クリスマスディナー
(´・ω・`)かわいそうなおはなし
「突然だがクリスマスを祝いたいと思います」
「なんですか、クリスマスって」
「俺の世界で幅を利かせていた宗教の神様の誕生日のお祭りだよ」
「へぇ、以外だね。カイくんって宗教とか神様とか信じていなさそうなのに」
「信じてるわけないだろう? こんなの祭りにかこつけていろんな商品を売りたい会社……商会みたいな連中が騒ぎ立ててそれに一般人が乗せられただけだ」
ちなみに一番の書き入れ時でもあるので、俺もこの時期は大変でした。
いやぁ、楽しそうにどんちゃん騒ぎしてる連中のところに何度乱入したいと思ったことか。
仕事上がりに同僚としんみりと夜の道を歩く、そんなクリスマスでしたよええ。
まぁ、相手が野郎じゃなかっただけ恵まれていたのかね。
「というわけで今日はローストビーフ……ではなくターキーを焼きたいと思います」
「ターキー、ですか?」
「七面鳥ともいうんだけど、知らないかい?」
「鳥というと、鶏肉でしょうか?」
突然目を輝かせる我が家の肉食獣さん。
かわいいなぁこの人本当。
しかしこの世界には七面鳥がいないのか……ニワトリはいるんだけどなぁ。
だが、丸々太ったあの大きな肉じゃないとイマイチ盛り上がりにかけるんですよ。
というわけで、久々にリュエの秘密のバッグの出番です。
「リュエさん、いつものバッグをお願いします」
「大きな鶏肉が欲しいんだね? 前に倉庫の中でみかけたことがあるよ」
「ほほう、期待出来るなそれは」
そういえば以前、ナオ君にチキン南蛮を振る舞った時は、やたら大きな鶏もも肉が出てきたっけ。
……あのサイズで丸鶏になったら、さすがにこのバッグから取り出せないよな。
明確に大きさをイメージしながらリュエのバッグに手を突っ込むと、ひんやりとしたものが手に触れる。
それをガシっと掴み、一本釣りのように一気に引き上げると――
「うわ! グロい!」
「わ、美味しそう!」
対象的な反応をする二人に思わず苦笑い。
いやぁ、さすがに丸鶏見て美味しそうはないですよレイスさん。
どちらかというとリュエの反応のほうが自然だったりします。
「ちゃんと羽毛も抜いてあるし血抜きもされてるし、これを奉納した人は料理の心得があったんだろうなぁ」
「そういたいですね。実は私、丸鶏って捌いたことがないんですけれど……」
「ああ、今回はこいつを丸々焼こうかと」
中に野菜や米、スープを入れてオーブンでじっくり焼くんですよ。
いやぁ、丸鶏の出汁で炊かれた米のうまさったらもうね、たまらんのですよ。
こんがり焼けた表面をつまみながらその極上のピラフをかっこむ幸せを是非二人にも味わってもらいたい。
「……ところで、これなんのお肉なんだろうね、鳥なのはわかるんだけど」
あらためて見ると、たしかに丸々と太り、触った感じ骨っぽいわけでもなく肉厚、さらに脂身がうっすらと黄色みがかり、大量の旨味を溜め込んでいそうだ。
……あ、しかもこいつしっぽのところが大きいぞ、ぼんじりが大量にとれそうだ。
「私も見たことがありませんね……こんなにまるまると太って美味しそうなお肉は……」
「ふむ、どれ調べてみようか」
ちょっとアイテムボックスにしまいこんでその説明文に目を通す。
『悲壮鳥フォレス』
『その外見から捕食され続け絶滅の危機に瀕している希少な魔物』
『元々は豊穣を司る神の使いとして崇められていたが、ある時誤って暖炉に飛び込んでしまい、以来特別な日に振る舞われるようになってしまった』
不憫すぎんだろ。
しかしまぁ、確かにこんな姿でこんがり焼かれて、ましてやそれが美味しいんじゃあ仕方ないですね。
というわけで調理開始。
「じゃあレイスはこのハーブと香味野菜でブーケガルニを作ってくれるかい?」
「まかされました」
「リュエは残りの野菜をみじん切りにして、水にさらしておいてくれ」
「木っ端微塵にしていいんだね?」
最近、よく自分でタルタルソースを作っているせいか、みじん切りだけは一人前になったリュエさん。
本日は人参、セロリ、玉ねぎをみじん切りにして頂きます。
レイスにはセロリの硬い部分と人参のしっぽの部分、そして数種類のハーブをタコ糸で結んでもらう。
これをスープと一緒に丸鶏の中に入れるんですよ。
「出来ましたよ。お米はどうしましょう、研ぎますか?」
「んー……本来ピラフの時はあまり水を染み込ませたくないんだけど、じゃあ軽く研いですぐにザルにあげて水分をよく切っておいてくれ」
「了解です。ふふ、こんな丸々としたお肉に詰め物をするなんて楽しいです」
ウキウキと、珍しくスキップをしながら移動するレイスさん。
眼福です、なにとは言いませんが、貴女の身体の一部分が一緒にスキップしています。
「よし、みじん切り終わり。水にさらすよー?」
「じゃあ次を頼む。リュエはこの鍋に入ってるソースをじっくり煮詰めておいてくれ」
「これはなんだい?」
「艶出しに蜂蜜と白ワインを混ぜたものだよ、ある程度とろみが付いたら火をとめてくれ」
これをオーブンの中の丸鶏に定期的に塗るんですよ。
つややかでパリっとした皮がたまりません。
本当は一緒に油も塗るのだが、この鶏の表面を見る限り必要なさそうだ。
こいつ、そうとう脂を蓄えておられます。
いやぁ、これは楽しみだ。
少しして、すべての具材の準備が整い、丸鶏の中へと米、スープ、みじん切りの野菜、ブーケガルニを詰め込み竹串で縫い止める。
そして足を上にして吊り下げたところで――
「オーブンがない不具合」
「……あ」
「ローストビーフの時のあれ、また作ろうよ」
「うーん、途中で何度か開けなきゃいけない都合上、前より難しそうなんだよな」
やって出来ないことはないだろうし、挑戦してみるか。
あれから三〇分。
黒い箱の横でリュエが炎の魔術を発動し、時折俺が箱に穴を開けてそこからレイスが肉を取り出しタレを塗る。
ハケで表面に塗るたびに喉を鳴らす姿を見てなごみつつ、三人で協力して一つの料理を仕上げていく。
ううむ、予定では焼いてる間に付け合せを何品か作るつもりだったのだが。
再び肉をオーブン(仮)にしまい込み、三人で黒い箱を眺めることさらに三〇分、そろそろ完成だろうと闇魔術を解除する。
すると、チョコレート色一歩手前に色づいた、まるでべっこうアメのような艶めきを持つ丸々とした鶏肉が現れた。
今度は肉をぴっちりと覆うように魔術を発動して肉汁を落ち着かせる。
さて、じゃあ今度こそ付け合せを――
「こんなところでなにをしているんですか三人とも……」
「あ、オインクだ! ちょっと料理をしていたんだよ」
「今日はクリスマスという日だそうで、カイさんと一緒にご馳走を作っていたんですよ」
こんなところ――ギルド裏手の演習場の隅っこだがまずかっただろうか。
広いし魔術や魔法の衝撃にも耐えられるし、万が一を考えてこの場所を選んだのだが。
「訓練中の人間から苦情がきていましたよ『いい匂いがして集中出来ない』と」
「未熟者乙って言っとけ」
「まぁそれもそうですが……ところでなにを作っていたんですか?」
「ローストチキン的な何かだ。中に米を詰めて同時にピラフを作っていた」
「なんと素敵な。場所代として私の分を要求してもいいですよね?」
無言の闇魔術発動。
黒い柩のような箱を生み出し、オインクを覆い隠す。
さぁ、強欲豚には罰を与えないと。
「リュエ、レイス、ローストポークも作るぞ」
「だ、出して下さい! 熱っ熱いですよ!?」
「大丈夫だよー、蒸し風呂くらいの温度にしておくからね」
「暗いです、せめて窓を、窓を!」
仕方ないので顔の部分だけ観音開きになるように調整する。
あら不思議、柩というよりも棺桶のようになってしまいました。
中の温度がすでに上がっているのか、その顔にはうっすらと汗が浮かんできている。
「場所代なんて請求する豚ちゃんにはお仕置きだお仕置き。今から付け合せ作るからその間そこに入ってなさい」
「あの……さすがに可哀想なのでこれを」
レイスがアイテムボックスからボトルを取り出し、それをオインクの口へと運ぶと、まるで母乳を求める赤ん坊のようにそれに吸い付いた。
……おかしいな、心なしかレイスの表情が愉悦に歪んでいるように見える。
「な……なにを飲ませたんですか……レイス……」
「香草を漬け込んだお酒ですよ。発汗作用もありますし、体内の老廃物を出してくれる美容効果もあります。度数も低いので問題ないと思いますが……」
「か、かなり香りが強烈ですが、確かにぽかぽかしてきました」
「それと――お肉料理の臭み取りにも効果があるんですよ?」
「ひっ」
あ、この人本気で豚ちゃんのこと食べる気だ。
勿論性的な意味じゃないほうで。
「柔らかなほっぺですね、オインクさん……気持ちいいですか?」
「な、これはハチミツ!? 助けてぼんぼん! ハニーローストにされちゃう!」
「あー、頑張れ。俺は今じゃがいも潰すので忙しいから」
「あ! 潰すなら私がやりたい! レイスも炎の魔術が使えたよね? ここは任せたよ」
「待ってください!!! 火加減まで握られたら私本当に――」
「ええ、まかされました」
俺は何も見ていない。
そうだね、君ゆでたまご潰すの得意だったね、じゃあマッシュポテトはまかせようか。
じゃあ今のうちに適当なサラダでも作るかね。
「たひゅけ……お水をください」
「はい、あーんして下さい」
「こ、今度こそお水ですよね……?」
「さぁ、どうでしょう? どっちだと思います?」
「うう……右でお願いします」
「……はいどうぞ」
「どうして今がっかりしたの!?」
いやぁ、すっかり仲良しになったみたいでなによりです。
そろそろ肉も仕上がったしサラダも完成、リュエも一仕事終えて満足しているしこんなもんか。
「おーい、そろそろ完成だから集まってくれ」
「は、はやくこの魔術を解除してください……」
「ふふ、たぶん出た瞬間生き返るような爽快感が得られると思いますよ?」
「わ、割に合いません……やっぱりぼんぼんに似てるんでしょうか……」
魔術を解除した瞬間、全身汗やら蜂蜜やらこぼした水やら酒やらでびしょびしょになった豚ちゃんが現れた。
なんというか、とても興奮する香りがしますね。
こんなんでも美女ですからね、フェロモンが充満していたんでしょう。
というわけで君、着替えてきなさい。
「オインク着替えてこい。そしたら食べるぞ」
「わ、わかりました……ああ、確かに身体がすっきりしました……効果あるみたいですね……」
ふらふらと去っていく豚ちゃんを尻目に、早速俺達はクリスマスディナーを食べ始めるのであった。
なお、戻ってきた時には骨しか残っていなかった模様。
可哀想なので後で同じ肉でスモークチキン(仮)を作って贈っておきました。
ついでにレイス特製の香草酒も。
(´・ω・`)豚ちゃんかわいそかわいそ




