die is cast
雨の匂いから懐かしさを感じるようになったのはいつからだろう。
テレビのCMが鬱陶しく感じるようになったのは果たしていつからだったろうか。
大学中退後、定職に就かずバイトをしたりしなかったりという生活は精神をかなり参らせた。
某ちゃんねるで糞スレを乱立させ、レスを貰うことがたったひとつの俺の存在の証明だった。
寸分の狂いなくやってくる昼と夜に嫌気が差してベッドの上に寝転がった俺はぼんやりと天井を眺めた。
「もういやだ」
その時、ふと冷たい視線を感じた。
机の上にくしゃくしゃに丸められたバイト用の履歴書がじっと自分を見つめあざ笑っている。
「(俺はお前が俺を見たのを見たぞ)」
紙が喋る声を聞いた時、いよいよ限界を感じ、心療内科で受診する決意をした。
街の高台にある大学病院は外装は古びているものの、中は清潔な感じがして心が落ち着いた。
「やっぱり来て正解だったかな」
受付をすませ、待合室で自分の名前が呼ばれるのを待った。
「高橋さーん」
若干面倒くさそうに看護師が俺の名前を呼んだ。
「あれ?早くないか?受付してすぐだぞ・・・そんなに病んでるように見えたのかな、そもそも心療内科に急患とかあるのか?」
被害妄想全開の心を抑えつつ返事をした。
「はい」
「はい・・・・」
「え?」
「え・・・」
「俺高橋って言うんですけど」
「私も高橋ですが・・・」
「あ、すいません高橋こずえさーん」
女は勝ち誇ったようにこちらをチラリと見ると診察室へとパタパタ向かっていった。
「何だあの女、感じ悪いな・・・でも結構可愛かったな・・・」
肩にかかるくらいのさらさらした落ち着いた茶色の髪、パッチリとした目、細くて白い手足。
「あんな可愛い子でもこんなところにくるんだな」
スマホで某ch mateアプリを起動させ、早速この劣情をサイバー空間にぶつけた。
‐【悲報】ワイ、病院の待合室で超可愛いメンヘラ女の子と仲良くなる‐
よし、これでいいだろう。多少盛ってスレを立てるのはネット社会の礼儀というものだ。
スレはまったく伸びずに落ちた。
正確には1レスだけついていた。
‐ありがと、高橋さん‐
全身に鳥肌が立ち、パっと視線を前へ向けると高橋こずえが立っていた。