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ひとくちの魔法  作者: 紫音
31/64

31話

「あ、あの、足りない部分はありますか?」

「……フェミルアの現状報告には問題ないだろう」


先輩が用意された大量のケーキを消費し終えた後、改めて、報告書の出来について聞きます。

表情筋が元に戻ってしまっているため、完全に腰が引けているのですが先輩の言葉に胸をなで下ろします。

ただ、レオンハルト様は何かあるのか難しい顔をしているのが気になります。


「あの、レオンハルト様、何か問題でも?」

「いや、レストの言う通り、現状報告には何も問題ないよ。プロジェート商会のブライト殿をしっかりと口説き落としているし、私やレストが計算していたよりも多くの支援金を引き出している」

「そ、そうですか」


レオンハルト様は私の事を評価してくれているようですが、その言葉には何かまだ意味がありそうなため、素直に頷く事ができません。

そんな私を見て、レオンハルト様はくすりと笑います。ただ、この表情は先輩とは違う恐怖を感じたりもします。


「……レオンハルト様、その笑い方は良くありませんよ」

「はいはい。悪かったよ」


私の心情をミルアさんは気が付いてくれたようでレオンハルト様のカップに紅茶を注ぎながら進言をしてくれます。

先輩の良い人だと言ってもレオンハルト様にそのような事を言っても良いのかな? と思うのですがレオンハルト様はまったく気にされていないようです。


「あの」

「いや、さっきも言った通り、充分すぎるくらいの報告書だよ。フェミルアの方はね。問題はこっち」


レオンハルト様はルーディス殿の研究費についてまとめていた報告書を指差しました。

……やはり問題があったのでしょうか? ルーディス殿から話を聞いて必要経費などをまとめたわけですが私では理解できない部分も多く、これでは研究費を出す事が出来ないと言う事なのでしょうか?

報告書に問題があると言われると確かめるのが怖いです。研究費が出ないとなるとルーディス殿に何をされるかわかりません。


「……言っておくけど、別に責めるような事ではないよ」

「そ、そうなんですか?」


警戒している私を見て、レオンハルト様はため息を吐かれました。

責められるような事ではないと聞き、ほっと胸をなで下ろすとミルアさんから新しい紅茶が差し出されました。


「いや、感心していたんだよ。ルーディスとわずかな接触でここまであいつの言いたい事をまとめられるとはね。たぶん、レストが話を聞いているのと同等か、それ以上の報告書になっていると思うよ」

「……レオンハルト様、そんな事を言って、私にルーディス殿を押し付けようとしていませんか?」

「そうではないよ。疑わないで欲しいね」


ミルアさんから差し出された紅茶を一口飲んで気持ちを落ち着かせます。レオンハルト様は私の事を待ってくれたようでカップを置いたのを見て話し始めました。

彼は私の報告書を褒めてくれるのですが先ほどの話があるためか、私にルーディス殿を押し付けようとしているようにしか聞こえません。

非礼ではあると思いながらも疑いの視線を向けてしまうとレオンハルト様は小さくため息を吐かれました。


「先輩」

「……ハルトの言う通りだ。この報告書は良くできている。良くここまでの報告書を作ったな」

「あ、ありがとうございます」

「どうして、私の事は疑って、レストの事は信じるのかな?」


先輩はどう思っているのかが気になってしまい、先輩の名前を呼んでしまいます。

私の問いかけに先輩は表情を変える事無く、レオンハルト様と同様の評価をしてくれました。

その評価に深々と頭を下げるとレオンハルト様は不満そうに頬を膨らませます。

次期国王としてその態度はどうなのかとも思いますがその辺は信頼関係の問題です。


「……言いたくはないのですけど、レオンハルト様は胡散臭いです。もう少し態度を改めてください」

「それは酷くないかな?」


レオンハルト様の将来の事を考えて進言しなければいけないと思い、もう少し王族としてしっかりとして欲しいと伝えます。

不満そうにため息を吐くレオンハルト様なのですが、私の言葉に大筋同意してくれているようでミルアさんとルチアさんは大きく頷いてくれました。


「言いたくはないが、酷くはないな」

「……ルーディス、お前にだけは言われたくないね」

「……ルーディス殿、時折、気配を完全に消しますよね」


その時、ルーディス殿がいつの間にか入室してきており、私の言葉に全面的に賛成してくれます。

レオンハルト様は大きく肩を落とすのですが私としてはルーディス殿が入室していた事が理解できず、眉間にしわを寄せてしまいました。


「そんな事をしているつもりはないが、それでフロース=フロウライト、研究費は出そうなのか?」

「それは私からは何とも……」

「ルーディス、なんで、フロースの事をそんな面倒な呼び方をしているんだい?」


ルーディス殿はこの場の状況を気にする事無く、自分の聞きたい事だけを押し付けます。

本当に自分勝手な人だとしか思えません。ため息を漏らしてしまうとレオンハルト様は突然、ルーディス殿の私への呼び方について聞きました。

それは今、言う事なのでしょうか? これはレオンハルト様が話を変えようとしているようにしか思えません。


「ん? 何かおかしいか?」

「呼びにくくないかい? 家名まで呼ばなくても良いんじゃないかな? フロースも面倒じゃない?」

「私は別に、ルーディス殿が面倒でなければ構わないのではないかと」


話を変えられる前にレオンハルト様の日頃の態度に付いて話を続けようとするのですがレオンハルト様は続けます。

面倒だと言われても私は呼ばれる側ですし、特に気にする必要はありません。

ルーディス殿が呼びやすいのならばどのように呼ばれても構わないと言ってみるとレオンハルト様にため息を吐かれてしまいました。


「フロースもなんだよね。レストの事は先輩なのにルーディスには殿を付けて距離があると言うか、これからも協力をしないといけないんだからもっと距離を縮めるためにもお互いの呼び方を変えるべきだと思うんだ。決まりだね。これは命令だからね」


……意味がわかりません。


レオンハルト様の言い分は私とルーディス殿にはまったく理解できないのですが主命として言い切られてしまいました。


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