書籍版六巻特典SS1
『世話焼きイクスさん』
「本日より身の回りのお世話をさせて頂きます。よろしくお願いいたします」
「よ、よろしくお願いします」
倒壊した屋敷での生活が始まった初日。勝手の分からないこちらの為にとイクスさんが世話役を買って出てくれたのは良いのだが、どうも……その、緊張してしまうのだ。
彼女は表情をあまり変えず、事務的というか、どこか淡々と物事を遂行する。
その在り方を否定するつもりはないのだが、美人のそういった姿というものに、どうしても威圧されるというべきか、少しだけ尻込みしてしまうのだ。
「母……レイス様から、くれぐれもカイヴォン様の事を頼まれました。私自身、カイヴォン様には返しきれない恩義もあります。どうか何なりとお申し付け下さい」
そう言いながら、彼女は俺を屋敷の中へと案内してくれる。
戦いの余波は大きく、入り口付近は完全に人が住めない状態になってしまっていたが、深部に行くにつれその被害は少なくなっており、やがて一つの部屋に辿り着いた。
「ここは、レイス様がお使いになっていた部屋です。アーカムが使っていた部屋もありますが、心情的に抵抗があると思い、こちらの部屋に案内させて頂きました」
「あ、ありがとう御座います。では、暫くの間よろしくお願いしますね」
そうして、彼女に屋敷の主要な場所を案内してもらいながら、時折その場所についてのエピソードや、これからの予定、そして起床時間や就寝時間を教えられる。
まるで病院に入院したかのような規則正しい、そして管理されているような生活習慣に、少しだけ堅苦しいな、と思いながら彼女の話を聞いていると、一通り説明をし終えた彼女が、どこか不安そうな表情を浮かべこちらに訪ねてきた。
「その……私の説明や案内に問題はありませんでしたか?」
「ええ、ありませんでしたが。どうしたんですか?」
「何分、誰かに心から仕えたいと思ったのは初めてでしたので、少々緊張していました。もし、何か分かりづらかった事がありましたら、本当にいつでも仰って下さい」
急にイクスさんが可愛く見え、なんだかそれがおかしくてつい笑いをこぼす。
すると、酷く狼狽え出した彼女に、さらにこちらの笑いが大きくなってしまう。
「ど……どうしたのですか……何かおかしな事を言ってしまいましたか?」
「いえ、ちょっとイクスさんが可愛らしくて、つい」
「か……可愛らしいですか……」
少し困り顔をした彼女は、そのまま『少し用事を思い出したので』立ち去ってしまった。
しまった……さすがに失礼すぎたか。後で謝らなければ。
その日の夜、いつのまにか誰かが用意してくれた夕食を、大きな食堂で一人堪能していると、昼間から居なくなっていたイクスさんが食堂へとやって来た。
どこか覚悟を決めたかのような、クールな表情の裏に、なにか熱い気持ちでも隠していそうな様相の彼女。
「カイヴォン様。入浴の用意が出来ました。お食事が済みましたら、暫しの休憩の後、迎いに参ります」
「あ、ありがとう御座います。お昼に教えてもらった場所で良いんですよね?」
「はい。では、不束者ですが何卒よろしくお願い致します」
何がよろしくなのか、と尋ねる間もなく退室するイクスさん。
やはりまだ相当緊張しているのだろうか。まぁまだ初日なのだし、これから少しずつ仲良くなっていけば良いだろうと、俺はその時そう思ったのだった。
「お迎えにあがりました」
そう言ってやってきたのは、俺が初めて見る、執事服を着ていないイクスさんだった。
それが別段メイド姿だったという訳ではなく、ただカジュアルなパンツルックだっただけだというのに、こちらのイメージとして固着していた姿ではなくなっていただけで、なんとも説明の付かない驚きに包まれてしまった。
そして脱衣所まで案内された時、俺はようやく事の重大性……? に気がついた。
「あの……もう大丈夫ですので、ここで」
「……お召し物を預からせて頂きますので、どうぞ」
「や、さすがにそれは……」
「お恥ずかしいのですか? でしたら私が先に――」
そう言いながら、彼女はシャツを脱ぎ始め、そして一瞬見えてしまった白い肌には、他の物……つまり下着がつけられておらず、これはいよいよもっておかしいぞ、と。
素晴らしい速度で働き出した理性が彼女の行動を止めてくれた。
「イクスさん、まさか一緒に入るつもりですか? それは、ダメです」
「ですが……昼に私を『可愛い』と、仰っておられたので」
「……イクスさん、アーカムのアホにどんな教育をされたのか知りませんが――」
俺は彼女に、世間一般、少なくとも俺の知識にある執事、そして『身の回りの世話』がどの程度の範囲を差しているのかを説明する。すると――
「わ、私はなんという勘違いを……いえ、考えてみれば当然です。カイヴォン様があの男と同じはずがないではありませんか……」
「とりあえず、俺もあんな事を口走ったのも悪かったので、この件は忘れましょう」
初日にこれ以上無いという恥をかいた影響か、以降イクスさんとの距離が縮まったのだが……それでも入浴の時間になると、恥ずかしそうに目を反らすんですよね……。
(´・ω・`)当時は若く、知識も偏り無知でったのです。




