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後日談 サーディス大陸編7

(´・ω・`)本日も0時更新です

「うわー! オインクだ!」

「おほー! ぶぅぶぅきたわよー!」


 魔車を預ける為にリュエを起こすと、起き抜けにオインクを見つけ抱き着きに行く。

 なんとも微笑ましい光景だが、その総帥らしかぬ豚ちゃんムーブにイクスさんが目を白黒させていた。


「どうしたんだい!? 遊びに来たのかい!?」

「ふふ、今回は本当に少し遊んで帰ろうと思います。ちょっとイクスさんにお話しもあるんですけれど」

「本当かい!? じゃあじゃあ、一緒にご飯食べたりもしよう!」

「ええ、行きましょう。イクスさん、ギルド主導の孤児院の件ですが、今夜にでもお話をしたいと思います」

「は、了解しました」

「そんなに緊張しなくて大丈夫ですよ。ふふ、まずは一緒に食事でも摂りましょう。何を食べ――」


 そうオインクが言いかけた時、レイスがすかさず口を出す。


「もう決まっています、ドネルケバブです! とても素晴らしい料理がこの町にはあるのです、絶対そこに行きましょう!」

「ド、ドネルケバブ……ええ、分かりました……。ぼんぼん、本当にあるんですか……?」

「ああ、本格的なヤツがな。割と俺も楽しみにしていたりする」

「それはそれは……確かに私も食べたことはありませんが、どういう物かは知っています。なるほど……ダリアかシュンが伝えたのですね?」

「正解。んじゃ行こうか。昼飯時だし混んでいるかもしれない」

「そうですね、早く行かなくては」


 レイスが我先に向かおうと、先頭に立ち店への道を進む。

 凄いな、久しぶりなのに完全に場所を覚えているようだ。

 以前とは違い、夏真っ盛りという訳ではない、幾分過ごしやすい気候。

 そんな中、仲間達とこうして歩くのが、やはりどうしようもなく楽しい。


「南国……この辺りはだいぶセリューとは気候が違いますね。山や森が多い関係か、湿度が高く感じますね。ここも、封印が消えた影響で徐々に変わっていくのでしょうか」

「恐らくな。ミササギって領地は結界で環境が一定に保たれているが、その環境が本来の気候に近いらしいな。古い森もあるが、その植物は熱帯の物とは違っていた。きっと、七星封印の影響も受けずに古のまま保持されていたんだろう」

「なるほど……セミフィナルは大分前に既に解放されていた関係で安定した気候でしたが、やはり通常はこういった変動が起きているのですね」


 まぁ、おかげで多種多様な文化が育ったとも言えるのだが。


「着きました! 早速受付をしてきますね!」

「お、結構空いているな。地元じゃそこまで珍しい店じゃないのかもなぁ」

「これは……良い匂いですね……空腹に響きます」

「なんだ、朝飯も食わないで出てきたのか?」

「ええ。朝の散歩の後そのままです」

「あ、私も食べてないよ。さっき起きたばかりだもん」


 そういえばみんな寝ぼけ眼でテント片付けて、そのまま魔車で眠っていたんだったな。

 ……実は俺だけこっそり御者をしながら軽食を摂っていたのは秘密です。


「五人の個室、取れましたよ。さぁ、行きましょう」

「お母様、凄く楽しそうですね」

「ふふ、勿論です。しっかり調理風景の見える部屋を取りましたからね……魅惑の光景を見ながらの食事、これはもうどんなフルコースよりも贅沢です」


 わーお……案内されたのはVIPルームって感じの部屋じゃないですか。こりゃレイス、金に糸目はつけていないと見た。

 ……俺も人の事言えないが、実はレイスもかなりの大金持ってるんだよなぁ……。


「こ、これは……! お母様、巨大な肉の塊が回っています……! あの魔導具で、側面をじっくりと焼いているのですね……確かにこれはとても珍しい光景です」

「オインクオインク! 見て見て、奥の方で丸ごと豚を焼いているよ! 美味しそうだね!」

「ひぃ! なんて惨い! ……けど表面がこんがり焼けて美味しそうですね……」

「ケバブにこんなメニューあったのか……」


 よく見れば、他にも丸鶏がくるくると回し焼きされていたり、肉以外に野菜なども焼かれている。

 なるほど、独自の発展を遂げているようだ。やっぱり面白いな、こんな風に食材が焼かれている姿は。


「ほら、こんがり豚ちゃん見てショック受けてないで注文するぞ。じゃあ俺はあの豚と焼き野菜でも注文するかな」

「私もあの豚ちゃん食べたいなー! あと、丸ごと焼いてるトマトが食べてみたいかな」

「私は子羊ですね……ソースはヨーグルトソースで……」

「あっあっ……私も子豚と……牛にします」


 お前も食べるんかい。そして、最後のイクスさんはというと――


「ふむ……回して焼くということは、常に焦げ目を食べられる、という事ですか。それに全ての方向から均一に熱を……攻撃魔法としても中々効率が良いですね……私は炎の適正が低いのですが、風により炎の渦を生み出す事で、少ない炎で効率的に相手を倒す――」

「イクス。ご飯の時間ですよ。相変わらず研究や勉強に集中し過ぎると周囲が見えなくなるのですね」

「すみません、お母様。では私は……このおすすめの鶏肉と、チリソースでお願いします」

「それ、私前に食べたけど辛いよ? 大丈夫かい?」

「ふふ、大丈夫ですよ。私、辛い物は好きですから」


 ……フラグですかそれは。




 見えている調理場で、自分達が注文した食材表面が巨大なナイフでそぎ落とされ、魅惑的な焦げ目のついた肉が回収されていく。

 それを袋状に焼き上げた生地の中に野菜とともに入れられ、注文したソースをかけられて提供される。

 そして野菜は、表面がこんがり焼けた状態で、まるまる提供されるのだ。

 嬉しそうにトマトにナイフを入れているリュエと、カリカリに焼けた豚の表面を複雑な表情で食べ進めるオインク。


「おいしいかい? リュエ」

「美味しいねぇ……やっぱりじっくりこんがり焼かれてるからね……良い味が凝縮されてる……トマトってこんなに甘くなるんだねぇ」

「で、オインクはどうだ」

「……凄く美味しいです。それに土地柄かスパイスがふんだんに使われています……」

「だろ? いや実際美味しいよ本当。ここに住んでる人はこれに慣れ切ってるんだろうなぁ……羨ましい話だ」

「これ、きっとセミフィナルでも流行りますね。見た目のインパクト的にも」

「だな。どっちかというとギルドの人間向き、って感じだ」


 オインクがそう冷静に分析する中、イクスさんはどうしたのかと様子を見ていると――


「…………」

「……イクス、お水です」

「……はい。あの……カイヴォンさん、どうか私の方は見ないで下さい……」


 目を赤くはらし、同じくらい真っ赤になった唇で、そっと水を飲むイクスさん。

 辛かったか……想像以上に。後凄く色っぽいです。


「美味しいです……美味しいですが辛いです……ソースを少し避けて……」

「イクスさん、ナスあげる。これも美味しいよ」

「はい、リュエさん。……美味しいです……こんなに辛いなんて……」

「あー……イクスさん、その辛いソースの上からヨーグルトソースかけて食べると良いですよ。だいぶ辛みの成分が抑えられますから」

「そうなんですか。…………あ、本当ですね。よかった……」


 フラグ回収早いですね……。


「すみません、追加でこの牛の盛り合わせをお願いします。ソースはペッパーでお願いします。付け合わせにベイクドポテトもお願いしますね」

「かしこまりました」


 そしていつの間に完食して追加注文をしているレイス。物凄い笑顔である。

 こうして、約一年ぶりのレイスお気に入りのケバブランチは、予定よりも賑やかな物になったのであった。


「……すみません、温めのホットミルクってありますか……」


 イクスさん、やっぱりまだ口の中が辛いんですね……。






 昼食を終えた俺達は、その足で町の外にある森林地帯へと向かう。

 この辺りは殆ど人の出入りがない所為か草木も伸び放題であり、獣道のような、何かが通った跡が微かに残されているだけだ。

 まだ、しっかりと特定の行商人だけはここから出入りしているようだ。


「ぼんぼん、こんな場所から向かうのですか?」

「ああ。この先を特定のルートと行動を起こして進むと隠れ里に辿り着くんだ」

「ふむふむ……随分と厳重な守りなのですね。里が秘術により隠匿されている以上、交流は出来ても、おいそれと外部の人間を呼ぶことは出来ない、という訳ですか」

「そうだねー、私もここの術式には結構関わったんだけど、割と世に出たら悪用されかねない物も含まれていたからね。今くらいの交流で丁度良いんじゃないかな」

「そうですね。大陸の環境が変われば、外に出たい人間はそこへ出て暮らしていけば良いのですし、無理に道を繋げる必要はないのでしょう」


 それに、こう言ってはなんだが、部外者があの里に入るのは少し気分が悪いというか、独占したいという気持ちも出て来てしまうのだ。

 平和で長閑で、そして静かで優しい時間の流れる場所。あそこを、人に知られたくない、と。


「とても興味深いですが、そういう事でしたら根掘り葉掘り調べるような真似は致しません。ただ、本当に興味深いですね……」

「ここ、このアーチを……こうくぐって、回って……」

「大丈夫かリュエ。俺が覚えているよ」


 という訳で、決められた手順を踏んで森を進むと、溜め池が見えてきた。

 池を数周決まった方向に回り、そこでようやく里に続く道が現れるのだ。


「なんと! これは……私ではさっぱり分かりません……」

「なるほど……この場所を作り出した人物は、もしかしたら雨垂れの奇跡……レイニー・リネアリスにこの術を授けられたのかもしれませんね」

「総帥、まさか本当にそんな存在がいると? ふふ、さすがにそんな存在は空想上の産物ですよ」


 ……ノーコメントです!

 ちなみに、彼女が既に世界の裏側、次元の狭間に消えてしまった事は皆には知らせていない。

 オインク辺りなんかは、もう会えない事に気が付いている風だが。


「じゃ、今回も俺が里長に挨拶をして、立ち入りの許可を貰って来るよ。今回、初めての人間が一人いるからね」

「なるほど、そうですね。立ち入りを許可して頂けると良いのですが……」

「ぼんぼん、二人ですよ。私も来るのは初めてです」

「ああ、一人と一匹だったか」

「そんなー!」




 里の様子は、以前と変わってはい……ないとはとてもじゃないが言えなかった。


「え……あそこクーちゃんの燻製小屋あったよな……なんか立派な建物が……」


 以前は入出する行商人の管理をする小屋があったのだが、そこに少し大きな燻製釜が出来、そこでクーちゃんが色々作っていたのだが……今ではそこに、レンガ作りの中々に立派な工房のような物が出来上がっていた。

 そして案の定、大きな煙突から煙がモクモクと上がり、周囲にはなんともいえない、香ばしく香り高い、良い燻製の香りが漂っていた。

 ひとまずここに誰かいないかノックを……。


「誰かいないかー、クーちゃんいるかー?」


 返事がない。燻製したままどこかに出かけているのだろうか。

 仕方なしに、小屋の裏手に回り込んでみると、そこには新たに畑が出来ていた。

 これは……分かる、これはニンニク畑だ。匂いで分かる。

 すると、そんなニンニク畑の中に、ごそごそと動く人影、緑の頭髪が動いているのが見えた。


「おーい! クーちゃーん!」

「んー? なにー?」

「ひさしぶりー! カイヴォンだー!」

「えー!? あ、本当だ!」


 背負い篭に沢山のニンニクを詰め込んだ、作業着の緑髪エルフこと、クーちゃんだ。

 そのまま伸びたニンニクの葉をかき分けてこちらに向かって来た彼女が――


「久しぶりかいぼん! ニンニクいる?」

「今回は少し分けてもらうかな? 後で美味しい豚肉のガーリックソテーを作ってあげよう」

「わーい」

「ちょっとまた二日程滞在したいなって思っているんだけど、里長は館にいるかな?」

「うーんどうだろう。もしかしたら診療所の方にいるかも」

「ん、そうか。じゃあまずは診療所の方に行ってみるよ。他の皆は里の外にある池のほとりで待ってるんだ」

「あ、じゃあ挨拶にいってくるよ」

「はは、きっとみんな喜ぶよ。じゃあ、また後でね」


 良かった……里に何か大きな変化はないようだ。

 里が共和国の一部として認められたとしても、それで急激な変化に見舞われる心配もない、と。

 そうして俺は、この長閑で平和な里の中、小川にそって居住区へとのんびりと歩いて――


「どうだ、私の作った疑似餌は。やはりこのプロペラにより水面を刺激するのが効果的だ」

「いいや、それは魚の活性が上がっている時間帯限定の効果だ。やはりシンプルに動きをまねる物の方が良い」

「だが釣りというのは時と場所を選んで行う物のはずだ」

「否。ここでの釣りは生命が生きていく上の必要な活動だ。環境に左右されるわけにはいかない」

「ならば大規模なトラップを作り定期的な供給を行えばいいだろう」

「それは許可出来ない。かつてこの地を訪れたという暫定マスターカイヴォンが残した言葉がある。ここは水棲生命体の絶対数が少なく、大規模な捕獲は控えるように、と」

「……分かった。いずれ、人ではなく水だけを外界と繋げる方法を模索する必要がある」


 …………機人のお二人さんが小川でなにやら議論中なんですがそれは……。


「え、ええと……ミネルバさんにルナさんでよね……?」

「暫定マスターカイヴォンを認識。共有。オービタル機に情報を送る」

「認識。何故ここにいる」


 声を掛けると、あいかわらずどこか軍人めいた言葉で反応を返す二人。

 戦闘員だったルナさんと、観測要員のミネルバさんだ。

 よかった……無事にこの場所まで辿り着いたのか。

 俺は旅の道中だと、ここへの立ち入りの許可を里長に求めに来たと伝える。


「メディカルインターフェース搭載モデルH零型。固有個体名『里長』は現在里の中央にある診療所にて住人の定期メンテナンス『健康診断』に従事中だ。所要時間から逆算すると、まもなく任務を終了する時間と思われる」

「そうだな。エルフやヒューマン、獣人という機体は有機パーツで構成されている種だ。メンテナンスが欠かせない。向かうのは良いが、重要性の高い任務だ。たとえ暫定マスターとはいえ、妨害行為は許されない」

「あー、大丈夫だから。後で色々話を聞きたいけど、ちょっと里長のところに行ってきます」


 ……馴染んでいる、のだろうか? 色々とここを訪れた時の事や生活について聞きたいが、まずは里長のところにいかなければ……。

 そうして居住区の中を行くと、チラホラと機人の皆さんの姿を見かけるようになった。

 皆……手伝いを買って出ているのだろうか。あまり表情は分からないが、楽しそうに住人と共にいる姿が目立つ。

 これは……大きな変化と言えるな。何かトラブルでも起きていたら、里長に合わせる顔がないのだが……。

 そうして『休診中』の札がぶら下げられている診療所の扉を開き、治療室へと向かい声をかけると――


「はいはい、休診中ですが急患ですか? ……あら、なるほど。今度は出がイマイチなのでしょうか。そうですね、後程クーからニンニクを分けて貰いなさい。そして自分で処理する回数を減ら――」

「だー! なんで毎回そっち方面の相談だって決めつけるんですか! ……どうも、お久しぶりです里長」

「ふふふ……ついつい。そろそろお二人とそういう関係になっているかと思い老婆心を見せたのですが、不要でしたか」

「ノーコメントで。すみません里長、この里を通り抜けるのと同時に二日程滞在したいのですが、許可願えるでしょうか。それと、今回も二人同行者が増えています」

「まぁ、了解しました。では私が直接見て判断します。最近、外界から許可を求める商人が増えたので少々厳しく入出を制限していますが、どういった方ですか?」

「やっぱり増えてるんですね……一人は俺やダリアと同じ、神隷期の人間です。もう一人はレイスの養女で……アマミと同じ場所で生まれたエルフの女性です」

「それはそれは……中々興味深いお二人ですね、すぐに向かいましょうか」






「ふむふむ……なるほど……面影がありますね……これはもしかしたら……」

「あ、あの……貴女は一体……」

「これは失礼しました。私、この里の長を務めている者です『里長』とお呼びください」


 里長を伴って池まで戻ると、レイスが釣り竿を取り出すところでした。

 ……道中、里長がミネルバさん達に『釣りもほどほどに』と注意したばかりだというのに、ここでも同じような光景を目にしてさすがに苦笑いをしていたが……。

 が、レイスが釣り竿をしまう最中、里長の視線がイクスさんに釘付けになり、今のやり取りに至った……と。何か気が付く事があったのだろうか?


「お話は聞いております。貴女がこの隠れ里の責任者の『里長』さんですね。初めまして、現在こちらの国の代表の皆さまと貿易の相談を行っております、セミフィナル大陸の議長を務めている『オインク・R・アキミヤ』と申します」


 すると今度は、旅人としてではなく、あくまで公人としての立場からしっかりとした挨拶をするオインク。だが、里長はというと――


「これはこれは噂に名高いセミフィナルの聖女ですか。なるほど……綺麗な髪をしていますね、それに肌もきめ細かい……ふふ、なんだか私と相性がよさそうですわね」


 唐突に目を細め、どこか妖しい雰囲気を醸し出し、オインクの顔に手を伸ばしだした。

 あー……豚ちゃんだもんな。Sっぽい里長とある意味相性抜群そうだ。


「ふふふ……どうぞ、立ち入りを許可します。滞在中の宿は私の屋敷をお使い下さい」

「ありがとうございます里長。よかったな豚ちゃん、食われなくて」

「な、なんですか!? どういう意味ですか!?」

「あら、豚なんて呼ばれているのですか……?」


 いやぁ、二日間で何か面白い事が起きないか楽しみです。

 すると、前を歩いていた里長が俺を近くに呼び寄せた。


「……カイヴォンさん。あのイクスという女性ですが……アマミと遠くない血縁関係にある可能性があります。詳しくはサンプルがないと解析出来ませんが」

「それは……本当ですか。じゃあ……もしかしたら……」


 まさか……アークライト卿とも関係がある、と?

 まだ分からないが、一先ずこれは俺の心の中に留めておこう。


「それにしても、お二人とも綺麗ですね。イクスさんは大人の魅力を、そしてオインクさんは……まるで生娘の様です。美女を四人も侍らせて、ハーレムですね」

「レイスの娘にそんな目は向けませんよ……」

「ではオインクさんは?」

「豚ちゃんは豚ちゃんなので。良い友人ですよ、彼女も」

「ふふ、相変わらず鋼の精神力ですね。まぁ……それもついに限界が来たようですけれど。それとも、心境の変化でしょうか?」

「な、なんのお話でしょうか?」

「ふふふふふ……まぁ私は生物の身体をスキャンする力を持っていますので、ある程度は分かる、とだけ言っておきましょうか」


 そう言いながら、里長がリュエとレイスの方へと視線を送る。

 ……マジですか。やっぱり里長にはいろんな意味で敵わないな……。


「ところで、機人……里長の同胞と思われる方々がこの里に来たようですね」

「そうでした。ええ、今から半年程前に、聖女ダリアに連れられてこの里にやってきました。本当に、カイヴォンさんは私の同胞に会えたのですね。彼女達の境遇は私も聞かされていますが……現状、行く当てのない彼女達に、余っている土地を彼女達の居住区としての使用許可を出しました。大分腕も立つようですし、激動の時代が訪れるであろうこの大陸において、里の護衛として彼女達を傍に置くのは良い判断だと思ったのですけど」

「今更言うのもなんですが、勝手にこの場所の事を話してご迷惑だったんじゃないかと心配していました。何か、トラブルは起きませんでしたか?」

「最初こそ不可侵の状態で、住人も恐れていましたが、今では労働力としてよく尽くしてくれていますし、両者の関係は良好ですよ。ただ、私が獲得している『味覚』の情報を共有した結果、彼女達も食べ物を食べるようになったので、少々里の自給率が低下しつつありますね。まぁまったく問題のない範囲ですが」

「そうでしたか……外の人間がここの立ち入りを求めるようになったというのは?」

「こちらはクーの作る加工品を筆頭に、里で作られる製品を取り扱いたいという人間が増えた関係ですね。この大陸が外大陸との繋がりが増えた関係で、以前よりも需要が伸びている関係でしょう。そのうち、何か対策を考えなければいけませんね」

「そうですね……じゃあ大きなトラブルとかは起きていないんですね?」

「ええ、現状では。貴方の言う機人の皆さんも問題なく暮らせていますしね。ご心配をおかけしました」


 そう言った彼女は、どこか穏やかに微笑んでいた。

 ……本当に、穏やかな日々が続いているんだなって、よく分かる表情だ。

 起きつつある問題も、それは繋がりが生まれていく中では避けて通れない物ばかり。

 きっと……ここで俺達が助けなきゃいけないことなんて、ないのだろうな――




「あー! カイヴォンだ! リュエお姉ちゃんもいる! レイスお姉さんもいる!」

「知らないお姉さんもいるー! こんにちはー!」

「お客さんだお客さんだ! 久しぶりだね新しいお客さんくるの!」


 居住区に入ると、住人達がすかさず里長を含めた俺達に寄って来る。

 そして――


「マスターだ、マスターが来たぞ。親方の伝達は誤報ではなかったのか」

「マイスターもいる。約四〇〇日ぶりの再会となるな」

「新たな個体を連れている。つがいが増えたのだろうか」


 機人の皆さんも寄ってきました。

 そして、集まりつつある機人の皆さんが突然、サッと左右に別れ、その間を――


「久しぶりね、カイヴォン。貴方のお陰で我々は新たな安住の地を得られ、同胞である彼女と再会する事も叶った。感謝するわ」


 そう、通称『親方』さん。彼女達機人を管理する立場の彼女が現れたのだった。


「お久しぶりです親方さん。セカンダリア大陸の港町、俺達も少し滞在しましたよ」

「そう、中々原住民に喜ばれていたけれど、今も問題なく稼働していたかしら、あの町は」

「それはもう。観光地としても発展していきそうでしたよ」

「それはよかった。我々は、あの大陸には借りがある。少しでもそれを返す事が出来たなら幸いよ」


 以前は鎧のようなパーツを纏っていたが、今はそれらを取り外せるのだろう、華奢なシルエットに、上からローブのような物を羽織っていた。


「ん、この格好かしら。私は外との交渉にも携わる関係で、少々いつもの恰好では相手を威圧してしまうのよ。里長は基本的にこの場所を留守にはしたくない以上、常に一定の距離内ならば通信可能な私が交渉役に選ばれたのよ。まぁ……普段は接続を拒否されているのだけど」

「当然です。乙女のプライベートを覗き見るなんて、たとえ同胞でもお断りですわ」

「と、このようにな。二日程滞在すると聞いた。カイヴォン、どうかゆっくりと羽根を伸ばして欲しい。恐らく、観測不能海域が消失し、大陸が現れたのもカイヴォン達の功績なのだろう。それは偉業よ、ゆっくりと休んで欲しい」


 そう言いながら、以前よりも幾分『人間に近い表情』をするようになった親方が、一年前の戦いを労ってくれる。

 ……戦いにあけくれ、失いつつある同胞を守り続けていた彼女こそ、この場所で羽根を伸ばして欲しい。そう、思えたのだった。




 屋敷に辿り着いた俺達は、一先ず食堂で軽くこれまでの話を里長にする。

 汚染魔力の原因を絶てた事。大陸が一つ増えた事。そして、今現在サーズガルド王国を目指している事を。


「なるほど。様々な経験をしてきたのですね。さしづめ、カイヴォンさんは『経験豊富な男』となった訳ですね?」

「言い方がちょっとアレですが、まぁそうです」

「ふふふ……親方も言いましたけれど、どうかこの里にいる間はのんびりと過ごしてください。もしも何か手伝って欲し事があれば言いますので、どうぞごゆるりと」

「ぼんぼん、私は少しこの里の畑を見てきたいのですが、構いませんでしょうか?」

「ああ、いいぞ。里長、こいつを自由に出歩かせていいですか? 一応他大陸の代表なんですけど、悪い事はしないと思いますのです」

「構いませんよ。そうですね、案内は……」


 するとその時、屋敷にクーちゃんの声が響いた。


「かいぼーん! 豚肉食べに来たよー!」

「お、丁度良い所に」

「本当に。そうですね、あの子を案内につけましょう。ところで豚肉とは?」

「ああ、ちょっとポークソテーを作る約束をしていたので」

「……あの、さっきから不穏なワードが沢山聞こえているんですが……」


 ニンニク娘と豚娘。これは良い組み合わせですね。

 早速食堂に来たクーちゃんに、オインクの案内をお願いする。


「クーちゃん、このお姉さんを畑の方に案内してくれるかい? その間にご飯作っておくよ」

「本当? じゃあ行ってくる。お姉さん、お名前は?」

「え、ええと……オインクです」

「おいんくさんだね。じゃあ行こうか」

「豚は出荷よー。じゃあまた後でな」

「は、はい……いつの間にそんな約束をしていたんですか……」

「里長、台所をお借りしても良いですか?」

「構いませんよ。私の分もお願いしますね、たまには他人の料理も食べたいので」

「勿論です」


 早速台所を借りている間に、リュエは屋敷の裏にある巨木、里の結界の起点を見てくるからと出かけ、イクスさんも後学の為に見学へと向かう。

 そして……残されたのは俺とレイス、そして里長だった。

 台所で三人、作業を進めていると、里長が話し出す。


「……イクスさんでしたか。レイスさんの養女、という事でしたね」

「ええ。生まれがこちらの大陸なので、自分のルーツを調べたいから、と」

「ルーツ……カイヴォンさん、レイスさんには話しておいた方が良いのでは?」

「そうですね。レイス、イクスさんはどうやら、アマミの遠縁にあたる可能性があるそうだ。恐らく……アークライト卿とも多少の関りがあると思う」

「……なるほど。やはりアマミさんはアークライト卿の娘さんで間違いないのですね」

「それは本人、アークライト卿から教えて貰ったよ。まぁアマミ本人には教えていないけどね」

「そうでしたか。……たとえどんな結末になろうと、イクスは私の娘である事に変わりはありません」

「そうだね。あ、そうだ。里長、アマミは里に戻っていないんですか?」

「ええ、アマミは今もブライトネスアーチですね。年に数度帰ってきますが」

「なるほど。元気そうでなによりです」

「ええ、相変わらずですよ。雇用主であるアークライト卿との関係も良好だそうです」


 話しながらも、俺を含めて三人の手はよどみなく動き続けている。

 レイスも里長も、料理の腕は確かだからな。効率が良すぎる。

 そうして食材の下ごしらえが済む頃には、イクスさんとリュエが戻ってきていた。


「ただいま里長。結界の方は異常なかったけど、ちょっと里の畑に向かう魔力の量が落ちて来ていたよ。たぶん、大陸全体の魔力の流れが変化した影響だと思うけど、なにか問題は起きていないかい?」

「現状は里の人間の体調に変化はありませんね。元々、大陸内の魔力が過度に大地に吸われていた影響でここの住人は体調を崩しやすい、とダリアさんが言っていましたから、大陸が変化した以上、以前よりもむしろ住人の体調はよくなっているくらいです」

「そっか、ならよかったよ。ヘタに触れないからね、ここの術式って」

「とても勉強になりました。この里はある種の循環が人との間に出来ているのですね。通常の命の営みよりもはるかに速いサイクルで。とても興味深いです」

「イクスさんは研究者なのですか?」

「はい、まだ見習いのようなものですが。すみません、三人に食事の用意を任せてしまい」

「いえいえ、得意ですので。ふふ、座って待っていてくださいね」


 里長としては、娘のようなものであるアマミに近しい者だからだろうか、イクスさんに優しい眼差しを向けているように見えた。

 そしてリュエと二人、席について待っているのだが……リュエが既に両手にフォークとナイフを持っているのはなんでなんでしょう。


「ふふふ、リュエさんがいると張り合いがありますね」

「はは……確かに。後はオインクとクーちゃんが戻るだけか。そろそろ空、夕方の色になるんですよね」

「ええ、もうそろそろですね」


 この里特有の、あっという間に変化する空についてイクスさんに話すと、彼女は窓へと近づき、ずっと空を眺め続けていた。なんだか……こう言っては何だが、少し子供っぽくて可愛いな。

 そうしていよいよ夕暮れ色に染まる頃、オインク達も戻って来たのであった。




「わーい! 凄く良い匂いだねかいぼん」

「クーちゃんのはニンニク増し増しだぞ。今回はだいぶ家畜化が進んだ猪、まぁほぼ豚だけど、ハイブリット種の肉だから味が濃いと思う」

「よくわからないけど美味しそうだね! いただきまーす」

「なるほど……筋切りをここまで抑えても十分に綺麗に焼き上がりますね。焼き方も随分気を使っていましたし、私も次回から真似をしましょう」


 はい、今回はシンプルな料理なので、細心の注意を払って焼き上げました。

 スッっと入るナイフと、溢れすぎず、断面にある程度保持されている肉汁。

 柔らかく、歯でさっくりと噛める固さとニンニクの風味。

 フランベに使った果実酒と、今回使った焼き油が燻製の香りを纏っているので、それら全てが高次元でまとまっている。

 我ながら、良い出来だ。


「で、渾身の作なのに素直に喜んでくれない人間がいるのでショックを受けていますが」

「う……いえ食べられますけど。というか凄い逸品なのは見れば分かりますけれど。ただ……なんでニヤニヤこっちを見ているんです、明らかにからかっているでしょう」

「はい。けど美味しいぞ、この里で作ってるオイルは本当に人気なんだ。たぶん、そっちの大陸でも扱う店が増えて来てるんじゃないか?」

「どれどれ……あ、確かにこれは……美味しいですね……かなり美味しいですね……」


 凄い、あの豚ちゃんが躊躇なくパクパク食べ続けるくらいには絶品に仕上がったぞ。


「今日のは一段と美味しいねー! 凄いよ、美味しすぎて一口にかける時間が長いもん」

「確かに……火の通り加減や香りもさることながら、ソースの味が絶品です……」

「確かにそうですね。果実酒を使ったそうですが、これはカイヴォンさんが持参した物ですか?」

「ええ。少し前に知り合いから譲ってもらったワインを少し使いました。相当良い物だったので、美味しくなるのも納得ですが、他のワインでも似たような味にはなると思いますよ」

「な、なんだって!? カイくんあのケン君からもらったワインを使ったのかい!?」

「カ、カイさん……さすがに勿体ないのでは……」


 すみません俺もそう思います。ただ……好奇心には勝てなかった!

 案の定絶品すぎる味になっているけれど!


「なるほど、この美味しすぎると言っても過言ではないソースの秘密ですか。そんなに美味しいワインならば、後程少し飲ませてくれないでしょうか」

「えー……いいよ。良ければイクスさんもどうですか?」

「私も、ですか? あまりお酒はたしなまないので、味の違いがわかるかどうか……ですが、せっかくですので少し頂きます」

「ふふ、自然な流れで女性を酒の席に誘う。やはり経験豊富なのですねカイヴォンさん」

「違いますってば! 里長はどうします? やはり遠慮しておきますか?」

「ふふ、おつまみだけ頂きます。台所はそのままにしておきますね」

「了解です」


 静かな晩餐会と呼べる、再会の夜が更けていく。

 ……よかった。多少の変化はあれど、それが良い変化だと知ることが出来て――






 クーちゃんも年齢的にはお酒を飲める歳なのだが、飲まない人間らしく、燻製の様子も見ておきたいからと、真っ暗な空となった夜の中、自分の家へと帰っていった。

 そして彼女がお土産として置いていった燻製卵を使い、簡単なおつまみを作ったところで――ケン爺から分けて貰ったワインを皆で飲む事にしたのであった。


「変わった色をしていますね。香りは……随分とフルーティです」

「美味しいよーこれ! オインクもイクスさんも絶対気に入るよ!」

「確かに良い香りですね。お母様も飲んだことがあるのですか?」

「はい。私も職業柄多くのお酒をたしなんできましたが……これは少々危険なお酒となります。恐らく、愛好家に知れたら争いの種に発展する恐れまであります」

「そ、そこまで……心して飲みます」


 という訳で二度目となる俺とレイス、リュエはなんの葛藤もなく、ぐびりと一口。

 ……うますぎだろ! こりゃあたぶん……お酒が含まれた別な飲み物だ。もう次元が違い過ぎる。ケン爺、日本酒の研究もしてくれないかな……。


「……ほう、これは……価値だけが独り歩きしていったワインなどは数多くありますが、熟成ではなく純粋に味だけで価値を高められそうなワインですね……ここまでの物は地球でもお目にかかれません」

「マジでか。地球でもワイン通だったのかお前」

「ええ、一応ある程度の物には通じていましたが……これは確かに新しい物を受け入れる度量があれば、喉から手が出る程欲しくなる逸品ですね……」

「私もそう思います。なんらかの付加価値、誰かの言葉があれば、これは間違いなく……人瓶で一財産を築けてしまう程の逸品だと感じました」

「……レイス、貴女のお店に数本、ストックを置いてみてはどうでしょう。最上級のもてなしとして、少しだけ提供する、という形をとってみては」

「そうですね……これは一般の販売は無理そうですが、最高のもてなしの際、一杯だけお出しする特別な物、という事でしたら、これ以上ない付加価値がつきますね……」


 経営者、そして立場ある人間特有の会話を繰り広げる二人。そしてイクスさんはというと……。


「美味しい……もう一杯……美味しい……もう一杯頂きます……ああ、美味しい……」

「イクスさん、そんなペースで飲んで大丈夫かい?」

「ん……大丈夫ですよエルス……お姉ちゃんは……まだ飲めますよ……おいで、隣に座りなさい……んふふ……」

「私はエルス、スペルちゃんじゃないよ……どうしよう、すっかり酔いが回ってる……」

「お酒に弱かったのか……」


 リュエを横に座らせ、まるで別人のようにベタベタとしだすイクスさん。

 これは……本人の尊厳にも関わるな。これ以上飲ませないようにしないと。


「里長、すみませんそのワイン隠してください」

「むぐ……ん、分かりました。はいイクスさん、ワインはこっちですよー」


 我関せずといった具合で、一人燻製卵のカルパッチョを摘まんでいた里長が、笑いながら水差しをイクスさんに手渡し、瓶を回収してきてくれる。

 いやぁ手慣れていますね……。


「お酒は人を狂わせますからね。しかし……このおつまみ美味しいですね。この和えているソースのレシピを教えてくださいな」

「後で紙に書いてお渡ししますよ。いやぁすみません、少し騒々しくなってしまいました」

「いえいえ、最近はアマミもいませんし、少し寂しいくらいでしたよ。ふふ……お酒は好きではありませんが、節度を持って楽しく過ごす時間は好きですよ」

「そう言ってもらえると助かります」

「同胞も戻り、そして住人も徐々に独り立ちしていく……。嬉しくもあり、同時に変化していく事への恐怖もある。少しだけ、人がお酒を飲む気持ちが分かりますよ」

「里長……」


 楽しげに語るレイスとオインク。半ば眠りながらリュエを抱きしめるイクスさん。

 まんざらでもなく、仕方ないなと言わんばかりの表情を浮かべるリュエ。

 それらを眺めている里長が、少しだけ寂し気に、儚げに笑う。

 ……本当、妖艶に笑う『人』だよ、貴女は。




 翌朝。今日は昨日見られなかった里の様子をじっくり見て回る事に。

 朝早くから屋敷にレイスとリュエを迎えに来た子供達が、二人を連れて一足先に小川の方へと向かい、俺はイクスさんと共に里の居住区のあたりを見て回る。

 そしてオインクだが、二日酔いでまだ屋敷にいる。お前そんなに強くないのにガバガバ飲むから……その一方で昨日泥酔状態だったイクスさんは、シャキっとした様子だ。


「昨日、里の結界の仕組みを少しリュエさんに教えて貰いましたが、ここは一種の亜空間、通常とは異なる場所なのですね。曰く、術式の中のような場所という話ですが……恐らく、極めて術式に近い場所、空間そのものを術式の一画として使用しているのでしょうね」

「実は、魔術の知識はてんでないんです。その話を理解出来なくてごめんなさい」

「いえ、私こそつい。気になる事を話し続けるのは悪癖です。しかし……髪色による迫害に……生まれてきた子供の利用……ですか」


 俺は、この里にいる子供の出生と『ダリア』の名を貰った子供との関係を彼女に教えた。

 そして……あの石碑に刻まれた子供の名前がどういう意味で、どんな結末を辿ったのかも。


「私は、本当に運が良かったのですね。生き残ったアマミさん、でしたか? その方とも是非お話してみたいです。それに……その方もそろそろ真実を知るべき、かもしれませんね」

「……確かに、ずっと気になっているって言っていましたからね。これは……丁度良い機会なのかもしれません。彼女もサーズガルドの首都、ブライトネスアーチにいますので、声をかけてみますよ」

「はい。それにしても……これだけ、影響を受けた子供達がいるのですね。約二〇才、ヒューマンで言うところの八から一〇才程度ですか。こんなにも多くの子供が、親に捨てられていると思うと……胸が、痛くなります」

「……そうだね。少しずつ迫害は消えていっても、歴史は消えない。ならせめて、今ここに生きる子達が少しでも幸せになれるように、動いていくしかないです」

「そうですね……急すぎる動きは反発を生む。ギルド主体の孤児院ですが、私が思っているよりも慎重になる必要があるのかもしれません」


 楽しそうに里の中を駆けまわる子供や、農作業をする子供達を眺めながらしみじみと語るイクスさん。

 すると、里の子供達が近くに駆け寄って来た。


「あれー! アマミじゃなかった! お姉さんだれー?」


 子供達は、イクスさんを見てそう漏らす。

 そういえば、今日はイクスさん、髪をセットしていないからただのロングのような状態だったな。

 改めてみると、やはり似ている。里長のような観察眼でなくても、親戚か何かかな? と思ってしまう程度にはよく似ている。少し、イクスさんの方が大人びた表情をしているが。


「イクスペル、と言います。イクスでいいですよ」

「イクスお姉さん! カイヴォンの友達なの?」

「ああ、そうだよ。ちょっと遊びに来たんだ」

「へー!」

「アマミに少し似てるー! でもちょっと違うー!」

「お胸が小さいー! アマミの方がおっきー!」


 瞬間、空気が凍ったような気がした。

 え、いや……イクスさんがそんな事を気にするはずがないではありませんか。


「……そうですか」


 反応がしづらい!


「カイヴォンさん。そのアマミさんというのは大きいのですか?」

「……レイス並とだけ」

「そうですか」


 恐い! 淡々としているけど恐い!


「ねぇいつまでいるのー! イクスさん案内するー!」

「私もついてく! 行こう行こう!」

「どうしようか、イクスさん」

「ついていきましょう。ふふ、なんだか子供の頃のエルスペルを見ているようです」

「同じくリュエを縮めたみたいで癒されますよ」


 そうして、子供達に連れられて里の中を案内してもう。

 すると、畑近くの水場に人が集まっていた。

 どうやら、それぞれが桶に水を汲んでいるようだが、確かここは――


「あ! カイヴォンだ!」

「久しぶり、みんな。今日もここの水を使っているのかい?」

「うん! モチモチジャガイモパスタを作るんだ! 今ね、モチモチジャガイモパスタを作って乾燥させて、行商人さんが来た時に買い取ってもらってるんだ!」

「前よりすっごく沢山お金がもらえるんだよ! 美味しいし、いろんな物と交換出来るし!」


 ほう、食糧問題だけじゃなくて、新しい収入源にもなっているのか。

 これは嬉しい誤算だ。


「モチモチ……?」

「ええ。このお水は少々他の水とは違う成分が含まれていて、少量の小麦で大半をジャガイモに置き換えた生地でも、弾力の強い生地を生み出す事が出来るんです。飲料水としてはあまり向いていませんが、加工食品を作る際には重宝しているんですよ」

「ほう……興味深いですね。少しサンプルを頂いても良いでしょうか?」

「いいんじゃないですか?」


 子供達の列にイクスさんが並び、水を回収する。なんだか大きなお姉さんが混じっている姿が少しだけシュールだ。


「濁りはありませんね……味は……少々塩味を感じます。そしてどこか高山地帯の水のような味もします」

「毒性はないけど、飲み過ぎるとお腹を壊すから気を付けてね」

「わかりました。なるほど……もしもこの水に含まれた成分だけを抽出出来れば、日持ちも持ち運びも用意な、モチモチジャガイモパスタの素が作れますね」

「なるほど……ただ乾燥させるだけじゃ難しいですかね」

「どうでしょう。このサンプルをサイエスの錬金術ギルドに持ち込んでみます」


 うまくいけば、天然の重曹のような物がとれるのだろうか? それともかん水の素? なんにせよ、この里の財源が増えるのは良い事だ。

 その後、子供達に連れられて小川の方へ向かっていると、先の方で沢山の子供達と、昨日も見かけた機人の二人組、即ちミネルバさんとルナさんが何やら白熱した様子で川を眺めていた。


「あの二人は……それにレイスまで……」

「皆さんで釣りをしているようですね。大勢子供も集まっています」


 すると、俺達を案内していた子供達も川へと近づき、見学を始めていた。

 なんだなんだ? ただ釣りをしている訳じゃないのか?


「どうだ、観測機。詳細なデータがなくとも経験で釣る事は出来る。私の新しく考案した『回転式鼻トルネード一号』の力は揺るぎないだろう」

「名前のセンスが悪い。私の『ちょっと引けば凄く泳ぐ蔵君』の方が初心者でも扱いやすいし上だ。事実、子供達もこれで釣り上げているではないか」

「お二人とも落ち着いてください……どちらも素晴らしい疑似餌ですから……あ、またかかりました」

「なんだと! マイスターレイス、何故そんな旧式の疑似餌でそのように釣れるのだ」

「我々の作った疑似餌ではそこまで大きなサイズは釣れないというのに……」


 ……昨日もなんだか話していたけれど、新ルアーの性能テストだったのか。

 ものづくりが得意な皆さんなのは分かっていたが、まさかこんな方面で活躍していたとは。


「お母様はどうして釣りに興味を持ったのでしょう」

「実は、セミフィナル大陸からサーディス大陸に渡る時――」


 あの時、巨大なカジキを釣り上げ、マグロが好物なレイスにすれば、まさしく夢のような体験だったのだと説明する。


「マグロ……ああ、大型の魚ですか。お母様はそれが好物なのですね。私と暮らしていた頃は、まだ海が遠く、そういった物を食する機会がありませんでしたから」

「なるほど。……そういえばレイスがマグロを買っていたな……」


 今夜あたり、振舞う事が出来ないか尋ねてみよう。

 そういえば、皆釣りに白熱しているが、リュエはどこにいるのだろうか?

 そう思い辺りを見回してみると、川辺にちょこんと座り、数人の子供達と何かをしていた。


「リュエねーちゃん釣りしないのー?」

「いいんだ、私はここでザリガニ釣りをしておくよ。……たぶん、私はもう一生分の釣り運を使っちゃったんだ……」

「よく分かんないけど分かった! リュエねーちゃん早く次のザリガニ釣ってー!」

「うう……折角釣っても目の前で殺されて餌にされる……」


 ……相変わらず、ザリガニ釣りをしていましたとさ。


「なんだか寂しそうですね……私もご一緒してきます」

「はは、了解」


 嬉しそうにリュエがイクスさんにザリガニ釣りを教えている姿を俺も眺めながら、しずかな時が小川のように流れていくのだった。




 夜、明日ここを発つという事で、ちょっとご馳走を作ろうと台所を借りている最中、レイスに提案する。


「レイス、イクスさんはマグロを食べた事がないらしいよ」

「まぁ、それは由々しき事態ですね。……そうですね、この里では立地的に食べる事も出来ないでしょうし、この機会に振舞いましょう。本当は子供達も呼びたいのですが、時間も時間ですしね……」

「また次の機会にしようか。じゃあ、今回は里長とクーちゃん、イクスさんとオインクに振舞うとしよう」

「ええ。では、出しておくので解体の方をお任せしますね。私は他の食材の下ごしらえをしますので、指示をお願いします」

「じゃあ玉ねぎとパプリカ、ニンニクを出来るだけ細かく刻んでおいてくれるかい?」

「了解しました」


 さて、いつも牛肉メインな里長に、マグロさんは受け入れてもらえるのでしょうか。

 そして……イクスさんはレイスの好物であるマグロを食べ、どんな反応をするのだろうか。


「オインクは前に振舞った事あったよな……同じメニューてのはなんだか芸がないし、里長やクーちゃんが生魚食べられるか分からないし……イクスさんはどうだろう?」




 色々悩んだ末、思いついた物を全部作る事にしました。

 いいんです、それで。とりあえず鉄板のカルパッチョと刺身、串焼きとステーキに、筋部分のトマト風煮込みを作る事にした。

 こうして、いろんな食材を自由に扱えるのも……この世界に来たからなんだよな。

 皆喜んでくれると良いのだが。


「レイスはもう一品作っているのかい?」

「はい。筋の多い部分は火を通すと程よい弾力になりますから、軽くたたいて切込みを入れてからカツレツに。トマトを頂いたのでソースにしてかけようかと」

「なるほど。レイスはトマトを使う料理が得意だからね」

「得意という程ではありませんが、慣れていますから。こちらももうすぐ完成しますよ」


 そういえば、以前屋敷の裏庭で焼肉をした事もあったな。

 ああいうまだこちらの世界にないスタイルの飲食業とか、商売として広まってくれたらいいのに。

 まぁある程度の治安と食材を鮮度よく流通させる方法が確立してからじゃないと難しいが。

 現状、そういう便利な流通方法や魔導具は、富裕層だけが利用出来るという状況なのだし……まだまだこの世界の利便性は上げられるはずだよな。


「この大陸なら冷蔵の魔導具とか結構ありふれてるのになぁ」


 前に俺がアイスメーカーとして魔改造した魔導具しかり。

 これらの道具がもっと世界中に広まれば、食事事情も変わっていくだろう。

 いつもアイテムボックスというチート中のチートを利用しているから忘れていたが、便利なのは自分達だけなんだよな。


「よし、じゃあ料理を運んで行こうか」




「待っていました、ぼんぼんの料理! 先日頂いたポークソテーも絶品でしたが……今日はもっと思うところなく食べられますね!」

「本日は、マグロを使わせて頂きました。あまりなじみの少ない食材ですが、どうぞ食べてみてください」


 魚を生で食べる文化そのものはこの世界にも存在するが、それはあくまで運河の近くの町や港町、恵まれた流通網を持つ町に限った話だ。

 恐らく初であろうクーちゃんと里長は、興味深げにカルパッチョにフォークを伸ばす。


「知識とは知っていますが、この魚を生の状態で食べるのは初めてですね。白身の魚では経験があるのですが」

「これってお肉じゃなくて魚なんだ。あ、ソースにニンニク少し入ってるね」

「カルパッチョのソースは、マスタードシードと微塵切りのニンニク、オニオン、そこにペッパーとハーブを数種類。塩とクーちゃんのスモークガーリックオイルを使わせて貰ったよ」

「このオイルは万能ですね。既にセミフィナル大陸でも流通している可能性があるそうですが……工房の規模からして、極々一部でしか取り扱っていないのでしょうね。もしも事業を拡大するのでしたら、支援致しますので、聖女ダリアに御一報ください」

「元商人の性だな。里長、マグロはどうでしょうか」


 カルパッチョを官能的な口の動きで咀嚼している里長が、静かに口を開く。


「マグロ、これは魚の王様のようなものでしょうかね。癖が少なく、肉質も肉に近く、あっさりとしているのに程よい脂の乗り。なるほど……レイスさんが好物だというのも頷ける美味しさですね」

「よかった……そっちの皿はカルパッチョではなく、オサシミ……異世界風の料理です。こちらにもたまに流通していると思いますが、ショウユをつけてお召し上がりください」

「ふむ、なるほど。随分と先程とは脂の量が違いますね。これも同じマグロなのですか?」

「ええ、そこは腹に近い部位で、大トロと呼ばれています」

「なるほど? では頂きます」


 ……く、白米の用意をしてこなかったのをこれほど後悔する事になるとは!


「どうでしょう。もしかしたら少しくどく感じてしまうかもしれませんが――」

「うっま。もっと食べたいので少し集中させてくださいな」


 あ、気に入ってくれた。里長が贅沢にもフォークの隙間一つ一つに器用に刺身を挟み、一度に三切れも口へと運ぶ。なんと背徳的な!


「イクスさんは生魚、大丈夫ですか?」

「はい。何度か食べた事もあります。それにしても……これがマグロですか。随分と美味しいですね……サーモンと肉質は似ていますが、癖が少なく……かと思えば、このトロという部分は、お醤油によく合います。アギダルでは一般的な調味料ですが、魚と本当に相性が良いです」

「良かった、気に入って頂けて。遠慮せずに食べてくださいね、こっちのカツレツはレイスが作った物です」

「お母様が……では」


 さくさくと良い音をさせ、そしてイクスさんが目を細め、どう見ても美味しいと言いたいのが伝わってくる表情を浮かべていた。

 そして肝心のレイスだが、珍しくマグロよりもイクスさんに気を取られている。

 そうだな……自分の娘が自分の作った料理に舌鼓を打つ姿は、当然親としてしっかり見ておきたいよな。


「セカンダリア大陸で仕入れてきた、という話でしたね。あちらは水深が深く、セミフィナルよりも水温も低いですからね、かなりの漁獲高を期待出来るのでしょう。そのうち、エンドレシアのマグロと需要の住み分けが出来るように何か考えないといけませんね。あー美味しい……ぼんぼん、もしも働き口に困ったら言ってくださいね。エンドレシアのギルド直営店でシェフとして雇いますので」

「いや、だったら自分で店を持つ。まぁそんな予定はないけどな。それにしても……美味しいな。オインク的にはこういう食材の流通についてはどう考えているんだ?」

「そうですね、もちろん食材の流通の便を向上させたいとは思いますが、それは人間の生活が安定した後に考えるべき事でしょう。交通の便を発達させ、生活の利便性を向上させる事こそが、全てに繋がると私は考えています」

「……まぁ、結局はそこに行きつくか」

「目下、蒸気機関の実用化か、それ以外の魔力を利用した機関の開発を視野に入れて研究していますが……正直、地球と同じ過ちを繰り返さないとも限りませんからね。悩んでいます」

「となると、クリーンな蒸気機関が一番現実的かねぇ。魔力の雷でエネルギーを得るといっても、雷の属性ってあまり聞かないし」

「ええ、かなり珍しい属性になっていますし、動力として利用するのは現段階では現実的ではありません」

「魔力による燃焼反応には有毒物質も出ないよな? それで火力発電っていうのはどうだ?」

「それも考えましたが、消費魔力に対して得られるエネルギーが少なすぎます。やはり風力発電か水力発電でしょうかね……どの道連続使用に耐えられるモーターが必要ですが」

「やっぱりそうか……何か俺達の常識とは異なるアプローチが必要だよな……」

「ええ……。私がもっと魔術に精通していたらよかったのですが」


 ついつい、食事中だというのに他の事を話してしまう。

 気が付けば、レイスとリュエが丸い目でこちらを見ていた。


「カイくんが真面目な話……それも戦いや料理以外の事で話してる……」

「知識がある事は知っていましたが……ちょっと意外です」

「人を脳筋だったり物騒な人間みたいに言うのはやめてくれますかね……」

「あ、ごめんごめん。うーん……カイくんのいた世界って不思議だよねぇ……」

「本当に……」

「これからはもっとインテリジェンス溢れる会話をしたいと思います」


 ええい、やけ食いじゃ。大トロ三枚一気食いじゃ。おお、口の中が幸せ。


「ふふ、私もついつい。そうですね、明日はブライトネスアーチに向けて出発しますし、ダリアを交えてこのお話をしましょうか。恐らく、彼女が一番こういった知識は多いでしょうし」

「それを言うならシュンもだけどな。アイツ、自作PCとか普通に組んでたし」

「それなら私も組んでいましたよ?」

「マジかよ廃人こわ。俺はBTOだったわ」


 そんな、随分と懐かしい話題を交えつつも、マグロの宴は夜遅くまで続いていくのだった。

 なお、非常にもったいないのだが、今回は飲酒なしです。昨日、結構飲み過ぎたので。

 ああ……オインクが持っているという日本酒が飲みたい……。


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