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リュエさんと安物ワイン

「うーん……」

 ある日の夜の事。

 ダイニングでここ最近の彼女の日課となっている晩酌、ワインを一杯飲んでから布団に入るという恒例行事を行っていた彼女が、難しそうな顔をしながら唸っていた。

「どうした、珍しく考え事かい?」

「珍しくは余計だよ? 私だってこれでも色々考えているんだ」

「ふむ、たとえば」

「どうすればレイスのように胸が大きくなるか、とか。明日はどのワインを飲もうかな、とか」

「……さいですか」

 予想通り難しい事を考えているわけではないようでした。

 ならば今は何を悩んでいると言うのだろうか?

 彼女は先程まで自分が口にしていたワイングラスを掲げ、照明にかざし始めた。

「……やっぱりそうだ。これ、偽物だ」

「うん? 安物のワインでも掴まされたのかい?」

「私が、じゃなくて。アーカムが、だね」

「ああ、それあいつの屋敷から徴収したやつなのか」

「そうそう。ほら、お金だけはいっぱいあったみたいだから、珍しいワインがいっぱいあったんだ。その中にさ、昔一度だけ私の倉庫に送られてきた、すごーく美味しいワインがあったんだけど、それと同じ銘柄を見つけてね」

 そう言いながら彼女は再びグラスを口へと運ぶ。

 形のいい、薄い唇がグラスに密着し、官能的に形状を歪ませる。

 ……やるな、リュエ。

「うん、やっぱり美味しくない。年代の表記もラベルも同じだけど、たぶんボトルに移し替えたのかなぁ」

「案外、屋敷の人間がこっそり移し替えて自分で飲んだのかもな」

「あはは、それならそれで愉快だけれどね。けどどうしたものかなぁ」

 空になったグラスを置き、今度は封を開けたワインボトルを手に取り思案顔をする。

 ……妙に絵になるな。やはり慣れ親しんだ行為というのは、その相手の魅力をぐっと引き出してくれるのだろうか。

「私はね、一度封を開けたらちゃんと責任を持って全部飲むようにしているんだ。けれども、これはあまりにその……」

「マズイと」

「そこまでは言わないけれど、凄く若いというか、安っぽいというか」

「まぁそれでも飲もうとする気持ちは立派だと思うよ」

 ふむ、ならばグリューワインやらサングリアやら、工夫して飲めるようにすればいいのではないだろうか?

 そう彼女に提案してみたところ――

「なんだい? それは」

「む? 知らないのか。この世界じゃ知られていないのかね」

 ワインはかつて、飲水の代わりに呑まれることがあった程庶民に親しまれていたという歴史がある。

 もしかしたらその関係で多彩な飲み方が発明されたのかもしれないが――逆にこの世界では魔法がある関係で飲水にも困らず、そこまで浸透しなかったのかもしれない。

 リュエ曰く、この世界でのワインは他のお酒に比べてやや高価だとか。

 じゃあリュエの趣味って結構セレブのたしなみだったりするのかね?

「どうしたんです? 二人共難しい顔して」

「あ、レイス。ねぇねぇ、レイスのお店でもお酒っていっぱい置いてあったよね?」

「ええ。ニホンシュからワイン、ウィスキーにビア、他にも果実酒を」

「じゃあさ、さんぐりあっていう物と、ぐりゅうワインっていう物は知ってるかい?」

 言い慣れないからか、妙にたどたどしい発言の彼女にちょっぴり萌えてしまう。

 ふむ、そういえばレイスの店では、カクテルメニューがなかったな。

 案外、お酒に混ぜ物をしたり手を加えるという文化が少ないのかもしれない。

「いえ、知りませんね……どこかの銘柄でしょうか?」

「いや、ワインの飲み方の一種なんだ。なんでもリュエがあまり美味しくないワインの封を開けてしまったから、どうにか消費しようと」

「なるほど……私はそういう時、お菓子や料理の材料にしてしまっていました」

 さすが料理上手なだけはあり、そういった場合のリカバリーも得意な様子。

 たしかにそうやって処理する人間の方が多数派だろうな。俺もよくビールとか牛肉煮込みに使っていたし。

「で、そのぐにゅうワインっていうのは美味しいのかい? 作れるのかい?」

「グリュー、な。サングリアはともかくグリューワインはすぐだよ、ホットワインの事だから」

 そう告げた瞬間、リュエから嫌そうな声があがった。

 ……そうか、ホットワインも知らなかったか。

 その一方でレイスは馴染みがあるのか、納得がいったといわんばかりに手槌を打つ。

「なるほど。たしかに温めると角もとれて飲みやすくなりますからね。私はよく、はちみつを入れて寝付けない娘に振る舞っていました」

「眠れない夜の定番だからね、あれは」

「へぇ……じゃあちょっと飲んでみようかな」

「よしきた」




 ホットワインは、はちみつを入れる人やスパイスを入れる人、一緒に果実を温める人と、そのレシピは様々だ。

 今回のレシピを決めるにあたり、彼女が顰め面を浮かべていたワインを一口味見してみる。

「……随分若いな、酸味もきついし」

「だろう? それになんだか無理やり古臭い香りを加えたような感じがするよ」

「偽装の為、でしょうかね。口に入れなければ、それなりに良い物の香りと似ていますし」

 ふぅむ、多少香りの強いスパイスを加えてみようかね。

 リュエのバッグに手を突っ込み、目当ての感触を探る。

 トゲトゲとした独特の手触りを感じ、そいつを一つ掴み引き抜く。

「なんだい、それは? 木の歯車かい?」

「なんでしょう……花の仲間、でしょうか」

「これはスターアニスって言うんだ。あとは――」

 クローブ、それと恐らく薬草や漢方薬の一種だろうか、珍しくシナモンではなくニッキ、根の部分を見つけたのでチョイスする。

 ふむ、後は乾燥させたオレンジピールでもあればばっちりなのだが……。

「生の皮でもいいか」

 部屋に飾られていたフルーツ籠からオレンジを一つ頂戴する。

 あとはハチミツさえあればOKだ。

「なるほど……生薬、ハーブを組み合わせるんですか」

「結構煮出す感じだから、だいぶアルコールは飛んじゃうけどね」

「飲みやすくなるなら私は大歓迎だよ」

 オレンジの皮を薄く削ぎ鍋に入れ、残りのハーブも加えて弱火でじっくり煮出していく。

 すると次第に、ワイン特有の酒気が立ち上り、続いてハーブ達のやや強い香りが立ち込める。

 これだけ嗅ぐと中々刺激的だが、飲んでみるとそうでもないはずだ。

 仕上げにハチミツを加えひと混ぜしたら完成だ。

「よし完成。特性グリューワインだ」

 カップに注ぎ、二人に手渡す。

 火から下ろしハーブを取り除いた為、強すぎる香りも弱まり、二人にも気に入ってもらえたようだ。

「いい香りがします。アルコールと一緒に香りが飛ぶのを計算していたのですね」

「不思議な香りだね……じゃあ早速」

 ふぅふぅと、可愛らしく湯気を飛ばす姿を眺めながら、自分の分を注ぐ。

 うむ、いい香りだ。

「ん……あ、面白い味だ……嫌な風味とか味が消えて飲みやすい」

「ああ……これはぐっすり眠れそうな味ですね。ジンジャーも合いそうです」

「そうだね、寒い日なんかはジンジャーの薄切りを一緒に煮出すといいと思うよ」

「へぇ……こんな飲み方があったんだねぇ……これなら美味しく飲めるね」

 どうやら彼女のお気にめしたようだ。

 多少手間だが、これならば晩酌のお供としても申し分ないだろう。

「うん、なんだか安心するね、眠くなってきたよ」

「時間も時間だし、もう寝ようか」

「そうですね……あ、片付け手伝いますよ」

「少ないし大丈夫だよ。先に布団に入っていなよ」

 二人が寝室に向かうのを見計らい、こちらも鍋を片付ける。

 さてと、じゃあ明日の夜の為にもう一つの方も仕込んでおきましょうか。


 次の日の夜。

 やはりというか、案の定彼女はニコニコしながら昨日のイマイチワインのボトルを抱えてやってきた。

 昨日作るの見ていたでしょう? 自分で作る気がないのかね君は。

 とは言うものの、素直に喜び、また作って欲しいと強請られるのは純粋に嬉しいもの。

 我ながらちょろい。料理に興味をしめしてくれて、美味しく楽しそうに側にいてくれるだけでコロリと恋に落ちてしまいそうです。

「リュエ、そのワイン中身殆ど空っぽだぞ」

「あれ? おかしいな、昨日はまだ沢山入っていたのに」

「残念、俺が使ってしまいました」

「な……なんだって! 一人でぐりゅんワインを作って飲んでしまったのかい?」

「グリューな、グリュー」

 ああもう可愛いなこの子。

 だがしかし、人のものを勝手に食べたり飲んだりするような意地汚い真似なんて……たまにしかしない俺がそんな事をするわけがないでしょう。

 というわけで、レイス召喚。

「呼ばれた気がしたのですが、呼びましたか?」

「今まさに声をかけようとしたところでした」

 シャワーを浴び終えたのか、タオルを頭に巻いた彼女が脱衣所から現れる。

 ナチュラルに大人の色香を漂わせるその姿に、酒を飲む前だというのにくらりときてしまう。

「風呂あがりなら丁度いいな。二人共、ちょっとこれを飲んでみてくれないか」

 備え付けの冷蔵庫から、既にグラスに注いであるソレを取り出す。

 そして氷を魔術で生み出し、そのグラスの中にポチャンポチャンと浮かべていく。

「氷を入れたワインかい? それなら私もたまにやるけれど……あのワインがこれだけで美味しくなるとは思えな――違う」

「随分とフルーティーな香りですね。これが昨日言っていたサングリアですか?」

「正解。これは氷を入れてよく冷やして飲むのがオススメだ」

 そう、昨日二人が寝室に行った間に、サングリアを仕込んでおいたのだ。

 作り方は至ってシンプル。大きな瓶にワインを注ぎ、そこにお好みの果物とシナモン、そして再び登場したハチミツを加えて一晩冷蔵庫で寝かせるだけ。

 白ワインで作った場合は『サングリア・ビアンコ』と、こちらも美味である。

 果物は今回、部屋に飾ってあったリンゴの薄切りに、昨日のオレンジの果実、そこにラズベリーとブルーベリーを加えた合計四種だ。

 もう少しじっくり漬け込んだり、途中で果物を崩すように撹拌したりすると更に味が変化するのだが、まずはシンプルな方法で作った物を味わってもらう。

「お……おおお……おおおお……」

「カイさん、大変です。リュエが壊れました」

「割といつもどおりに見えるけど確かに少し変だな!」

 グラスを手にしたまま、ぷるぷると震えるリュエ。

 こら、ワインがグラスから跳ねてしまうから落ち着きなさい。

「おおお……これがサングリア……美味しい、美味しいぞお! 昨日のグリューワインよりもずっとずっと美味しいぞお!」

「あ、やっとちゃんと言えた」

「けど、確かに美味しいですね。果物を漬け込んだだけなんですか?」

「シナモンと果物とハチミツ放り込んで冷蔵庫で一晩。なんてお手軽なんでしょう」

「……後でプロミスメイデンにレシピを送ってもよろしいでしょうか?」

「どうぞどうぞ」

 あ、レイスもかなり気に入って頂けたようで。

 しかし相当気に入ったらしく、彼女一人で全て飲み尽くす勢いでおかわりをし、しまいには飲みすぎて倒れてしまった。

 飲みやすいとはいえ、度数は普通のワインと同じだからねぇ。


 ちなみに後日談だが、ギルドの訓練場で大量の樽を並べ、側に果物を山積みにしたリュエが目撃されたとかなんとか。

 ……サングリア生産者にでもなる気ですか君は。


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