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雑誌特典SS

(´・ω・`)これは一緒に暮らし始めて一か月くらいの時系列となっております。

番外編『もう少し近くにおいで』


『リュエ』と名乗る女性の元で暮らし始めてから丁度一ヶ月。

 尤も、この世界の一ヶ月が三◯日だと仮定した上での事なのだが。

 部屋を用意して貰い、そしてこの世界の知識、魔物の特性や魔術の使い方を教えて貰う。

 その対価という訳ではないが、彼女の恩に応える為に俺も日々の食事の用意を行い、互いに助け合うという関係が成立し始めていた。

 ……だが、自分が生み出したキャラクターと似た容姿と名前を持つ彼女に何かをしてあげるという今の状況は、義務感や使命感よりも喜びの感情の方が大きく、ある意味俺はこの場所に来てから、一方的に貰ってばかりいるように感じていた。

『美味しい美味しい』と、毎日新鮮な反応を示し、素直な感想を言ってもらう。

『ここはこうするんだよ』『こっちはこんな風にするんだよ』と、優しくなんでも教えてくれる。

 いやはや、なんと恵まれているのだろうか俺は。


 そんな風に日々の幸せを感じているという状況なのだが、ここに来て少しだけ、彼女の反応や態度について、疑問に思える部分が見えてきた。

 例えば、最近俺が彼女を朝起こすと、酷く申し訳無さそうな表情を浮かべるようになった。

 そして既に用意されている朝食を見て『いつもごめんね』と、罪悪感を覗かせて呟くのだ。

 ……何か負い目を感じているのだろうか。俺はこんなにも満たされているというのに。


       §§§


 昼。今日もいつの間にか出かけていた彼女が戻ってきたのを見計らって魔術の自主訓練の成果を見せる。自分の指先に小さな炎……と呼ぶには程遠い、火の粉を一瞬灯してみせた。

「む、もう他の属性に手を出してしまったのかい? ……上達が早いねカイ君」

「リュエの教え方のお陰だよ。じゃあお腹、空かせているだろう? 何か作るよ」

「あ……うん、お願いしてもいいかな」

 まただ。また、彼女の表情が陰りを見せる。

 フードを脱いだ彼女は、外が寒かったからか、その白い肌を少しだけ紅潮させていた。

 温かいもの……そうだな、身体も心も温まるような何かを作ってみるのはどうだろうか。

 早速台所へ向かい、相変わらず不可思議な巨大倉庫の内部から必要な食材を取り出す。

 本当、ここまで食料に困らない山奥での生活も珍しいな、等と思いながら準備を始める。

 ふと、何気なしにリビングへ目を向けると、ローブを脱いだリュエが暖炉に近い椅子に座り、ぼんやりとこちらを眺めていた。

 こちらが振り返った事にも気がついていないのか、どこか遠くでも見つめているような瞳。

 そんな様子がどうしても気になって。そんな彼女を一人で待たせるのが申し訳なくて。

 だから、俺は珍しく彼女にこんな提案をした。『リュエ、もう少し近くにおいで』と。

 以前、ここに来てすぐの頃は、見たことのない料理に興味津々だったのか、よく周りをちょこちょこと歩き回り、しきりにこちらの手元を覗きに来ていたのだが、さすがに悪いと思ったのか、暫くは自重してくれていた。

 まぁ確かに刃物や火を使っている最中は危険もあるが、彼女だって大人だ。そしてこちらも慣れているのだし、そこまで危険性はないからと、こうして提案してみた訳なのだが。

 すると、焦点の合っていなかった目がこちらを見据え、小さな口をポカンと開けた。

「ええと……どうしたんだい? なにか手伝って欲しいのかい?」

「ああ……うん、そうだね。たまには一緒に作ってみないかい?」

 彼女のその言葉に、折角だからと乗ることに。

ああ、そうだな、これが一番近くに居られる方法ではないか。

 すると、彼女はいそいそと長い髪に三角巾を巻き始め、手を洗い隣へとやってきた。

『何を作るんだい?』と言いたげに見上げてくるその姿が、なんとも可愛らしくて、内心胸をギュッと掴まれたような気持ちでいっぱいですよ、お兄さんは。

 さて、温まる料理の定番といえば……個人的にはクリームシチューなのだが、果たして彼女は知っているだろうか?

 この場所に来た初日、俺は彼女にポトフをご馳走になった訳だが、それを少し改良するだけで作ることが出来るこの料理は、もしかしたら既に彼女も知っているかもしれない。

 ……いや、けれどもこの世界に市販の固形ルーなどという物は存在しないのだし、案外知らないかもしれないな。

 そんな考察を思考の隅に追いやり、早速小麦粉を取り出した。

 強力粉なのか薄力粉なのかは定かではないが、使っていれば分かるだろう。

「む? カイ君、その白い粉はなんだい?」

「小麦粉だよ。パンの材料にもなるポピュラーな食材なんだけれど」

「ふむ……小麦か。あの金色の植物の事だね。なるほど……あれがパンになるのか」

 深く頷きながら、何かに納得した様子の姿がなんだかおかしくて、つい笑みをこぼす。

 さて、じゃあ彼女にはいつも通りポトフの準備に入ってもらおうかな。


       §§§


 彼女は手慣れた様子で、野菜の皮を剥き、少し大きめに切ったゴロゴロとした野菜を鍋に入れ、水と一緒に砂糖を少し入れて火にかけ始めた。うむうむ、基本に忠実だ。

 すると彼女は次に、倉庫の中から巨大なショルダーベーコンを持ってやって来た。

 一枚板と表現すべきその厚さと大きさは、日本にいた頃はそうそうお目にかかれるような代物ではなく、思わず近くへ寄ってしまう。

「今日はこっちのお肉を使うよ。いい味が出てくれるから、たまにこれを入れるんだ」

「なるほどなるほど。じゃあ煮込み始めたら一度こっちの作業を一緒に見てくれないかな」

 彼女のレパートリーはあまり豊富ではないが、それでもその数少ない料理をより美味しくしようという工夫が見て取れて、それがなんとも好ましい。やっぱり良いものですね、料理好きな女の子というのは。

 さて、ではこちらもクリームシチューの命とも言えるルー作りといきましょうか。

 大きめのフライパンに、小麦粉とほぼ同量のバターを先に溶かし始める。

 焦がさないように中火で溶かしていく様を、隣のリュエが面白そうに眺めていた。

「カイ君。これは油なんだね?」

「そうだね。牛乳の仲間から作る油で、いろんな料理に使われるんだ」

「へぇ……塊が油に変わるなんて不思議だね」

「で、全部溶けたら小麦粉をふるい入れて……」

 そうして、じっくりと小麦粉を炒めていく。

 どんな火加減で、どんな事に気をつければいいのか。そしてどんな状態になれば良いのかを教えながら。

 既にリュエが煮込んでいるポトフの煮汁や、温めておいた牛乳を加えて練っていくと、なめらかなパン生地のような状態のルーが出来上がる。

 粉だったものがまるっきり別な見た目になった事が不思議だったのだろう。

『私にも少し練らせてくれないかい』と、木ベラをねだる彼女にそれを手渡すと、想像以上の粘度、手応えに驚きの声を上げていた。

 さて、ではここからが本番だ。

 彼女が作ったポトフと、俺が作ったこのルーを合体させていく作業だ。

「リュエ。この俺が作った塊を少しだけヘラで取って、リュエのポトフに弱火で溶かし込んでいってみてくれないかい?」

「これを? どうなるんだい?」

「やってみてのお楽しみ。俺とリュエの合作だ」

 もしも、彼女が時折見せる表情が、寂しさから来るものだったとしたら。

 今日みたいに時々でいいから、こんな風に一緒に料理を作るのはいい考えかもしれないな、と、ゆっくりと鍋をかき回す彼女の様子を見ながらそう思うのだった。


 それから一◯分。全てのルーがポトフに溶け切り、それはもはやポトフではなく、しっかりとしたクリームシチューへと姿を変えていた。

 甘い、優しい香り。とろみを帯び、熱々の温度を今も蓄えているその鍋の中身は、ここ数日で急激に下がった気温をはねのけてしまうのではと思えるほどで。

 そんな変化を間近で見ていた彼女もまた、少し前まで見せていた陰りが嘘のように晴れ、まるでひと足早くやって来たクリスマスに目を輝かせる子供のような表情を浮かべていた。

「凄い……なんだろう、とろっとしていて、凄く良い匂いがする。あの粉をバターで炒めて、牛乳とスープで伸ばしたのを入れて……それでこんなに変わるのかい?」

「ああ、そうだよ。手間はかかるけれど、そこまで難しくなかっただろう?」

 お玉でしきりにシチューのとろみを確認している彼女に、早速器を渡しよそってもらう。

 付け合せはこんがり焼いたバゲットと、根野菜のスティックサラダだ。

 食卓へと移る。木の風合いを活かした大きなテーブルは、かつてここで暮らしていた他のエルフの存在をこちらに意識させる。

 俺は、そのかつて住んでいたエルフの家族の部屋の一つを借りている状態だ。

 その事を思うと、俺もまた、言いようのない感情が沸き起こり、どんな表情をしたら良いのか自分でも分からなくなってしまう事がある。

『彼女は……一人になってしまって寂しくなかったのだろうか』『俺は、彼女の気を紛らわせているだけの存在なのだろうか』。そんな風に、少しだけ女々しく。

「カイ君、どうしたんだい?」

「ああ、いや。それよりどうだい、これなら自分一人でも作れそうじゃないかい?」

 こうやって少しずつ簡単な物からレクチャーしていけば、彼女のレパートリーも増え、一緒に料理を作る機会も増えてくれそうだ。

 そう思い今回の提案した訳だが……どうやら俺は、何か間違えてしまったようだ。

「……そうだね。うん、私でも作れるね」

 声が沈む。少しだけ緩慢な動きで、彼女がスプーンを口へと運ぶ。

 見るからに熱そうなそれを唇が察知したのか、彼女は今しがた浮かべた表情を崩し、色素が薄い、けれども美しく整った唇をすぼめ、優しく息を吹きかける。

 思わず、今彼女の機嫌が損なわれているかもしれないというのに、ゴクリと喉を鳴らす。

「あ……美味しい、凄く美味しいねこれ……温かくて、優しい甘さがして……」

「っ! あ、ああ。そうだね、これは寒い日の定番なんだ」

 つい、見惚れて固まってしまっていたようだ。俺も彼女に続き、少しだけ強めに息を吹きかけて口へと運ぶ。

 ああ、美味しい。この大きめの野菜の甘さも、火の通り加減も、全部が美味しい。

『二人で作ったから美味しいんだ』なんて、ちょっとだけ気取った言葉を言ってしまいそうになるのを、ぐっと堪える。さすがに、それはちょいとくさすぎますからね?

 けれども、こちらの様子を盗み見るようにしながら一口、また一口と堪能していたリュエが、静かにスプーンを置いた。

「カイ君。明日は、この森から出る時の為に道順や目印について教えてあげるよ」

 今しがた感じていた温かな気持ちが急激に冷やされていくような、心臓に冷水を流し込まれたような感覚に、一瞬で思考が冷えていくのを感じた。

 何故、何故急にそんな事を言うんだ。

 そのまま彼女は、俺が今後どんな風に魔術を練習すればいいのか、この辺りの気候に対応する野営の方法などを語り始める。けれども、頭にまったく入らない。

 それに……どうしてそんなに辛そうに話すんだ、リュエ。

 彼女の説明を遮るように、少しだけ強く彼女の名前を呼ぶ。

「リュエ……!」

「っ、なんだい? カイ君」

「これから……たぶんもっともっと寒くなる。だから……今度はもっと温かくて、美味しい物を作るよ。色々一緒に作って、それで――」

 ああ、違うだろ。こんな事を言いたいんじゃない。率直に、俺の気持ちを伝えなければ。

 不思議そうに、けれども今にも崩れてしまいそうな、どこか張り詰めた表情の彼女。

 ああ――なんだ、そういう事だったのか。

「リュエ。もう暫くの間、俺をここに置いてくれないかい? まだ、ここに居たいんだ」

 なんとなく。本当になんとなく分かったような気がする。

彼女の今浮かべている表情がどんな意味を持っているのか。

 そして最近、こちらが何かをすると申し訳なさそうな顔をする理由が。

「俺は、君に返しきれないような恩がある。そして、毎日君に沢山の物を貰っているんだ。だから、全部返しきれるその時まで、もう暫くここにいさせてくれないかい?」

『こんなに良くしてもらっているのに何も返せないのが申し訳ない』という気持ち。

『こんな調子では、愛想を尽かされて出ていかれるのでは』という不安。

 もしかしたら、そんな事を思っているのではないだろうか。

「も……もちろんだとも! そ、そうだね、こんな寒い中出ていくなんてもっての他だ。それに、他にもこんなに美味しい物があるのなら、もっと教えてもらいたいよ」

「ああ、良かった」

 良かった。久しぶりに、君の心からの笑顔を見ることが出来て。

 安心していいんだよ、リュエ。俺は、君を絶対に一人にはしないから。

 もう、決めたんだ。たとえ何があろうとも、俺は君と――

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