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我が家の桜子さん 2

作者: 悠久

「これ良いなぁ、それにこれも悪くない……うぅん、どれにしようかなぁ」

 パソコンの画面に張り付き、いつものように吟味する。

 これに限っては妥協したくないので、じっくりと。


「あ、この人はなんだか……」

 桜子さんに似て――


「坊ちゃま。失礼します」

 突如、ガチャっと扉の開く音と共に桜子さんの声が聞こえる。


「おうわぁっ!?」

 僕は慌ててノートパソコンに手を伸ばし、畳み込む。

 その様子を桜子さんは怪訝な目で見ている。いつもの無表情のままながらも、目だけは確かに「どうかしましたか」と問いかけてくるようだった。


「さささ桜子さん!?入るときはノックしてって!?」

「しましたよ。坊ちゃまがお気づきにならなかっただけでは?」

「え、嘘!そんな音しなかったよ!?」

「おかしいですね。ちゃんとしたのですが……」

 僕は見逃さない。いつもノックなしの突然の闖入で僕を驚かせるのが大好きな桜子さんがノックをするはずがないという違和感を。そして今も無表情ながらも僕をからかって遊んでいる、喜びを。


「ねぇ、桜子さん?ちなみに、ノックをしたのは当然僕の部屋だよね?」

「これはこれは。相変わらず坊ちゃまは異な事を仰りますね。この桜子が坊ちゃまの部屋でのっくなどするわけがないじゃないですか」

 はっはっは、と無表情のまま乾いた笑い声を上げる桜子さん。

 というか……。


「今変なこと言わなかった!?僕の部屋でノックするわけがない!?してっていつも言ってるよね!?」

「おっと、失礼しました。桜子失言、てへっ」

 握り拳をこつんと頭に当てて、ペロリと可愛く舌を出す桜子さん。無表情なので可愛いというかもはや狂気を感じる。


「いやいやいや!可愛くごまかそうとしても無駄だからね!誤魔化されないからね!?」

「さすがです、坊ちゃま。桜子ちゃん可愛い作戦に気付くとは……!伊達にいつも桜子にメロメロになっておりませんね、くっ、桜子困っちゃう」

「なってないからね!?いつもメロメロとかなってないからね!?なんか今日やけにご機嫌じゃない!?」

 いやまぁ、なってないと言えば嘘になるけど!いつもではない、と思う!多分!おそらく!あるいは!

 しかし、ご機嫌だからかいつもの変人っぷりに磨きが掛かかってる!正直めんどくさい!


「桜子は確かにのっくいたしましたよ。坊ちゃまの心の扉を。常に」


 キリッという擬音が似合いそうに表情を引き締め、どこかのアニメに出てくる警部を装うかのように、被りもしていない帽子を正すような振る舞いで告げる。

 しかし、その手は空を切り、白いカチューシャだけが僅かにずれたぐらいだ。


「……やっぱり意味がわからない!?」

「そこはまぁ良いではありませんか。実はおもしろい物を友人からいただきまして」

「本当は良くないけど……面白いもの?」

 確かに、このままだといつものように桜子さんのペースに巻き込まれて会話が進まなくなるので、ほどほどにし、僕は話を聞く態勢を取る。

 というか、桜子さんに友人とか居たんだ……。

 休みの日も家にいるし、連絡を取り合ってるのも見たことないので、てっきり孤高の人だと思ってた……。


「む。坊ちゃま、今何か失礼なことを考えませんでしたか?」

 桜子さんは僕の考えを機敏に察し、ジト目で睨みつけてくる。


「え!?か、考えて……ないよ?」

 てっきりぼっちの人だと思ってた……なんて言える訳もなく。


「不自然な間もありますが、まぁ良いでしょう。普段坊ちゃまが桜子の不埒な姿を妄想してるとの一緒に、今は水に流すことにします。ちなみに水でもお湯でも溶けないのであしからず」

「い、いや!?ししし、してないヨッ!?桜子さんで妄想とかしてないからっ!

 あと水にもお湯にも溶けないって何のこと!?」

「そんな……。坊ちゃまは桜子で妄想をしたことがない、と……?

 桜子に女性的な魅力を感じないということでしょうか。桜子、しょっく……」

 桜子さんはそういいながら、ゆっくりと地面に崩れ落ち、今では女の子座りでよよよ、と白々しい泣き声をあげながら、エプロンドレスの裾で涙を拭う、振りをしている。

 嘘泣きだとわかっていても、僕の胸がチクリと痛む。罪悪感。


「う……」

 座っているからか、座っていてもというべきか。

 しなるように座っている桜子さんは体の女性らしいパーツを静かに強調している。

 エプロンドレスを下から押し上げる胸部に、エプロンドレスの紐と同じようにキュッとした腰のくびれ、そして大きすぎず、それでも女性らしい柔らかさを誇る臀部。

 そして色艶やかな黒髪を伸ばして、怜悧さを感じさせる美貌の顔。

 彼女に女性らしさ、色気や美しさを感じないわけがなかった。


「そ、そりゃあ僕だって男だし、美人な桜子さんでそういうことを考えなかったわけでもないけど……それに……」

 未だに嘘泣きを続ける桜子さんを慰めるために、僕は言い訳ともとれる言葉を紡ぎだす。

 しかし、さすがに内容が内容だけに蚊の鳴くような声でしか喋れない。

 本人に聞かせるためのはずなのに、本人には聞こえないのは仕方がないと思う。勘弁してほしい。


「坊ちゃま?俯いてどうかしましたか?顔も赤いようですが……」

 僕が言い訳がましくゴニョゴニョと喋っていると、僕の身を案じて、唐突に桜子さんが下から僕の顔をぬっ、と覗き込む。

 その瞬間にもふわりと桜子さんの長い黒髪からせっけんのいい香りが香る。――完璧な不意打ちだった。

 僕は突如現れた顔に驚き、見蕩れながらも思わずたじろぐ。


「う、うわぁっ!?」

「きゃっ!本当に、どうかしましたか?」


 僕の声に驚き、桜子さんからも声があがる。

 しかしその声はいつもの平坦な抑揚の声ではなく、女性らしい悲鳴だった。

 咄嗟に出た声のため、これが彼女の素なのだろうと思う。


 そう思うと――なんというか、ずるい。

 普段は僕をからかうだけからかって、子供扱いしてお姉さんっぽく振舞うのに、時折同年代の女子と同じような可愛さ、それ以上の可愛さを見せておきながら、そのうえに年上の色気を垣間見せるのだから。

 僕はそんな彼女に滅法弱い。普段は鉄面皮のようなのに、時折見せられるそのギャップには、ずるいとしか言えない。


 だけど、未だに驚き、僕を心配するような弱気な表情と、声色に「ずるい」などと声をあげることもできるわけがなくて――。


「う、ううん!?なんでもないよ!?ところで桜子さん、僕に何か用があったんじゃないの!?」

 強引に恥ずかしい話を打ち切って、桜子さんが僕の部屋に押しかけてきた理由を尋ねる。

 桜子さんは未だに不安げな顔だけども、僕がなんともないという以上、これ以上は無駄と割り切ったのか、すぐさまいつもの無表情に戻り、引き締める。


「まだ顔が紅いようですが……。まぁ、いいでしょう。

 桜子が今宵、坊ちゃまの部屋に訪れた理由、それは……」

 桜子さんは喋りきる前に、目を閉じて豊満な胸をむんっと強調するように胸を張る。

 そしていつまでも、その体勢のままで。

 要は、尋ねろってことなんだなぁと察して、僕は一向に進まない話題に乗ることにした。


「それは……?」

「げぇむをしましょう」

 溜めに溜めまくった桜子さんは、誇らしげに言った。


「はぁ……。ゲーム……?」

 何を凄いことを言うのかと思ったら……。


「ちっ、ちっ、ちっ。ただのげぇむではございませんよ、坊ちゃま。

 私たちが今からするのは、実におもしろき……その名も、人生遊戯でございますっ!」

 舌を打ちながら、指を左右に揺れ動かした桜子さん。

 そしてそのあとに、腰に手を当て、胸を張る。

 彼女の大きな胸部が前面に押し上げられ、目のやり場に困る。

 しかし――


「人生、遊戯……?どこかで……」

 聞いたことあるような……。

「そうっ!かの有名なげぇむでございます!るうるは簡単!まず胸の前に握り拳を作り、掛け声と共に手を出します!手は三つあり、握り拳、二本指、五本指のいずれかを出します。

 ここでは握り拳をぐう、二本指をちょき、五本指をぱあと仮称しましょう。ぐうはちょきに強く、ぱあに弱い。ちょきはぱあに強く、ぐうに弱い。ぱあはぐうに強く、ちょきに弱い。

 このような三すくみだけ覚えていただければ成立しますっ!」

「あれ、それって単なる……」

「それでは行きますよっ!じゃん、けんっ……!」

 じゃんけんじゃ、と言おうとしたら、間髪入れずに桜子さんが掛け声を出す。

「ぽんっ!」

 その掛け声につられて、思わずグーを出してしまう。

 対する桜子さんの手は――。


「私がちょきで、坊ちゃまはぐう、ですか……。

 私の負け、ですね。ならば……」

 そういって、桜子さんは後手でエプロンドレスの紐を解き、脱ぎ始める。

 そして、黒いワンピースを脱ごうとして、白い肩が露になり、黒い紐のようなものも剥き出しになる。


 あれって、ブラ……!?

 見ちゃまずいと思い、僕は目を閉じ……ようとしても、欲望に抗えず、精一杯の抗いとして、目を指で覆い隠す。


「って!ちょ、ちょちょ、ちょっと!桜子さん、何脱ごうとしてんのっ!?」

「仕方がないのです。人生遊戯に負けたものは、勝者に全てを捧げる。これがるうるなのです……」

 そういいながら、ゆっくり、ゆっくりと衣服に手をかけていく。

 僕は目を手で覆い隠す。するすると絹擦れの音が嫌に生々しい。


「いやいやいや!さっきの単なるじゃんけんじゃん!?」

「さすがですね、坊ちゃま。じゃんけんだけに、じゃんけんじゃん、ですか。最高にくうるでございます」

「いやいやいやいや!何もおもしろくないし!ぜんぜんクールじゃないし!そもそもギャグのつもりじゃないから!いいから早く服を着なおしてよっ!」

「じゃんけんだけに、私はまけん!なんちゃって」

「……」

 もう負けてるんだけどね、と突っ込んで欲しいんだろうか。

「じゃんけんだけに私はまけん!」

「……」

 突っ込んだら負け気がする。


「ぐへへ、嫌も嫌も好きのうちって言うんだぜ」

「突然何!?誰の真似!?」

 なかったことにした!?

「坊ちゃまです」

「僕そんな下衆なこと言ったことないんだけど!?いいから早く、服ぅ!」

「と言いつつも、坊ちゃまはしかと指の隙間から、桜子の艶姿を舐めるように見つめているのであった……」

「みみみ、見てないよっ!?」

「そういえば坊ちゃま」

「何っ!?」

「桜子、最近ばすとさいずが上がりまして。元々ぴんくの可愛らしい系を愛用していたのですが、さすがにさいず的にでざいんが可愛らしいよりも、艶やかな、色っぽいものになってきたんですよね……」

 大きいのはデザインがあまり選べなくて大変だってよく言うもんね!

 「ほら、この赤いぶらだって……」

「それ、黒いよ!?」

「……」

「……」




 人間、しまった、と思ったとき。その時は既に手遅れなんだと僕は知った。


 なんせそう思ったときには、僕のわずかな視界、指の隙間いっぱいに桜子さんの白い胸の谷間と、黒いブラが埋め尽くされた。

 抱きつかれたのだと悟ったのは、顔面で感じるおっぱいの柔らかさと、鼻腔をくすぐるせっけんと桜子さんの僅かな汗の臭いのおかげ。


 貞操だけは守り抜きました。

 なんとか……なんとか……。

 変わりに、大事なものを失った気がした……。

 桜子さんには、腕力でも敵わない……。


あれ、貰い物は……?

つ、次もあるんだと思います(白目

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