4話
「は、はい。フロース=フロウライトです。ルーディス=フェルミルア殿ですね?」
念のため、男性がフェミルア領主代行であるルーディス殿か確認を取る。
ルーディス様は小さく頷くと当然のよう私の向かい側の席に座りました。なぜ? と言う疑問が一瞬、頭に浮かぶのですが目の前の男性は私が左遷されるフェミルアの領主代行なのです。当然、私に今回の件を私に説明する義務があるはずです。
説明になるのかと思い、姿勢を正すのですがルーディス殿の視線は私の胸に向けられています……この人、まさか。
「あ、あの」
「……気にする必要はない」
「ふ、普通、気になりますからね!?」
イヤな予感がして声をかけて見るのですが彼の視線は私の胸に向けられたままです。友人達からも育ち過ぎと文句を言われているのですが私的にも昔は胸でいじめられた事もあるため、あまり、触れて欲しくありません。手で隠すとルーディス殿は悔しそうにテーブルを叩きます……この人の下で働いて大丈夫なのでしょうか? 左遷な上に私の能力ではなく、身体だけで選ばれたような気がしてしまいます。せっかく、勉強して頑張ってきたのに女だから胸でしか評価されないのでしょうか?
自分の評価に悲しくなってきますが泣き出すわけにも行かず、ぐっとこらえるのですが涙が頬を伝ってしまいました。その時、テーブルの上に綺麗にたたまれたハンカチが差し出されました。
「あ、あの」
「気にするな。良い物を見せて貰った礼だ」
……この人はダメな人だと思います。
差し出されたハンカチに少し戸惑ってしまった時に返ってきたのがこれです。それも迷う事無く、言い切られてしまいました。ただ、ハンカチはありがたく使わせていただきます。
「フロース=フロウライト」
「……何でしょうか?」
「ミルア=カロンには会ったか?」
「ここまで案内していただきましたけど……それが何か?」
涙を拭き終えた私を見て、今度は胸ではなく顔を見て名前を呼びます。ただ、先ほどまでのやり取りのせいか警戒してしまいます。
警戒している私にルーディス殿はミルアさんに会ったのかと聞かれました。質問の意味がわからずに首を傾げてしまいました。
「いや、ミルア=カロンにとって、巨乳は忌むべき者だからな。襲われなかったかと思ったんだが」
「……意味がわかりません」
「安心しろ。私は巨乳派だ。全面的にフロース=フロウライトの味方をしよう」
「そんな事は聞いていません!!」
……ダメな人だと思っていましたが確信に変わりました。王城に戻ったら辞表を書こうと思います。
きっと、ザシド様は私を疎ましく思って仕事を辞めさせるためにレクサス家に行けと指示を出したんです。
「……ルーディス、お前は何をしているんだ?」
私が絶望に打ちひしがれている時、レスト先輩が中庭に現れます。金髪、碧眼の整った顔をされているにも関わらず、その表情は微動だにしません。
久しぶりに会うのですから、表情を少しでも緩ませてくれるとすごくありがたいんですけど。
先輩の顔を腰が引けてしまいますが先輩は気にする事なく、一緒に中庭に戻ってきたミルアさんに何か指示を出しています。
ミルアさんは承知しましたと頷いた後、この混沌とした場所に私を置いてどこかに行ってしまわれます。本音を言えば、この場に残っていて欲しいのですがわがままを言うわけにはいきません。
「フロース、久しぶりだな」
「は、はい。先輩もお元気そうで何よりです」
「後輩なのか?」
先輩は私へと1度、視線を向けると挨拶をしてくれるのですがやはり、表情はまったく動きません。
慌てて立ち上がり、先輩に頭を下げるとイスに腰を下ろしたままのルーディス殿はつぶやきます。
しかし……この2人の間に挟まれるのはかなりイヤです。重圧で胃の辺りがキリキリします。
「立ち話もなんだろう。一先ず、座ろう」
「は、はい」
「いま、ミルアが紅茶を運んでくる」
「レストは紅茶ではなく、他の物が目当てだけどな」
先輩がイスに腰を下ろすと話し合いのお供にお菓子を用意していただけるようです。ミルアさんが戻ってくれると聞き、どこか安心してしまいます。
正直、目の前には表情がまったく動かないレスト先輩と悪名高いルーディス殿、私1人でやり合える気はしません……いえ、ミルアさんが来てもレクサス家のメイドである彼女が私の味方をしてくれるとは限りませんけど。
しばらくして、ミルアさんが紅茶とケーキを運んできてくれます。美味しそうな香りに小さくお腹の虫が悲鳴を上げてしまいました。
「気にする必要はない。それより、フロース=フロウライト、お前は事実を事実と認めている側の人間か?」
……聞かれてしまったと思った時、ルーディス殿は表情を変える事無く言います。
事実を事実? 恥ずかしいのですが、それよりもルーディス殿の言葉が気になってしまいました。言葉の意味がわからずに首を傾げるとルーディス殿が先輩を指差しています。
なぜ、先輩を指差しているのかわからずに視線を移すとそこにはケーキを頬張り、今まで見た事のないくらいに表情を緩め切っている先輩がいました。
……すいません。脳が処理を拒否したがっています。ただ、先輩が大の甘党だと言う事は噂で聞いた事があります。ですが、あの何が起きてもそれこそ、実のお父さんが亡くなっても表情を変えないと言われたレスト先輩です。それがケーキ1つで……いえ、1つどころではありませんでした。
先輩の隣にはミルアさんが立っており、空になったお皿を受け取り、新しいケーキを当たり前のように先輩に渡しています。
「どうやら、事実を見えないふりする人間ではないようだな。まずは合格と言ったところか」
「……あの、ルーディス殿」
「見ての通りだ。それより、食わないのか? 甘党のレストが認める味だ。若い女子供は甘い物が好きなんだろう?」
「き、嫌いではないですけど、正直、胸やけがします」
どう判断して良いのかわからずにいる私を見て、ルーディス殿は口元を緩ませました。
その笑みに少し寒気がするのですが、ルーディス殿はケーキを勧めてくれるのですが、先輩が食べている前でケーキを食べるのは無理そうです。
首を振る私を見て、ルーディス殿は「だろうな」とつぶやくとケーキには手を伸ばす事なく、紅茶を口に運びました。
釣られるように紅茶へと手を伸ばすとカップから伝う温かさに少しだけ緊張が解けたような気がしました。