13話
「さ、さすが、先輩です」
フェミルアに赴任して3日が経ちました。収支計算やフェミルアの現状確認と忙しく動き回っていた私が最も頭を悩ませていたのはルチアさんの失敗でした。
彼女は悪気もなく、一生懸命なため、その失敗を責めるわけには行かないのですがこのままでは王都から人が送られてきた時に住む場所が確保できません。
先輩が自費で出してくれた支援金や最初に王都から持たされた支援金で大工さんを呼び寄せて突貫で小屋を建てては貰っていますがやはり、手が足りません。
どうしても一時的にはフェルミルア家のお屋敷に人を住まわせないとはいけないのですが、領民の多くは小麦畑の方が忙しく手が回っていません。
掃除しても掃除しても汚れる場所が増えると言う状況に私の精神の限界間近になった時、王都でも優秀と名高いレクサス家の使用人が5名送られてきたのです。
そのうち3人は年若く、元々はオーミットで農業を行っていたため、すぐに畑の世話に合流してしまいましたが他の2人は状況を理解して的確な指示を出して掃除を進めて行きます。
フェルミルア家の使用人達は気分を害する事無く、その指示に従っており、指示の元、見るからにお屋敷の色が明るくなって行く様子に涙が出そうになりますが泣いているヒマはありません。
心の中で先輩にお礼を言い、自分のお仕事に戻ろうとするのですが廊下で完全に居場所がなくなってしまったルチアさんと目が合ってしまいました。
……正直、気まずいです。
ルチアさんは指示について行けないようであり、完全に自信を喪失しているように見えますが私はどうして良いかわかりません。
私もお仕事が忙しい事もあり、ここで時間をつぶすわけには行きません。
目をそらして何とか彼女の隣を通り抜けようとした時、私の腕はがっちりとつかまれてしまいました。
「ル、ルチアさん、どうかしましたか?」
「お仕事ください」
イヤな予感がするためか少し腰が引けてしまいました。
彼女は私の腕をつかみながら泣き出しそうな表情をして言います。
お、お仕事を言われても私は彼女に手伝っていただく仕事はありません……と言うか、私が使わせていただいているお部屋に紅茶を運んでくれてきた時に紅茶をひっくり返してしまいました。
その時に危なくまとめていた報告書に紅茶をこぼされるところでした。
ルチアさん以外の使用人の方に聞きましたが彼女はかなりおっちょこちょいなようです。
彼女に関わって、お仕事に何かあってはいけません。ゆっくりと首を横に振って見せるのですが彼女の瞳に罪悪感が湧いてきます。
だ、だからと言って協力して貰うわけには行かないかと思い、周囲を見回します。
特に人影はなく、どうして良いかわかりません。それに私自身、遊んでいるヒマはないのです。
レクサス家から来た使用人達は先輩からの手紙とともにザシド様からの命令書が同封されていました。
最初に送られてくる人達は私の推測よりかなり多く、フェルミルア家のお屋敷だけでは足りそうもないのです。
5年前の流行り病で亡くなった人達の住んでいた住居を修復しなければいけないのです。被害の少ない住居から修復して行こうと思い、その確認をしてこないといけないのです。
案内して貰っても良いのですけど、彼女が側にいるとおかしな事に巻き込まれるような気がしてなりません。
「わ、私も忙しいので」
「忙しいなら、私がお手伝いします」
……何とか断ろうとするのですが必死な彼女の様子にどうして良いかわかりません。
「……ルチアが手伝うと邪魔にしかならないだろう」
「ルーディス殿」
完全に逃げ道がつぶされてしまったと感じていた時、天の助けの声が聞こえました。
それはルーディス殿の声なのです。いつもなら、天の助けなどとは絶対に思わないのですが今日はすごく心強く聞こえました。
声のした方向へと振り返るとルーディス殿とレクサス家から助けにきてくださった年配のメイドさんが立っています。確か、お名前は『サラ』さんだっただろうか?
「ルチアさん、あなたは何をしているのですか?」
サラさんはルチアさんに用があるのか彼女に向かい、にっこりとほほ笑む。ただ、私はその笑顔になぜか背中に冷たいものが伝いました。
その恐怖を感じたのはどうやら私だけではなかったようです。サラさんの笑顔を見たルチアさんの頬は引きつって行きます。
「わ、私、失敗ばかりですし」
「そのようですね。仕方がないです。お話を聞くとあなたはお仕事の事を何もわかっていないようですから、大丈夫です。あなたがこのお屋敷で働けるように私が最初から仕込んであげます」
サラさんの笑顔に逃げ出そうとしているのか、ルチアさんはなぜか私の背中に隠れてしまいます。
2人の間に挟まれた私は酷く居心地が悪いです。
背中越しのルチアさんは完全に怯えているのがわかります。
「で、ですけど」
「問題ありません。それでは行きましょう。大丈夫です。私達がフェミルアに居られるのはわずかですが、その間に1人前にしてあげます。大丈夫です。問題児にはなれていますから」
サラさんは笑顔のまま、ルチアさんの首根っこをつかむと彼女を引きずって歩き出して行く。
廊下にはルチアさんの悲鳴が響くのですが私には彼女を助ける術はなく、彼女を見送る事しかできません。
「ルチアさん、大丈夫ですかね?」
「問題ないだろう。レストが言っていたが、サラさんはレクサス家のメイドでは古参で多くの者を指導したと言っていたからな。厳しいとは聞くが大丈夫だろう」
ルチアさんの無事を確認するように隣に立っているルーディス殿に尋ねる。
どうやら、先輩はかなり優秀な方を送ってくれたらしい。ですが、その分、教育は厳しそうです。
「そう言えば、ルーディス殿はどうしたんですか?」
「……」
「どこを見ているんですか?」
ルーディス殿は畑に行っているか、自室で怪しい研究を行っている事が多いため、廊下で会う事などほとんどありません。
何かあったのではないかと思ったのですが彼の視線が私の胸に向けられている事に気が付きました。
彼の行動に眉間にしわが寄って行くのがわかります。確かに王城内でも私の胸を見ていた方達は確かに居ました。ですが、それでもちらちらと見ていたくらいです。
ルーディス殿のような事は誰もされませんでした。それだけで怒りが込み上げてくるのですが平静を努めながら非難します。
ただ、非難をしてもルーディス殿の視線が動く事はありません。




