暇人魔王番外編『レイスさんの釣りロマンを求めて 1』
(´・ω・`)改稿作業中ですが気分転換もかねて
「なるほど、この川を辿っていくと共和国側の境界に辿り着くのですね」
「そうだよ。十日に一度しかこないから、いつもこの川に小舟を浮かべて、それに沢山荷物を積んで紐で引っ張りながらやってくるんだ」
「なるほど……川があるのでしたら荷馬車を使うより楽かもしれませんね」
カイさんが里を発った翌日。どんどん彼が離れていってしまうという事実に少しだけ心が沈んでしまうも、そんな調子では再会の時に顔向けが出来ないからと、自分に気合をいれるかのように、早速クーちゃんと共に共和国側の出入り口へと向かう。
これから彼女は外の人間との物々交換や取り引きの監督をする事になる。
なら、私も出来る限りの手伝いを、そして知っている知識を彼女に授けなければ。
里の子供達を騙していた悪徳商人。私がここに来た以上、もう絶対にそんな真似はさせませんからね。
「あ、そういえば商人さんが来るの今日だった。今回は獣人さんの方の集落で取り引きする事になってるから、そっちに行こう」
「分かりました」
この里の移住区は二つある。一つは私達が初日に訪れ、今回の襲撃で被害を被った白髪のエルフの皆さんが住まう場所。
そしてもう一つは、共和国側から移住してきた、訳ありの獣人の皆さんの住まう場所。
別段仲が悪い訳ではなく、その生活リズムの違いから離されているだけで、ほぼ毎日一緒に過ごしていると聞いています。
そうこうしているうちに着いた居住区では、既に住人の皆さんが思い思いの品を並べ、商人が来るのを今か今かと待ちわびているようでした。
その様子が、以前アギダルの町で開かれていた朝市のようで、まだあれから半年も経っていないというのに、妙に懐かしく感じてしまう。
「あ、クーちゃんだ! またその臭いの持ってきたの?」
「臭くないよ、いい香りだよ。どんな料理にも合う凄い野菜なんだから」
「ヤダー! 私その匂いきらーい!」
集落に着くと、クーちゃんの姿を見るや否や、頭から三角の耳を生やした子供達が逃げ出していく。
なるほど……獣人の方々は、その身体的特徴を元々持つ動物の感覚を受け継いでいると見るべきでしょうかね? 今の子供達は嗅覚が鋭い種族なのかもしれません。
けれどもその反面、嬉しそうに駆け寄ってくる方たちも多く、すぐに自分達が持ってきた野菜や道具とニンニクを交換し始めていた。
とその時、どうやら木工細工が得意な方なのでしょうか、押し車に沢山の木工品を積んだ、大きな緑色の翼を生やした女性が近づいてきました。
その獣人とも魔族とも取れる容姿もさることながら、彼女の作ったであろう木工品のうちの一つに、私の視線が釘付けにされてされてしまう。
「あの、それはもしかして釣り竿ではないでしょうか?」
「ん? これかい? そうだよ、これは白エルフの居住区にある森の中で見つけた、緑色に輝く木を乾燥させて作ったものさ」
それは、節が等間隔で存在する、まるで芸術品のような艶を持つ釣り竿でした。
それを見て私はつい、この大陸にに渡ってくる時の事を思い出す。
あの、身体を強く引かれる感覚。自分の手の平と海中の魚が繋がったかのような振動。
細い糸を必死に手繰り寄せ、そして釣り上げた、とてもとても美味しいお魚。
達成感と食欲を満たしてくれた、あの心躍る『釣り』という快楽。
「……あの、これを譲って貰う事は出来ませんでしょうか?」
「まぁこれも商品だからね。何と交換出来るんだい?」
自分でも珍しいと思いながらも、その『欲しい』という欲求に負けてしまいました。
商談モードに入った住人さんが地面にシートを広げ、釣り竿等を並べていく。
むむ、どうやら沢山種類があるようですね。
「れいすさん、私はそろそろ商人さんが来るから皆の様子見てくるけど、たぶんれいすさんがいると恐がっちゃうと思うから、なにか問題が起きるまで私一人で応対するね」
「あ、すみません、ではお願いします」
相変わらず眠そうな瞳で、けれども夢中になってしまっているこちらを見て苦笑いを浮かべたクーちゃんが離れていってしまう。
……みっともない姿を見られてしまいましたね。けれども――確かに私はあの商人と顔を合わせないほうが良いかもしれません。
とりあえず今日は様子見しておいた方がいいかもしれません。
もしもまた暴利を貪るような真似をしたのならば、今度こそ情状酌量の余地なしと、次回訪れた際には相応の報いを受けてもらうとして……。
「さて、じゃあお姉さんの持っているモノを見せてくれるかい?」
女性の言葉に我に返り、私もアイテムボックスから適当な布を取り出し地面に敷き、そこに手放しても問題のない品を並べていく。
服を作る時に余った布や、木材加工用の刃物。それにいくつか持っていたワインに食器。
旅の途中で購入した衣類や、毛糸の玉。
こうしてみるとガラクタばかりで、とてもじゃないけれど竿に釣り合うものがないように見えた。
「……申し訳ありません、こんな物しかなくて……」
「いや、十分じゃないか。外の品物はどれも貴重品さ。それに服なんてなかなか新しい物が手に入らないから……」
「あ、それはまだ一度も使っていないものですので安心してください」
すると彼女は、衣類の中から下着を選び取りました。
「これは……ショーツかい? なんだか布が少なくないかい?」
「それはTバックと呼ばれるものです。薄手の服を着る際、出来るだけ下着の線を浮かび上がらせないようにと考案されたものなんですよ」
「なるほどねぇ……お姉さんみたいにスタイルが良い人は、何着てもお尻が目立っちゃうから必要なのかね?」
む、そんなに私はお尻が大きいのでしょうか?
……大きいですね。不本意ですが自覚はあります。
「じゃあ、このてぃーばっくというのと……そうだね、そのワインをつけてくれたら、釣りの道具を一式譲るよ」
「本当ですか? 嬉しいです。このワインもまだ封は開けていませんが、出来ればもう半年程暗い場所で保管した方がいいと思いますよ」
彼女が自分で作ったという、木を削って作られたウキや、カイさんが使っていたような偽物の魚、それに巻取り機の予備と細くて長い、植物の繊維で出来た糸を譲ってもらう。
これで、私も釣りを楽しむ事が出来ますね!
「いやー参った参った。あの商人さん、こっちがニンニクの交換レートをもう少し上げてって言った瞬間豹変してさ、すぐに帰るって言い出すんだもん」
「それは……大丈夫でしたか? 何かされませんでしたか?」
「うん。じゃあばいばいって言ったら、今度はしつこくレートを戻せって言ってきてさ」
しばらくして、空の荷車を引いて戻ってきたクーちゃんにどうしたのかと尋ねたところ、案の定またあの商人が足元を見るような交渉をしてきたという。
不慣れなこちらを揺さぶる魂胆だったのでしょう、やはり私がついていくべきだったと、自分の欲求を優先してしまった事を深く後悔する。
けれども――
「じゃあもう交換しないから帰って良いよって逆に私が帰ろうとしたら、急に倍の麦とお米を払うって言ってきたんだ」
「まぁ……それで、全部交換したのですか?」
「とりあえず様子見も兼ねてね。たぶん、もっと良いレートで交換してもらえると思う」
「……過去の取引記録を調べておきましょうか」
天然なのか、一応いつもの倍の利益を得ることに成功したようでした。
やはり自分の作った物の価値を正しく認識するのは大切ですね。
少なくとも、私はこれまでクーちゃんの育てたニンニクほど大きく立派な、そして香り高いものを見たことありませんでしたから。
……ガーリックステーキでしたか。以前結界の境界にあった酒場で頂いた料理を思い出す。
あの官能的な肉汁とニンニクの風味を思い出すと、舌の付け根がキュンとします。
そうですね……リュエのバッグが使えない以上、しばらく牛肉はお預け、でしょうか。
「レイスさんは釣り竿交換出来たんだね? 早速釣りをするの?」
「この里の中でもお魚は釣れるんですか?」
「うん。さっきの共和国側に流れてる川、結界の近くだと普通に魚も泳いでいるよ」
「なるほど、川でも釣れるものなんですね……では、早速いってきます」
「はーい。私は一回家に荷車置いてくるねー」
先程案内された小川の隣を、ゆっくりと水を眺めながら進んでいく。
そういえば、リュエも水の流れを眺めるのが好きだったな、と思い出し、今度彼女も誘って二人で釣りを楽しむのはどうだろうかと画策する。
本人曰く『あまり得意ではない』という話でしたが、魚が食いつくかどうかというのは完全に運なのではないのでしょうか?
この辺りは初心者の私には分かりませんが、今度カイさんに聞いてみたら分かるかもしれませんね。
「……カイさん」
頭に浮かべた想い人の名に、今彼がこの場所にいない事を思い出し、つい大きなため息をついてしまう。
川に映った自分の表情に、さらに気が滅入ってしまう。
「……たった一日でこれですか。随分と、本当に随分と依存してしまったみたいですね」
あの手で触れられたい。あの腕で抱きしめられたい。
楽しそうに笑う貴方の隣で、一緒に喜びを分かち合いたい。
一緒に釣り竿を伸ばし、のんびりとした時を過ごしたい。
……それらは全て、未来のお楽しみ。そう思うことにより、このマイナスに傾いた思考の並行を取り戻す。
「森の手前辺りが丁度よさそうですね」
気がつくと、共和国側の森の手前までやってきていました。
先程より川幅が多少広くなり、恐らく商人の物であろう小舟が桟橋に停められていた。
桟橋の先端にそっと移動して、川の様子を窺う。
流れは緩やかで、透明さも十分。けれども、こんなに透明なのに魚の姿が見つからず、本当に釣りなんて出来るのかと不安になってしまいました。
「……あれは、大きな石の影ですし……あれは流木……魚なんてどこにもいないじゃないですか……」
カジキ? でしたか。あの大きさの魚がいるとはさすがに思っていませんが、もっと川の大きさに見合った魚の姿を見つけられると思っていただけに、この光景に先行きが不安になってくる。
ともあれ、糸をたらしてみなくては分からないからと、早速頂いた釣り道具を広げて仕掛けを作り始める。
……巻取り機を竿につけて、糸を通して……先端に針を結ぶのでしょうか?
あ、ウキがありましたね。これはどうやってつけるのでしょう……?
「……困りました。仕掛けの作り方が分かりません」
道具がどういう働きをするのかは分かっているのに、どうすればその働きをしてくれるのかが分からない。
どうしましょうか、クーちゃんに聞きに行くべきでしょうか?
……いえ、何事も挑戦。一先ず、ウキなしで試してみようと糸の先端に針を結びつけることにしました。
「……本当にこれで釣れるのでしょうか」
裁縫用の結び方で止めた針を見つめながら、これでは魚に針を持っていかれてしまうのではないかと不安に思いながら、ヒョインと針を川に投げ入れてみる。
ゆっくりと、流されながら沈んでいく針。川底についたそれは、川の流れにそってゆっくりと視界から消えていく。
「…………あ、餌!」
何故餌がなくても釣れると思ったのですか私は。
急ぎ糸を巻き取っていると、今度は急に糸が巻き取れなくなり、強い手応えが腕に伝わってきました。
まさか、魚が食いついたのでしょうか!?
どうしたものかと、動かなくなった糸の先をじっと見つめる。
……動きがありません。どうしたのでしょう。
今度は川を遡りながら、糸の先がどうなっているのか確認しにいく。
すると――
「大きな水草にひっかかっているだけですね……」
やること為すこと上手くいかない事実に、涙が出そうになってしまいました。
まさか……こんなに難しいなんて。
自覚できるほどに肩を落としながら、里の中心部へと戻る。
住人の皆さんの物々交換は既に終わっており、楽しそうに遊ぶ子供達や、家事をする大人、それに農作物を収穫してきた方達で賑わっていた。
するとその時、普段あまり私に近寄ってこない子供達が、私の釣り竿に興味を示して近づいてきました。
……初日に商人を帰らせた影響で、恐がられてしまっていたのですが……。
「お、おねえさん釣り、してたの?」
「はい。残念ですが一匹も釣れませんでした」
私がそう答えると、少しだけ驚いた顔をし、クスクスと笑い出す。
むぅ……笑顔を見せてくれるのは嬉しいのですが、少しだけ傷つきますね?
そんな子にはこうです。
手を伸ばし、ほっぺを軽く押しつぶしながら顔を見つめる。
小さな三角耳を頭上から生やした男の子が、慌てた顔をしながら手から逃げ出す。
ふふふ、可愛いですね、このくらいの歳の子供は特に。
「じゃ、じゃあ僕達が教えてあげるよ、釣れる場所」
「釣れる場所……ですか?」
「うん。今の時間は魚が釣れにくいんだ。ついてきてよ」
男の子が他の子供達に声をかけ、私が引き返した川へと走っていく。
おかしいですね……川を眺めながら戻ってきましたが、どこにも魚はいませんでしたよ?
彼等についていき、三度川へと向かう。
すると子供達が、先程まで私がいた桟橋のすぐ側へとやってきました。
相変わらず透明で綺麗な水ですが、やはり私の目に魚は映らない。
「お姉さん、ここだよ」
「本当にここなんですか? 私も先程までここにいましたが、魚なんてどこにもいませんよ?」
「……お姉さん、魚だって食べられたくないんだから、隠れているに決っているよ」
「……! なるほど……」
……まさかそんな、人間から隠れる知能まであるなんて。
ダメですね、普段食材としか触れていないせいでしょうか、そんな当たり前の事すら失念していたようです。
私は早速糸の先端に針を結び、そして餌になりそうな食べ物をアイテムボックスの中から見繕う。
……お肉の切れ端なんてどうでしょうか? 新鮮で美味しそうです。
私が食べてしまいたいくらいですし、これならきっと魚も――
その時でした。気がつくと子供達が皆、まるで変な物でも見るような、少しだけ呆れたような表情を浮かべて私を見つめていました。
……うう、子供にこんな目で見られたのは生まれて初めてですよ私。
どうしたというのでしょうか……。
「お姉さん……おばかさんなの?」
「お姉さん、何をするつもりなの?」
「おねーちゃんへんなの!」
口々に言われてしまい、心が折れそうになりました。
そんな、一体何がおかしいというのですか!?
「お姉さん、オモリとウキ持っていないの?」
「オモリですか? 針ならしっかり沈んでくれますし……」
「でもそれだと流されちゃうでしょ? オモリは沈めるだけじゃなくて、餌が流されないようにしてくれるんだよ」
「なんと! なるほど、確かに先程流されて水草に引っかかってしまいました」
ならばと、急ぎオモリを針に引っ掛けることにしました。
すると今度は小さな女の子が――
「おねーちゃんお魚におもり食べさせるの?」
「うっ」
私は大人しく、子供達にお手本を見せてもらう事にしました。
……恥ずかしいですね、これは凄く、本当に、恥ずかしいです。
よかった……今この瞬間だけは、カイさんがこの場にいなかった事に感謝します……。
やはり里での暮らしが長い為か、子供達は手慣れていました。
ウキは、糸の途中に結びつけて固定し、その下の糸の長さで、任意の深さに餌を留めるそうです。
オモリとウキに挟まれて、針がピンと張った糸からゆらゆらと動くようになり、こうすると魚もかかりやすくなると。
魚がいる深さというのにも決まりがあるらしく、今の時間はだいたい、水面と水底の中間から、やや水底よりにいるとのこと。
そして問題の魚ですが――
「魚なら、あの小舟とか桟橋の下に隠れているんだよ」
「下ですか! なるほど、見つからないわけです」
「じゃあ後は餌だけど――」
早速、私は取り出したお肉を針にかけようとします。
けれどもそれを見た子供達が、またしても呆れたような表情をしていることに気がついてしまう。
ど、どうしてですか……?
「魚もお肉は食べるけど……腐ったお肉の方が食べるよ?」
「そんな新鮮なお肉使うなんてもったいないじゃん」
「虫つかまえてきてあげよっか?」
つまり、ふだん魚が食べている物に近いものを餌にした方が良いという話でした。
なるほど、言われてみれば新鮮なお肉を食べる魚なんているはずがありませんでしたね。
そして、水の中でも伝わるくらい、匂いの強い物の方が釣れるということなので、私は今回餌にしようと思っていたお肉をアイテムボックスにしまわず、密封出来る容器にいれて放置する事にしました。
子供達が川辺へと降り、何やら川の縁に手を入れて何かを探している様子でした。
まさか、魚を手づかみで捕まえられるとでもいうのかと、内心畏怖の念を懐きながら見守っていると――
「いた! お姉さんこいつ、こいつを餌にするんだよ!」
子供達が捕まえたのは……小さな、ロブスターでしょうか?
川にも住んでいるのかと、その生命力に感心していると、目の前で子供がその小さなロブスターの身体を捻り、千切ってしまった。
悪戯に小さな命を奪ったことに驚きを隠せないでいると、子供達はそのちぎれたロブスターを針につけはじめました。
「ザリガニって魚の餌になるんだ。いつもこいつら大きな魚に食べられてて、その残骸を小さな魚が食べに来るんだ。だから、これを使えば絶対に釣れるよ」
「ザリガニというんですか……なるほど」
どうやらこれも全て、理にかなった行動のようでした。
本当に逞しいですね……昔森のきのこや草花をなんでも食べられないか試そうとしていた自分や、自分の子供達を思い出します。
なるほど、もしかしたら近くにあったのが山や森でなく、海や川だったら、私もここの子供達と同じだけの知識や技量が身についていたのかもしれません。
そして、ようやく全ての準備が整った私は、いざリベンジだと、子供達に教えてもらった場所、桟橋の影の境界にそっと餌を投げ入れてみました。
桟橋近くは流れも緩やかで、またオモリのおかげか糸が流されることもなく、しっかりとウキはプカプカと水面に浮かび上がってくれます。
出来るだけ竿を動かさず、ただウキの動きだけを注視するように言われた私は、子供達を隣に座らせて、ただじっとその様子を眺める。
するとその時、隣の少年が小さな声でささやきました。
「おねえさん、魚出てきた。今光った」
その言葉に、私も目を凝らし水中を見ようとする。
するとたしかに、明らかに石や木とは違う、揺らめく影が釣り糸周辺を泳いでいる姿が目に写りました。
その瞬間、心臓が強く脈打ち、緊張につい喉をならしてしまう。
これです……この感覚です……さぁ、私の針に食いついてください。
念を送るように糸の先を見つめていたその瞬間、ウキがトプンと小さな音を立てて沈み込む。
「今!」
子供達の声に応えるように、竿を立てて糸を巻き取り始める。
ビクビクと振動が手に伝わり、命のやり取りをしているのだという実感が伝わってくる。
手応えは、経験のなさからどれほどのものなのかは分からないけれども、活きがいいのだけは分かります。
さすがに、船の上での戦いにくらべると楽な方ではありますが、それでも新品の釣り竿が大きくしなり、そして糸が右へ、左へと大きく持っていかれる。
糸が切れてしまわないように巻取り機から手を放すと、ものすごい勢いで糸が出ていき、魚が桟橋の下へ隠れようとし始める。
それは流石に不味いと思い、再び巻取りを開始、それを防ぐ。
そうやって何度も巻取り、放出を繰り返していくと、次第に魚の動きが緩やかになってきたように感じました。
そして、ゆっくりと引き寄せ、ついに川からこちらの相手を引き釣り出すことに成功し――
これは……なんという魚なのでしょうか?
「ブラウンガシウスだ! すげえ!」
「おねーちゃん力持ちなの!? すっごーい!」
「この川にこんなおっきいのいたの!?」
私が釣り上げたのは、まるで菱形を引き伸ばしたかのような形で、なおかつお腹がまるまるとした大きな魚でした。
なんとヒゲのはえているその顔は、どこか愛嬌があるというか、なんとも面白い表情に見えます。
大きさは、恐らく六◯センチ程でしょうか。たしかに大きいです。
「お姉さんすごいや。こんなの僕達釣れないよ、川にひっぱられちゃう」
「そ、そうなんですか? ……ふふ、けれどもこれが釣れたのは皆さんのおかげですよ」
この大きな魚は、果たして食べられるのでしょうか?
子供達に聞いてみると、どうやらこれはよく食卓にのぼる魚らしく、年長の子が言うには『捌きやすい』との事でした。
子供達が手早く、付近に生えていた蔦や枝を使い、魚を運ぶための道具を作ってくれました。
そして、誰が運ぶかで揉めながら、最後には子供達みんなで重そうに運ぶ事になり、そんな彼等と共に里の中央へと戻る事にしたのでした。
「いやぁ、自分の作った竿で、こんな大物が釣られたとなると、なかなか爽快だねぇ」
「これも貴女の竿のおかげです。こんな大きな魚に引かれても折れず、美しくしなってくれましたよ」
「そうなんだよ、あの森の中でたまに見つかる木なんだけれど、あれは凄くしなやかでね、見つけると絶対に取るようにしているんだ」
里に戻ると、先程の女性が子供達の担いでいる魚を見て嬉しそうに話してくれた。
曰く、ここまで大きい魚が釣れるのはそうそうないのだとか。
そして、自分の竿がそれに耐えられる出来だということに大層ご満悦です。
さてさて……ではせっかくですし、このお魚を調理してみましょうか。
「カイさん、これはどういう――」
言いかけて、彼がいない事を思い出す。
……これは、想像以上に辛いですね。泣いてしまいそうです。
彼は、こと料理に関しては、どこまでも深く広い知識で、いつも私が知らない調理法や捌き方、料理を提案してくれる。
その彼が、いない。私一人で、この見知らぬ魚を調理しなければならない。
昔の私は、どんなものだって食べられるように工夫し、子供達を満足させようと奮闘していたというのに。
……さすがに情けなさすぎますね。甘えすぎていたんですね、きっと私も。
意識を切り替え、顔を上げる。
「さて、じゃあこのお魚で料理を作りましょうか!」
そう宣言をし、私は以前、カイさんとリュエと三人でじゃがいも麺を作った広場へと向かうのでした。
広場にいた年長のエルフさん、以前じゃがいも麺を作る際にパスタマシーンを貸してくれた娘さんが、魚の捌き方を教えてくれるという事なので、一緒にまな板の前に立つ。
こうしてみると、身長や髪の色、長さのせいか、少しリュエに似ているように見えます。
そういえば、リュエは今日何をしているのでしょうか……。
「レイスさん。このお魚は、まず頭の周りに包丁でぐるっと一周切り込みを入れるんです」
「分かりました。すこし、表面が滑りますね、この魚は」
「はい。なので、慣れていない時は手袋をしたりするんですけど――レイスさんは上手ですね」
彼女に言われた通り、頭の付け根、エラの近くをぐるりと一周切れ込みを入れる。
そして彼女に言われるまま、尾びれ以外のヒレを全て落とす。
「次は頭にいれて切れ込み、皮と身の間に指を入れるようにして、そのまま一気に皮を剥ぎ取ってしまってください」
「そ、そんな事が出来てしまうのですか」
言われるまま、皮と身の間に指をかけて、尾びれへと向かいグッと力を入れると、ズルリと皮が剥け始める。
まるで果物かなにかの皮のように綺麗に剥けるその様子に、確かに『捌くのが楽だ』と、なんとも言えないカタルシスを覚えながら皮を剥ききる。
すると現れたのは、まるで真珠のように美しく輝く、透き通った身でした。
先程までは、やや不格好というか、お世辞にも魚らしい見た目をしていなかったにも拘わらず、一皮剥くとこんなに美しい白身が現われるとは……やはり魚は面白いです。
ここまで来てしまえば、あとは普通の魚と同じように捌けるからと、内蔵を取り出し身を切り分けていく。
やはりキレイな川に棲んでいた影響なのか、生臭さもほとんどなく、内蔵ですら嫌な臭いがしません。
なるほど……これならば必要以上にハーブや香辛料は必要ありませんね。
見に来てくれた子供達みんなで摘むことが出来るように、私はこの魚を一口大に切り分け、フリッターにしようと決めました。
さて……ではレシピを考えましょう。
基本となるフリッターのレシピは知っていますが、勿論食材や食材の状態によって微調整が必要になります。
そんなハーブを使うか、衣はどうやって作るのか。油の温度はどうするか。
残念ながら、私は初めて使う食材に相応しいレシピを、カイさんのように瞬時に思いつく程のスキルを持ち合わせていません。
ただ……そうですね、ここまで綺麗で臭いの少ない魚でしたら……。
「ローリエと……そうですね、折角ですし少しだけガーリックも使いましょうか」
「れいすさん呼んだ?」
「っ!? クーちゃん、どうしたんですか?」
「今、私の事呼んだ気がして。なになに、ニンニク使うの? 私の分けてあげる」
突然現れたクーちゃんが、ニンニクを一房取り出し手渡してくる。
さすがにこんなには使いませんが……そうですね、きっと明日も明後日も私は魚を釣るでしょうし、今のうちに頂いておきましょう。
そうして、私は彼女に分けてもらったニンニクを使い、フリッターの準備を進めるのでした。
「ああ……いい香りですね。柔らかな身でしたし、衣が揚がり次第取り出しましょうか」
「わかったよ」
衣さえ出来てしまえば、後は揚げるだけという簡単な料理。
身にハーブを軽く揉み込み次々に揚げていくと、あっという間にあの大きな魚一匹分のフリッターが皿の上に山を作りました。
香ばしい香りに我慢が出来ず、つい揚げたてを一つ摘んでしまいます。
サクリと、軽い口当たりとともに解ける衣と、ふわっと香るハーブの風味。
魚の身は、あの大きさに反してふわりと柔らかく、しっかりと甘みを感じます。
以前聞いた話ですが、魚の味は食べる餌で左右されるそうです。
となると――あのロブスターのようなザリガニを毎日食べている魚です、この美味しさは必然なのかもしれません。
「はぁ……こんなに美味しい魚が自分の力で……なんて素晴らしいのでしょうか釣りというものは」
「れいすさん、幸せそう。少しりゅえさんに持っていかなくていいの?」
「大丈夫です、まだこんなに――」
皿に目を向ける。
……おかしいですね。山が消えています。
見れば子供達が幸せそうな表情を浮かべながら、パクパクと次々に口に運んでいるではありませんか。
「れいすさんのご飯美味しいから仕方ないよ。今度は私も手伝うから、りゅえさんの分、釣りにいこっか」
「は、はい……」
いくら大きな魚といえども、食欲旺盛な子供達にかかればあっという間……ですね。
(´・ω・`)続きます