彼女達のその後
(´・ω・`)残された女性達のその後についてちょっぴり
「では、領主の皆様は本日の議題内容を全て自分の領地へと持ち帰り、周囲の町村に正しい情報を公表してください。また、間違った風評を流布している吟遊詩人や行商人は、発見次第事情を聞き、可能であれば正しい情報を与え活動を再開させるように」
「お待ち下さいオインク様。あれからまだ一週間も経っていないのですよ! 事実確認も取れない情報を正しいものと断定し、それを大陸全てに広めろというのは余りにも――」
「……では、どうしますか? もし仮に先日の発表を偽りだとするのでしたら――相応の根拠がなければ貴方の立場を悪くするだけですよ」
本当は、今すぐにこの場所から飛び出してしまいたい。
今日、彼は私の元を去ってしまうのだから。
最後の足掻きとして、彼にサーディスへと渡る方法を教えなかった。
もしかしたら、諦めてくれるかもしれない。もしかしたら、頼ってくれるかもしれない。
けれど――私が愛した貴方は、きっとこんな場所で躓いたりはしないと、誰よりも私自身が知っているから。
せめて見送りに、という気持ちも勿論ある。
けれども思いとどまる。それは――かっこ悪いじゃないですか。
ならば、私は私の道を行く。もう、誰にも私の邪魔はさせない。
この地に平穏を。永劫の繁栄と安寧を。
――次に彼等が訪れた時に、胸を張っていられる様に。
「随分と強引だったわね、オインク。さすがに可哀そうだったわ、セルペー卿」
「彼は元々大陸東の山岳地帯の出です。その彼が、先日の発表で徐々に気候が変わってくるという情報をすぐに鵜呑みに出来ないのは理解していますよ、私も。ですが――」
「いいわ。貴女だって貴女なりの考えがあるんでしょう? 今、幾つかの商会が貴女の元に集いつつある。それも含めて、何かするつもりなんでしょう?」
会議が終わり、私の執務室で語るのは、唯一私と同格として周囲に認められている友人。
過去の英雄であるイグゾウ氏の孫娘であるイルが、ちょっとだけ呆れたように私に探りを入れる。
ええ、きっと今の私は、少々独善的に映るのでしょう。
けれども、今はそれが必要な時。この大陸は恐らく、今二度目の転機を迎えている。
過去の亡霊を打ち消し、そして新たな秩序が生まれようとしている今こそ、この国を一段階先へ進めることが出来るはずなのだから。
……先を見据えて動けない人間は、そろそろ表舞台から退場して頂きませんと、ね。
「……イル、私はこれから、この国を大きく変えていこうと考えています。きっと、貴女を支持している人間にも、何人かには退場してもらう事になるかもしれません」
「……それで?」
「それでも、貴女には私と共に歩んで欲しい。貴女には、もう自分のお父上やお祖父様の威光を捨ててもらいたいのです。私達の歩みに、過去の栄光は必要ないのですから」
先人の努力は、偉業には、敬意を払うべきだ。けれども、その古い考えや教え、思想をいつまでも引きずっていては新しい世を作り出すことは出来ないから。
本当の平等や自由、自分が自分らしく生きる為には、どうしてもその古い考え、『身分』や『血筋』という物が足枷になってしまうから。
だからこそ、誰よりも『身分』と『血筋』を強く受け継いだ彼女に私の思いをぶつける。
「……私には、オインクの考えている未来が見えない」
「……そう、ですか」
そして、たぶんきっと、私の理想を、思い描くビジョンはこの世界の住人にはまだ想像出来ないのだと思う。
目の前の友人が口にした言葉は、私が心のどこかで予想していたものだった。
……ここまで、ですか。やはり、茨の道へと進むのは、私一人だけになりそうですね。
構うものか。私はこの歩みを止めたりはしない。彼が、彼女が私に託した思いは、願いは、今もこの胸の中に確かに息づいているのだから。
決意を、覚悟を決めたその時だった。イルが、言葉を続けた。
「見えないけれど、見せてくれるのなら、ついて行くわ。私もそろそろ、父や祖父の幻影を追いかけるのに飽きてきたところだから、ね」
「イル……」
「それに、私はこれからも貴女に助けてもらいたいもの。私が頼れる人間なんてたかが知れているもの。何より、私は誰よりも近くで貴女の背中を追いかけていたいから」
屈託なく笑うその顔は、あの日、初めて対面した時の、幼い少女の顔と重なっていて。
どこまでも純粋に願いを口に出来た、まっすぐな少女の物となんら変わっていなくて。
「頼る時はしっかりと人に頼る。我が家の家訓なのよね。だから、貴女について行くし、手助けもする。けれども、私が困った時は絶対に助けて頂戴」
「……ええ、勿論です」
まだ、全幅の信頼を置ける程の力を持ってはいない。
けれども確かに感じる彼女の輝きは、私に未来を幻視させる。
良き統治者として、誰よりも人々を思いやれる彼女ならば、きっといつか、私よりも高みへ、そしてこの大陸を良き方向に導いてくれる気がして。
あの日、父親を失い悲しみにくれていた彼女が、私に最初に述べた言葉を思い出す。
救いを求める言葉でも、父の死への嘆きでもなく、真っ先に彼女が口にした言葉。
『お姉ちゃんはみんながご飯を食べられる国を作れるの?』それは、もう既に彼女は父親の願いを知り、そして自分でもその願いを達成したいと思っての言葉。
私が『必ず作ってみせます』と言うと、彼女はただ笑いながら『だったら私を手伝って』と、私に託すでなく自分を支えて欲しいと、そう願ったのだ。
……本当に、私の友人達は皆、化け物じみた精神力の持ち主ばかりです。
では、私も動き出そう。私が望む世界の為に、そして――彼等の為にも。
「突然の申し出にも拘わらず、こうしてお招き頂いた事、誠に感謝致します」
「ふふ、いいんですよオインク総帥。私は言うなれば、不法入居者のようなものですから」
「いえ、そんな事はありません。レイニー様にはこれまで幾度となく助けられていた事を、先代である師、クロムウェルから聞いております」
翌日、私が訪れたのはギルドに隣接している訓練施設の特別訓練区画。
一種の亜空間へと飛ばされるこの場所から、私はこの『術式に潜む神』と言われているレイニー・リネアリスの元へとやって来た。
なかなか大変でしたよ、彼女にアポイントを取るのは。まず第一に、特別訓練施設で好成績を納め、その際に置き手紙をしなくてはなりませんから。
まったく誰ですか、ランキングの上位を化け物じみた成績で独占したのは。
おかげで好成績の基準が大幅に上がってしまい、こちらも本気を出さないといけないではないですか。
今思い出しても忌々しい……わざと一秒差で私の記録を抜き去るという嫌がらせ。
けれども今回のトライアルで無事一位を奪還したので良しとしましょう。
「それで、総帥である貴女が私の元へ訪れたのは、何か目的があっての事のはず。それをお聞かせ願えますか?」
「単刀直入に言います。先日、貴女が協力してくれた投影魔導具の調整ですが、その際に使われた術式の基礎理論を提供して頂きたいのです」
「……自力で読み解くのを諦めるのですか? なかなか優秀な術者が揃っていると思っていたのですが」
「……どうしても、お教え願う事は出来ないのでしょうか」
謎めいた、けれども底知れない凄みを秘めた佇まいに、喉を鳴らす。
ぼんぼんの友人であるという共通点から、どこか甘く考えていた事を後悔する。
今、彼はここにいない。そしてきっと、彼がいても彼女は首を縦に振らない、そんな気がした。
どこまでも、彼女は不干渉でいたいのだ。その理由は分からないけれども、きっとそれは彼女の中の絶対厳守のルールなのだろうと、その様子から察する。
「……貴女が今考えている予想に、私は……そうですね、及第点を与えます」
「となると、絶対に教えてはくれないのですね」
「ふふ、絶対ではありません。そうですね、あと一歩まで近づけたのなら、残りの答えを差し上げます。頑張って解析に挑んでくださいな」
「……なるほど、つまり試験、と」
試されているのだと、理解する。
この先の未来に彼女の力が絶対に必要になると考えた私の思考を読み、そしてそれに値するのかを値踏みしようとしているのだ。
きっと、彼はその試験を突破した。どんな手段であれこの目の前にいる女性を屈服させたのだ。
なら――私だって。
「ええ。貴女は、実に惜しい。全知にも至れず、全能にも程遠い反面、誰よりも奥底まで近づける、そんな資質を感じます。貴女は、決して甘やかされてはいけない。どこまでも試練に挑み続けるべきです。さぁ、もう貴女は考えている筈。この私をどうすれば納得させる事が出来るのか、その手段を」
「ええ、解析を依頼出来る程の術者に心当たりがあります。そうですね……次にここを訪れる時、私は貴女から満点を貰えるような結果を携えている事でしょう」
宣戦布告。私は貴女には負けないと、認めてもらうと、屈服させてみせると。
どこまでも余裕をにじませながら、妖しく笑い彼女が私に手を差し伸べる。
白く透き通った、同性であるにも拘わらず見惚れてしまう、触れるのが恐れ多いその手を握り返す。
「オインクさん、期待しています」
「はい、待っていてください」
「それと――次回から簡単にここに訪れる裏技を教えて差し上げますね」
「あ、それは助かります。毎回戦うとなると、ブランクのある身としてはなかなか厳しいので」
「簡単ですよ、あの白い扉が並ぶ空間で、私の名を呼びながらお供え物を出してくれるだけで良いんです」
「お供え物……ですか?」
「出来れば食べ物……そうですね、最近ギルドで販売しているエイコーンラテなる物を持ってきて下さると助かります」
「……分かりました」
私は彼女の座っている席の前にある、小さな机の上に目を向ける。
どう見ても食事の跡ですね。それに見覚えのある包み紙……それに訓練施設で提供しているスポーツドリンクの容器まであるではないですか。
もしかして、この人はおもったよりも……私に近い人種なのかもしれませんね。
ああ、言えない。日本にいた頃の私が、ほぼ部屋に引きこもってジャンクフードを食べていたなんて事は。
訓練施設を後にした私は、その足でギルドの受付へと向かい、直ぐ様魔車の手配をする。
議会が終わった今、この都市で私が出来る事などたかが知れている。
本来ならば、大陸平定までここで全領地を監視するべきなのだろう。
けれども幸いにして、私には優秀な目である部下が大勢いるから。
ならば、私は動くべきだ。一時たりとも休んでいられるものか。
目まぐるしい日々が待っている。それを楽しみだと、望むどころだと笑う自分がいる。
きっと、私はどこかおかしいのだろう。苦難を、難題を提示されると、逆にそれが楽しくてしょうがなくなってしまうのだから。
ああ――やはり私はこの世界に来て、よかった。
心の底からその思いを懐き、職員の静止を振り切り、その日の内にこの首都サイエスを発ったのだった。
魔車に揺られながら、久しぶりに誰にも邪魔されず一人になれた事に思い至る。
思い返す。私がこの大陸に訪れてから、今日に至るまでの日々を。
私の親友となった彼女、レイスを救う為に立ち上がった彼を助ける為に渡り、そして短い時間ではあるが、私と共に旅をした日々を。
人懐っこく、まるで妹のようなリュエと、傾国の美女と呼ぶべき、妖艶な美しさを持つレイス。
あの二人が彼の側にいる限り、きっと私の居場所はなかったのだと、今ならはっきりと分かる。
けれども――もう、未練はない。あの二人にならば、私は彼を明け渡すことが出来る。
今頃、彼女達はもう船の上だろうか。もう海の上なのだろうか。
なんだか、寂しいですね。大好きな人間が揃って離れていくというのは。
ふふ、つい考えてしまいます。『もし、私も彼と共に歩む事が出来たら』などというifを。
……なんだか毎日いじめられる未来しか想像出来ないのですが。
「けれども……間違いなく、あの大陸は彼等にとって、最大の試練が待っている。ぼんぼん、それにリュエ、負けないでくださいね」
彼方にいる友に向け、一人呟きを解き放つ。
届け、たとえ小さな呟きでも、この願いよ届け。
私では溶けなかった、凍てついた『あの二人』の心をも溶かし、そして必ず、成し遂げてください。
きっと、貴方達なら、届くはずです――
魔車での移動の限界を超えることは出来るはずもなく、一週間掛けてようやく辿り着いた目的の地。
ここに、レイニー・リネアリスの試練を乗り越えるのに必要不可欠な人物がいる。
恐らく、私の部下では歯が立たない程の魔術知識を持つ人物。
かつてはその立場から、私の配下を何人も葬ってきた、悲しき運命を背負わされたその女性。
ここ『アルヴィース』で今、領主代行の任についているその人物に会う為に、私はここにやって来た。
私の夢を、大陸の変革を滞らせていた宿敵、アーカム。
生前、私は一度だけ彼がその剣を振るう姿を見たことがあった。
あれは、この大陸における革命戦争が終結してすぐの頃の話だ。
ギルドが主導となり、新たな治世組織である中央議会を設立しようとした時の事。
当然『王家がなくなった今、我こそがその頂点に立つべき』と、約束を反故にし離脱を試みた元貴族達が大勢いた。
当然、それを鎮圧するのも革命の先導者である私の勤めと、ギルドの精鋭を引き連れて向かったのだ。
けれども――私達が到着した時にはもう、全てが終わろうとしていた。
諸侯軍数万、いや、もしかすれば一◯万に届き得るその数の暴力を、たった一人で切り伏せていたのだ。
一太刀で数百を葬る剣術。それは、私の元チームメイトであるシュンが使っていた『極剣術』と同じもの。
そして命を奪う度にその力を増しているのではと疑いたくなる、絶望的なまでの機動力。
数千の矢も、空を覆い隠す炎も、あの男の纏う衣に傷すらつけられなかった。
私はその時初めて思い知ったのだ。『ああ――私はこの男に利用されていたのだ』と。
きっと、この男は私との同盟等なくとも、武力だけでこの大陸を手中に納められたのだ。
けれども、私と共に有ることで、将来的に自分が得られる益を増やそう、損失を減らそうと画策していたのだと。
言葉にせずとも分かった。あれは、私達ギルドへの牽制だったのだと。
だからこそ私は、彼に分け与えた領地には極力干渉しないように心がけていた。
いつか、私が力を蓄えるその時まで、いつか、その不遜な在り方を崩す事が出来るその日まで。
「……そんな男ですら、ぼんぼんは圧倒してしまった。貴方は、自分がした事の大きさを、余りにも理解していないから……本当、困ったものですね」
魔車の速度が落ちる。ようやくその目的地についたのだと、私は御者が客車の扉を開けるのも待たずに飛び降りる。
目の前には、アーカムとぼんぼんの戦いから時が経ち、すっかり復旧された巨大な屋敷。
ハムネズミ族の家政婦達が、まるでこちらの来訪を予期していたかのように整列する。
背の低い彼女達が、おそろいのメイド服を着て並ぶ姿は、言いようのない可愛らしさというのでしょうか、萌えを感じてしまいますね。
そして、彼女達の先にその人物が佇む。
スラリと長い手足で、まるで絵画のように美しい姿で立つ領主代行。
彼女の元へ歩み寄り、そして約二カ月ぶりに言葉を交わす。
「お久しぶりですね、イクスさん」
「ご無沙汰しております、オインク様」
以前よりも、心なしか表情が柔らかな彼女が、薄っすらと目を細めて微笑みを向ける。
……なんというか、反則ですね、金髪でエルフで、更に出来る女というのは。
親が親なら子も子です、なんですかこの美しさは。
思わず二の足を踏んでしまいそうになる彼女の美貌にあてられながら、案内されるまま屋敷の中へ。
あの戦いで崩落した屋敷の前半分も、今では元通りに修繕され、その絢爛な有り様に、悔しいが設計者であるあの男のセンスを認めてしまう。
「さて、改めてお久しぶりですね、オインク様。なにか大切な用事があると伺っているのですが」
「はい。既にギルドから連絡が来ていると思いますが、その前に私の口から今回の出来事を――そして裏で行われたやり取りを貴女に伝えたいと思います。ふふ、他の人間ならまだしも、貴女は身内も同然ですからね」
私は語る。『七星杯』で起きた一連の出来事を、彼女の母を貫いた七星の存在を。
そして――恐らく初めて見せたであろう、カイヴォンの本当の実力と、それがもたらした、余りにも大きな結果を。
信仰の対象を蹂躙し、消滅させ、偽の七星を生み出した私達の思惑。
彼が苦肉の策として国民に報じた、偽りの真実。
古の魔王としてこの国に根付いた彼の名前。
それら全てを余すことなく、彼女に伝えたのだった。
「……なるほど。やはり、土台からして次元が違う方でしたか」
「そうですね、正直ここまでデタラメな強さを持っているとは思いませんでした」
「ただ――私の私見ですが、恐らくあの方は……まだ本気ではないのではないでしょうか」
語り終え、次に彼女が聞かせてくれたのは、私とは違い常に戦いの日々を、謀略に駆り出された経験を持つが故の憶測。
「あの方は、決して目標以外の人間に被害が出る事を良しとしませんでした。アーカムとの戦いですら、彼は常に周囲に気を回していたのですから。それが、数万の人間が住む大都市の中心です、恐らく相当手を抜いていたのではないでしょうか……」
「……その予測を私に聞かせた意図は?」
「そうですね、釘刺し、でしょうか。オインク様は最近、少々過激なやり方をなさっていると、私の手の者からも報告が来ています。だからこそ、間違わないで頂きたいと、こうして出しゃばった申し出をしてしまいました」
……私がもし道を踏み外せば、文字通りこの国の終わりを携えて彼がやってくるかもしれないと、彼女は言うのだ。
私と、彼。その絆の強さを疑ったりはしない。けれども――ああ、そうだ。決して疑いはしないが、そこに甘えてはいけないのだ。
『これくらい許してくれる』『私の事なら見逃してくれる』そんな考えがもし、私の中に芽生えてしまったら。
ふふ、そうですよね。そんな心配をされるほど、今の私は荒々しく、そして独裁的になってしまっていたのでしょう、ね。
……息を深く、身体の底から絞り出すように吐き出す。
気負いと、気合と、悩みと、プレッシャーと。それら全てをまとめて吐き出す。
自分を形作っている要素が、きっと今吐き出したものなのだろう。
少しだけ、自分の身体が小さくなってしまったかのように思えた。
「オインク様。この大陸は変わります。私では、この領地を一時的に預かる力しかありませんが、それでも手助けはしたいと考えています」
「……はい。ご心配おかけしました」
「今日ここに直接訪れたという事は、恐らく領主代行の件だけではないのですよね?」
「そうです。まず、これから話すべきでしょう。このアルヴィース一帯の領地の今後についてなのですが――」
私は議会での決定を彼女に伝える。
この広大で多くの資源が眠る豊かな土地を欲しがる人間はとてもとても多い。
やれ新たな領主の候補だ、やれ領地を分配すべきだ、いっその事首都と統合して議会の直轄にしてしまえ、そんな各々の思惑を乗せた案が飛び交ったものだ。
けれども――私は断固として譲らなかった。この最も力を持つ領地に据えるべきは、私の味方でなければならないから、と。
「この領地は、これまで通り一つの領地として断続。領主に据えるのは、イル・ヨシダになります。ですが――これは暫定領主、言うなればイクスさんと同じで、領主代行という形になります」
「なるほど、イル様ならば、その勇名や手腕も十分でしょう。私も安心して委ねる事が出来ます。ですが……暫定ですか。つまり、他に据えるべき人がいると?」
「ええ。この最も強い土地を、誰の文句も言わさずに、絶対の力で守り、民から慕われるであろう領主候補をもう一人、用意しています」
私の発言だけで、この場所を守りきるのは難しい。
なら、利用するだけです。誰も文句が言えない、そんな人間の力を借りてしまえばいい。
「カイヴォン、彼ですよ。『あの方に領地を与え、この大陸に力を貸してもらいたいとは思いませんか?』その一言だけで、議会のどの派閥も首を縦に振りましたよ。皆、彼をどうにかして自分達の益になるように配したいのでしょうね」
「それは……なんとも強引ですね。カイヴォン様が許してくれるでしょうか」
「ふふ、年に一度でもいいので、ここに来てくれる理由が出来るだけで問題なしです」
きっと彼は領主にはならない。これはあくまで方便だ。イルをこの場所に置く為の。
一歩間違えれば、私の身内だけで固めた独裁政権にもなりかねないやり方。
けれども、今だけはそれを許して欲しい。きっと、今を逃せばこの国は変われないのだから。
「分かりました。いつでも引き継ぎが出来るように資料はまとめてあります。ここ数日分の内容を追加次第、イル様にお引き渡し可能です」
「さすがですね。では――もう一つの理由をお話します」
私は彼女に、私の元で魔導具、魔術の解析に就いてもらえないか打診する。
かつて、数十人にも及ぶ人間を契約で管理し、そしてその術式すらも自分で編み出した手腕。
一時的にとは云え、魔力の行使を制限する結界を編み出した実力。
そして何よりも、単独でかつてアーカムに挑み、家族を守った彼女ならば。
きっとどんな難題でも諦めずに挑んでくれると、そう思ったから。
もう、彼女はギルドの人間ではない。かつてはギルドに所属していた身ではあるが、あの戦争の最中に彼女は死亡した事になっている。
つまり、彼女に今一度ギルドに戻って貰えないか、そう言っているのだ。
私の提案を受け、思案するように憂いを秘めたかのような瞳を閉じる。
待つ。彼女が決断を口にするまで、ただ無言で待ち続ける。
「……この任が終わったら、私は妹の元へ身を寄せるつもりでした」
「っ……ウィングレストの顔役になったと聞いています。スペルさん、でしたか」
「はい。母様と、新しい妹達が暮らす屋敷です。ただ――そう遠くないうちに、私はその屋敷から出て、自活するつもりでした――再び冒険者として生きていく為に」
「な、ならば!」
「ええ、お受けします。相応のお給料と半年分の宿を頂けるのならば、喜んで」
「勿論です! 最高級の部屋を用意します」
「いえ、小さな部屋で十分です。どうやら私は、小さな部屋でないと落ち着けないタチなので」
ああ……これでようやく、道筋が見えてきました。
私の思い描く未来が、ようやくその姿をぼんやりと目の前に浮かび上がりました。
魔導具による通信の効率化、映像の送受信。
正しい情報を可能な限りタイムラグをなくして共有する……。
新しい国へと一足飛びに辿り着くには、情報の共有はなによりものカンフル剤になりますから、ね。
さぁ……ぼんぼん。楽しみにしていてください。
次に貴方がここに来るまでに、もっと、もっともっとこの国を豊かに、幸せにしてみせますからね――




