7話
「お、おはようございます」
「……フロース、大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。フェミルアまで距離があるから、馬車で眠れます」
王城に駆け戻った私は同僚達に頼み込んで引継ぎを終わらせました。
もちろん、徹夜です。同僚達には呆れられましたがそれでも行動で示さなければなりません。
ふらふらの状態でレクサス家へと足を運ぶと先輩達はお食事中だったようです。
頭を下げるとレクサス家の使用人達に席に案内されました。
先輩は相変わらず、表情を変える事はありませんが私の事を心配してくれます。
ただ、ルーディス殿は私の顔を見ても興味などないと言いたげに朝食を口に運んでいます。
仕方ないと思います。私はそれだけの事を言ったんですから。
「おはようございます。フロース様」
「おはようございます。ミルアさん」
ルーディス殿の表情に落ち込みそうになった時、ミルアさんが紅茶と朝食を運んできてくれました。
彼女は笑顔で挨拶をしてくれるのですがレクサス家の当主である先輩がいるこの場所で礼儀がなっていないと怒られないのでしょうか?
ただ、この場の空気は私とルーディス殿がいるせいや先輩からの重圧で重たいため、今の私にはすごくありがたいです。
「ルーディス様、不機嫌な顔してないでください。レスト様だけでも大変なんですから」
……ミルアさん、本当に大丈夫なんですか?
ミルアさんは笑顔で挨拶しただけではなく、先輩やルーディス殿に暴言を吐いています。
ただのメイドである彼女がそのような事を言っては問題になるのではと心配になるのですがルーディス殿から返ってきた言葉は以外な物でした。
「……ルーディスと比べるな。私はここまで酷くはない。それに朝からハルトのように騒ぎ立てていれば徹夜明けの人間には迷惑だろう」
ルーディス殿は彼女を怒る事無く、呆れたようにため息を吐かれました。
私を気づかってくれる言葉も含まれており、戸惑ってしまいます。
どう反応して良いかわからずにいる私にルーディス殿は視線を移した後にミルアさんへと視線を移しました。
何だろうと首を傾げてしまうのですが、その時、私のお腹の虫が小さく悲鳴を上げてしまいました。
し、仕方ないんです。昨晩は徹夜でしたし、食事をとる時間ももったいなかったんですから。
恥ずかしさのあまりにうつむいてしまいました。
そして、うつむいた時に自分の胸を見て、ルーディス殿が何を見ていたか気が付きました。
気が付いたのは私だけではないようでミルアさんは拳を握り締めて怒りで肩を震わせています。
「お、落ち着いてください。ミルアさん!?」
「止めないでください。あの男は私の敵なんです!!」
直感的にミルアさんがルーディス殿に襲い掛かる気がして彼女の腕をつかみます。
ミルアさんは涙を流しながら、私に訴えかけるのですが止めないわけにはいきません。
「何を言っている。ミルア=カロン。貧乳の敵は巨乳だろう」
……余計な事を言わないでください。
ミルアさんの反応を見て、ルーディス殿は小さく肩を震わせながら、私の胸を指差します。
その言葉にミルアさんは動きを止めた後、ゆっくりと私の胸へと視線を移しました。
そして、その瞳は怪しい光を灯しました。
「あ、あの、ミルアさん、落ち着いてください」
「……どうしてなんですか? どうしたら、こんなに大きくなるんですか?」
……鬼気迫る様子で質問をされるのですがそんな事を聞かれても困ります。
これと言って何かをしてきたわけでも無いですし……それに正直な話、こんなに大きくなって欲しくなかった。
子供の頃も男の子からからかわれたし、現在に至っても男性の視線が胸に向けられている事は多々あります。
それに偏見かも知れませんが頭も悪く見えるし、走ると揺れて痛いですし。
「……大きくても良い事なんてありませんよ」
「何を言っているんですか。ないより、ある方が良いに決まっています」
羨ましがられても実際は良い物ではない。
私にだって言い分があり、ぽつりと不満を漏らしてしまいますが即座に否定されてしまいます。
それもミルアさんの目はすでに血走っています。助けて欲しいです。
どうして良いかわからずに先輩とルーディス殿に助けを求めるような視線を向けます。
先輩はどう反応して良いかわからないようですが原因を作ったルーディス殿は肩を震わせて笑うのをこらえています。
「……ミルア、落ち着け」
「何を言っているんですか。レスト様だって大きい方が良いと思っているくせに、ないよりは絶対に大きい方が良いんです。そうすればいろいろな事もできると思っているはずです」
「ミルア、本当に落ち着いてくれ」
……ミルアさんと先輩の会話に思考がわずかな間、停止してしまいます。
そういう事なんでしょうか? だとしたら、なぜ?
お2人の様子から、その関係はかなり親しいものだと言う事がわかりました。
ですが、ミルアさんはレクサス家のメイドさんです。雇い主である先輩とそのような関係になるには身分が……もしかして、ミルアさんはどこかのご令嬢でメイドの格好は趣味?
そんな事を考えているとミルアさんは泣きながら食堂から出て行ってしまい、先輩はその後を追いかけて行ってしまいました。
「……ミルア=カロンは平民だ。レストは身分で人を選ぶような事はしない」
「そ、そうですね」
その様子に唖然としている私を見て、ルーディス殿が言います。
考えが読まれてしまった事に驚いてしまい、声が裏返ってしまいました。
ルーディス殿に言われなくても知っていた先輩の良いところです。そして、そんな先輩と友人のルーディス殿もきっとその点に関して言えば共通の価値観を持っている。
きっと、噂だけでこの方を判断してはいけないと思いました。
「あ、あの、ルーディス殿、昨日は申し訳ありませんでした」
結果を出して認められるべきだとは思っていましたがやはり謝っていた方が良い。
私がおかしな事をすれば、先輩やザシド様の価値を下げる事になる。そして、この国の評価を下げる事になる。
私はこの国の政に関わって生きて行きたいと志を抱いたのです。
それを再確認させてくれたルーディス殿には言っておかなければいけない言葉でした。
真っ直ぐと彼の顔を見た後に頭を下げます……ただ、ルーディス殿が私の言葉をどう判断してくれるかはわかりません。
「領主代行となっているが私は研究者だ。結果さえ見せてくれれば何も言わん」
「はい。ご満足の行く結果を出して見せましょう」
私の謝罪にルーディス殿は興味がないと言いたいのかため息を吐かれます。
その言葉に彼を満足させる結果を出そうと思いました。