表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
4/59

if短編『彼女へと至るまでの物語』

(´・ω・`)もしもカイヴォンが最初に出会ったかつての仲間がリュエではなく、オインクだった場合の話

(´・ω・`)ややダークな雰囲気ですので、本編のようなノリを期待している方にはオススメできません

 寒い。思わず身体を抱きしめる。

 窓を開けたまま眠ってしまったのかと、身体を起こそうとする。

 だが待て、俺は椅子に座っていたはずだ、無意識にベッドまで移動したのだろうか。

 ようやく意識がはっきりとし、目を開ける。すると目に映るのは、見慣れたベッドやキーボードですらなく、暗い小屋のような場所。


「は? いや夢じゃないよな、なんだこれ」


 周囲を見渡すと、小屋だと思ったその場所の正体が、さらに良くない場所、信じたくないような場所だったと知る。

 小屋だと思った理由は、片隅に積まれた干し草と、今時珍しい木製の桶。

 だが、振り返るとそこには、まるで動物園の檻のような鉄格子。

 そう、紛れも無く俺がいまいる場所は、牢の中だったのだ。


「なんだこれは、どうなっているんだ!?」


 声を荒げるも、その声にすら違和感を覚え、思わず喉を抑える。

 なんだこの声、俺はもっと低音で深い声なんですが。

 イケボかどうかはしらんが、狭い牢内に響くのは、聞いたことのない男のもの。

 慌てふためき、思わず座り込みそうになると、今度は足元に何かがぶつかり、カランと乾いた音が響いてくる。

 足元には、どこか見覚えのある白い仮面。


「これ……カイヴォンのつけてた仮面だよな……なんだよ、結局これ、夢なんだな」


 途端に安心しきってしまい、崩れ落ちるように座り込む。

 そして頭の中で、目覚めろ、もう起きろと強く念じる。

 大丈夫、すぐに目が覚めるはずだ、こうしてみると随分とリアルで、少しもったいない気もするが、場所が場所だ、この後嫌な展開になりかねない。

 だが、いくら頭に力を込めるように念じても、一向に夢から覚める気配がない。


「ふざけんな! どうなってんだおい! 夢じゃねぇのか!」


 その苛立ちを、近くにあった桶にぶつける。

 振りぬかれた足が見事にそれを捉え、パンっと破裂音を上げて四散した。

 いや、ないない、さすがにその壊れ方はない。

 思わず破片を拾い上げるも、なんの変哲もない木製のそれ。

 特別脆い材質でもないようだし、これはどういうことだ?


「ダメで元々だよな……」


 鉄格子に向けて、軽く助走をつけて飛び回し蹴りを放つ。

 瞬間、狭い牢内に響き渡る爆発にも似た金属の轟音と壁を崩す音に、思わず自分の耳を塞いでしまう。

 だが、確認すると先程まで俺を閉じ込めていた鉄格子がひしゃげて吹き飛び、面していた壁すら崩壊させてしまっていた。

 なんつー威力だよこれ、どうなってんだ本当に。

 だが驚いていたわずかな時間のうちに事態はさらに悪化したようだ。

 離れた場所から人の声と無数の足音が聞こえてきてしまい、その相手が恐らく俺をこんな場所に閉じ込めた相手だろうと身構える。

 この破壊力、もし人にあたれば安易に命を奪ってしまうだろう。


「……知るかボケ、そっちがこんな目に合わせたんだろうが……」


 フツフツと怒りが湧き出し、意識して自分の頭に血が昇るように、理不尽に対する怒り、不満で脳内を満たすように想像する。

 相手は人を閉じ込める犯罪者だ、これは正当防衛だ、もし殺してしまっても相手はこんな牢を用意できる危ない組織なんだ、だから――


「何をしても、許されるんだ」


 そう自分に言い聞かせ、普段決して人に見せないような、狂気を張り付かせるように表情筋を動かす。

 目を見開き、口角を持ち上げ、努めて威圧出来るような表情を意識して自分を形作る。

 殺してやる、全員一人残らず、なにがなんでも殺す、逃げるんじゃない、全部ぶつけて殺してやる。

 理性や常識を捨て去り、自分がただの平和な国の人間などではない、狂った人間なのだと自己暗示をかける。

 やれる、やれる、やるんだ!


「鉄格子がぶっこわれてんぞ! どうなってやがる!」

「知らねぇ、さっき拾ったヤツが暴れてんのか!? おいお前ら武器かまえとけ!」


 武器、武器だと?

 やばい、さすがに銃なんて持ちだされたらひとたまりもないぞ、これ。

 くそが、どうなってんだ。ヤケでもおこすか、一人でも道連れにするか?

 そもそもここどこだよ、俺の家族はどうなったんだ!?

 家には親父も妹もいた、おいおい、ふざけんな、まさか俺の家族もこんな目にあってんのか!?

 くそ、許さねぇぞ、死んでも殺してやる、全員見た瞬間殺してやる。

 そしてついにその瞬間が訪れる。

 鉄格子がなくなった牢を覗き込む一人の男。


「くそがあああああああああああ!」


 その顔に渾身の力を込めた拳を振るうと、一瞬何かに触れた感触がしたと思った瞬間、グシャリと水気を含んだ音と感触を残し、それは倒れ伏した。

 殺した、死んだ、蹴りだけじゃなくて腕力もバカげたことになってるぞこれ。

 いけるか? いけるよな? 大丈夫、ここから逃げ出せる!

 咄嗟に落ちている仮面を顔にはめ、木片を拾い振りかぶり、次の標的が訪れるのを待ち構える。


「なんだ、くそ、死んでる、お前らどんなヤツつれてきたんだ!?」

「ま、魔族だ! 随分身なりの良い、魔族を拾ったんだ」

「ま、魔族……? 角は、まさか羽がはえてたなんていわねぇよな!?」


 なにいってんだ、魔族ってなんだよ。

 角? 羽?

 咄嗟に自分の頭上に手をやると、たしかにひんやりと硬い、しかし確実に自分の頭と繋がっているとわかる感触が頭部に伝わってきた。

 は? なんで角? それに――


「金の角に……羽が二対はえてた、珍しいと思って、それで」

「ふ、ふざけんな! 逃げろ、今すぐ逃げろ!」


 羽? あ、生えてる、ようやく冷静に自分の姿を確認すると、服装も確かに黒い、まるで貴族のような衣装の施されたものだった。

 じゃああの仮面は……嘘だろ、俺まさかカイヴォンになってるのか? 夢じゃない、夢じゃないけど、俺は今本当にカイヴォンになっているってのかよ!?


「じゃあ、じゃあこの力も、全部その影響で……?」


 わかった、疑問は尽きないがとりあえずわかった。

 少なくとも、俺がゲームのキャラでおかしな場所にきてしまったってことだよな。

 今殺した相手の服装も、どうみても近代のものじゃない、まるで洋画の世界にでも出てきそうな盗賊、野盗のそれだ。

 なら、やれるよな、いけるよな!

 俺は思い切って牢から飛び出し、転がるように牢から逃げ出そうとしている一団に向かって全力で木片を投げる。

 まるで散弾のように散らばりながら飛んで行く無数の木片が、逃げ惑う背中に突き刺さった――と思った瞬間には四散した。

 一瞬で、身体が弾けるように吹き飛び、貫通し、四人の男が一瞬で倒れ伏した。

 あまりに非現実的な光景に、嫌悪感よりも先に恐怖が来る。

 ……うるせえ知るか、相手が悪い、俺に敵対したから悪い。

 逃げようがなにしようが、俺をこんな場所に閉じ込めた連中だ、ザマァみろ!

 そう頭の中で叫びながら、なんとか気分を落ち着かせる。

 いや考えるな、今冷静になるな、このままでいい、狂ったままここから逃げ出すんだ。


「くそ、おかしいだろ、どうなってんだよ本当に」


 階段に転がる躯を蹴り落としながら、俺はその暗い地下牢からようやく抜け出したのだった。


「これ、俺の脚甲とガントレットだよな」


 地下牢から出ると、今度こそ小屋のような、山小屋のような薄汚い屋内に出た。

 簡素なテーブルには酒瓶と欠けたコップが置かれ、今殺した連中が直前まで酒盛りでもしていたのだろうと辺りをつける。

 その瓶を掴み、ヤケクソ気味に口へ運ぶ。

 すると、意外なことに中身は日本酒のようだった。


「くそ、ぜんっぜんうまくねぇ……」


 ガントレットと脚甲を装備し、さらに部屋の中を探ると、掃除用具入れのような箱が横にされており、それを開ける。

 するとそこには、梱包材のつもりなのか、藁の上に置かれた、これまた見覚えのある長い一振りの剣が。

 間違いない、愛剣の『奪剣ブラント』だ。


「これで少しは安心出来るか?」


 剣をコートの留め具に取り付け背負い、この部屋から外に出る。

 窓もなく、ただランプのような光しか光源がなかったのだが、外に出て初めて今が夜なのだと知る。

 見渡す限り、木、木、木、間違いなくここは山の中だ。

 夜の山の恐さは、住んでいた場所が田舎だっただけに痛いほどよくわかる。

 背に腹は代えられない、今も死体が五つ転がっているが、戻ってそこで休むとする。


「ああくそ、思考が本当にマズいことになってんな……戻れなくなるぞ、このままじゃ」


 完全に殺戮者の、狂った人間になる前のこの状況を打開しないと、マズいぞ俺。





 翌朝、我ながら神経が図太いのか、しっかりと睡眠をとった俺は、改めて建物の外に出る。

 見たところ木々の葉は色づき始めている頃合い、秋の初めといった具合だろうか。

 少なくとも、俺がこの場所にくる前、ゲームをしていた季節は夏だった。

 やはりここは、どこか遠い遠い、というかそもそも異世界なのかもしれない。

 まるで土地勘のない場所だが、俺は意を決して一歩踏み出そうとする。

 が、その前に試したいことがある。


「装備も剣もあるなら、もしかしてステータスも見れたりしないか」


 念じてみたり、口に出してみたりしているうちに、ステータスと言葉を口にした。

 瞬間、目の前の空間に見慣れたメニュー画面が浮き出てきた。

 その自分の知る様子に、少しだけ心に余裕が生まれ、夢中になって項目を操作する。

 剣に装着されているアビリティは、最後に『創造神』を倒した時のもの、だが今はそんなものよりも――


[五感強化]

[吸生剣]

[クリティカル率+35%]

[被ダメージ-30%]

[衝波烈風刃]

[防御力+30%]

[アビリティ効果2倍]

[HP+50%]


 少しでも死ににくい構成にし、[五感強化]で周囲を探れないか試してみる。

 念のため剣を振ってみると、こんな長い剣だというのに片手で棒きれのように空気を切るような音をさせ、その瞬間前方の地面が衝撃はでズタズタになる。

 ……これならいけるか?

 ようやく準備が整い、いざ進もうとした瞬間、耳に人の声が聞こえてきた。

 まるで、すぐ側で話しているような、そんな息遣いまで聞こえてきそうなほど鮮明に聞こえてきたそれに、アビリティがしっかり働いているのだと安心する。


『今の音はなんだ!? まさか連中に悟られたのか』

『くそ……斥候でもいたのか? 一度引き返してギルドに増援を頼むべきか?』

『……確かに事前情報にない戦力があるとしたら、我々だけでは荷が重いかもしれんな』


 聞こえてくるその言葉に、一抹の希望を見出す。

 そうか、やっぱりここにいた連中は倒すべき相手で、今こちらに向かっているのはそれを討伐しにきた、少なくともあの連中を敵視している人間。

 だったら――


「すまない! 誰か近くにいるのなら助けてくれ! 俺はここに連れてこられた人間だ、わけもわからず襲われ、今しがたこの連中を倒したところだ! 頼む!」


 声を張り上げ、森に向けて呼びかける。

 すると、俺の耳が再び話し声を捉えた。


『罠、か?』

『今の音がもし戦闘の余波だとしたら……』

『私が行こう、お前たちはここで様子を見ていてくれ。万一の時は魔術で空に火花を上げる、すぐにギルドにもどれ、いいな!』

『……わかりました、どうかご無事で!』

『すみません、先輩にだけこんな役目を……』


 そうだ、少しでも警戒心を与えないように、これも外すか。

 俺はメニュー画面から、翼と角、仮面に魔眼を解除する。

 服装だけはこれ以外に装備を持っていないので仕方ないが、今はこれで我慢するしかない。

 剣の方は相手の目の前で地面に落とすことで信用してもらえないか試し見てよう。


 少しすると、木々の間から革製の、やや光沢のある鎧に身を包んだ壮年の男が現れた。

 その手には弓、腰にはナイフの鞘が吊り下げられており、今も矢を番えて強い警戒の色を示している。


「お前は何者だ! 先ほどの話は本当だと示す証拠はあるか!」

「待て、まずは矢をおろしてくれ、こちらも剣を捨てる!」


 やや力を込めて、少し遠い木に向けて剣を投げる。

 すると勢いあまり、ドスっとヒルト部分まで木に突き刺さってしまった。


「な!? ……やろうと思えばいつでもこちらをやれた、ということだな。分かった、信用しよう」

「あ、ああ」


 怪我の功名です、本当に投げ捨てただけなんです。

 俺はそのまま、証拠を見せるからと建物に引き返す。

 地下への扉を開き、生臭い匂いに顔をそむけながら、一番近くにいた男の躯を引っ張りだす。

 それを外まで運び、ふたたび男の方へ、今度は力を加減して投げ捨てた。


「……これは間違いない、盗賊団の頭だ。……参ったな、これでは我々の依頼は失敗、か」

「信用、してもらえただろうか?」

「少なくともこいつを討伐したのはアンタだ、それで私はどうすればいい」

「本当に、気がついたらここの地下牢に捕らえられていたんだ。出来れば、人の多い場所、最寄りの街に連れて行ってもらえないか?」


 男はやや思案した後に、いいだろうと先導を始めた。

 盗賊団の他の死体はどうすればいいかと聞くと、今回はこの頭の首だけでいいと言われ、目の前でその躯から頭を切り離した。

 さすがにその様子に吐き気を催すが、そういうもんだと自分に言い聞かせると、不思議とその嫌悪感が収まった。

 突き刺さった剣を回収し、そのままその男に付き従い森へと入っていく。

 少しすると、木の影から若干若い、恐らく二十代前半と思われる男が二人現れた。


「先輩、そっちの人はいったい……」

「どうやら彼が言っていたことは事実だったようだ。頭の首も無事に回収した」

「じゃ、じゃあ依頼達成ですね! これで俺達も昇格――」

「なにもしていないだろう、お前たちは。それにこの首も彼がとったようなものだ、今回は運がなかったと諦めるんだな」


 謝罪の意を込めて軽く首を下げると、二人も納得したのか、ドッと息を吐き肩を落とす。

 そうだよな、ずっと気を張って緊張していたんだよな。

 それに釣られるように俺も深く息を吐き出す。


「じゃああんたもその、大変だったみたいだし早く街に戻るか」

「先輩、その前に自己紹介だけでもしておきましょうよ。俺は冒険者ギルド所属の『ファーレン』です。ランクはDでいわゆる鉄持ちです」

「右に同じく。鉄持ちで、もしかしたら今日で銅持ちになれたかもしれない冒険者の『アルト』です」

「そういえばまだだったな。私も冒険者でランクはC、この二人のおもりみたいなものだ。名前は『カーク』だ、よろしく頼む」


 次々と自己紹介が始まるが、俺はなんと名乗るべきか。

 ……この姿なのだし、やっぱりここは――


「カイヴォン、だ。ギルドというものに所属はしていないのでランクとか、そういう話はよくわからないんだ」

「へぇ、それで野盗連中を皆殺しにしたのか。旅の剣士か、はたまた元騎士とかか」

「申し訳ない、そのあたりもあやふやでよくわからないんだ」


 困ったときの記憶喪失。

 しかし実際、この世界の俺に過去なんてなく、記憶喪失というのもあながち間違いではないだろう。

 むしろ喪失じゃなくて記憶無しだ。

 その言葉にやや同情的な視線を集めるも、問題ないと手でしめし先を促す。


 そうして、ひたすら森を歩くこと一時間ほどだろうか、ようやく木々の切れ間が見えてきた。

 街道と呼ぶべきか、人が行き交うのであろう、整備された一本道が真っ直ぐと伸びている。

 そこに馬車が止められてあり、俺は彼らに従い荷台に乗り込む。

 御者は先程の年長の冒険者、カークさんが務めるらしく、残りは俺と一緒に荷台の上だ。

 走りだした馬車は、思いの外揺れが小さく、再び息をつく。


「アンタ、そんな長い剣ふりまわしていたのか? これで盗賊を?」

「いや、気がついたら地下牢で眠っていたんだ。装備も全部奪われた状態で」

「マジかよ、じゃあどうやって出てきたんだ?」


 ここは正直にいっても信じてもらえないだろうし、余計な疑いを持たれそうなので適当な作り話をする。


「飯時にスプーンを使って看守の目玉をえぐって仕留めた。その後は様子を見に来た人間を、看守の持っていたナイフを使って順番に、かな」

「うっへ……やるなぁアンタ……そりゃこんな剣も使いこなせそうだ」

「凄いな……敵地の中でそこまで冷静に動けるとは……」


 すみません、そういうシチュエーションを昔ゲームか映画で見たことあるんです。

 しかしそれで納得してくれたのか、それ以上詮索されることもなく、街道を進んでいく。

 時折、この服装のことや、何か思い出せないか親身に話を聞いてくれるのだが、なんと答えたら良いかわからず、俺はただすまない、申し訳ないと謝り続けていた。

 そうした人間らしいやりとりに、思考が徐々に落ち着き、少しずつ心が暖かくなっていく。


「へへ、少し笑うようになったな」

「やっぱり色々大変だったろう? 街についたら何かうまいもんでも食おう」

「街……食い物……ああ、ぜひそうさせてもらう」


 そして、恐らく空腹もこの物騒な思考に拍車をかけていたのだろう。

 そうだ、わけもわからない世界にきてしまったのなら、少しでも前向きに、なにか楽しみを見出さないとダメだ。

 ああ、そう思ったら途端に腹が、減った。




「見えてきたぞカイヴォンさん! あれが王都ラークだ」

「この光景見てもなにもわからないか……?」

「すまない、だがこれは――すごいな!」


 見えてきたのは、背の低い巨大な円柱を三つ重ねたような巨大な街だった。

 目を凝らせば、その頂点には紛れも無い、王城の姿まである。

 すげぇ、本当にここ、異世界だ!

 身を乗り出し興奮していた俺を、ケラケラと二人が笑い、御者のカークさんもまた微笑ましそうにこちらを振り返る。


「ふふ、まるで身体の大きな子供のようだぞ。よし、ではまずはギルドにいくぞ! カイヴォンもそれだけ力があるのなら、遊ばせておくのはもったいない、登録しておくといい」

「あ、お願いします。俺も、金を稼ぐアテがほしいですから」

「そっか、そういや無一文なのか。しかたねぇ、じゃあ今回の報酬で奢ってやるぜカイヴォン」

「まぁ俺達じゃなくてほとんどカイヴォンの手柄だしな、当然の権利だわな」

「じゃあ、遠慮無く」


 三人の好意に甘えさせてもらい、俺はその巨大な跳ね橋を渡り、王都ラークへと辿り着いたのだった。


 街の様子は、活気に溢れているとしか表現が出来ないほど人々が行き交い、威勢の良い掛け声が飛び交っていた。

 すぐに武器から[五感強化]をはずし、再び周囲の様子を見回す。

 服装から察するに、中世よりやや進んだ印象。道端に汚物の姿もなく、悪臭もない。

 想像以上に衛生的な街並みに、やはりただのタイムスリップなどではない、異世界なのだと改めて認識した。

 よくみると、耳の尖った美しい女性の姿まである。


「エルフ……?」

「お、エルフでなにか思い出したのか?」

「いや、綺麗だなーと」

「……くっ、ははははは! そうだよな、エルフは美人揃いだもんな!」

「わかる、よくわかるぞ。カイヴォンは随分と綺麗な顔をしているし、アタックしてみるのもアリなんじゃないか?」

「そ、そうなのか」


 ちょっとお兄さん興奮してきましたよ。

 エルフですよ生エルフです。

 あの耳を触ってみたい、こりこりいじってみたい。

 ああ、ちょっと目標が一つ出来ましたよお兄さん。

 そうこうしているうちに馬車は坂道にさしかかり登っていく。すると今度は、三人と似たような恰好の、いわゆる冒険者スタイルの人間がひしめく区画へとやってきた。

 となると、目的地はもうすぐか。


「うっし、あそこのほら、もう一つ上にいく坂道が見えるだろ? その途中にあるのが冒険者ギルドだ」

「でっけぇだろ? 貴族様の屋敷と同じくらいあるんだぜ?」

「おう、じゃあ手続きが済んだら二階で飯でも食うか」

「よっしゃ! じゃあ早めにいかねぇとな、満席になっちまう」


 なんだかだんだん楽しくなってきました。

 いいな、こういうの。まるで知らない街を旅しているようだ。

 俺は馬車に揺られながら、次はなにが起きるのかワクワクした心持ちでその敷地内へと入る。

 馬車を係の人間と思しき相手に預け、ギルドに連れられる。

 まるでラッシュ時の駅構内のような人の多さに目をまわしつつ、彼らに連れられて受付へと向かう。


「あら、随分速かったですね。カークさん、お二人も無事なようですし依頼達成ですか?」

「いや、それなんだが――」




 カークさんは状況を説明し、そのまま俺も自分の身に起きたこと、すなわち気がついたら地下牢に閉じ込められ、盗賊を皆殺しにして逃げ出してきたと説明する。

 頭の首があったため一先ず俺の言い分を信じてもらい、後日上層部の方に掛け合い、行方不明者がいないか確認してくれるそうだ。

 というのも、やはりここで出てくるのが俺の服装で、ガントレットや脚甲も含めて、一介の冒険者元騎士がおいそれと手に入れられるものではないと、上流階級の人間にも探りを入れるためだとか。

 ちなみにその後、俺がギルドに登録するにあたり、軽い実技テストを受けることになったのだが、案の定力任せな蹴りやパンチ、武器は支給された木剣だったが、試験管を簡単に倒してしまい、こちらも保留となってしまった。

 後日、より手練の相手を用意してくれるそうだ。


「んじゃあ飯行くか飯、カイヴォンは明日からギルドの方で色々やることあるみたいだし、とりあえず一安心ってとこか」

「出来れば最後まで責任を持ちたかったのだが、仕方ない。私達はこの街に根を下ろしている、これから顔を合わせる機会も多いだろう」

「見かけたら遠慮無く声をかけていいからな。じゃあ今日は出会いを祝してぱーっとやるか」


 そうして、俺はこの異世界に来てから初めて食事を摂ることが出来、これからの進路を少しだけ定めることが出来たのであった。

 なお料理はどれもこれも美味しく、大変満足いたしました。




 翌朝、俺はギルドに用意してもらった宿舎で目を覚まし、今日はより具体的な取り調べ……というと聞こえは悪いが、調書をとるそうだ。

 その際に昨日は満足に測れなかった俺の戦闘能力を調べるため、万全の状態にしておくようにとのことだ。

 俺はメニュー画面を開き、少しでも現状を知る手がかりがないか確認する。


「チーム関連とメール関連は絶望的、か。送信しても返事なんかきそうにないしなぁ」


 サーバーもなにもないからこれは期待していなかった。

 次にステータスも、ゲームが終わった時と変化しておらず、目ぼしい情報もない。

 アイテムボックスにも、必要最低限の道具しか入れておらず、またすべてのキャラクターで共有出来るアイテムボックスにはアクセス不能。

 結局なにもわからずじまいだ。せいぜい、時間の確認が出来るくらいだろうか。


「んじゃ行くかね」


 さてさて、果たしてこの身体はどれほどのものなのだろうか。

 ……少なくともパンチで人の頭をふっとばすのは確認済みですが。


 連れてこられたのは、昨日と同じくギルドからやや離れた場所にある訓練施設だった。

 今日はどうやら、俺の確認もかねてギルドの副長や、また貴族と関わりのある人間や、実際に貴族の人間も見に来ているらしい。

 訓練場の観戦席……というよりも休憩所には、統一された制服を着たギルドの人間に、やや意匠の異なる制服を着た人間、さらには白に赤のラインの入った、やや派手目なスーツに身を包んだ黒髪美女の姿でまもが。

 ふむ……メンツを見た限り、ギルドの職員と副長、そしてあのスーツの美女が貴族なのだろうか。

 スタンバイしてくれとのことで、俺は戦闘場に向かい、渡された長めの木剣を構える。

 今回対峙しているのは、昨日とは違い、全身をフルプレートアーマーで固めた騎士のようだ。


「それでは、改めましてカイヴォンさんの実技テストを――」

「待ってください」


 開始宣言が途中で遮られ、貴族と思しき女性が立ち上がる。

 そのまま審判元へと向かい、こちらを見る。


「貴方の名前は、カイヴォンと言うのですか?」

「はい、そうですが」

「その名前の由来などは覚えていませんか?」

「申し訳ありませんが……」


 やや詰め寄るようにして彼女がこちらに一歩踏み出し、その気迫に思わず後ずさる。

 こちらの顔をまるで観察するように熱心に見つめる彼女は、その美貌も相まってかなりの迫力だった。

 美人に睨まれると恐いんですよ、本当。

 彼女の姿は、一見すると日本人女性にも見えるが、よく見れば瞳が赤みがかっており、やや西洋よりな顔の造形をしている。

 だが、日本人らしさも混在しており、まるでお互いのいい所を引き継いだハイブリットだ。

 ……ハイブリットって元々豚とイノシシが混ざった子供のことなんですけどね。


「……カイヴォン、ですか。今から言う言葉に何か思い当たるものがありませんか?」


 またしても、俺の存在しない記憶を探ろうと言葉をかけられる。

 嘘をついたのは自分だが、こう何度も探られてしまうと辟易としてしまう。

 だが、彼女の形の良い唇から紡がれた言葉は――


「グランディアシード、ぼんぼん、オインク、奪剣、放浪魔王。この中に一つでも思い当たる単語はありませんか?」


 反射的に、目を見開く。

 すぐさま口を開こうとしたのだが、それよりも彼女が一瞬早くその身を動かした。

 一瞬で距離をつめられ、気が付くと俺はこの女性に、強く、強く抱きしめられていた。

 なぜ、なんだこれは。


「いまの反応で、すべてわかりました……お久しぶりです……ずっと、貴方と再び会うこの瞬間を待ち望んでいました」

「あの、一体どういう!? 貴方は何者ですか」


 抱きしめられ体制を崩し、そのまま地面に尻もちをついてしまう。

 するとようやく彼女から解放され、俺は見上げるようにしてその様子を探る。

 そして瞳に映った彼女は、その美貌を涙で濡らしながら、必死に笑顔を作ろうとしているのだった。


「私の名前は、オインクです。本当に、本当に貴方なんですね、ぼんぼん……」


 その呼び方に、一瞬だけ目の前の黒髪美女が、俺の知るオインクの姿と重なったのだった。




 結局、俺の実技テストはオインクと名乗る彼女の『彼はテストをするまでもありません、恐らく私でも敵わないでしょう』と宣言し、本日行われる予定だった取り調べもなくなり、そのままギルドの最上階へと連れて行かれた。

 いまだ、目の前の美女が俺の知る、豚と呼びからかっていたオインクとは思えず、どう対応すればいいか決めあぐねている。

 もしも本当にあのオインクだとしたら『この豚ぁ!』なんて言いながら蹴り飛ばしてやりたいところだが、いかんせん今の俺は異世界に放り出され、孤立無援に近い状態。

 そんな中で、俺を知り、そして俺が知るかもしれない彼女を無碍に扱うなんて選択肢が出てこない。


「何から話しましょうか……貴方には話したいことが、たくさんありすぎて……」

「本当にオインク……なのか? その姿は一体……」

「あのキャラクターの姿でここに現れてから、もう三◯年近い年月が経ちましたから……少しは変わりますよ」

「少しって……確かに髪も瞳も同じ色だが……」

「余りに美人すぎて驚いたのでしょうか?」

「正直に言うと、その通りだ」


 そう答えた瞬間、彼女が足を止める。

 振り向いたその顔には、なんとも表現しがたい、喜びと困惑と羞恥が混ぜ合わさったような表情がにじみだしていた。

 俺は正直者ですからね、仕方ないね。


「ちょ、調子が狂ってしまいますので、その、もっとゲームの時みたいにしていいんですよ」

「いやさすがにこんな美女に蹴りを入れるなんてそんな」

「蹴りを入れるのが大前提なの!?」

「いやぁ、よくチャットでベシベシって言っていたし」

「……軽く叩かれているような想像をしていたんですけれど」

「すまない、毎回ケツにミドルキックを入れるようなイメージでタイプしてました」


 その彼女反応に、少しだけこちらの緊張がほぐれる。

 それが向こうに伝わったのか、彼女も少しだけ表情をゆるめ微笑みかける。

 やめてください、不覚にもドキっとしてしまいました。


「さて、もうすぐ私の執務室です。そこでこの世界のことを説明したいと思います」

「ああ、頼む。俺はまだここに来たばかりでなにもわからないんだ」


 彼女は語る、この世界がどういう場所で、そして俺達が何故ここにいるのかの可能性を。

 俺のような人間は、今のところシュンとダリアしか見つかっていないそうだ。

 それはつまり、同じチーム、というよりも、ボスへの転送のためにパーティーを組んでいたのが原因なのではないか、と。

 そして俺達が今ここにいるのは、ゲームの世界のはるか未来だという。

 この世界にきた理由は、今のところ思い当たる原因は最終日に倒して手に入れた、意味深なアビリティ郡。

 しかし、目的もなく、互いに別々な時代に現れたため、すでに共に歩むのが難しくなっているそうだ。

 ダリアとシュンは、今は別な大陸の国に所属し、要職に就いているらしい。

 そしてオインクもまた、この大陸と隣の大陸に大きな影響を持つギルドの総帥として生きていると。

 ならば、俺はどうするべきなのか。

 そんなの、決まっている。


「どうせ行くアテもないし、暫く厄介になるぞ、オインク」

「はい、歓迎します、ぼんぼん」


 段々と彼女をオインクだと認め始めているが、それでもなお魅力的な笑みを浮かべ彼女は手を差し伸ばした。

 ああ、そうだな。じゃあこれからよろしく頼む――


「よろしくな! オラァ!」


 差し伸ばされた手のひらを全力でパァン!


「ひどくない!?」


 からの全力でギュー!


「ピギィ!」






 後に、俺はこの大陸に召喚された『解放者』と呼ばれる青年のお目付け役として旅に出ることとなる。

 そして、その解放の旅の果てで、俺は再び出会う。

 俺の運命を変える、大きな出会い、大切な仲間、家族とも呼べる彼女と――

(´・ω・`)以上になります。結局、彼が最後に出会うのは彼女です

(´・ω・`)運命ですね、避けられません

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ