後日談 サーディス大陸編6
(´・ω・`)お久しぶりです。
まもなく11巻発売という事で更新です。
「なるほど……ここが聖地ですか。確かに清浄な森の魔力を強く感じますし……なにか思念、自然の意思のような物を感じますね」
ミササギ滞在二日目。あの事件から一年、聖地である森がどのように変化したのかを実際に見て調べてみたいと願い、アリシア嬢に立ち入りの許可を得た俺達は、レイスとリュエ、そしてイクスさんを連れてやってきていた。
「さすがだねイクスさん。うん、ここはたぶんだけど……守護神みたいな人の魂が宿ってるんだと思う。先代の領主さんかな、ここで亡くなったんだけど、凄く精霊種に近い霊魂をしていたんだ」
「精霊種……現存していたのですね、書物でしか読んだことがありませんでしたが」
「凄いわねイクス……私の魔眼では魔力の流れしか見えませんのに。そもそも……ここでは魔力の濃度が高すぎて眩しさしか感じません」
「一応、私もエルフですから。しかし、お母様がまさか魔眼を開眼していたとは……」
「ふふ、これもリュエやカイさんに鍛えて貰ったお陰です。お陰でようやく魔術も使えるようになりましたし」
「……やはり、私は人に教えるのには向いていないのかもしれません。ジニアにも結局体術や剣術の指導しか出来ませんでしたし……」
そう落ち込むイクスさんだが……リュエ曰く、イクスさんはリュエと同じく天才型が、さらに英才教育『だけ』を与えられて完成された存在なのだとか。
基本を知らずに全ての応用を修めた彼女では、確かに指導には向いていないかもしれない。
「もう少し奥だね。この先に、一層霧の深い、侵入者を拒む森の意思が渦巻く場所がある。そこを抜けた先に、先代さんが亡くなった社があるんだ」
「コウレンさん、だったよね。アリシアちゃんのお婆ちゃんの」
「そうだね。今や封印の拠点も消え去ったんだ、聖地の要であるあの場所がどうなったのか調べておきたいんだ」
それが……彼女の延命を選ばなかった俺に課せられた、最後の責任だと思いながら。
「あったあった。人の手が入っていないせいか、少しずつ自然に侵食されているな……」
「もしかしたらこのまま自然のままにしておく方針なのかもね。中に入ってみようよ」
蔦や小さな植物が絡みつき始めた鳥居の群れをくぐり、社の中へ。
以前、俺がミサトやそのお供と戦った時の余波が残るその場所で、ポツンと残されたコウレンさんの座っていた椅子へと向かう。
少しずつ、朽ちていっているのが見て取れる、微かに塗装の剥げた椅子の姿に、微かに胸が痛む。
「……うん、この一帯に集まっていた魔力はもう散っているね。おかしな思念や引き寄せられた邪な物もない。きっと……コウレンさんは心の底から穏やかに、天寿を全うしたんだろうね」
「そう、なのですね……良かった、本当に」
「……なるほど。ですが微かに、気配のような物も感じます。もしかしたら……この場所に思念として時折訪れているのかもしれませんね。次の命として生まれ変わるその時まで」
そう、か。満足し旅だった後なのなら……それもいいかもしれない。
本当ははむちゃんみたいに、精霊種として生まれ変わってくれていてもよかったのだが……いや、これでいいんだ。
「うん、安心した。この領地はもう、安心だね。これで次の場所……隠れ里に向かえるよ」
「そう、だな。アリシア嬢に話しておくよ。明日辺り、ここを発つと」
「次は隠れ里、ですね? あれから、どう変わったのでしょうか」
「そうだな……ダリアの所に機人の皆さんが訪ねてきたか聞きそびれたし、ちょっとメールしてみるよ。もしかしたら隠れ里に移動しているかも」
「隠れ里……ですか?」
「うん。いろんな事情で人里に住めなくなった子達が、何世代も生きてきた素敵な場所なんだ。今はそういう差別とかも薄れてきて、徐々に外との交流も増えてきたらしいね」
「なるほど、差別ですか。……ヒューマン蔑視がはびこっていた土地に住んでいましたからね……少し、耳が痛いです」
「でも、変わりつつあるんだろう? そこも同じだよ」
そうか、アルヴィースの街も差別に苦しんでいた土地だったからな。
きっと、イクスさんにも思うところがあるのだろう。
そうして、昔よりも幾分霧の薄くなった聖地の森を、四人で引き返して行った。
「えー! 調査はありがたいのですが、もう行ってしまうのですかぼんさん! もう少し、もう少し残ってくださいよう。歓迎の宴だってまだですのに」
「ははは……そういうのは別に大丈夫だって。今回はあくまで立ち寄って手伝うのが目的だったし。観光は後日、一度俺達の目的地についてから、のんびり自由にやるさ」
「むー……じゃあせめて子種を――」
「はい却下。そういう事を年頃の娘さんが言うんじゃありません」
「えー」
「えーじゃありません。じゃあ、俺は宿に戻るよ。アカツキさんが戻ったらよろしく伝えておいてくれ」
「ああ、それでしたら早速エルダインに手を回している家に殴り込みにいってますね。たぶん明日には戻るんじゃないですか?」
「……それ、大丈夫なのか?」
「余裕です。うちだって相手が解放者であったりしなければ遅れはとりませんよ。それに前回はお母様も私も薬で動けなくなっていただけですし」
「そうなのか……じゃあ何かあったらダリアや他の領の人間にしっかり相談してくれよ?」
「ええ、それはもう。では、今回はこれでガマンしますね」
領主の館……というか城にて、今日見てきた光景について報告する。
アカツキさんは早速俺が届けた書状の件について動き出しているそうだが……行動力の鬼か! これなら本当にあっという間にエルダインの浄化も終わってしまいそうだ。
相変わらず冗談なのか本気か分からないアリシア嬢の軽口風下ネタを流しながら宿へと戻ると、どうやら今日はしっかりとおもてなし、もとい食事が用意されていた。
さすがに、シミズさんの店程ではないにしても、宿の外観に負けない、素晴らしい料理の数々に舌鼓を打つ。
「フリッターの一種……ですね。随分と食感が軽いですね」
「イクスさん、これ天ぷらっていうんだよ? おいしいよねー」
「本当に。どうしてフリッターより材料が少ないのにこんなに軽い食感でサクサクと美味しいのでしょう」
「言われてみれば。それにしても……ミササギの料理はやっぱり舌に馴染むな……もっと他の大陸にも広まればいいのに」
「アギダルにも似た料理、あるだろう? あれをもっと広めたらいいんじゃないかい?」
「そうだなぁ……なにかみんなに食べてもらう機会でも出来れば広まるかもな」
「そうですね、私は殆どアルヴィースと首都サイエスにしかいませんでしたが、セミフィナル大陸では、各領地の連携を取りやすくする為、街道の整備がさらに本格化していましたね。次代の変化を感じます。そういった機会もあるかもしれません」
「そうね、本当にそうなると素敵よね。ところで、サーディスでの旅が終わったら私達はセミフィナルを目指すけれど、イクス、貴女はどうするの?」
「そうですね……オインク総帥に挨拶へ伺った後、一度アルヴィースの様子を見て、その後ウィングレストへと向かう予定です」
「そうなの? なら私達と同じコースに……なりますよね? カイさん」
「そうなるね。じゃあそれまで一緒に行動しようか」
「ありがとうございます。お邪魔でなければ是非」
和やかな食事風景。そうか……見方によっては家族団らんになるのか、これも。
イクスさんが義理の娘……やっぱり少し考えられないが。
「じゃあ、明日は早めに宿を出るから、食事が済んだら温泉に入って、早めに休もうか」
「そうだね。ここ、温泉もあるんだねー。嬉しい誤算だよー」
「そうですね、とても静かですし」
「私も、天然の温泉というのは初めてですが……良い物ですね」
あまりのんびりとできなかったミササギ滞在だが……良い思い出になってくれたようだ。
ちなみに、ここは混浴温泉ではありません、別に期待なんてしていませんとも。
そういえば……昔俺がアルヴィースの領主代行をしていた時、イクスさんが勘違いして一緒にお風呂に入ろうとしたり、色々不味い事になりそうになったりしたなぁ……懐かしい。
翌朝。今朝もやはりイクスさんは狭い場所の方が良いからと、広縁側で眠っていたのだが、それをレイスに起こされ、出立の準備にとりかかる。
御者は俺。そして目的地は一先ずシンデリアだ。
良い魔車をファルニルから借りているのだが、さすがに隠れ里に向かうには魔車は邪魔になる。なので、あそこに預けて返却を頼むのだ。
そういや、正規の方法で共和国と王国の国境を越えたことはないが、どんな感じなんだろうか? たぶん、行くことはないだろうけど。
「ここから大体三日ほどでシンデリアに到着しますね。イクスさん、途中で野営を挟むけど問題ないですか?」
「勿論です。寝袋はとても寝心地が良いので、屋内でも常用したい程ですよ」
「……カプセルホテルとか好きそうだなぁ」
「ほほう、なんとも心惹かれる響きですね。詳しくお聞きしても?」
「あ、食いついちゃいますか」
少しずつ、彼女とも打ち解けてきたなと感じながら、そんな雑談を交え順調に旅は進んでいく。
以前よりも大陸全体の風通しがよくなった影響だろう。道中の野営地でも、以前に比べて行商人や自由騎士の一団の姿が目立っていた。
そして野営地を転々と経由し、ついに明日にはシンデリアへと到着するというこの日、すっかり野営に慣れたイクスさんがレイスと息の合った作業でテントを設置していた。
「なんだか、こういう旅は新鮮ですね。私はテントが好きなようです。落ち着きます」
「イクスは本当に狭い場所が好きですね……けれども明日からは屋内ですからね」
「そうでしたね。シンデリアという町に着いた後、徒歩で隠れ里という場所へ向かうのですか? 隠れ里という割には町から近いのですね……」
確かに聞いただけだとそう感じるな。実際にはどの場所にあるのかは分からないが……たぶんどっか未開の山奥とかだろうか? それを術式で繋げていると見た。
「ふふふ……イクスさんも術者だもんね、たぶん興味を持つと思うよ。実は私もどこにあるかは分からないんだけど……術式の力で別な場所に転送されちゃうんだ」
「なんと!」
すると、驚きの声と共に、ややオーバーに両手を上げて驚くイクスさん。
なのに、表情は至って素なので……シュールです。
「……相変わらず身体のリアクションに表情がついていっていませんね……」
「そうですか? かなり驚いているのですが……長年表情を抑えるように心がけていたので」
「そ、そうなんだ。でも本当に驚くよ。凄く不思議な場所でね、時間が許すならそこに移り住んで研究したいくらいだもん」
「ふふ、術式うんぬんでなく、場所的にも素敵なんですよ。静かで、住人がのどかに楽しく、平和に暮らしています。特殊な境遇の子供達が集められていますので、イクスと同じ年代の方が最年長の世代として暮らしていますが、殆どが子供なんですよ。それで、里長と呼ばれる素敵な方が住人の皆さんの面倒見ている。本当に、平和な里なんです」
ああ、そうだ。あの場所は俺にとって……第二の故郷とも言えるくらい、心に残っている場所だ。
……本当にあそこに家を持つのもありかもしれない程だ。
「素敵な場所なのですね。私も楽しみです」
「ふふ、きっと気に入ると思いますよ。明日は早めに――あ!!!」
と、その時だった。話していたレイスが突然大きな声を上げる。
なんだ、何か忘れ物でもしたのか!? それとも何かが……?
「忘れていました……カイさん、明日シンデリアから隠れ里に向かうのは午後からにする事は出来ませんか……?」
「え、それは別に構わないけど……どうかしたのかい? 突然大声を出して」
「あの……大変な事を忘れていました。シンデリアに寄るのならば……是非昼食はあの場所で……あの……ドネルケバブを……」
あ、忘れてた。あったなーケバブの店。確かレイスが物凄く気に入って感動していたっけ。
……確かにあれは俺も食べたいな。昼はあそこにしようか。
「ははは……俺も食べたいな。じゃあ明日は早朝に出発した方がいいね。六時には出ようか」
「う……すみません、我がままを言ってしまい……」
「お母様、そんなに食べたい物なのですか? その料理というのは」
「はい。あれはこの世の天国のような食べ物です。私はもしもあのお店が自分の住む町にあれば、オーナーとなり毎日通い詰める事でしょう。それほどの逸品です」
「やっぱりレイスはお肉好きだねー。あれ見ていて面白いからね、気持ちは分かるけど」
「そこまでですか……興味が湧きました」
「あれなー……さすがに専用の道具がないと作るのは難しそうだしなぁ……なんとかならないかね」
レイスの様子につい、どうにか出来ないか考えてしまう。さすがに専用の道具を買い取っても設置の手間があるし、良い案でもあればいいのだが。
……燃えた炭を長い鉄篭に入れて地面に立てて、その脇で肉をくるくる回し焼きするとか? あれ、案外いけそうな気がする。口には出さないでおくけど。
「じゃあ今夜は、明日お肉を食べるし少しヘルシーな物にしようか。そうだ、俺がラタトゥイユを作るよ。イクスさんもレイスのラタトゥイユを食べて育ったんだろう? たまには他の人間が作るのを食べるのはどうだい?」
「カイヴォンさんも知っているのですね。ふふ、それは楽しみです」
「あ、私もラタツゥユ好きだよ! ラタツ……トゥユ?」
「ラタトゥイユです……あら? どうでしたっけ……頭が混乱して……」
ゲシュタルト崩壊を起こしていらっしゃる。
ともあれ、夏野菜たっぷりのヘルシーな煮込み料理で、俺達の今夜の腹が膨らむのだった。
「それじゃあ出発するぞー。三人は客車で眠っていていいからね」
「はい……お任せします……」
「ぅん……ぉゃすぃ……」
「お願いします、カイヴォンさん。私も少し横になっておきます」
翌朝。朝に弱い二人を客車で眠らせ、イクスさんも意識ははっきりしていそうだが、目が少しトロンとしていたので休憩していてもらうことに。
草原の湿気が早朝の気温に冷やされ、濃い朝霧に包まれた野営地を出発する。
やはり、共和国は少し南国風の気温なんだよな……ミササギが特殊なだけで。
これから向かう隠れ里も、今でも独特な空の下で閉鎖された結界の中にあるのだろうか。
そうして、御者席に一人座りならが、早朝の街道を進んでいると、突然聞きなれた音が脳内に響いた。
「ん……メールの着信か」
そういえばオインクにメールを送っていたが、随分と返事が遅かったな。
早速開いてみると――
From:Oink
To:Kaivon
件名:ほんとうにごめんなさい
申し訳ありません、気が付いていたのですが、すっかり忘れていました。
メールについてですか、本人と直接お話したいので、近くにイクスさんがいるのならテレポを開けてくださると助かります。
「ははーん……よほど忙しかったんだな。直接謝るのもかねていると見た」
走る魔車をそのままに、少し先の草原に向かいテレポを発動させると、すぐさま何もないはずの草原に、珍しくギルド総帥としての制服ではなく、動きやすそうなパンツルック姿のオインクが現れた。
「すみません、返事が遅れてしまい――え?」
「じゃあなーオインク! 用事があるなら魔車まで走って追いつけよー」
現れたオインクのすぐ傍を通り過ぎていく魔車。ドナドナされるのではなく、置いて行かれる豚というのも中々新鮮だ。
「そんなー! 待って! 待って! おいて行かないで!」
「おー走る走る。いいぞ豚ちゃん、もうすぐ追いつくぞー」
「速度上げないで! 待って! ふん!」
ダッシュで追いかけるオインクが、ついに本気で走り出し、空中を何度も蹴り、ありえない軌道と速度で見事に御者席に滑り込む。
やるな……さすが三次元軌道の取得者。何気に機動力だけなら身内の中で一番あるんだよな。
「ひ……ひどいです……なんで……走ってる最中に……」
「いや丁度移動中だったからさ。よかったな、今日は動きやすい恰好で。いつもの服なら途中でパンモロしてたぞ」
「しょうがないにゃあ……いいよ」
「うるせぇ豚。で、なんでまたそんな恰好してるんだ?」
「実は、最近は大陸東部の山岳地帯、そこの視察で少々山間の方にいたのですよ。暫く休暇を取る事にしたので、ついでに少し散策でもしようかと」
「なるほど。あ、ちなみにイクスさんもレイスもリュエも後ろで寝てるから」
「イクスさんと一緒だったのですね。休暇を取るとは聞いていましたが……」
「まぁ……ここは彼女の生まれ故郷でもあるからな。良い思い出はないにしろ、ここで彼女には自分について知ってもらう、というのが俺達とダリアの相違だ。で、今はサーズガルド目指して移動中って訳だ」
「なるほど……イクスさんにギルド直営の孤児院の話をしようと思っていましたが……私も、最後まで見届けたいと思います。彼女は、今のギルドには必要な存在です。その彼女がルーツを探り、そして……真実に向かい合うのなら、上司として可能な限りケアはしたいですからね……」
先程までの態度はどこへいったのか、オインクは極めて真面目な、ギルド総帥の顔でそう告げる。だが――騙されんぞ。
「んで本音は」
「サーディス見て回りたいです、休暇中ですし」
「この豚ぁ!」
「ぴぎぃ!」
いやさっきの言葉が嘘だとは思わないけどね!?
「それで、今はどこに向かっているんですか? 実はこの大陸の平定が済んでから、まだセリュー領にしか足を運んだ事がないのですよ」
「お、じゃあ一応来てはいるのか」
「ええ。新しくセリューの港と本格的な交易が始まりましたからね。セミフィナルとの関係をより親密な物にする為にも、一度こちらの商人ギルドや領主と会合の場を設けた事があるんです」
「マジでか。じゃああのアホ領主とも会ったのか」
「アホ……? 淑女然とした良き統治者でしたよ。民からの信頼も厚く、女性の目から見ても美しい、まるで女神のような方だと感じましたが」
「でも七星の一件で黒幕とまでいかなくても、割と腹黒い考えを持っていたのも事実だけどな」
「まぁ潜在的にそういう面を持っているのは私も同じですよ。それこそ、彼女は精神操作にも似た事をされていたのでしょう?」
「……まぁな。けどアイツがアホだってのは割と本気で言ってるぞ。まぁ外面が良くて美人なのは俺も認めるが」
もうね、俺はアイツが地下室に向けて頭突っ込んで炎吐いて、水蒸気爆発起こして吹っ飛んできた姿が目に焼き付いて離れないんですよ。
「ふふ、そうですか」
「ちなみに婚約迫られてこの間寄った時もまた口説かれたな」
「あ? やんやん? あのドラゴンもどきぶっころがしてやりましょうか」
「人の事言えないだろうが。ま、悪人じゃないが油断はするなよ」
「ふぅ……しかし女性の陰が絶えませんね貴方は。これではレイスもリュエも安心出来ないでしょうに」
「いや、そもそも俺はそういう求めには応じないからな。二人も信頼してくれているし」
「くっ……のろけおってこの放浪魔王……」
「しかし実際お前が暇でよかった。ここから結構移動時間があるからな、退屈していたんだ」
「あ、そうでした。それで今の目的地はどこなんですか?」
「シンデリア、っていう行商人の集まる町だな。共和国と王国の国境近くの町だ。そこで魔車を預けて、食事を摂ってから隠れ里に向かう」
「隠れ里……以前聞いたアンドロイドの長が治める里ですね。確か不思議な場所にあるんでしたっけ」
「だな。ちなみに農業が盛んで畜産業も盛んだ。お仲間の豚ちゃんも沢山住んでるぞ」
「……でも出荷するんでしょう?」
「そらそうよ。豚は出荷よー」
「そんなー」
なんだか懐かしいやり取りをしながら、広い街道をひた進む。
まだ本格的な夏は到来していないが、それでも少々高い気温の中、広い草原の中を駆けていくというのは中々に爽快だ。
「街道の舗装はそこまで進んでいませんね」
「あー、そういう交通関係は今のところセカンダリアが一歩抜きんでているな。街道の舗装はセミフィナルだが、魔車の発展具合が段違いだ。恐らく過去に専門知識のある日本人が召喚されたんじゃないか?」
「そういえば、船も含めて向こうの工業は進んでいますね……」
ま、今のままでも俺はのんびり旅が出来て嫌いじゃないのだが。
そうして、段々と日が昇っていく中、まもなくシンデリアが見えてくるというタイミングで、客車と御者席を繋ぐ窓が開かれる。
「おはようございますカイヴォンさん。すみません、大分眠ってしまいましたので交代を――」
「おはようございますイクスさん。ふふ、ご無沙汰しています」
ニコニコとオインクが対応すると、イクスさんは表情を固め、そして――
「……ああ、これは夢ですか。そろそろ起きないと……」
「イクスさん、そのくだりノクスヘイムでやりましたよ。これは本物のオインクですよ」
「ふふ、何を言っているんですかカイヴォンさん。総帥がここにいるはずがありません。すみません、どうすればこの夢から抜け出せるのでしょうか?」
説明中。神隷期の術だと教えているのだが、イマイチ信じてくれない。
が、その時さらにレイスが目を覚まし――
「な……! オインクですか!? どうしたのですか!?」
「お久しぶりですレイス。実は少々イクスさんと話したくて、時間が出来たので遊びにきていたのですよ。イクスさんはまだこれが夢だと思っているようですが」
「お母様まで……凄い夢です」
「イクス、これは夢ではありませんよ。本当にオインク総帥です。私達神隷期の人間は、互いのいる場所へなら、多少手順を踏む必要がありますが瞬時に移動出来てしまうのです」
「……本当に?」
「本当です」
「……」
あ、イクスさんが涙目になった。
「もうし訳ありませんでした……」
「いえいえ。まもなく目的地に着くようですので、まずはそこで休憩しましょう」
「は、はい……」
「リュエも起こさないといけませんね」
いやー賑やかな旅になりましたな。イクスさん、やはりオインク相手だと緊張してしまうんだな。まぁこの豚ちゃん、一応権力者だもんなぁこの世界でも屈指の。
そうして、ついにレイス待望のドネルケバブの待つシンデリアに到着したのだった。
(´・ω・`)すでに11巻の表紙も発表されています。
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