後日談 サーディス大陸編8
(´・ω・`)明日でサーディス編ラストとなります
「すみません、慌ただしい出発になってしまって。また今度、じっくり時間を取って遊びにきたいと思います」
「ええ、歓迎しますよ。首都に着いたらアマミに宜しく伝えておいてください。酒場のマスターには既に知らせていますので、バックヤードの扉は開いていますよ」
「ははは、相変わらずあの場所に通じているんですか」
「ええ。共和国側にしか通じていない、と表向きは思われていますから。余計な情報は伝えないでおこうかと」
「了解です。それじゃあ、また来ますね、里長」
翌朝、今回も森の前まで里長に見送られる。
気持ち的にはもう一週間ほどここに滞在したいところなのだが、今回はイクスさんの旅の目的もある上、ダリアもブライトネスアーチで待っているという事なので、短めの滞在で終わった。
「バックヤード……ですか? なるほど、ここは術式を刻む上で、現象を現実世界に引き出す前の、ある意味では術式内空間。バックヤードとは言い得て妙ですね……」
「イクス……残念ですがそういう意味ではないのです。進めば分かります」
イクスさん、考察中申し訳ないのですが、本当に文字通りバックヤードなんです。
里長と別れ森を抜けていくと、次第に森の気配が変わる。自然の環境音が聞こえるようになり、今の今まで感じていた気候、過ごしやすかったはずのそれが、急激に湿気や緑の匂いを強く感じるようになる。まさに初夏の森の気配だ。
「ぼんぼん、今空気が変わりましたが……」
「あ、そうだ。くれぐれも俺の通った道から逸れないように。もう下界へ出たけど、ここから外れたら出られなくなるから」
「ひっ! 早く行ってください、そういうことは」
「悪い悪い。っと、見えてきた。イクスさん、オインク。あれが文字通りバックヤードに繋がる扉だよ」
「本当に建物のバックヤードに繋がっているのですか……」
「そういうことです。まぁある意味では秘密の出入り口ってヤツですね」
伝えられていた通り、すでに扉の鍵は開いており、屋内へ入る。
まだ完全に術式の外に出られた訳ではないので、この通路内も不自然に長くなっているが、次第に見えている備品が変わり、通常の建物内に出た事が見て取れた。
「相変わらず良いお酒のラインナップですね……」
「そうだねー。良い香りだよ」
「じゃあちょっとマスターさんに挨拶してくるよ」
「了解です。いきなり大勢で出たら驚いてしまいますもんね」
通路を抜けると、まだ営業前で下ごしらえの真っ最中のマスターの後ろ姿が目に入った。
「お久しぶりです、マスターさん」
「ん、おお、久しぶりだなカイヴォン。そうか、通り抜ける人間っていうのはお前さん達一行だったか。半年くらい前に突然聖女様が大人数で通った時は驚いたもんだが……その関係か?」
「いえ、直接は関係ないですね。ただ、今回は俺も彼女に会いに行く予定です。同行者がいますので、少しお騒がせします」
「了解だ。店の鍵はもう開けてあるから、かまわず通ってくれ」
「はい。次回、時間のある時に寄らせて頂きますね」
皆に通っても大丈夫だと伝え、通り際にチラリとマスターの手元を見ると、何やら大量のプラムの下処理を行っていた。
また、果実酒でも作るつもりなのだろうか? いいな、それ……俺もリュエの家に戻ったら作り始めようかな。
店を出ると、久々の旧宿場町『デミドラシル』に出る。
こちらもまだ早朝だからか、目立った人の数ではないのだが、チラホラと開店準備始めている人間や、馬車で遠くへ向かおうとしている人を見かける。
元々、新しい宿場町が出来た影響でそこまで人が来ない場所、という話なのだが、少なくとも以前訪れた時に比べて、明らかに行商人や、遠乗り用の乗合馬車が増えているように感じた。
そういえば、ダリアが以前『新しい町を運河沿いに作る予定』とか言っていた気がする。
なんでも、運河を拡張して首都への物流を強化する関係で、新たな拠点となる町が必要なのだとか。
「確かこの魔車だね、手配されていたのは。じゃあ御者は俺がするよ。四人は客車で休んでいてくれ」
「良いのかい? じゃあお願いしようかな、少し疲れていて」
「少し休んだら交代しますね。今回はここからそのまま首都まで向かうんですか?」
「んー、いや、丁度お昼ごろにもう一つの宿場町に着くからね。そこで休んでから、夕方頃に発ってまた首都を目指す事になるのかな。首都の宿はちょっとダリアにメールで頼んでおくよ」
聖女を使い走りにするとは言語道断ですが、仕方ない仕方ない。
夜に到着する旨を知らせると、すぐに返信が来た。
From:Daria
To:Kaivon
件名:了解しました
オインクも同伴しているんですね。では合計五人という事で、今夜だけは手配する宿に宿泊してください。明日以降は離宮での宿泊となります。
マジでか。まさか離宮に泊まらせてもらえるとは。
さすがに、ブライトネスアーチはフェンネルとの戦いでかなり荒れてしまっている。
暴走した植物による街へのダメージも大きく、俺達も復興の手伝いをしていたが、結局途中で旅立ってしまったのだし。
新しい町の建設もあるだろうし、中々忙しい時期に来てしまったのかもしれないな。
そうして魔車を走らせていくと、途中、何度か同じ方向を目指す馬車や魔車を追い抜く事になったが、彼等はどこを目指しているのだろうか。
……初めて来た時、この大陸は正体不明の『黒い謎の魔物』の影に怯え、ただでさえ閉鎖的な大陸が、さらに閉鎖的な状況に陥っていた。
それが今ではこうして沢山の人間が行きかっていると思うと、なんだか自分の手柄という訳でも、自分の国という訳でもないのに、誇らしい気持ちになってしまう。
そうして街道を進んでいると、俄かに空が暗くなってきた。雨雲だ。
「そういえば……王国側って雨季みたいのがあるとかアマミが言っていたな……封印やら結界が消えても、まだ影響が残ってるのかね」
アイテムボックスから念のためレインコートを取り出し着ておく。だが、蒸し暑い!
けどこれ絶対もうすぐ振るだろうしなぁ。
宿場町に到着する頃には、土砂降りの雨がこちらの薄手のレインコートにオーバーキルをかましてくれていました。
その雨音に、休憩中の四人も目を覚ましたようだが、さすがに御者の交代を頼む気にもなりませんでした。それがたとえ豚ちゃんでも。
休憩の為に宿を取ろうとしたのだが、現在新たな町の建造の為、多くの作業員が宿を貸し切っているため、結局今回も高級な宿を借りる事になった。
そうして、ようやく部屋で一息ついたところで、急ぎ俺はこの濡れた服を着替える事にしたのだが――
「リュエ、レイス! 人の着替えを覗く悪い豚が紛れ込んでいる。確保!」
「オインク、さすがに許しません。早く私達の部屋に戻ってください」
「オインクでもダメだよ! 後でね、カイくん」
油断も隙もあったもんじゃない。早速着替えようと濡れていた服を脱ぎ始めると、今度はベッドの方向から物音がした。そちらを見てみると――
「……申し訳ありません、大部屋は落ち着かないのでこちらの部屋の隙間に収まっていました」
「イクスさん……とりあえずそっち見ていて下さいね」
「はい」
イクスさん、いつの間に……。着替え終わったところで、今度は濡れた髪を乾かそうと、部屋に備え付けてあるタオルに手を伸ばす。
すると、いつのまにかイクスさんがタオル片手に横に立っていた。
「どうぞ。カイヴォンさんは髪が私よりも長いですからね。お手伝いします」
「っと……いや、悪いですよ」
「大丈夫ですよ、慣れています」
そう言いながら、彼女は俺の毛先の方をタオルで拭きながら、風の魔術で乾かしてくれる。
……髪、もうそろそろ切る事も視野に入れるべきだろうか。
「……ふふ、なんだか不思議な気持ちです。初めて、カイヴォンさんと出会った時の頃を思い出します」
「……懐かしいですね」
「あの頃、私はあの男……アーカムの奴隷のような物でした。その当時も、こうしてあの男の身支度を手伝っていたのですが……同じ行為でも、こんなに気持ちが違うのですね」
そういえば、アイツも長い髪をしていたな。……そんな嫌な思い出を思い出すような事をさせるのは、なんだか申し訳ない気がする。
認めたくはないが……アイツと俺は、姿が少し似ているから。
魔王ルックではなくても、こうして俺の近くにいるのはいい気分ではないのかもしれない。
「……大丈夫ですよ、カイヴォンさん。貴方は想像よりもずっと人間らしいです。表情で、思っている事が分かります。私は勝手に、貴方は偉大な魔族、民を救う英雄なのだと思い込んでいましたが……そうして悩み、気遣い、遠慮する様は、私の好きな『ただの人間』の姿にしか見えません。どうかお気になさらず、今しばらくこうさせてください。髪が乾くまで」
「……ありがとうございます、イクスさん」
「いえいえ。これは上書きのような物です。きっと、貴方はお母様と結ばれる。そうなればきっと、私は生まれて初めて『父親孝行』が出来るのですよ。私の古い歴史は、全て素敵な物で上書きされる。それが今から楽しみですよ……『お父さん』」
心臓が止まりそうになる。それは、その呼び方は……まったく予想していなかった。
「ははは……さすがにちょっと心臓に悪いかな」
「ふふふ、そうでしょう。もう言いませんよ、カイヴォンさん。はい、髪も乾きましたよ。お疲れでしょう、少しベッドで休んでいてください」
「そうさせてもらいます。イクスさん、また後で……」
俺は、まだ強く脈打つ心臓をなだめるように、ベッドに倒れ込むようにして休むのだった。
目が覚め時間を確認すると、時刻は午後三時をまわろうとしていた。
もうそろそろ出発した方が良いだろうかと、ベッドから起き上がり皆が使っている大部屋へと向かうと、既にそこはもぬけの殻であった。
一体どこへ? 一先ずメールでオインクに聞いてみると、どうやら近くにあるカフェでアフタヌーンティーとしゃれこんでいるとのこと。
女性だけで楽しんでいるところに乱入するのも無粋だろうと、そのまま宿のオープンテラスで休む事にした俺は、いつのまにか雨が止んでいる事に気が付いた。
しかも……虹だ。遠くの空に虹が見える。そういえば俺、ブライトネスアーチと聞いて、勝手に虹がかかっている夢の国のような物を想像していたっけな。
「四人が戻ったら、そろそろ出発するかな――」
そうして外を眺めている時の事だった。恐らく、近くの町の建設で集まって来たであろう集団が、よりによって……『とある美女四人組』にちょっかいをかけていた。
これは……俺が出ていっても大丈夫だろうか。それとも……四人に任せても良いだろうか。
正直、まったくと言っていい程心配はしていないが……とりあえず少し近くで様子を見ようか。
「なんだよいいじゃねぇかちょっとお茶ぐらい」
「だから、私達はさっきお茶を飲んできたばかりでもうお腹たぽんたぽんなの!」
「だったら一緒にいるだけでもどうだよ? 俺達はお前らエルフの町を作る為に共和国から来てやってるんだぜ?」
「……こういった手合いが出てくる事は予測出来たでしょうに。シュンやダリアに警備の増員を進言すべき、ですかね」
「申し訳ありません。我々はこの後、すぐに町を発つ必要がありますので、これにて失礼します。あまりしつこいようなら、事を大きくする必要も出てきますので、この辺りでお願いします」
「んー? なら大きくしてもかまわねぇぜ? なにせ俺達は国に許可を得てこの辺りの宿と契約して、集団でこの一帯を利用してるんだ」
「……お母様、どうしましょうか。黙らせますか?」
なるほど、恐らく共和国からの出稼ぎ組……それに風貌から察するに、治安の悪い場所、差し詰めエルダインからこっちに来た連中だろう。
このまま放っておいても大丈夫だろうが……武力で黙らせるのも今後の作業に影響が出かねないか。
「よし、いいこと思いついた。もしもエルダイン出身なら効果抜群だろ」
メニュー画面を操作し、俺はある人物にメールを送る。
『ちょっと今時間あったら俺の場所まで来れないか?』と。
すると『丁度今休憩中だから、短時間なら構わない』との返信が。ならばテレポ発動。
勿論ここで現れるのは、我らが近衛騎士団長にして、王国の守護者。
対共和国の抑止力にして、共和国にその名を恐怖の象徴として知られているシュン。
そういえばお前、前に共和国脱退の為に反乱起こしたエルダインを一人で壊滅させるまでぶっ叩いたらしいね?
「お、来たなシュン」
「どうしたんだカイヴォン。この大陸に来ているとは聞いていたが……ここは宿場町か?」
「イエス。三行で説明するわ」
説明中。
「おk把握。行ってくる」
おーおー、あからさまにテンション上げて連中の元に駆けていくではないですか。
「そこの集団。全員、共和国よりこちらで預かっている者だな。通報を受けて来たが、事実確認はするまでもないようだな?」
「あ!? なんだ誰だ――」
「悪いが、治安を乱す者を新たな町に置く訳にはいかない。事前に契約したはずだ。それがたとえこの宿場町だとしても。エルダイン領主の恩情でここでの作業員として従事させていたが、その機会を棒に振ったのはお前達だ。すぐに荷物を纏め、国に帰るが良い」
振り返った男達は、やはりエルダインから来た人間だったようだ。
シュンの姿を見た瞬間、もはや言い訳や逃亡、その他一切の抵抗が無意味と悟っていたのか、その表情を急激に『この世の終わり』のような物に変え、大人しく近くの宿へ戻っていった。
恐らく、余程容赦なく共和国で猛威を振るっていたんだろうな、シュン。
まもなくして、宿から荷物を抱えた男達が、転がるように馬車に逃げ込み、宿場町の中を爆走して去っていった。
「まったく……だがこれはこの国の落ち度だな。悪かったな、みんな」
「な……なんでこんなところに……?」
「呼ばれた。大方、自分で動くよりも俺が動いた方がいいと考えたんだろうな。久しぶりだな、みんな」
「シュン! 久しぶり、元気そうでなによりだよ!」
「お久しぶりです、シュンさん。その後、お変わりはありませんか? ジュリアさん共々」
「ああ、俺もジュリアも元気だ。そっちも……元気そうでなによりだ」
旧交を深めんと話す一同を眺めていると、事態を飲み込めていないイクスさんがまたしても――シュンの頭に手を伸ばす。
「ありがとうございます。ふふ、立派な騎士様になれるでしょうね、貴方なら。皆さん、この子とお知り合いなのですね? こんにちは、はじめまして」
「……はじめまして! お姉さん!」
おい、なーに何も知らない純朴少年のふりしてんだコラ。
「あまり危ない事はしてはいけませんよ? ふふ、お名前、教えてくれますか?」
「シュンって言います! お姉さんはなんという――」
「いい加減にしろ」
後頭部パーン! お前まさか日頃から合法ショタとしてよからぬことをしているんじゃないだろうな!
「いでぇ! 冗談だ、そんなに怒るな」
「まったく……とりあえずみんな、宿に戻ろうか」
大丈夫ですイクスさん、そんなに慌てなくても。たぶんコイツは貴女が全力でぶんなぐってもダメージ負ったりしないと思いますので。
「――と、いう訳で。一番ここの治安維持に効果がありそうなこいつを呼んだという訳です」
「なんと……ダリアさんといい、この国のトップは皆……その、なんと言いますか、幼い姿なのですか」
「構わないよ、言われ慣れている。実際、初めて会う相手には、エルフですらない、ヒューマンでこの姿だと確実に舐められる。いちいち気にする事じゃないのさ」
「で、とりあえず今日の夜にはそっちに着くが、今見たように、ちょいとエルダインからの流入者で治安が悪くなっていそうだな。相変わらず、そっちの首都は制限が厳しくて治安も安定しているだろうが、その周辺はこんな感じなんじゃないか?」
「……そうだな、少々甘く見ていた。現状、ああいう手合いがそのまま野盗化する可能性だってある。首都の警護をこちらや街道に回すべき、なのだろうな」
「そうだな。まだそっちの復興も目途がついていないだろうに、大変だな」
「仕方ないさ、これは俺達の国が乗り越えていくべき事だしな。だが……そろそろ、第二王女のシーリスの幽閉、謹慎を解除する必要もあるかもしれない。彼女は、元々街道警備隊の隊長でもあったからな。彼女主導の元、隊を再編するよう国王に進言するさ」
「やっぱり、彼女の扱いは未だ悪いのか」
「そりゃあ、アイツはフェンネルの信奉者で、ある意味では弟子だったからな。もう十二分に反省もしているだろうし、そもそも彼女は誰よりもフェンネルの術の影響を強く受けていた。情状酌量の余地は十分にある」
「そうだな。俺も、彼女と少し話したが、完全に毒気が抜けてしまっていたように見えた。何か役目を与えた方がいいかもしれないな」
ちなみに向こうは知らないが、俺が水晶像に化けていた時に、人の息子さんをいやらしく撫で上げていたのは、墓場まで持って行く秘密であります。
「さて、そろそろ出発するんだろう? 俺は一足先に向こうに戻るとする」
「えー、シュンも一緒に行こうよ。どうせ同じ場所なんだし」
「悪いな、そこまで長い時間留守にする訳にもいかないし、さっきの件もある。首都についたらいくらでも時間がある、我慢してくれ」
「んー了解。じゃあジュリアちゃんに私達が向かっているって教えておいてね」
「勿論、既に大陸に居るとは教えてある。毎日楽しみにしているぞ」
「そっかそっか。楽しみだなー」
そうリュエが嬉しそうに笑うと、シュンもまた嬉しそうに微笑んでいた。
もう、すっかり父親の顔だな。
「シュン。私もダリアを交えて少々話したい事があります。時間は作ることが出来ますか?」
「そうだな、今回はダリアも何か大事な用事があると話していた。それが済み次第、時間を作ろうと思う」
「分かりました。では、また明日にでも」
そう言いながら、シュンが俺の使ったテレポに入り、ホームへと戻る。
そこから自分の使ったテレポに入り国に戻るのだろうが……もし間違えてここで使ったら、もう戻れないんだよな、自分で行かないと。
シュンの姿が消え、改めてその光景を見たイクスさんに、そのルールを教える。
万能ではないが、その便利な力について。すると――
「でしたら、先日の里にカイヴォンさんかリュエさん、お母様の誰かがテレポを使い、そして三人の内誰かのテレポで戻って来る、という方法で、いつでも隠れ里に戻れるのではないでしょうか? 同様に、お母様の自宅であるウィングレストでも行えば、いつでも戻れる……という風に」
「……その発想はなかった!」
「確かに! 私達は常に三人一緒だし、そういう事も出来るね! 帰りにあの旧宿場町でやっておこうか!」
「なるほど……いつでも戻れるようになるのなら、ウィングレストの町だけでなく、アルヴィースの街でも行えば……いえ、二カ所までしか使えませんか……」
「なるほど、複数人故の強みですね。あの里へは、シュンかダリアのテレポで向かえば十分早いですし、イクスさんとレイスの拠点で使っておけばいいですね」
「なるほど。ふふ、これでいつでもプロミスメイデンにも、アルヴィースの街にも向かえますね」
「……すさまじい力ですね。広まれば世界が混乱しかねない程に。これは、あまり研究しない方が良いのかもしれません」
なんとも夢の広がる話である。オインクは確か現状、セミフィナルの山岳部からここに来ているんだったな。じゃあ、あちらにも向かえる、という事か。
まあ、今回は陸路と海路を使い真っ当に旅をするつもりなのだが。
「とにかく、そろそろ出発しようか」
夕暮れが迫る中、街道を疾走する魔車。
御者は今回も俺が担当しているのだが、その隣にはイクスさんが座っていた。
曰く『雨が降り出したら、風の魔法で雨よけをしますから』と。
一応、風の魔法はリュエも扱えず、イクスさんの得意属性なのだとか。
チラリと、久しぶりにイクスさんのステータスを覗き見る。
アーカムとの契約から解放されてから、しっかりと確認してこなかったからな。
キチンと名前も元通りになっていると良いのだが……。
【Name】イクスペル・ダリア・ブライト
【種族】 エルフ
【職業】 魔導師(39)魔法師(50)
【レベル】139
【称号】 光翼導師
永劫を仰ぐ者
【スキル】剣術 風魔導 雷魔導 体術 魔纏術
錬金術 調合 子守り 奉仕 複合魔導
うわ強! ただの術の打ち合いなら、環境次第じゃリュエどころかダリアにも届きそう。
というか剣術も体術も習得しているって……そうか、ジニアの師匠でもあるんだもんな。
「どうかしましたか、カイヴォンさん。私の顔に何かついていますか?」
「ああいえ……ただ、やっぱり少しアマミに似てるなって思いまして」
「そう、なんですね。その方はどういう人なんですか?」
咄嗟の言い訳だが、紛れもなく本心だった。
かつて、彼女と共に御者をした事もあり、その時も彼女の横顔を見ながら『凛々しい』『美しい』という思いと同時に『少しイクスさんに似ている』と感じたものだ。
「そうだね、彼女は元々、この大陸における冒険者ギルドのような組織『自由騎士団』という組織に所属していたんだ。その中でも、割と暗部に属する凄腕だったんだ」
「なるほど……」
「ただ、彼女は自分の里を守る為、当時この大陸で暗躍していた人間と繋がっていた自由騎士団を脱退。その後、依頼を通じて知り合っていた、ある貴族の家に正式な騎士として雇われる事になったんだ」
「貴族の屋敷に……ですか」
その瞬間、微かにイクスさんの語調が落ちた気がした。
貴族の家、という言葉に、思うところがあるのだろう。
「……複雑な関係ではあるけど、大事にされているよ。彼女は、その家の一人娘の影武者として雇われていた時期もあったんだ」
「影武者……?」
「ああ、通じないか。ええと……身代わりというか、代役、のようなものですね。容姿がとてもよく似ていたので」
「なるほど……」
もうそろそろ着くのだから、触りの部分だけ語ろう。
「それに関しては、たぶんイクスさんも関わってくるかもしれない。もしかしたらダリアの話の際、その貴族の一家も同席するかもしれないね」
「了解しました。……良き出会いに恵まれたのなら、幸いです」
「……そうだね。アマミは良い人に出会えたと思うよ」
「ふふ、それは私もですけれどね。その彼女も私も……カイヴォンさんと出会えましたから」
そう言いながら彼女は微笑む。本当に、なんというか……綺麗すぎる人の微笑みというのは、人を簡単に虜にしてしまうというのをもう少し自覚して欲しいですな……。
そうして、その微笑みを照らす朱色が徐々に色を失い、星の光が空に無数に散りばめられる頃、ついに巨大すぎる大樹が聳え立つ、ブライトネスアーチが見えてきたのであった。
「そこの魔車、止まれ! 通行証と目的を示してもらう!」
「すみません、通行証はないのですが、この人の顔でなんとかなりませんか」
「あ、門番さん前と同じ人だね! こんばんは、お久しぶり! 少しダリアに呼ばれて来たんだけど、大丈夫かい?」
「おお……王城の庭で働いていた子ではないか。確かダリア様の知り合いだったな、それに……そちらの方は王家所縁の者ですな! 勿論、通って下さって結構です」
街門にて、リュエの力でなんとか顔パスが出来ないかと思ったら、予想通り問題なく通してもらえる事になった。
以前は白髪というだけで迫害の対象だったというのに、変われば変わるものだ。
それに、リュエが王城の復興で精力的に動いていたのも記憶に残っているのだろう。
大体一年半ほど前の事だが、エルフの尺度的にはついこの間、のような扱いなのかもしれない。そして何よりも、イクスさんの容姿が王族のそれなのも大きいだろう。
この辺りは変装の術が効かない事になっているからな。
「さてと……じゃあ今夜はダリアが手配した宿に泊まって、明日朝一で王城に向かおうか」
「了解。前よりもかなり街の復興も進んだねぇ。大通りとかもう元通りだもん」
「そうですね……まだ少し空き地が目立ちますが、瓦礫などはもう完全に撤去されていますね」
「凄い……首都全体が濃密な自然の魔力に覆われています……それにこれは結界の反応……ここまで大規模な術式が動いている場所が実在するなんて」
「まぁ、ダリアもなんだかんだで、神隷期の人間だからね」
「なるほど、確かに昔私が訪れた時よりも建物の数が少ないですね。これも、戦いの影響ですか」
「そういう事だな。ちなみに、王城の地下に地底湖が新たに出来ているはずだから、明日余裕があれば見物していくか」
「……地底湖なんてそうぽんぽん生まれませんよね。まさか……」
「はい、俺がやりました」
ちなみに、地底湖の名前は正式に『リュエ湖』になったそうです。
今の名物は、深い水深の影響と地上から差す日光の関係で、深い青色に見える水面にあやかった、青く着色されたコーラっぽい飲み物だとか。
現在、持ち運びのしやすい名物という事で、あの巨大な樹の樹液を配合し、キャンディに出来ないか研究中だとか。
「じゃ、とりあえず宿へ行くよ」
そうして、用意されたやたら大きな宿……むしろホテルと呼ぶべき場所へと向かうのだった。
なお、貴族街に近い場所にあった関係か、敷地内に沢山木が植えてありました。イクスさんとリュエが凄く心地よさそうなので、ちょっとエルフが羨ましくなりもうした。
「ふぅ……凄いね、一泊しただけで何日もぐっすり眠ったくらい疲れが取れたよ。私の家と同じくらい、歴史の古い木に囲まれているからだねぇきっと……」
「確かにもの凄く身体の調子が良いですし……やはり、この辺りの魔力は身体によく馴染みます。これが、出身地を持つエルフの感覚、なのでしょうかね」
「厳密にはあの島で生まれたはずだけれど、流れている血は間違いなくここ出身のものだしね。たぶんイクスさんやこの国出身のエルフがリュエの家がある森にいったら……」
「うん、物凄い事になるかも。けど、私があの森の植物を国の中心に植えたし、魔力も王様に分けたからね。ここも、徐々にあの森と同質の場所になるはずだよ」
そうか、じゃあこの国の住人も、ようやく本当の意味で故郷を得た、という事なのか。
そんな爽やかな目覚めを味わいながら、俺達はここからそれほど離れていない王城へと歩いて向かう。街の様子を肌で感じたいのだ。
そうして、周囲を眺めつつも王城に辿り着くと、門番の兵士に既に話が通っていたのか、そのまま見事な敬礼と共に王城内へと通される。
まるで、大樹をそのまま城にしたような独特の王城。相変わらず、どこか自然に似た空気と城特有の厳かな空気が満ちた場所。
「やっぱりこのお城凄いねぇ……ここで暮らすダリアが羨ましいね」
「確かにここは……こんな場所に立ち入っても良いのでしょうか」
「問題ありませんよ。さて……ダリアがそろそろ迎えに来てくれるはずだが」
見渡してみても、忙しそうな城の兵士が行きかうだけ。中にはローブ姿の小柄な人物、恐らくここで行われているという私塾のような物の生徒も見かけるが、ダリアの姿がどこにもない。
するとそんな小柄な人物が、フードを被ったままこちらに近づいて来た。
ははん、さてはあれがダリアだな。まさかまた変装して抜け出そうとしていたとは。
「バレバレだぞ、ダリア。迎えが遅いじゃないか」
「え!? あ、あの……すみません、ダリア様じゃないです」
が、その人物がフードを外すと、そこにはリュエとよく似た白髪を持つエルフの顔。
よくよく見れば、ダリアよりも頭一つ分くらい背も高い。それ即ち――
「ジュリアちゃんかい!? 久しぶりだね! もしかして迎えに来てくれたのかい!?」
「お久しぶりですリュエさん、皆さん。はい、ダリア様に頼まれました。またお会いできてうれしいです」
それは、シュンの姪のような存在で、現在シュンの義理の娘、ジュリアだった。
リュエとどことなく似ている姿に、二人一緒だと本当の姉妹のように見えてくる。
「わー……少し背が伸びたね! ここで勉強をしているのかい?」
「はい。今日は講座がお休みで、ダリア様の御客様を迎えに行くように言われていたのですが……リュエさん達だったのですね!」
「そうなんだ。そっか、ダリアは今日私達が来るって教えていなかったんだね」
「はい。でも、もしかしたらと思っていました。では案内しますね、ついてきてください」
相変わらず、利発そうなお子さんである。実年齢はかなりいっているはずだが、彼女は通常のエルフよりも遥かに寿命が長く、成長速度も遅い、という話だったが……封印から解き放たれた分、その反動で成長し始めたのだろうか? それとも、シュンに投与されたであろう、レベルアップポーションの影響だろうか?
彼女に連れられて城内を進んでいくと、見覚えのある小部屋に通された。
白い、顔のない女神像だけが安置されているその小部屋は、以前シュンやダリアと三人で話す為の特殊な部屋へと続く、短距離の転送装置の役割を持っていたはずだ。
確か、リュエ達は初めて来たはずだが。
「ここは……それにその像は……」
「ああ。その像はフェンネルがどこからか持ってきた物、って言われてるんだ。たぶん、レプリカだよ。その像そのものは特別な物じゃあないし、純粋に術式の要として使われているんだ」
「術式? この狭い部屋に何かあるのかい?」
説明より実演をするべきだろうと、まずは俺がその像に触れる。
すると、足元から上って来た光に包まれたと思った瞬間、気が付けばまったく別な部屋に到着していた。
そして勿論、その部屋にある席に座っていたのは――




