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後日談 サーディス大陸編1

(´・ω・`)おひさしぶりです

後日談サーディス編はじまるよー

「うーん、本当に良かったのかい? エルのところに寄らなくて」

「ああ、一応メールは入れたんだよ。『俺達はこのままサーディスに渡るつもりだけど大丈夫か?』って」

「あ、そうだったのですね。エルさんはなんと?」

「やっぱり国を出る為の根回しで忙しいみたいだし別に問題ないとさ。あの様子じゃ近いうちに国を出られるんじゃないかね」


 セカンダリア大陸の港町、サーディスから渡って来た時に立ち寄ったその場所から、再び船に乗り海を渡る。

 以前訪れた時は戦争中という事もあり、町の活気も少なく、酒場以外は静かなものだったのだが、今回立ち寄った時は市場からなにから大した賑わいだった。

 これも、平和の証なのだろう、な。


「サーディスと言えば……どこで降りようか? セリュー共和国には港が二つあるだろう? セリュー領と、ノクスヘイムの町がさ。ほら、カイくんが海底の形変えたお陰で大型船も停泊出来るようになった」

「あー……心情的にはノクスヘイムの方がいいんだけど、あちこち見て回るならセリューかな……」

「セリューには寄りたくないのですか?」

「あのアホ領主と顔を会わせたくないっていう。なんというか調子が狂うんだよ」


 なんか変ななつかれ方をしたような、そんな感じ。

 いや、別に今でも恨んでいる訳でもないのだが。


「私もシュンさんの事を思えば思うところはありますが……罪を償い努力している姿勢は評価したいと思いますよ。顔くらい見せてもいいのではないですか?」

「そうそう。なんだか面白い人だし、挨拶くらいしていこうよ」

「うーん……二人がそう言うなら……」


 この時の選択が、後にちょっとした修羅場を生む事を、この時の俺は想像していなかったのであった。




 セリュー領首都。主都と言っても、実際各領地にある街は一つだけなので、ほぼ都市国家が領を名乗っているような状況なのだが、一先ず辿り着いたセリュー領。

 元々この領内ではそこまで大きな事件も起きていなかった事もあり、以前訪れた時同様、多くの人間で賑わい、平和そうな時間が流れていた。


「うーん……前より少しだけエルフが増えたかも?」

「そういえば以前はあまり他種族の方を見かけませんでしたよね? やはり交流が深まってきているのでしょうか」

「なるほど……まぁ問題が起きていないなら何よりだ。じゃあちょっとファルニルのとこに顔を出して、明日にでもエルダインに向かおうか。あそこがどうなったのかが一番気になっているんだ」


 荒れに荒れ、無法地帯となり、平然と奴隷売買から非合法な取引が蔓延っていた領地。

 ファルニルの思惑や、領主代行をしていた……なんといったか、ヴィオちゃんの兄の影響もあったのだろうが、それが解決した今、どのような状況になっているのか気になっていたのだ。領主となったヴィオちゃんは『健全な殺し合い、百歩譲って健全な試合』が行える街にしたいと言っていたが、はてさて。


 セリュー城へ向かうと、どうやら今は城内を一般開放している時期らしく、多くの観光客で賑わっている様子だった。

 領主への謁見の願いを出したのだが、今は海上庭園で住民と交流中という事らしく、そちらに向かって欲しいとのこと。

 ……本当に領民に対しては良き領主なんだよなぁ……ポンコツっぽく見えるのに。


「海上庭園なんてあったのかい? 楽しみだなぁ」

「実は俺は行った事あるんだ。ほら、七星が目覚めただろう? その時にさ」

「まぁ……それで、庭園は無事だったのですか?」

「海水塗れになったけれど、ほとんど壊れはしなかったよ。ただ花壇は総入れ替えになったと思うけれど」

「そっかぁ……一年以上あれから経っているけど、復旧がまだそうなら、少し手伝おうかな? 私植物に関係する魔法も得意なんだよ? ブライトネスアーチでもやってたし」

「まぁ、リュエがそうしたいなら止めないよ。俺も手伝うさ。俺がしたことなんだし」


 そう思いながら庭園に向かうと、既に海上に浮かぶ庭園、そこに植えられたさまざまな植物が大きく育ち、色とりどりの花が人々の関心を集めていた。

 そうか、もう完全に復旧できていたのか……なら、良かった。


「で、肝心のファルニルは――」

「カイさん、向こうに人だかりが出来ていますが、もしかしてあちらではないでしょうか?」

「あ、そうかも! なんだか神殿みたいな骨組み? なんていうんだろう。東屋みたいなのもある」

「ふーむ、式典用のなにかかね。行ってみようか」


 何やら大勢の人間が一角に集まっている様子だが、何をしているのだろうか。

 近くに向かうと、それとほぼ同時に、人だかりの中央から大きな男の声が辺りに響いた。


「どうか、私と結婚してください!」


 マジか、いきなりこんな場面に遭遇するとは。

 観衆が一気に盛り上がり、そして隣の二人も少しだけ色めき立つ。


「わ! 誰かがプロポーズしてる! すごいなぁ……みんなに見守られながら、こんな綺麗な場所で……」

「中々に度胸がありますね。ロケーションも十分。ギャラリーが多いのは個人的に苦手ですが……これは相手の返事が気になりますね」

「二人とも楽しんでるね……でもこれ、告白された方は相当なプレッシャーじゃないかね」


 はたしてどんな人物達なのか、野次馬根性丸出しで人混みの中に割って入っていく。


「“カレント・ファリル”空騎士隊長だぞ……これはさすがにOKするんじゃないか!?」

「きっとそうよ……さぁ、なんとお答えになるのかしら……」


 ほほう、察するに中々身分の高い人間が女性に告白した様子。

 さて、ではそんなシンデレラな女性は一体――


「……ごめんなさい。気持ちはとても嬉しいわ。けれども、私を娶る人は、私を律し、時には罰を与えられる強い男でなければいけない。貴方にはそれが出来ない、そうでしょう? きっと、貴方に相応しい人が現れるはず。だから……貴方のプロポーズは受けられないわ」

「そんな……貴女様を律する必要なんて……! 貴女は決して間違わない、ならば私はただ、貴女の傍で支え――」


 お前かよ! そこにいたのは、暫定的ではあるが、俺がアホ領主と呼んでいる『ファルニル』その人だった。

 いや確かに美人だけど。良き領主なんだろうけど。こうして見ている分には良き統治者、高嶺の花にも見えはするけれども。


「それ故にです。妄信にも近い信頼は、私が道を誤った時に律してくれない。私はもう既に一度、大きく道を誤っているのです。ですから……ごめんなさい、カレント」


 いやぁ……思いのほか真面目な様子に、コイツは本気で領民の事を考えているのだな、と思い直す。……そうだよな、以前の暴走は……少なからずフェンネルの影響もあったのだろう。そんな事、俺だって分かっているのだ。だがどうしても――水蒸気爆発を起こした瞬間の映像が脳裏から離れないのだ。あの姿を見ちゃうとさすがにギャグ要因にしか見えてこないのだ。


「……分かりました。しかし、それでも私の忠義は揺らぎません。これからもファルニル様をお守りし、この地に住まう民の為に戦い続ける所存です!」

「ふふ、ありがとう、カレント。さぁ、皆も引き続き庭園散策を楽しんで頂戴。なんだか足を止めさせたみたいでごめんなさいね」


 どことなく落胆にも似た空気が漂うも、すぐに集まっていた人間達が散っていく。

 きっと、敬愛する領主の吉報が生まれなかったことへの落胆なのだろう。

 そこまで悲壮な色は彼等からは感じなかった。無論……カレントと呼ばれた騎士の男性はその限りではないのだが。


「随分と慕われているんだな、ファルニル」

「え……? あら!? あらあら!? カイヴォン、カイヴォンじゃない!」

「久しぶりだな、ファルニル。少し寄らせて貰った」

「まぁまぁ! 奥さん二人も一緒なのね? 聞いたわよ、無事に貴方の旅の目的が果たされたのよね?」


 声を掛けた瞬間、先程までの淑女然とした姿をかなぐり捨てるように、ニコニコと駆け寄って来るファルニル。なーんか調子が狂うのだ。どう見てもレイスのような大人な雰囲気を纏う美女だというのに、まるでリュエのような……愛らしさでなついてくるその姿に。

 あ、それと奥さんって呼び名は誰も否定しませんでした。勿論俺も。


「ああ。今はエンドレシアに一度戻る旅の最中だ。今、自分達の道筋を引き返して、どう変わったのか見て回っているんだよ」

「そうなのね? 私はてっきり、私をお嫁に貰いに来たのかと思ったのだけど?」

「……両腕は既に塞がっているんでね」


 隣の二人が、少しムスっとして近くに寄って来る。大丈夫、こいつなりの冗談だろうから。


「だったら翼で包んで頂戴? ふふ、なんてね。ねぇカイヴォン、あの姿を見せてくれないかしら? 目の保養になるのよ」

「なんでだよ」

「えー! いいじゃないのよー! せめてものお願いよー! 私翼が大好きなのよー!}


 いやそんなフェチは知りませんが。

 だがしかし、なんだかしつこそうなのでとりあえず変身。


「ほい。俺はこんな仰々しい翼よりも、レイスの翼の方が可愛くて好きなんだけど」

「きゅ、急に振られると照れます……ありがとう御座いますカイさん」

「もう、見せつけてくれるわね。それで、今回は顔を見せに来てくれただけなのかしら?」

「ああ。この後はエルダインに向かう予定だ。明日は観光、明後日にでも出発するさ」

「前回はあまり見て回れなかったもんね。この庭園とかも綺麗だし、見て回りたいよ私も」

「あら……そんなに短い間だけなの……?」


 すると、露骨に翼を折りたたみ、残念がるファルニル。

 そんな子供みたいな反応をするんじゃありません。

 つい、なぐさめたくなってしまうではないか。


「そうがっかりするなよ。一度エンドレシアに戻ったら、今度は自由にあちこち遊びにいく。その気になれば一瞬でサーディスにだってこられるんだ。何か面白い催しでもあればダリアに伝えるといい。遊びに行ってやるから」

「ほ、本当!? なら絶対遊びに来て頂戴! じゃあ今日の宿はどうするのかしら? お城に泊まっていく? 部屋を用意させるわよ?」


 それはどうしよう。好意はありがたいが、さすがに大仰すぎではないだろうか?

 二人の意見を聞くべく振り返ると――


「私はお城でもいいよ? 美味しいご飯を食べられそうだもん」

「折角ですし……お城の中も見て回りたいと思っていましたから、私も」

「ん、了解。ファルニル、じゃあ俺達の部屋を頼む」

「ふふ、了解」


 そうして係の人間に伝言をし、引き続きファルニルを交えて庭園散策へと赴く。

 ただ途中、レイスとリュエが妙な気の使い方、もとい余裕を見せるように『つもるお話もあるでしょうから、少し私達は別行動をしてきます』と言い離れてしまった。

 いや俺の事を信頼してくれているのだろうけど……この領主の事を信じられるのかね君達は。


「本当、良いお嫁さん達よね」

「まだ正式に婚約をしたわけでも挙式した訳でもないんだがね。……そうだな、エンドレシアに戻ったら、相談してみるかな、その事について」

「ふふ、そう。ねぇ、なら本当に私を三人目にするつもりはない?」

「だからそういう冗談はやめろ。俺は、同じくらい愛している二人だからこうなっているんだよ。本当は重婚っていうのも主義に反する。でも、あの二人だからこそこの選択をしたんだ」

「冗談じゃないのだけどね。やっぱり憧れがあるのよ、結婚というものには」

「ならさっきのプロポーズは受けたらよかっただろうに」


 まったく、二人になるとこれだ。半分冗談なのは分かるが、裏を返せば半分は本気なのだ。

 確かに外見もあり方も、嫌いじゃあない。けれど圧倒的に二人には、リュエとレイスには届かないのだ。


「ダメよ。私は貴方くらい強い人じゃないとダメ。だったら理想を抱いたまま、一人で生きている方が素敵じゃない? いじましくて、それでいて孤高。そう思わない?」

「俺に同意を求めるなよ、お前より遥かに人生経験が少ないんだから」

「そうなの? まぁ……これでいいのよ。私は貴方のような理想を抱いたまま、強く生きるわ。それに……貰ってくれなくても、私が間違ったら貴方は私を諫めにくる、そうでしょう?」

「まぁ被害が大きそうなら頭叩きにくるとは思うな」

「……翼を折るとは言わないのね。少しは……私の事、認めてくれたのかしら」


 言われて気が付く。そういえば、随分と俺も……丸くなったのか。


「折ったら面倒だからな。それに泣き叫ばれても面倒だ。俺にそんな趣味はないからな」

「ふふ、そう。……ねぇ、そこのベンチで聞かせて頂戴。貴方の旅がどんな終わりを迎えたのか。全部じゃなくてもいい、でも教えて頂戴、貴方の口から。シュンにもダリアにも聞かないでおいたの。ねぇ、いいでしょ?」

「ん、そうか。まぁファストリア大陸も現れた以上、隠しておくのもおかしな話か。ああ、じゃあ少しだけ話してやるよ。俺がここを旅立ってから、今こうして戻って来るまでに何があったのか」


 思い出を振り返りながら、語る。七星との戦いと……その果てに消えた最後の仲間の事を。

 こいつ、長命種らしいからな。精々覚えておいてくれよ。この世界を救った本当の英雄の存在を。


「……そう。なんだか一度私もファストリアに行ってみたくなったわ。たぶん、もうその場所にはいけないんだろうけど、近くでお祈りくらいしたいじゃない」

「一応、神殿みたいな物は建設予定だから、完成したら連絡くらいいれるさ」

「ふふ、そう。じゃあ一緒に行きましょう?」


 そう言いながら、ファルニルはふざけたように身体をこちらに倒してくる。


「ええい邪魔だ! 翼が目に入る!」

「ふふふ、前に折られた仕返しよ! えいえい」

「くっつくな、人に見られたら面倒だ」

「大丈夫よ。威圧しているもの。私達ドラゴニアは格上同族の威圧には決して逆らえないのよ。見て欲しくないって私が思っていたら、絶対にこっちを見ないわ」

「なんだその便利生態は。いいから離れろ」


 角を掴んで引き離す。掴みやすいなコイツ。掴むところが沢山あって。


「イタタ……ちょっとくらいいいじゃないの……けど、そろそろ私も公務に戻らなくちゃね。聞いて、最近他大陸からの観光客も増えているのよ。ふふ……今にこの都市をもっと大きく広げて、観光名所にしてみせるわ。そうしたら色々催しも出来るでしょうから、遊びにいらっしゃい」

「分かった分かった。じゃあ俺達はこの後もう少し街の中を観光してから城に戻る。じゃあまた夜にな」

「ベッドで待っていようかしら?」

「その時は寝室ごとぶっ飛ばす」

「冗談よ、もう」


 結局、そこまでコイツの事を嫌いになれない自分に、心の底で『美人には弱いんだろうなやっぱり』とか思ってしまったのは秘密だ。

 ……悔しいが、美人だ。レイスとリュエを殿堂入りとしてカウントしなければ、こいつは……たぶん一位だ。ほぼ同率でアリシア嬢のお母さまもランクインしてきますが。

 やっぱり年上好きなのですよ俺は。幾つになっても。




「ねぇねえ、どんなお話していたんだい? ずっとくっついていたけど」

「ですね、仲良さそうでしたけど」

「向こうが構って来るだけです。俺だってあれだぞ? 前にあいつの翼ちぎって捨てて敵対したんだぞ?」

「ひぇ! それはそれで引いちゃうんだけど私」

「……まさか、ちょっとおかしな……その、趣向といいますか、趣味といいますか、そういう人なんですか……?」


 街の散策中、二人に少しだけ先程の事を聞かれたので、とりあえずこう言っておきます。

 正直ちょっと俺も理解出来ない部分もありますので。


「けど本当人増えたよねー……いつか本当に私が前に言ったみたいに、食べ物のお店の大会とか開かないかなー、セミフィナルみたいに」

「そうですねぇ、この大陸は料理ごとに食べ物の文化が随分と異なりますし、あのドネルケバブという夢の様な食べ物までありますし……絶対、あのお店にはまた寄りましょうね」

「ははは……確かにアレ美味しかったからね。……リュエ」

「うん。誰かつけてきているね。カイくん心当たりは?」


 散策中、ふいに感じたこちらを見つめる何者かの視線。昔はこんなの気が付かなかったが、一応俺も成長してきているのだろう。

 リュエにも確認してみると、やはり明らかにこちらになんらかの意思を向けてきているという。


「ないね。リュエとレイスに目を惹かれたんじゃないかい?」

「うーん、そういう視線じゃないね。敵意かな? たぶんカイくんじゃない?」

「そうかもしれませんね。どうします、一度人通りの少ない道に行きますか?」

「ん。じゃあ俺だけここで別れて向かってみるよ。二人は人の多い場所で待機」

「ううん、こっそり追いかけるよ。悪いヤツなら私が捕まえてあげる」

「とりあえず話を聞いてからね。んじゃいってくる」


 本当はちょっと予測がついているのだが。

 市場から少し離れた路地裏に一人向かうと、先程までうっすらとしか感じられなかった視線、そして気配が、露骨にこちらの首筋をチリチリと焦がすように強く感じられた。


「態々人気の少ない場所に来てやったんだ、言いたい事があるなら直接言いな」


 後ろについてきているであろう人物にそう話しかけると、しばしの間を置いてから――


「お前……何者だ。領主であるファルニル様と突然あのように親し気に……」

「ん、ああ。友人だね、友人。君は確か――」


 あれだ、カレントと呼ばれていた、先程見事にファルニルにより撃沈してしまった男性だ。

 まさか、ファルニルの言う威圧的な物にも屈することなく観察していたのだろうか?


「友人だと……あの人のあんな顔を見せる友人など……」

「けど友人としか言いようがないんだよ。正確に言うならば、サーズガルドのダリアとシュン、あの二人の旧友でね。色々あってファルニルとも交友があるんだ」


 とりあえず事実を。なんだかこじれそうな予感がする。あれですよ、隣国の要人の友人と言えば、さすがに無茶な事もしてこないでしょう。


「……お前が、ファルニル様の思い人なのか」

「思われてはいるかもしれないけど……正直俺にその気はないし、向こうだってそれは分かっているはずだ。何しろ俺には既に心に決めた人がいる。妙な気配を感じて別れて行動したんだけれど、誤解が解けたならもういいか? 観光を楽しみたいんだ」


 理性的な人物であって欲しいという俺の願い。だが、残念ながら――


「お前を捕えてみせれば、ファルニル様の気持ちも変わるやもしれんな」

「……やめとけ。敵対するなら容赦はせんよ」


 瞬間、爆発的な速度で迫って来たカレントが、その腰から剣を抜き放つ。

 恋は人を狂わせるというが、それで切りかかられちゃたまったもんじゃない。


「殺しはしないが、後悔しとけ」


 瞬間、剣を手刀で切断、そのまま頭を掴み取り、路地裏の壁に叩きつけてやる。

 砕ける壁、舞い散る頭髪。そして残された血痕に致命傷を与えたと確信する。

 が、次の瞬間。剣を失った男の右腕から鋭い爪が伸び、こちらの脇腹をかすめる。


「頑丈だな、さすが最強種」

「ぐ……貴様……」

「暴走してる、って事で殺さずに済ますつもりだが。……なぁ、まだやるなら本気で――殺すぞ。醜い嫉妬で襲って来るんじゃねぇ」


 再び間合いに入り、今度は両肩の骨を外す。

 もう知らん。死ななきゃなんでもいい。


「ガアアアアアアアアアアアアアア!!!」

「少しは頭を冷やせ。リュエ、見てるならそろそろ拘束して回復してあげてくれませんかね」

「……あ、気付いてた? うん、了解。じゃあちょっと冷たいけど我慢しておくれよ。突然襲って来たのは君なんだから」


 リュエさん、見事な細工の手枷を氷で制作。無駄に凝っております。

 ついでに両肩と頭部の怪我も治療し、完全に黙らせる。


「……さて、ファルニルに突き出してやりたいところだが、さすがに一世一代のプロポーズの直後ってのはあんまりだろ。もう一度言うが頭を冷やせ。ここで落ち着くか――恥をかく事なく、このまま死ぬかの二択だ」


 生き恥を曝すよりならば殺した方が情けになる、という勝手な決めつけ。

 どうせコイツだってそう思っているんだろう。


「チクショウ……クソ……お前はなんだ、突然現れてお前は……」

「ただの友人だ。もう少し冷静になれよ。アイツは強い相手じゃないと納得しない。だったら……お前がやれる事なんて一つしかないだろうが」


 シンプルな答えでしかないのに、それすら見えなくなる。

 失恋が瞳を曇らせるというのは聞いた事はあるけれど、幸か不幸か、そんな経験をしたことのない俺にはそれが分からない。

 だが、本当に簡単な答えなのだ。


「強くなればいい。そしてもう一度プロポーズをして、それでも同じ理由で断られた時、おもいっきり戦って認めさせるくらいに。幸い、この大陸にはそういう場所があるんだろ? エルダインが今、そういう場所になろうとしているんだろ? ならそこで戦え。諦めきれないんだろ、思わず暴走してこんな事までするくらい。だから、足掻けよ、もっともっと」


 氷に囚われた男、カレントが顔を上げる。

 暗い目ではなく、どこか遠くを見据えたような瞳で。


「俺達はもう行く。その枷はまぁ……氷だしそのうち溶けるだろうさ」

「え? 溶ける氷にしたほういい?」

「なにサラっと自然の摂理捻じ曲げたような発言してるんですか。変えなさい変えなさい」


 今カッコよく決めて俺が立ち去って終わる場面だったじゃないですか!


「……私は、まだ諦めなくても良いと……」

「ああ。強くなれよ、俺に比べたらアイツはまだまだ弱い。本気で鍛えたらそのうち越えられるさ。エルダインで戦いな」


 今度こそ、その場を立ち去る。氷が解けた頃には、あの凝り固まった考え方も溶けてくれていたらいいのだが。


「……完全にとばっちりだった。城に戻ろう。あの馬鹿領主からかってやらないと収まりが付かない」

「確かに今回は災難だったね? うーん……恋愛ってむずかしいね」

「ええ、本当に……沢山、私も見てきましたから」


 それぞれが己の過去に思いを馳せているのか、帰り道での会話は、少しだけ少なかったのだった。

 ……リュエもなんだかんだで色々経験してるんだもんな。レイスは言わずもがな。




「今戻ったぞ、ファルニル。とりあえず一回叩かせろ」

「おかえりなさい、なんでよ!」

「いろいろあったんだよ」


 城の謁見の間に通され、とりあえずお土産として買った干物で頭をペシペシ。

 なんでも、最近の街の特産品らしく、ミササギの里を始めとして、今では大陸の外にも輸出しているのだとか。どう見ても乾燥昆布です。


「なんだか良く分からないけど、とりあえずご飯は用意しておいたから一緒に食べましょう? ちょっと最近ミササギの真似するのが流行ってるの」

「ほほう、創作和食みたいな感じなのかね、楽しみだ」

「ふふ、楽しみにしておいてよね。ところで……話は変わるのだけど、やっぱりこの領地に住む気はないかしら? 働き口も用意するというか……人手に困っているというか……」

「なんだ? 前も言ったがここに腰を落ち着ける気はないぞ?」

「そう……困ったわ……じゃあ誰か強い人を紹介してくれないかしら」


 突然そんな事を言われても。なんだ、どうしたんだ?


「さっきね、うちの騎士団長がいきなり辞職して旅に出ちゃったのよ……やっぱり私がプロポーズを断ったからかしら……困ったわ……」

「あー……まぁ、そのうち戻って来るかもしれないから気長に待つと良い。平和な世になったんだ、今はそれでいいだろ?」

「まぁそれもそうなのだけど……断り方がまずかったのかしら……」


 ……今回だけは素直に心の中で謝っておきます。たぶんそれ、俺の所為だ。


(´・ω・`)今月末2/29は暇人魔王の10巻発売日です

1巻の発売も2/29なので、実質一周年だな!

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