2話
……どうしてこうなったんでしょうか?
シュゼリア王立学園で政治経済を学び、尊敬する『ザシド=レンディル』様の下で私、『フロース=フロウライト』が働ける事が決まったのは2年前でした。
それから一生懸命働いてきました。大きな失敗もする事無く、女だてらに努力してザシド様にも名前と顔を覚えられて、もしかしたらもっと責任のあるお仕事をできると思っていたのに……それなのにこの仕打ちです。
ザシド様のお部屋に呼び出されて期待していたのに私に与えられたお仕事は……今は落ちぶれてしまったフェミルア復興の手助けと言う左遷と言って間違いのないものでした。
打ち合わせもあるのでフェミルアの領主代行様が滞在しているレクサス家に顔を出すように指示を受けました……詳細は左遷を言い渡された事がショックであまり覚えてはいません。
ザシド様のお部屋を出て王城の長い廊下を歩きます。
……せっかく、頑張ってきたのに。それも、あのレスト先輩のところに顔を出さないといけないなんて、そして、あのルーディス先輩の下で働かないといけないなんて。
学園時代に良く聞いた名前。
レスト=レクサス様はこのシュゼリア王国の外交を古くから受け持っているレクサス家の若き当主。先代が亡くなってからも引き続き、多くの外交問題を受け持っているのですがその表情はまったく動かず、その不気味さで押し切っていると言う噂もあります……まあ、表情がないだけで良い人だと言うのは学生時代に実感しているので問題はないのですけど。
問題はルーディス=フェルミルア殿です。学園時代に多くの研究実績とそれ以上の破壊の実績を残した悪名高い先輩……レスト先輩とはご友人とは聞いていましたが直接の面識はありません。
正直、恐怖しか感じません。
そんな人の下に派遣されるんです。今までの努力がすべて水の泡になったような気がします。
やはり、男性ではないと国の重要なお仕事にはつけないんでしょうか? この場所には私のような者の居場所はないと言われた気がしました。
どんどん、足取りが重くなって行くのがわかります。そのせいか、普段よりも廊下が長く感じます。
「……田舎に帰ろうかな? お父さんもどこかの嫁いだ方が良いと言っていたし」
「何を暗い顔をしているんだい?」
「レ、レオンハルト様!?」
「田舎に帰るとか言っているところ悪いんだけど、辞められるのは私が困るんだ」
辞表を出してしまおうかと考え始めていた時、耳元にささやく声が聞こえました。
周りが完全に見えていなかったようで突然の声に心臓が飛び出そうになりました。慌てて声の主を確かめるように振り返るとそこにシュゼリアの王位継承者である『レオンハルト=シュゼリア』様がイタズラな笑みを浮かべて立っています。
レオンハルト様のお顔に慌てて頭を下げますが、レオンハルト様は小さくため息を吐かれます。
わ、私が辞めるとレオンハルト様が困ると言うのはどういう事でしょうか?
もしかして、レオンハルト様は私の能力を高く買ってくださっているのでしょうか? レオンハルト様が私を王都に残してくれると言ってくだされば私は王城で力を発揮できるかも知れません。
「あ、あの、それは」
「先生からフロースをフェルミルアに派遣すると聞いていたからね」
「……レオンハルト様も知っているんですね?」
「知っているよ……待った。どうして、泣くんだい?」
期待を込めた目でレオンハルト様を見るのですが、どうやら、私の左遷は決まっているようです。それもレオンハルト様は賛成派です。
やっぱり、私の頑張りなど誰も評価してくれていないようです。今までの自分の頑張りが無意味だった事や頑張っても女性では国政に関われないと言う現実を突きつけられた事に悔しくて涙が溢れてきます。
悔しくて、やりきれないのですがレオンハルト様の前で泣きわめくわけにはいきません。必死にこらえようとしているのですが押さえきれなかった涙がメガネの裏に1粒落ちてしまいました。
泣き顔を見せないように少しうつむくのですがレオンハルト様は私の異変に気が付いたようです。
「な、何でもありません」
「……フロース、もしかして、今回の仕事を左遷と勘違いしているのかい?」
泣き顔を見せないようにうつむいたまま、答えるとレオンハルト様はため息を吐きました。
……勘違い?
意味がわからずに顔を上げるとレオンハルト様は小さく微笑んだ後、私の顔からメガネをはずして頬を拭ってくれます。
恐れ多くて飛びのいてしまうのですが、レオンハルト様は心配ないと笑いかけてくれました。
「どう考えても左遷ではないですか? 少し前まではシュゼリアの農業を支えていたフェミルアでしたが、今はその影もありません」
この国で学んだ人間なら全員がこのように答えるでしょう。すでにフェミルアは終わった土地。土地自体には力があっても人がいない。
そんな場所に飛ばされるのです。すでに私には価値などないと言われているような物です。
先ほど、レオンハルト様の顔が近づいてきた事に驚き、止まってしまった涙が再び、溢れ出してきます。泣いてはいけないと思いながらもそれでも込み上げてきた物は止まりそうもありません。
「そう考えてしまうか。まあ、仕方ないとは思うんだけどね」
「……レオンハルト様だって左遷だって思っているんじゃないですか」
「そうだね。事実を知らなければそう思うかも知れないね」
ため息を吐くレオンハルト様の姿に不満を漏らしてしまう。本来このような事を言って良いわけがないのに。主君であるレオンハルト様に文句を言っては厳罰を受けてしまう可能性もあるのに。それなのに不満が止まりそうもありません。
処罰されてもおかしくないこの状況にレオンハルト様は何か知っているのか困ったように笑っています。
「レオンハルト様は事実を知っているのですか?」
「そうだね。ただ、心配はしなくても良いよ。今回の件は左遷ではないから、今のフロースの様子を見ると先生の説明も耳に入っていないようだしね。頭を切り替えてレストに話を聞いてきたら良いよ。私が説明をしても良いんだけど、私も忙しくてね」
「お、お時間を取らせてしまい、申し訳ありませんでした」
私がショックで聞き逃していた事をレオンハルト様は知っているようですが、レオンハルト様も公務の途中のようです。
時間がないと私などに頭を下げたレオンハルト様はメガネを返すと私を置いて去ってしまいます。
……とりあえず、憂鬱ですがレスト先輩のところでお話を聞いてみましょう。話を聞いた上で田舎に帰るか決めましょう。