未来の予告
私には、兄がいた。
そう過去形で表現する事が出来るようになったのは、ようやく現実を受け入れた三年目の春の事だっただろうか。
新入社員として、社会人として新たな人生の第一歩を踏み出した私に、会社の先輩が尋ねたのだ『◯◯◯さんは一人っ子なの?』と。
その時初めて私は『兄がいました』と、過去形でそう答えたのだ。
ある日、唐突に姿を消した兄。
初めは誰か友人の家にでも泊まっているのだろうと気にもとめなかった。
元々放浪癖があり、自由に好き勝手生きてきた人だ。今回もきっとそうだろうと。
けれどもそれが一週間、二週間と続いたある日、兄の友人の家族から連絡が入った。
『うちの息子が、そちらにお邪魔していないか』と。
そう……兄だけではなかったのだ。兄と二十年来の付き合いのある『◯◯さん』も同日に姿消したというのだ。
ここに来て、ようやく私はことの重大さに気が付き、父と相談し、捜索願を出したのだった。
「……私がここから戻れなかったら、今度こそ父さんは一人になってしまうから」
知らない場所。私の知識に存在しないモノが存在する異世界で、私は一人与えられた部屋で独りごちる。
ある日、私はこの世界に呼び出された。
会社から帰宅し、ようやく慣れてきた料理を作り終え、先に眠ってしまった父の分を冷蔵庫にしまったところで意識を失ってしまった。
そして次に目を覚ました頃にはもう――
「……使命を果たせば、その力で私は戻ることが出来る……その為なら私は――」
どんな事だってしてみせる。
たとえそれで他者の安寧を奪うことになろうとも、他の命を摘み取ろうとも、そして――他の誰かを蹴落とそうとも。
「ふふ、やっぱり兄妹なのかな」
容赦のない、人でなしのような兄だった。
口が悪くて、意地悪な兄だった。
料理が上手で、ものしりな兄だった。
冷たく振る舞い、家族をないがしろにする兄だった。
そして――誰よりも家族を思っていた兄だった。
「絶対に、戻ってみせる。私が、あの国を落としてみせる」