夏への扉
「いや、割とすぐに分かったよ、昔よくここに来てたんだよ、一人でボーっと考え事したりね」
俺はベンチに腰かけると、高橋こずえはブランコを指差し言った。
「こっちにしない?」
夜中の公園にいい年した男女二人がブランコに揺られている。かなり奇妙な光景に違いない。だけど久しぶりに乗るブランコはすごく楽しかった。昔はよく順番待ちして乗ってたっけ。
「私もたまにここ来るよ、誰もいない公園って好きなんだ、なんか世の中を出し抜いてひとりで物凄いこと考えてる気分になれるんだ」
さらにそこから、身の上話を続け、今は18歳で地元の大学に入ったはいいものの、どうしても周りに馴染めずに休学中で、最近、不眠症になってしまい病院へ通って睡眠剤を貰っているということらしかった。
「はい、私の自己紹介はこれで終わり、君はどうなの」
「俺は・・・高橋なおきだ、以上」
「それは病院で聞いたし知ってるよー、しかも自己紹介になってないじゃんコミュ障なの?」
「う・・あまり・・・言いたくない・・・状況が状況だけに」
「ニートでしょどうせ」
「違う!働く意欲はある!と思う、きっと今がその時期じゃないというか」
「そ、そっか、ねえこういう話信じる?」
高橋こずえはヒョイっとブランコから降りて地面から落ちている石を拾い上げた。
「問題です。私が今持ってる石があります。これを手から離すとどうなるでしょう」
やはりかなりの電波に汚染されてるようだった。そういえば心療内科の待合室で出会ったのだった。無理もない。
「正解は、こう」
手から離れた石は地面に落ちて、コロコロと転がった。
「不思議じゃない?1万回落としても結果は同じなんだよ?」
「お前の前世はきっとニュートンなんだ、さ、もう夜も遅いし帰ろう」
「私が言いたいのは物理の法則がどうとかじゃないの、なんていったらいいのかな、運命ってあると思うんだよね、あらかじめ決められた出来事があって私たちはそこに向かって生きてるの、私たちは常に自分で選択してるようで、実はそうじゃない、そしてそれに逆らえない」
俺は深いため息をついて言った。
「俺にもそういうこと考えてる時期があったかもしれない、でも起こったことが運命だとして、誰にもそんなこと分からないじゃないか」
「そうだね、でも私はこうしてあなたと会ってお話してる、今日出会うまで赤の他人だった二人が。これも偶然かな」
「それはお前があんなスレ立てたからだろ、偶然じゃなくて必然なのそれは」
「でも普通来るかなーこんな夜中に、それに私の考えた暗号もアッサリ解いちゃうし、君が昔よくこの公園に来てたからすぐ分かったんでしょ?それも偶然?」
「よし、そこまで言うんだったらこうしよう、ちょっと目をつむってくれ」
「え・・・やだこの人こわい、変なことする気でしょ」
「そんなことするか、いいか、お前が目を」
「ずっと気になってたけどお前じゃなくて私こずえっていうんですけど」
「んん”っ!ここここ、こずえさん」
「なんで急に敬語になったの気持ち悪い、しかもどもりすぎ」
「こずえ!目をつむれ早く!」
「分かった・・・はいつむりました」
「よし俺が今から指である数字を示す、両手の指で1~10の数字だ」
こずえが目をつむってることをいいことにあらためて顔をまじまじと眺めた。長いまつ毛、閉じられた瞳。ずっと見てるとかなり変な気分になってくる。
「10の数字がどうかしたのー?あとなんかすごい視線感じるんですけど」
我に返った俺は続けた。
「今から俺が指で作った数字をこ、こ、こ↑ず↓え↑が言い当てろ」
「オコエみたいな発音やめて」
「もし当てたら、俺と付き合ってくれ、確率は10分の1、当てれば付き合う運命だったということで」
自分でも何を言ってるのか分からなかった。ただの冗談のつもりだったかもしれないし、本気だったのかもしれない。人間わけのわからない状況だと妙に積極的になれる。
「は!?何その無茶苦茶な展開、私別に君と運命の赤い糸で結ばれてるとかそういうの思ってないから」
一気に現実に引き戻された。そうだ、俺は何もしなくても、女の子が都合よく自分のことを好いてくれるやれやれ系アニメの主人公ではない、鏡で自分の顔面を確認すればすぐに分かることだ。
ガックリと肩を落としている俺を尻目に、こずえはポーチから果物ナイフを取り出した。
「こっちならいいよ、君がナイフで私を刺す、私がそれでも生きてれば、付き合ってあげる」