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後日談 セカンダリア大陸編4

(´・ω・`)来月までにケーキの予約しておこうね

「あれから一年かー……そろそろ出来てるかなぁ、私の絵」

「あ、そういえば描いて貰っていましたよね。どうなっているのでしょうか」


 港町に向かう前。この大陸で最後の寄り道として、スフィアガーデンへとやって来ていた。

 本当はメイルラント帝国にも行くつもりだったのだが、もうエルと再会出来たので、このまま寄らなくてもいいだろう、という判断になった。

 というか、そんな余裕なさそうだ。エルも随分と動いているようだし。

 相変わらず様々な珍しい物、前衛的な品々が所狭しと売られ、製作されているこの街だが、今回も前回と同じ宿に泊まる事にした。

 例の、エルの子孫の絵が飾られている宿だ。


「連絡先とか教えて貰っておけばよかったなぁ……すっかり忘れていたよ」

「どこのアトリエの画家さんだったんでしょうね……あ、ありましたよ。確かあそこです」

「ああ、懐かしいね。じゃあ今回は……一週間くらい滞在しようか」

「本当ですか! 嬉しいです、とても! では今回は私も色々見て周りますね!」

「私はどうしようかな? 楽器の演奏をしてる人達がいたから、そういう人達を見て周ろうかなぁ……」


 二度目の訪問では、基本的に自由行動をとるようにしている。

 一度一緒に見て周ったのだし、二度目はそれぞれが見たい物を見た方が楽しいだろうから、と。

 まぁ、そうはいっても三日目あたりからは一緒に行動する事が多いんですけどね。


「なるほど、リュエは音楽に興味があるんですね」

「興味っていうか、昔からたまに酒場で楽器を演奏する人がいるだろう? 吟遊詩人とか。ああいう演奏を聞くのが好きでさ、じっくり聞きたいなーって」

「なるほど。でしたら、私も観光中、そういった場所や、音楽を楽しめるレストランを探してみますね」

「そうか、レストランもあるか……創作料理の店とかあるかもしれないな」


 ちょっと服や装備を見て周ろうと思っていたのだが、そういう線もアリ、か……。


 それから三日後。俺は街にあるレストランで、シェフではなくパティシエとして働いていた。

 どうしてこんな事になったのか。それは、滞在初日まで遡る――




「ほほう……人気の菓子店か。甘い物は門外漢だが、料理には変わりないからな」


 食べ物を扱う通りは、他の絵画や彫刻を扱う通りとは離れた場所にあった。

 まぁ確かに、インクや油の匂いが漂っていたり、強い風が吹くと削りかすが舞い散る場所で飲食物を扱う事は出来ないだろうな。

 そんな通りに入ると、一風変わった看板が沢山掲げられており、ちょっとした祭りの縁日のようになっていた。


「当店最新作『夜泣き蝙蝠の南国風パエリア』是非ご賞味あれー!」

「あの『サラマンドチリペッパーのピクルス』が再入荷! 刺激的な夜のお供にどうです!」

「ブレーディロックのステーキはいかがですか! これで貴女も理想の身体を!」


 胡散臭い。前衛的と言うよりもゲテモノ一歩手前のメニューが多いように見えるが、それでも変わった物が好きなここにいる人間達は、楽しそうにそれらを購入していた。

 勿論、そういう品ばかりという訳でなく、思わず並びたくなるような心惹かれる屋台や看板も立ち並んでいるのだが。


「ふむ……煉獄鳥の尻尾肉とな。こりゃぼんじりの事なのかね……串焼きか……」


 勿論、一本購入。真っ赤にそまった肉だが、どうやらこれは肉そのものの色のようだ。食べた感じはでっかいぼんじり。少々脂の香りがキツイな、焼き方が悪いと見た。

 個人的な感想だが、変わった物や新しさを重視するばかりで、基本が出来ていない店が多いように見える。が、それもまた新しい物が生まれていく過程では仕方ない事かもしれない。洗練されていくのは、ここからさらに時代が動いてからなのだから。


「こういうのもアリだな……この癖のある串焼きも、きっとエールと一緒なら……」


 ま、さすがに日も高いうちから飲みはしませんけどね。

 そうして店先を眺めながら歩いていると、香ばしくほのかに甘い香りが漂ってきた。

 これは……焼き菓子か? ナッツ系の香りもするが……。


「お、あの店か。『スイーツフェザー スフィアガーデン支店』か。あれ? どっかで聞いた事あるな。……あ、そうか。収穫祭での屋台コンテストで見かけたな」


 懐かしい。確か俺達の屋台の隣に出店していたっけ。露骨な嫌がらせをしてきたので覚えている。今思えば、俺もだいぶ大人げない事をしでかした気がする。

 結局、今年の収穫祭には参加出来なかったからな……今年はどこが優勝したのだろうか。


「いらっしゃいませー! 当店最新作。フェザーケーキはいかがですか! 軽やかなスポンジとオレンジの爽やかさが皆さんの気持ちを宙に浮かばせますよ!」

「ケーキか。そういやパンケーキばかりでスポンジケーキを使ったケーキは食べてないな、この世界に来てから……ん、でもこの良い香りはこの店からじゃないな……」


 見れば、スイーツフェザーさんは閑古鳥が鳴いている模様。客の大半は、さらに奥にある別な菓子屋に流れているように見える。名店、という話だが、新しい物には勝てないのか。


「く……そこのお兄さん、どうです! 当店の新作、フェザーケーキは!」


 すると、通り過ぎようとしたところ声をかけられる。見たところ男性のエルフだが……珍しいな。セカンダリアではそんなにエルフを見かけなかったのだが――ん?

 見覚えがあるな。この人屋台コンテストの時の人じゃないか?


「一口サイズなんですね。では三つ頂きます」

「ありがとうございます!」

「ところで……貴方、去年のセミフィナル大陸の収穫祭で屋台コンテストに出ていませんでした?」

「え……あの、もしかしてあの時買いに来たお客様でしょうか……?」


 お宅の機材を一つぶっ壊した恐いお兄さんです。

 とりあえずモノクル装着。そして髪を後ろで纏めましょう。どうです、見覚えありますか。


「な……お前は……あの悪徳料理人!」

「失敬な。先に手を出したのはそっちでしょうに。で、どうしてこんなところに? もしかしてここで勤務していたのでしょうか?」

「っ……転勤したんだよ。売り上げが落ちて来てな、ここで修業中だ」

「なるほど。いやぁ、確かに目新しい物に溢れているからな……ここで頭角を現せたら、相当なものだろうな。じゃあまずは一つ食べさせてもらうよ」


 パクリと一口。スポンジの目が随分と大きいな。それなのに生地が柔らかい。

 オレンジの香りが微かに鼻を抜けて美味しい。だが……ふむ。新鮮さがないか?

 美味しいが、ここの客層とは少し合っていないのかもしれない。


「ど、どうだ。一応、お前は同業としての実力は確かだ。あの『ふんわり堂』の女店主も認めていたくらいだ。自信作なんだが、どう思う?」

「うまいな。甘すぎないから俺も食べやすい。この気泡の大きさに焼き上げるのも大変だったろうに」

「わ、分かるか! そう、そうなんだ。生地の硬さや泡立て方を何通りも試して、焼き時間や温度も色々試してやっとたどりついたんだ」

「ああ。正直甘い物はそこまで詳しくないが、これがスポンジとしてかなりの高水準だっていうのは分かるよ。凄いな、素直に尊敬する。俺じゃ絶対こうはいかない」

「……そこまで褒められるとこそばゆい。だが、ご覧の通りの有り様だ。何故か売れないのだ。売り始めた初日こそは売れたが、あっという間にな……」

「まぁ……俺も今日この街に来たところだけど、見た感じここの人間は新しい物好きみたいだしな。目を惹いて、なおかつ話題として何日も残るような品で、味もそれなりじゃないと生き残れないんじゃないか? 一般の客がこのスポンジの凄さなんて気にしないだろうし」


 つい、話しこんでしまう。同性での料理好きな知り合いなんていないのでついつい。

 すると彼は、考える仕草をしながら『なるほど』と感心気に呟いていた。


「お前、屋台コンテストの時も思ったんだが売り込む力や戦術が凄いな。少し知恵を貸してくれないか? 報酬は出す」

「んー……悪いがここに滞在するのは一週間だけだしなぁ……」

「そ、それでも構わない! 相談に乗ってくれるだけでも良い。正直、僕は今崖っぷちなんだ。ここで結果を出せなければ……もう永遠にサーディスやセミフィナルで働く事が出来ない……ここで売れない菓子を焼き続けるのだけは嫌なんだ……」

「ふむ……そっちの店も結構厳しいんだな。やっぱその二つの大陸は花形なのか」

「それは当然だろう。ブライトネスアーチは本店だし、セミフィナル支部も二番目に大きい店舗だ。あそこで働くのが、僕にとってどれほど憧れだったか……」


 まぁ彼の気持ちも分かる。……これも何かの縁だ。協力しようじゃないか。




 一度店を閉め、厨房で彼の話を聞く。

 どうやら、そろそろこのケーキでは太刀打ちできないから新メニューを作るつもりだと。

 いやぁ……でも俺の菓子作りの腕なんて、調理師学校の学生に毛が生えた程度ですよ。

 他の分野は一応それなりに修めているが、こればっかりはなぁ……知識はあるんだが。

 そもそも、この世界でなにが新しいのか。そしてなにが既に存在し、何がまだ生まれていないのかすら分からないのだ。


「有名どころの菓子にどういう物があるのか、なにか一覧やカタログ、レシピ本はないのか? 情けない話だが、菓子についてはてんで素人みたいなものなんだ」

「そうなのか? 仕方ない、じゃあとりあえずうちの店の商品カタログと、他店のメニュー一覧を貸してやる。僕があちこち旅して作ったんだからな、貴重なんだぞ」

「ああ、悪い。じゃあ早速」


 ふむ。カスタードクリーム、バタークリームだけでなく、生クリームを使ったホイップクリームも既に使われている。まぁ魔法が存在しているんだし、食文化の発展速度は地球よりも早いのだろう。

 焼き菓子だってたくさん種類があるし、地球で流行っていたマカロンのような物もある。

 ふむ……が、組み合わせという面ではまだこちらが介入できる余地がある。

 スパイスとチョコの組み合わせや、柑橘系とチョコの組み合わせ。

 他にも、生クリームに混ぜ物をする、というのもあまり盛んではないようだ。

 それに……チョコレートを使うレシピが少ないな。殆ど飾り付け程度の出番しかない。

 ザッハトルテでも作ればそれなりに喜ばれそうだな、あれ好きだし、俺が。


「そのスポンジケーキ……気泡がでかいしまだまだ使い道ありそうだな。なぁ、ちょっと厨房貸してくれないか? 試しに一つ作りたい物があるんだが」

「構わない。僕もお前がどんな物を作るのか興味がある」

「はは、じゃあついでにもう一つお願いなんだが……ホール型のスポンジ、さっきのヤツと同じ質感のを一つ焼いてくれないか? 出来れば柑橘系の香りが強くなるようにオレンジピールを細かく摩り下ろして生地に混ぜてくれ」

「ん、分かった。そうか……摩り下ろして混ぜるのか……」


 たまにはこういう場所で作るのも悪くない。それに、専用のオーブンもあるようだし、少し手の込んだお菓子も作れそうだ。後でリュエとレイスにお土産でも作ろうかな。




 そうして、とりあえずうろ覚えの知識を頼りに、中に彼の焼いたスポンジを閉じ込めた『ザッハトルテもどき』が完成した。うむ。見た目もそれっぽい。真っ黒で人目も引く。

 なお、俺には技術がないので、チョコレートガナッシュをスポンジ表面に均等に塗る、用語で言うと『ナッペ』が出来ないので彼に任せる。いや、さすが本職は凄い。

 仕上げのチョココーティングだけは意地で俺がやったのだが、うむ、ちょっと失敗した。


「本来はチョコ味のスポンジで作るんだが、オレンジとチョコって合うだろう? それにこんな極上のスポンジ、使わないのはもったいない。材料はありふれちゃあいるが、これなら人目もひくんじゃないか?」

「真っ黒で艶のあるケーキか……手伝わせて貰ったが、これは確かに美味しいだろうな……このレシピ、どこで覚えた。今考えたわけじゃないだろ?」

「まぁ大昔に、とだけ。知ってる人間はたぶんいないさ。さ、まず食べてみようぜ。試作品だしまだ出来は荒いと思うが、こっから改良していけば良いんじゃないか?」


 早速切り分け、一つずつ頂く。いやぁ楽しみだ。俺の数少ない好きなケーキだ。

 ちなみに、一位レアチーズケーキ、二位がザッハトルテだ。


「おお……案の定美味い! チョコのテンパリングがちょっと甘かったな……口どけが少し鈍い気がする。スポンジはやっぱりうまいが……まだオレンジがチョコに負けるか」

「うまい……もっとオレンジの香りが欲しいなら、塗るジャムをマーマレードにしよう。チョコレートは幸い、ここが本場だ。幾らでも手に入るから次は僕が色々試してみる。……だが、今の段階でここまで美味しいなんて……申し訳なくなる」


 どうやら彼のお眼鏡にもかなったようだ。

 しかし申し訳ないとはなんぞや。


「ここまでのレシピ……支払える対価が今の僕にはない。正直、間違いなくこれは売れる。見た目の珍しさというが、高貴さもあるように思える。今回は簡易的だが……もっとスポンジの成形に力を入れたら……チョコの照りももっとよくすれば……」

「じゃあその辺りは頑張ってくれ。最初に言ったが門外漢なんだよ甘味は。でも、知識だけはあるんだ。こっから君が発展させて完成させたら、それはもう君のレシピだ。大事にしてやってくれ」


 そしてそれを俺を買う。出来れば今週中に完成させてくれ。


「いいのか、それで……分かった。じゃあ早速今日からよろしく頼むぞ!」

「ん? いやあとは君に任せるからと――」

「何言ってるんだ。今日から試作しまくるんだぞ? 付き合ってもらうぞ」

「マジかよ……」


 そうして、俺はこのスイーツフェザースフィアガーデン支店に通う事になったのであった。




「……結局完成するまで付き合うあたり、俺もお人好しだな」

「おいカイヴォン、こっちはもう準備完了だ。そっちの箱詰めは……終わってるな。じゃあ今日から売りに出すぞ! 溶けないように屋台じゃなく店舗販売だが……ここ二日閉店して焦らしていたんだ。きっと客は来る、そうだよな!?」

「まぁ態々『今までにない極上のケーキを開発中』なんて大見得切ったチラシを作ったんだ。これで客が来なかったらさすがの俺も泣くぞ。毎日朝から晩まで働いたんだから」

「はは、そうだな。安心しろカイヴォン、俺達の作ったケーキは間違いなく最高に美味い! 本店の店長にも食べさせてやりたいくらいだ!」


 そして現在に至る。リュエとレイスにはここで働いている事は内緒にしているのだが、そのうちこのケーキの噂が広まったらバレてしまうだろうな。

 いやぁ……二人とも今回ばかりは毎日楽しくあちこち出掛けていたので、俺の動きを気に留めはしなかったのだが、それはそれで寂しい。

 リュエなんて自分の事を描いた画家の所在を突き止めて、嬉しそうにその絵画を持って帰ってきたくらいだ。等身大、ヒーローポーズリュエさん。可愛い。飾りたい。

 なお、他にも描いている人間が二人いたのだが、そちらは既に買い手がついているのだとか。一体どこの誰だ。


「よし、じゃあ開店だ」


 客は、それなりだった。チラシの効果はあったとは思うのだが、派手な文句はこの街には溢れている。そこまで劇的な効果ではなかったのだ。

 が、店を訪れた客は一様にそのビジュアルに驚いていたので、実際に食べ終わるであろう明日以降が勝負だ。イートインコーナーでもあればいいのだが、ここは店が密集している為、そこまで土地を取れなかったそうだ。カフェテラスのような物も設置出来そうにない。

 そうして、やや時間はかかったものの、用意したケーキを全て売りさばく事が出来たのであった。まぁ、初日だから少なめに作ったんですけどね。


「ふぅ……今日までありがとう、カイヴォン。後は僕達が頑張る番だからな、明日からは客として来てくれ。いや、本当は完成した昨日の段階で十分だったんだが……」

「まぁ初日くらいは手伝わせて欲しかったからな。明日が勝負だ。期待してるぞ、俺も」

「ああ! 食べたら分かる……あれは他のケーキ、甘味とは一線を画す物だ。うまく噂が広がってくれるのを祈るだけだよ、あとは」

「そうだな……俺も、それとなく人に広めてみるよ」


 メイルラントの皇帝とかに。ここからならそこまで遠くないし、本当に来そうだな。

 いや、それは反則か。せめてもっと広まったらにしよう。




 夜、宿に戻り、先に部屋で休んでいた二人の元へ。

 どうやらレイスは今日、家具を一つオーダーメイドしてきたそうだ。搬入先はアルヴィースの街にある元祖の『ぷろみすめいでん』。娘さんの為にソファーを頼んだそうだ。

 そしてリュエは、今日は楽器屋さんでオカリナを買ってきたようだ。ポーポー音を鳴らしながら、一生懸命練習していた。可愛い。


「ふぅ……一通り音は出せるようになったかも。ところでカイくんは毎日何をしているんだい? あまり見かけないけれど」

「俺かい? 飲食店のある場所で、変わった物を食べ歩きしてるんだ」

「そうだったんですね。むむ、何か美味しい物はありましたか?」

「そうだなあ、飛びウサギの丸焼きとか、可哀そうだけど美味しかったよ」

「へー! 食べ物屋さんもあるんだね! 甘味、甘味はあるのかい!?」


 おっとリュエが良い食いつき方をしてくれた。どれ、売り上げに貢献しましょう。


「そういえば今日、新しいケーキが大々的に売り出されたらしいね」

「ケーキですか? では、明日買いにいってみましょうか」

「……ケーキってなんだい? パンケーキのことかい?」


 な……ケーキを知らないのかリュエは。そういえば……食べる機会がなかったし、俺もそういう物は作ってこなかったな。

 とりあえず、ケーキは甘味の王様、花形とも言えるお菓子だと伝える。

 大きな式典で振る舞われる事もある、凄く美味しい物だ、と。


「む、甘味の王様はアイスだと思うよ私は。そこまで美味しいなら……食べてみようかな」

「ふふ、そうですね。一体どんなケーキなんでしょうね?」




 翌日、久しぶりに三人一緒に行動する。目指すは飲食街、目的はケーキだ。


「なんだか色んな匂いがするね? 辛い匂いに……よく分からない匂いもする」

「なんだか見覚えも聞き覚えもない料理が売られていますね……少し、買うのに勇気がいりますね」

「確かに。中にはゲテモノ、虫とか使った物もあるから、しっかり見てから買うように」


 アイスと書かれた看板に向かおうとするリュエを捕獲。よく見ろ、そのアイスの前に『バタフライ』って書いてあるだろ。凍った蝶が使われてるらしいぞ、それ。


「ア、アイスに対する冒涜だ――!」

「だから言っただろう? 変な物も売ってるから、屋台には気を付けなさい」


 ほら、言った傍からレイスも謎肉の上げ団子を買おうとしているじゃないか……。


「す、すみません……ダイズミートという物が気になってしまい」

「……ダイズミート……まさか代用肉か……?」


 とりあえず俺が購入。本当に豆から作ったお肉だったみたいです。要改良だな、まだ青臭い。


 そうして色々な屋台を冷かしながら進んで行き、目的のスイーツフェザーに到着した。

 ……が、凄い行列である。こりゃ買うのに時間もかかりそうだし、買えない可能性もあるな。


「凄い行列だよカイくん。そんなに美味しいのかい? アイスよりも?」

「かなり美味しいんだと思うよ。とりあえず並ぼうか」


 一人、また一人と客が捌かれて行く。ショーケースにはまだケーキの余裕がありそうだ。

 だが、どうやら一人一箱という訳ではないらしく、三つ買う人や中には五つと欲張る人間もいる。これは……少々不味いな。間に合わないかもしれない。


「ど、どうしよう……後一人でも二つ以上買ったら間に合わないよ」

「その時はまぁ……なんとかするよ」


 店主に頼んでもう一つ作ってもらいます。それくらいの報酬はあっても良いだろう?

 そして案の定、俺達の前に並んでいたマダムが二つ購入、無事に売り切れとなってしまった。


「ああー……悔しい……後一つでもあれば……」

「ところで……ここはスイーツフェザーですよね? 覚えていますか? セミフィナル大陸にも支店があったお店です。私の店でも提供していた焼き菓子を作っていたところです」

「あー、思い出した。私達の屋台スペースに物を置いて妨害したところだね」

「……忘れてあげようか。俺もあの時は大人げなく仕返ししたんだし」


 とりあえず、店員さんにご挨拶。ここ数日通い詰めていたので、すっかり覚えられているのです。


「カイヴォンさん、来てくれたのですね。お蔭様で本日も完売です。店長も奥で明日の分の仕込みを始めているんですよ」

「ん、そっか。手を空けられそうだったら、一度呼んで貰えるかな?」

「分かりました。少々お待ちください」


 売り子の女性が、外のノボリを片付け、閉店の看板を下げる。実は今、この店はあのケーキ一本で勝負しているのだ。というか、他のメニューに手が回らないそうだ。


「カイさん……? お知り合いのお店なんですか?」

「むむ、甘味作りのプロが知り合いなのかい? それは羨ましい!」

「はは、まぁたぶん二人も覚えていると思うよ」


 店の奥から、コックコートを纏った店長、彼がやってくる。


「お、早速来てたのかカイヴォン。それに……その節申し訳ない事をしたね、お二人さん」

「うん? どちら様?」

「……あ、あの時の屋台の! まぁ……勝負ごとでしたから……」

「誰だっけ……サ、サーズガルドで……?」

「不正解。正解は、セミフィナル大陸の屋台コンテストで俺達の隣で出店していたお兄さんです」

「あー! あのサクサクして美味しいお菓子の! 久しぶりだねぇ、あれは売っていないのかい?」


 あ、見事にあのいざこざの記憶だけ消えているんですね。やはり甘味の思い出は強い。


「……素直にそう言われるのがこれ程嬉しいなんて。すまない御嬢さん、今日は作っていないんだ。それに……見たところケーキは買えなかったみたいだね」

「あ、そうそう。無理を言うようだが、二人にも食べさせたいんだ。一つだけ明日の分を売って貰えないだろうか?」

「ああ、特別に許可するよ。しかし……やはり今の施設じゃ満足いく量を作れないみたいだな」

「いや、これは売り方に問題があるんだと思うぞ」


 俺は、今日見た出来事、一人で何箱も買うお客が何人もいた事を教える。

 そして、より広く知れ渡らせる為には、一人一つまでの個数制限をつけるべきだ、と。


「そう、なるか。だが複数買う人間の殆どが広い人脈を持つ貴族で、茶会の席で披露する目的なんだ。それを考えると安易に制限をするのは……」

「ふむ……そういう理由もあるか。確かにただ制限する訳にもいかないか……」

「なるほど。社交界で自分の財や知識をアピールする目的もあるのでしょう。人気の品を多数手に入れることが出来る。それは話題としてはありふれた物ですからね」

「そ、そういうものなのか……カイヴォン、何か良い案は無いか?」


 いやぁ、さすがにそういう店で働いたことはないからな。

 そもそも社交界とは無縁の生活をしていたので何とも言えない。


「でしたら、敢えて割高にした特別な仕様のケーキを予約制で売り出してはどうでしょう? それでしたら個数制限をしても、貴族階級の方からの不満もある程度抑えられるのでは? 私のお店でも以前、そういった品を持参してくださるお客様を見た事があります」

「なるほど、それは良いかもしれない。大きさと飾り付けを一工夫した特別仕様を見本として飾ると良い。それで予約のチラシを壁にでも張ったらいいんじゃないか?」

「おお……確かにそれなら無理に個数を増やさなくても解決に繋がりそうだ。早速試してみる。あ、ケーキを買うんだったな。今一つ持ってくる」


 さすが、上流階級の人間相手に商売をしていただけはあるな、レイス。頼もしい。

 そしてリュエさんは途中からケーキを買える事への喜びで、話を聞いていなかった模様。


「持ってきたぞ。お代は結構だ。結局、カイヴォンにはほぼ無報酬で働いて貰ったからな」

「いいのか? 代金は支払うつもりだったんだが」

「構わない。本当なら売り上げの数%は持って行ってもらいたいくらいなんだから」

「……働いていた、ですか?」

「ん、聞いていなかったのかい? カイヴォンはここ数日、僕のお店で働いてくれていたんだ。このケーキのレシピだってカイヴォンから教わったんだから」


 あ、言っちゃった。別にバレて困る事でもないのだが。


「そうだったんですか? 言って下さればよかったのに」

「いやぁ、俺だけ働いてるって知ったら気兼ねなく観光出来ないかなって思って」

「私はたぶん、出来たよ! 毎日ここに遊びに来てたかも」


 なんとなくそんな気はしました。


「まぁ、三人で後で食べてくれ。きっと驚くぞ、間違いなく現段階では最新の味だ」

「へぇ……ワクワクしてきたよ。じゃあ宿に戻って食べてみようか」

「そうしますか。店長さん、今日はありがとうございました。このケーキもいずれセミフィナルで提供するようになるのでしたら、是非ウィングレストにあるプロミスメイデンにご一報頂けると幸いです」

「ん、プロミスメイデンと言えばあの高級クラブの……確かに扱ってくれそうではあるかな」

「実はレイス、あそこのオーナーなんだよ。驚いたか?」


 あ、魂抜けてる。大丈夫、前の事は根に持っていないと思いますので。




「さぁ、早く開けておくれよ。ケーキとはどんな物なのか……!」

「これはたぶん一般的なケーキとは大分違う見た目だと思うぞ」

「そうなんですか? ちょっと気になりますね。ケーキと言えば……果物が飾られた白いクリームの物を想像するのですが」

「あ、やっぱりそうなんだ」


 俺は絶対想像するのは白いイチゴのショートケーキです。あまり食べないけれど。

 なにはともあれ箱を開ける。そして現れたのは、ホール型の、黒く艶めくザッハトルテ。

 飾り付けは砕いたピスタチオ少し振りかけ、砂糖漬けのオレンジピールを数枚乗せただけと言うシンプルな物。だが、この漆黒の輝きは、それだけで飾りの必要すらない美しさを備えている。


「まぁ! 確かにこれは初めて見ますね! なんとも……高貴な印象を受けます」

「真っ黒だ。これはチョコレートの塊……っていう訳でもないんだよね?」

「はは、勿論。じゃあ切り分けるよ」


 その前に、普段あまり使わないメニュー画面の機能を使いましょう。SS撮影だ。

 元々はゲーム時代にSSを撮影して保存するという物だが、この世界でもカメラとして使う事が出来る。まぁそれを掲載する掲示板もSNSもないのだが。

 が、メールに添付は出来るので。エルにでも自慢してやろう。


「よし。じゃあ切るよ」


 さて、俺は既に完成形に至るまで何度も試食してきたわけだが、勿論美味しいのは知っている。

 そして問題は、ケーキ初体験というリュエと、ケーキを含め様々なデザートを食べて来たであろうレイス。この二人の舌を唸らせることが出来るか否か。


「どうだい? 口に合うと良いんだけど」

「……見た目より、チョコが固くないのですね。スポンじが程よい硬さのチョコを噛み砕こうとすると、優しく反発して……なんと計算されているのでしょうか……美味しいです」

「うん、美味しい。柔らかい物なんだね、ケーキって。甘くて、ほんおりお酒の香りがして。オレンジの爽やかさもあるし、チョコの味もする。複雑だけど美味しい!」

「それは良かった。これ、俺が好きだったケーキを再現した物なんだよ」

「そうだったんですか。カイさん、あまりお菓子や甘い物を普段作りませんが、こういったお菓子のレシピも知っているんですね」

「アイスは色々種類を作ってくれたけど、なるほどなーこういう甘味もあるんだね。美味しいねケーキって」


 二人とも随分と喜んでくれて、俺もここ数日頑張った甲斐があるというもの。

 だが、今回の事で俺が『実は甘味にも詳しくていろいろ作れる』とリュエに認識されてしまい、頻繁に新しい甘味を強請られるようになってしまったのであった。


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