魔王の座り心地
執筆初挑戦のぺーぺーの拙い作品ですが、楽しんで頂けたら幸いです。
不定期更新です。
今起きたことはまるで夢の中での出来事のようだと僕、七瀬雪はぼんやりと感じていた。
とりあえず周囲を見渡すと、荘厳な雰囲気を醸し出す大広間に全身を漆黒の甲冑で固めた暗黒騎士や明らかに人ならざる容貌の悪魔達が突如現れた僕に驚くあまりに目を飛び出しそうなくらい見開き口を大きく開けて固まっている。
今の自分の状況を把握できていない不安感ももちろんあったが、驚き顔のどれもがあまりにもマヌケで僕は笑いそうになるのを必死に我慢した。
(夜に彼らの事を見たらとても恐ろしく感じるのだろうけど今のマヌケ面を見た後じゃあんまり怖くなくなるんだろうな)
なんて失礼なことを考えていると後ろから――否、僕が座っているモノから声をかけられた
「クク、馬鹿共めアホな面を晒しおって。ところで少年よ、我の座り心地はどうだ?」
「まあまあかなぁ。ちょっと硬いけどなんだか安心感があるっていうか……って、うわぁ!!!」
背後から響く邪悪な気に満ちた恐ろしい声を聴いて僕は初めて今座っているモノがイスなんかじゃないと気づいた。
焦る僕の頭は高速で思考し始める。
お城の玉座の間のような場所に暗黒騎士や悪魔達が首を垂れて従うような存在、まさか――――
「ククク、まぁまぁか。この我、魔王ヴォルガテールをイスにしたとしても満足できぬと言うのだな。面白い。」
恐る恐る後ろを振り向いて声の主を確認するとそこには邪悪な笑みを浮かべた大男が愉しそうにユキを見ていた。
(あぁ、これは死んだかも…)
魔王からの邪悪な笑みに耐え切れず、死を覚悟した僕はなぜこんなことになってしまったのかと現実から思考をそらした。
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今日は本当にいい天気で学校なんか行かずに日向ぼっこをしたいくらいだった。でも家にいるくらいなら学校に行こうと思い結局いつも通り通学した。
今僕は叔母さん一家と共に暮らしているが、正直家には帰りたくない。
僕の両親は2年前に家族でショッピングに出かけた時、僕の目の前で何者かに殺された。その時のことはぼんやりとしか覚えていない。お医者さん曰く両親を目の前で殺されたショックから心を守るために記憶が曖昧になっているそうだ。
その後父の姉の雅代さんの家に引き取られたわけなのだけれど、この雅代さん一家のいびりが激しくて僕は両親が亡くなったストレスもあり早々に彼女たちとの交流を絶った。
雅代さん一家は元々住んでいたアパートを解約し、嬉々として僕たちの家に移り住んだ。2年たった今でも僕へのアタリの強さは変わらず、むしろ悪化している。
そんなわけで家には帰りたくないのである。
家と違って学校には楽しみや安らぎがたくさん存在していた。大切な友達や幼馴染。
みんなは苦手みたいだけど勉強することも僕は好きだし家で出されるカップラーメンよりもまともでおいしい給食が食べれるのは本当に嬉しい。
(今日の給食は何かなぁ)
鳥の鳴き声を聞きながら今日の給食に思いをはせていると後ろから声がかかった。
「雪、おはよう!」
「おはよう、舞ちゃん」
彼女は僕の家の隣に暮らしている氷咲 舞ちゃんだ。
舞ちゃんは小学生とは思えないくらいに大人っぽくて落ち着いていて、将来は美人になると近所では評判になっている。
「雪また給食のことでも考えていたでしょ?」
「そうだけどなんでわかるのさ。舞ちゃんもしかしてエスパー?」
「そんなわけないでしょ。勘よ、勘。っていっても雪がいっつも考えてることなんて給食の事か放課後になにして遊ぶかのふたつだけだから大体わかるのよ」
「待って、ホントになんでわかるの!?」
恐るべきかな、エスパー舞。これなら隠し事なんてしても無意味だね。
彼女はいたずらっぽく笑いながら「ヒミツ」とつぶやいた。
それから今日の授業の内容や放課後の遊びについてとりとめもない話をしていると学校に到着した。
僕たちのクラスは三階にある5-1だ。階段を軽々とのぼり終え、教室の扉を横にずらして開けると既に何人かの生徒が先に着いていた。
「おー、雪に舞。おはよーさん!」
「雪さん、舞さん!おはようございやす!」
「おはよう、大ちゃんにトッキー」
「おはよう大悟くんに時田くん」
今挨拶をしてくれた2人は学校では基本的に一緒にいる香道 大悟くんと時田 宗助くん。通称、大ちゃんとトッキーだ。大ちゃんは体格が良くてクラス内では俗にいうガキ大将みたいなポジションにいる。トッキーはちょっとおバカでお調子者な三枚目のキャラだ。
「あれ?蓮くんにせっちゃんはまだ来てないの?」
「おう、多分世奈の奴がまた蓮のこと困らせてんだろうなー。朝に弱すぎだろあいつ」
「せっちゃん」こと瀬川世奈ちゃんと赤城蓮くんは僕と舞ちゃんのように家が隣同士ということもあり、毎日一緒に登校してきている。
せっちゃんは朝起きるのが苦手で毎朝蓮くんに迎えに来てもらっている程睡魔に弱い。
授業中も大抵爆睡していていつも隣の蓮くんに起こされている。そんな蓮くんの世話焼きっぷりをみてクラスの男子がつけたあだ名が「オカン」である。彼には申し訳ないけどこのネーミングには流石に笑った。
そんなこんなで2人もチャイムギリギリで登校し、朝のHRが始まった。その後もいつも通りに授業をこなし、放課後を迎えた。
現在の季節は春。今日の放課後は地元で迷い桜と呼ばれる丘の上に咲く三本の桜の木の下で集合だ。
僕は雅代さんの顔を思い浮かべ憂鬱な気分で帰宅したがいつも家でゴロゴロしている雅代さんはおらず、ひっそりとしていた
。雅代さんのいびりを聞かなくて済むのは気が楽だ。ランドセルを部屋に置いて、急いで迷い桜へと向かうことにしよう。
迷い桜に集まった僕達は早速鬼ごっこを始めた。
鬼ごっこに始まり缶蹴りやかくれんぼといった定番の遊びを僕たちは全力で楽しんだ。
「雪み~っけ!これで最後だぜ!」
「あはは、見つかっちゃった」
大ちゃんがうれしさを滲ませた声で叫ぶ。かくれんぼの鬼役が得意な大ちゃん相手に最後まで頑張れたなら上々の出来だろう。
かなり長い時間隠れていたので辺りは夕暮れ時になっていた。
「雪、とんでもない所に隠れていたわね…」
「そ、そうだね…」
僕が見つかるまで木の下で座って待っていた舞ちゃんが呆れたような声で話しかけてきた。それに同調したのはせっちゃんだ。
「僕は体が他のみんなよりも小さいからね、段ボールの中にだって入れるんだよ」
そう、僕は持ち前の体の小ささを生かして落ちていた段ボールの中に入って身を隠していたのだ。
「雪はチビだもんな!いっつも見つけんの大変だぜ」
「こら大悟、言葉に気をつけろ」
大ちゃんを注意したのは僕たちのオカンである蓮くんだ。
「別にいーじゃんよー、なっ雪!」
「うん。僕は気にしてないよ」
大ちゃんに背の低さを指摘されるのは慣れている。実際僕の身長はクラスでも一番小さい。毎日欠かさず牛乳を飲んではいるが特に効果を実感したことは無い。いや、これから伸びると信じているから気にはしていない。
「まったく。雪は優しすぎるんだ」
「そうよ雪、たまにはガツンと言ってやりなさい!」
「はは、僕には無理だよ」
ガツンと言うなんて弱気な僕にはハードルが高いよ。
そんなことを考えていると先ほどから静かだったせっちゃんが驚嘆の声をあげた。
「わあぁ…すごい…!」
せっちゃんの視線の先に目をやると桜の木が舞い散っていた。
辺りは夕焼けに包まれていて、桜と夕日が僕たちから見える景色をノスタルジックな雰囲気に演出していた。
――――――――――ユキ、ごらん。綺麗だろ…?
ふと僕は以前家族で訪れた山からの景色を思い出していた。あの時も今と同じで夕日を背景に桜が舞い散っていた。
父さんはその景色が大好きで僕にどうしても見せてあげたいといつも言っていた。
知らず知らずのうちに僕は桜の方へフラフラと歩みを進めていた。
散っている桜が僕にくっつくことも気に留めずに進んだ。そしてあの日と同じように木に触れた。
なぜだか桜の木からは父さんと母さんのぬくもりを感じた気がした。
――――瞬間、桜吹雪が僕たちを襲った。目も明けられないくらい強い風で、僕は飛ばされないように必死に木にしがみつく。
「うわああああああああああ!」
「ユキッ!!!」
舞ちゃんの声が聞こえた気がしたが、凄まじい風の奔流により返事をすることはおろか、目を開けることすら困難だ。なぜか右手の甲にじんわりと熱を感じるが今は確認できない。
そしてどれくらい時がたったのだろうか。長いようで一瞬の時を経て僕はゆっくりと目を開いた…。
こうして僕は齢10歳にして異世界へと飛ばされてしまったのである。