23話
「ルチアさん?」
「……」
ルーディス殿とブライト殿が雑談を交わし始めたため、何か交渉に必要な話はないかと耳を傾けていた時、気を失っていたルチアさんの身体が小さく動きました。
気が付いたのかと思い、声をかけるのですが彼女は瞳を閉じたまま、動きません。
……勘違いだったのかな?
動いたように見えたのは私の目の錯覚でルチアさんはまだ気を失ったままなのでしょうか?
そう考え直し、もう1度、ルーディス殿とブライト殿の雑談に耳を傾けようとした時、ルチアさんは瞳を開き、一気に部屋を出ようと駆け出しました。
「ル、ルチアさん!?」
「……まったく」
「ど、どうして開かないの!?」
彼女の行動に驚きの声を上げる私の後にルーディス殿のため息が漏れました。
その間にルチアさんはドアまでたどり着いてこのお部屋から逃げ出そうとドアノブを必死に回すのですがなぜかドアは開く事はなく、驚きの声を上げてドアを力任せに叩きます。
ルチアさんがドアを叩く度にドアの前には小さな波紋が広がります。その様子からドアには魔法が仕掛けられているのがわかります。
「……ルーディス殿、何かしたんですか?」
「念のために策を打っておいただけだ。ルチア、逃げても外にはサラさんが待ち構えているぞ」
「……」
このお部屋に最後に入ってきたのはルーディス殿であり、彼は研究者でもありながら優秀な魔法使いだったはず、きっと、彼が何かしたのだろうと思い視線を移します。
ルーディス殿はルチアさんが逃げ出そうとする事は最初から計算していたようで小さくため息を吐くと逃走経路はないと言う。
ルチアさんはその言葉に絶望したのか大きく肩を落とすと席に戻ろうとしたのか、ゆっくりとテーブルに近づいてきます。
「……窓にもそれと同様の魔法式を刻んである」
「ちっ」
どうやら、逃走する場所を替えようと企んでいたようですがルーディス殿の方が上手だったようです。
逃げ道が完全になくなった事にルチアさんは不満そうな表情をして席に戻りました。しかし、逃げ出すほどブライト殿と顔を見合わせたくないのでしょうか?
顔を会わせてまだわずかですがそこまでおかしな方ではないと思います。むしろ、ルチアさんの方が……
「フロース=フロウライト、失礼な事を考えているな」
「そんな事はありません……」
ルーディス殿に声をかけられて視線をそらしてしまいました。
私の様子を見て、エルザード様は苦笑いを浮かべておられます。少し気を付けないと表情で考えている事を読まれてしまうとお仕事に支障が出てしまうかも知れない。
先輩までとはいかなくても表情に出ないようにしなくては。
「久しいな。ルチア。ずいぶんとエルザード殿に迷惑をかけているようだな」
「お久しぶりです。お父様、お元気そうで何よりです」
私が新たな決意をしているなか、プロジェート家の父娘が再会の挨拶を交わしている。
ルチアさんは笑顔で挨拶をしているのですがその言葉には別の意味が含まれているようにしか聞こえません。
「……あの、なんであの2人はケンカをしたんですか?」
「ルチアもいつまでも嫁に行かずに家に置いておくわけには行かないと見合い話をブライト殿が用意したらしいが、ルチアはそれを拒否して家を出た」
微妙におかしな空気に耐え切れなくなってしまい、ルーディス殿の服を引っ張ります。
そうですか……確かにこの国の多くの女性は20才を超えれば多くの方が結婚し、子供もいる。娘の幸せを考えればブライト殿の考えは間違ってはおられないでしょう。
ですが、ルチアさんは想い人がいる。お見合い話など絶対に受けたくなかったのでしょう。せめて、ルチアさんがブライト殿にエルザード様に好意を寄せている事を伝えておけばこのケンカも収まりが付くかも知れませんが彼女の性格上、それはないと思います。それにブライト殿は商人です。先代領主と懇意にしていたとは言え、没落しているフェルミルア家当主に娘を嫁がせる気にはならないでしょう。
「それで、お父様はこんなところまで何かご用でしょうか?」
「こんなところとはエルザード殿やルーディス殿にずいぶんと失礼な事を言うな」
ブライト殿がフェミルアを訪れた理由は自分を連れ戻そうとしているのだと考えているようでルチアさんは忌々しそうな表情をして言います。
好きな人の前でそのような姿を見せるのはどうなのかな? と思うのですがそれ以上の失態を彼女は犯していたようでブライト殿は呆れたと言いたげに大きく肩を落としました。
指摘されて顔を真っ青にするルチアさんですがエルザード様は気にする必要はないと笑顔で首を横に振ります。
ルチアさんはホッとしたようで胸をなで下ろし、そんな彼女の姿を見てブライト殿は楽しそうに口元を緩ませています……どうやら、ルチアさんの気持ちはブライト殿に気づかれているようです。
「バカ娘を別に連れ帰りに来たわけではない。レスト殿から1つの交換条件を出されたのでな」
「……先輩から交換条件ですか?」
ブライト殿はルチアさんの相手をしに来たわけではないと言うと表情を引き締めて、まっすぐと私へと視線を向けます。
先輩が何を考えているかわからないのですが、先輩が私の手助けをしてくれたのだと思い、少し安心したのですがブライト殿の視線は鋭い。
それは私の事を見定めようとしているようにしか見えず、息を飲んでしまいました。
「うむ。ルチアの兄に後を任せて引退を考えていたのだがな。バカな事をしおって、それがプロジェート家にも及びそうだったのだがレオンハルト様とレスト殿が現れて、見逃す代わりに協力をするようにと」
……レオンハルト様、先輩、それって完全な裏取引じゃないですか。
ばれたら絶対に問題になるような事で顔が引きつってしまいます。ですが、そのような事は国を潤滑に動かすために少なからず、必要な事もある。
レオンハルト様が動いていると言う事は完全に根回しは終わっているはずです。そう考えて割り切ろうと深呼吸を1つしてブライト殿に向き直します。
「そうですか? それなら、ブライト殿は何を協力してくれるのでしょうか?」
欲しいのは当然、収穫された農作物を王都まで送る資金です。それでも簡単に食いついては足元を見られてしまうと思い、あえてどれほど協力する考えがあるかを問います。




