9話
「そう言えば、先輩はどうして私を推薦したんですかね?」
王都を出てから1週間が経ち、ルーディス殿や同行していたフェミルアの人達とも仲良くなってきたような気がします。
計算では本日中にフェミルアに到着するはずです。たわいのない話をしていたのですが不意に話が止まった時に先輩が私を推薦してくれた事をルーディス殿に聞いてみました。
その質問にルーディス殿は眉間にしわを寄せられてしまいました。おかしな事を聞いてしまったのではないかと思い身構えてしまいます。
「フロース=フロウライトの報告は外交官であるレストにも関係あるのだろう。その時の事を考えたのではないか?」
「その時の事?」
ルーディス殿はため息交じりで自分の考えを教えてくれたのですが良く意味がわかりません。
意味がわからずに考え込んでいる私を見て、同行していたフェミルアの人達は苦笑いを浮かべられます。
どうやら、彼らはルーディス殿の言いたい事がわかっているようです。私1人わかっていない事が悔しくて必死に考えます。
「そこまで難しく考える必要はない。原因はレストだからな」
「先輩が原因?」
「直面しなくても威圧感があるからな」
……理解ができました。
先輩を怖がっている方は確かに私の同僚にもいます。外交の仕事でザシド様に報告しないといけない事などがあった時に先輩が訪れると空気が変わってしまいます。
学生時代からの知り合いである私だって、不意をつかれると身体が硬直してしまうんです。先輩とも連絡のやり取りをしないといけなくなるのでしょう。
先輩になれていない方がフェミルアに派遣されていては手紙に書かれている先輩の名前にも怯えてしまうかも知れません。
先輩の恐ろしさにため息が漏れてしまいます。そんな私の姿が面白いのかルーディス殿は楽しそうに口元を緩ませました。
1週間ほどの付き合いですが、ルーディス殿の笑い方は女性の扱い方として問題があると思います。
必要以上に私の胸を見たりする事に付いて責めたてたいのですがフェミルアに到着する前にケンカでもしてしまえば面倒な事になります。
文句を言いたいのですが何とか言葉を飲み込みます。
「もう少しだな」
その時、フェミルアのすぐ近くまで来たようでルーディス殿は外を見てつぶやきました。
ルーディス殿の言葉に外を覗き見ます。そんな私の目に映ったのは小麦畑でした。それは大地からたくさんの栄養を得て成長しているように見えました。
そして、これだけの物を育てるのにフェミルアの領民達がどれだけ努力したのかがわかります。
「……キレイですね」
「そう言ってくれると努力したかいがあるな」
小麦畑の様子に自然に口から出てきた言葉でした。
それが適切かはわかりませんがルーディス殿は満足げに笑います。
……笑われるのでしたらいつもこのように笑ってくれたら良いのに。ルーディス殿の笑い方は何か企んでいるように見えて印象が悪いです。
現在、ルーディス殿のお兄様でフェミルアの現領主である『エルザード=フェミルア』様は病に伏せっておられます。
フェミルアの豊作も情報に聡い商家の者達がいつ聞きつけてくるかはわかりません。王城へ援助を申し込まれたのですから収穫された小麦のいくらかは国庫に収められる事になりますがその多くはフェミルアの領民達の物になります。商家の者達は援助を申し出てこの利益を根こそぎ持って行こうとする可能性だってあります。援助したお金を返せなければ土地を取り上げられる領民達だって出てくるかも知れません。そんな事にはさせたくないため、気合を入れ直そうと両頬を両手で2回叩きます。
「……何をしているんだ?」
「気合を入れ直しているんです」
「気合? そのような非論理的な物を」
私の姿を見たルーディス殿は怪訝そうな表情をされました。
気合を入れたのだと拳を握り締めてみせるのですがルーディス殿は研究者体質のようで気合などはお気に召さないようです。
そんな彼の姿に笑みがこぼれてしまいました。
「気合もバカにできないんですよ」
「価値観の共有は無理そうだ」
「そうですね。ですけど、考え方が違うとぶつかる事で新しい考えが浮かび上がる事もあるって聞きますよ」
私にはきっとルーディス殿と同じ考えを持つ事はできないでしょう。それでも、目的は共有できていると思っています。
意見をぶつけ合いましょうと笑ってみせるとルーディス殿は言葉を発する事なく、小さく頷かれました。
噂通り、おかしな事をされる事もありますがこの方は領民の事を考えておられるお優しい方なんだと思いました。
「とりあえず、ルーディス殿は領主代行として多くの来客の相手をして貰わなければいけませんから、この辺の事はしっかりと覚えておいてくださいね」
「……何だ。これは?」
「先輩がルーディス殿に必要だと思われる礼儀作法をまとめてくれた資料です。この状況を聞きつけた商家の方達が領主様に面会を求めてくると考えられますので、裏がある人間とは契約を取り付けないようにするためにも必要な事です」
フェミルアの地に足を踏み入れたため、先輩から預かっていたルーディス殿用の資料を手渡します。
ちなみに、この資料をルーディス殿に渡すのはフェミルアの領内に入ってからと先輩から指示を受けていました。早めに渡すと道中で捨ててしまいかねないからだそうです。
資料を少しだけめくったルーディス殿は不快そうな表情をするのですが領主代行として必要不可欠なものであるため、覚えていただかないと困ります。
「……これらはフロース=フロウライトがやってくれるのではないのか?」
「それは私もお手伝いはしますが私には他にも仕事があります。いつもルーディス殿の側に控えているわけにはいきませんから」
「それはそうだが……」
「フェミルアの民の生活は領主代行様の肩にかかっていますのでご理解お願いいたします」
ルーディス殿は早々に拒否したいようですがそう言うわけにはいきません。
領主が下手を打ったせいでオーミットでは大変な事にもなっているんですから、ルーディス殿にも理解していただかないと困ると伝えるとルーディス殿はしぶしぶ頷かれました。
その表情に少しだけ立場が優位になったような気がしたのは秘密です。