして男性は手綱から片手を外し、白い手袋に包まれた手を差し伸べてきた。
「あの……ありがとうございます。助けていただいて……。ところで、月明かりがあるとはいえ、夜の森に貴方が? ……もしかして、私の声に気が付いて駆けつけてくれたのですか……?」
私は差し出された手を取りながらお礼を言って、純粋に思った事を疑問として聞き返した。
男性は手を取ったまま私の身体を軽々と引き上げると、向かい合わせになるように前に座らされて、男性の顔をちょっと見上げる形になった。
「礼には及ばないさ。しかし、こんな場所になぜ君がいるのかと聞くのはこちらも同じだ。まあ、このことは後で聞くとして、先に君の質問に答えよう」
私の顔を見ながら微笑んだ。
そして、私の問いに答えるように口を開いた。
「まずは私が馬に乗って夜の森にいるのは、この開けた部分に城の中からでも大きな光の柱が見えたからだ。寝ていた従者と騎士を叩き起こし、仲間と共にこの場所へ向かっていたのだ。次に光が見えた場所に向かっていた時に丁度、君の助けを呼ぶ声が聞こえたので先に行くと仲間に言って、馬を走らせて来たのだ」
男性が教えてくれたことを整理すると、大きな光が落ちた場所に向かう途中、私の助けを呼ぶ声を聞いてから、急いで駆け付けてくれたという事が分かって安堵する。
それと共に、最悪の場合が頭に浮かび、言い寄れぬ恐怖が背中を這った。
(声に気付いてもらえなかったら今頃……。って今は無事だから、考えるのはやめよう)
獣に襲われて死んでしまっていたシナリオを払拭するように頭を大きく振る。
「大きな、光の柱……?」
「そう、大きな光の柱だ。ところで君はあの光柱と何か関係があるのか?」
違うことに意識を持っていこうとして、私は気になった単語を聞き返した。
男性は頷くと同時に訝しげながら確かめてきているような視線を感じつつも、否定しようと私は横に首を振った。
「いえ……私は……何も知らない、です。気が付いたらこの場所に居たので……」
男性の確かめるような質問に返そうと思っても、大きな光の柱を見かけたことのない私は、申し訳なさを感じながらもう一度、今度は小さく首を振った。
「そうか……ならいいんだ。しかし、この森は本来、夜になると猛獣が潜んでいるから善良な国民なら立ち寄らない場所なのだが、気が付いたらこんな場所にいたのなら仕方がない。ともあれ君に大事がなくてよかったと思う」
私の反応を見て、男性は真剣な顔をしていたが、私の頭を撫でながら柔和に微笑んだ。
私はそんな男性の顔を見て、緊張していた身体は落ち着き始め、悪いものを出すように息を吐きながら頭を下げると向き合っている為か、私は男性の胸板に顔を預ける状態になった。
すぐに頭上から咳払いが耳に届き、しまったと思いながら、パッと顔を上げると頬を染めた男性を目にして、一定の距離を保とうとした。
「あぶない!」
「え?」
馬に乗っていることを忘れて、勢いよく身体を動かしたせいで、私は後ろに倒れそうになった。
すぐさま、武骨の手が腰に回されたかと思うと、ガクンと背筋がしなり男性と密着するような形になりながらも身体を支えられた。
「あ、ぶなかった……。乗馬中にいきなり動くな! 落馬でもしたらどうする!?」
「ご……! ごめんなさい!」
「いや。こちらこそすまない。女性に怒鳴るものではなかった」
抱きしめられ頭上から響く怒り声に謝ると、男性もすぐに謝られた。
私は男性と離れるように姿勢を正した。だけど、力強く引き寄せられ、そのまま彼の胸元に顔を埋めることになった。
「危ないからこのままで……」
「は……はい……」
抱きしめられながら、頭上から落ちる言葉に頷くと、恥ずかしさで頬がアツく熱を帯びていく事が分かった。
数分程して男性はおもむろに身体を剥がして、咳払いすると簡単に自己紹介をし始めた。
「……コホン。ところで、君の名は? 私はリッシャ―・フェルナンドだ。この森の近くにある国の第二王子である」
「え……」
男性の自己紹介で聞こえた単語に、私は驚きに瞼をニ三回瞬かせた。
続く




