6話
「……ルーディス様がまともな事を言いました。ね、熱でもあるんですかね? そ、それとも偽物ですか? 実はお兄さんがいつの間にか入れ替わっていたとか?」
「ミルア、それは言い過ぎだ。あれは間違いなくルーディスだ」
ルーディス様の言い分は最もであり、落ち込んでいる私の前でミルアさんが飛んでもない事をつぶやきました。
その表情から見るに彼女は本当にそう思っているように見えますが、先輩は表情を変える事無く、彼女をなだめています。
……酷い事を言っていると思いますが、私はきっとミルアさん以上に酷い事をルーディス殿に言っている。
自分の愚かさに気づき、恥ずかしさで言葉が出ません。すぐにルーディス殿を追いかけて謝罪しなければいけないのに。
その時、私の前に紅茶が置かれました。
顔を上げるとミルアさんは心配ないと言いたいのか優しげな笑みを浮かべてくれています。
「ケーキの味はどうだった?」
……先輩、それは今、聞かないといけない事なんですか?
差し出された紅茶のカップを両手で包むように持つとその温かさに少しだけ気分が楽になりました。
謝罪しようと思い、ルーディス殿を追いかけるために立ち上がった時、先輩からケーキの味に付いて再び、聞かれてしまいました。
質問の意味がわからずに一瞬、呆気にとられてしまいます。
「……先輩、それは優先しなければいけない事なんでしょうか?」
「本質を理解しないでルーディスを追いかけても何の解決もしないだろう。その本質を理解して貰うためにこれをお前に食べて貰ったんだ」
優先すべき事はルーディス殿への謝罪、ルーディス殿の様子から見れば私を置いてフェミルアに戻ってしまう可能性もある。
先輩には申し訳ないのですが先にルーディス殿の下に行こうと思い、反論をしてみます。ただ、その反論は無駄だったようです。
……仕方ないじゃないですか。先輩のあの無機質な表情は恐ろしさを感じるんですから。
先輩の視線に耐え切れず、姿勢を正し、テーブルの上のケーキへと視線を向けます。
問題の本質がこのケーキにある?
良くわからない問題にどうして良いかわからずにケーキを1口分切り分けて口へと運びます。
美味しいとは思いますが質問の答えにはなりえないと思います。
……このケーキを焼いた職人がフェミルアにいると言う事なんでしょうか?
「あの、このケーキを焼いたのは」
「私です」
確認のために質問をするとミルアさんが照れくさそうに手を上げました。
レクサス家のメイドさんはこれほどまでのケーキを焼く才能を求められるのでしょうか……侮れないですね。レクサス家。
ミルアさんのケーキを焼く腕に感心してしまうのですが、職人ではないようです。そう考えると……このケーキとフェミルアが関係する物?
腕ではなければ……材料?
このケーキはフェミルア産の何かを使って作られていると言う事でしょうか?
考え始めた頭の中にケーキの糖分が栄養を与えているのでしょうか、見えなかったものが徐々に見えてきているような気がしています。
フェミルア産の物が使われていてザシド様が私をフェミルアに行けと言われる理由。
……フェミルアはかつて、シュゼリア内で最大と言っても良いくらいの農業地帯。
そして、そこで収穫されていた小麦はこの国に多くの富みや民の安心をもたらしていた。
左遷だと落ち込み考えを拒絶していた私の頭は正確に動き出したようで1つの答えを導き出す。
「……このケーキに使われている小麦はフェミルア産と言う事ですか?」
「そうだ」
「そうですか」
確認するように聞くと先輩は小さく頷きました。
5年前の流行り病以降、フェミルア産の小麦はほとんど名前が聞かなくなっていました。
わずかに市場に出てきてもそれはあまり品質も良くない物で現在、シュゼリアの農業を担っているオーミットの足元にも及ばない物。
それが多くのこの国の民達の評価です。
その評価はきっとフェミルアの領民達にも届いていたでしょう。それなのにここまでの物を作り上げて来た。
「……どうして、私なんですか?」
先ほどと同じ言葉が口からこぼれ出ました。
ただ、その言葉は左遷だと考えていた時の言葉とは意味合いが違う物です。
シュゼリアは天候不順で今年の作物の収穫は期待できない。
そう言われていたため、私達はどれだけ他国から作物を輸入するために費用をねん出できるかを考えていました。
他国からは足元を見られながらも最大の努力をしようと働いてきました。それは外交官の1人として他国との調整を行ってくれていた先輩も同じです。
その不足している1部でも国内で補えれば、かなり、交渉はシュゼリアにも良いように運ぶ可能性があります。
ただ……私には荷が重たいのではないでしょうか?
後ろ向きな考えが頭をよぎってしまう。
民のために働きたい。この言葉に嘘はありません。
ただ、突然の大きすぎる仕事に足が震えてしまっています。
「フロースなら問題なく処理できると思い、私が先生に推薦した」
「先輩がですか? どうしてですか? 女の私が上手く溶け込めると思いますか?」
先輩が私を推薦してくれたと聞き、どうしてかと聞き返してしまいます。
シュゼリアは5年前と10年前に流行り病で多くの民を失った。それは国政を担う者達も含まれており、シュゼリア王は国を問題なく動かすために身分を問わず、優秀な者達を重用した。
ただ、王都から離れるとまだ女性が政に携わる事を快く思っていない者達も多いと聞きます。
女性の私が派遣されればバカにされたと考える者達だって出てくるはずです。
それなら、他の誰かを派遣した方が安全だと先輩が気付かないわけがありません。
「あれに領主代行をさせて、復興させる者達がいるんだ。その程度の事を気にすると思うか?」
「そうですね。先輩、明日の朝までルーディス殿を引き止めておいてください」
「明日の朝までで良いんだな?」
「はい。それまでに準備してきます」
先輩の表情が少しだけ緩んだような気がしました……きっと、錯覚だとは思いますけど。
たぶんですが謝罪の言葉を並べるよりは行動で示した方が良いと思いました。
方針を決めると遊んでいる時間はありません。先輩とミルアさんに頭を下げて急ぎ足で待っていてくれた馬車に飛び乗りました。




